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青薔薇の花泥棒 十九話「夜空の約束」

 温室を出て開けた場所に移動した。テントは部屋が二つあるタイプでそこそこ大きいため、それが置けるだけの十分なスペースを探す。

 テントの設置、火起こし、夕食の準備と、やるべきことを進めていった。

 ある程度落ち着いたため、夕食を食べながらサフィールに俺達以外の誰かが採った時の白百合について話した。

「うーん、そんな深刻になって考えるようなモンじゃねぇとは思うけど、確かにちょっと気になるな。実は組織が採った可能性もあるんじゃね? 花嫁の薬じゃねぇ何かを作る為とかで」

「それなら根こそぎ持っていくだろう。自分達は十分な材料を手に入れられ、俺達の妨害もできる。奴らの可能性は低い」

 此処にやってきていたのなら徹底的に俺達の妨害をするだろう。時の白百合が育ちにくくなるよう、土壌の塩分を増やしたり、魔法道具を破壊したり。それができるだけの人手があるのだから。

「じゃ、やっぱり文明研究者がやった可能性が一番高いのか。俺らより情報もってそうだし協力できたらって思ったけど無理そうだな。国内だったらまだ連絡取れるかもしんねぇけど、国外だったら方法が無いからな」

「そうだね。此処に来た人の手掛かりが無いから、誰を見つけるべきなのかも分からないし」

 百合が掘られたのは最近。まだ国内に滞在しているかもしれないが、現在警察がまともに機能していない国に必要以上長くいるのは避けるだろう。恐らくいない。

「それに全く文明と関係無い第三者、薬学者や植物学者、奴らとは異なる敵の可能性もある。その人物を探すのは現実的じゃないな」

「だよなぁ。ま、掘った奴は一応警戒しとく感じだな。組織の奴らとは違う目的・方法でヤベーこと起こそうとしてるかもしんねぇしな」

 誰かが時の白百合を採った。それ以上の他に無いため、そのことを覚えておくことくらいしか今はできない。ソイツが何処かでそれに連なる行動を起こしてくれたら先に進めるが。

 この話はこれで終わった。無言で料理を食べ進めていく。

「うーん、何か二人に伝えることがあったんだけど思い出せねぇ……」

 サフィールが何やら唸っている。

 恐らく昼間言っていたあのことだろう。

「花嫁衣装や紅い月の雫の隠し場所候補についてか?」

「あー! そう、それだ! ちょっと待ってろよ、確かこの辺に」

 彼はスープの入ったカップを置き、服のポケットに手を突っ込んだ。

「あった、これだ!」

 四つに折り畳まれた紙が取り出された。広げると俺達の街の地図が現れた。赤い丸の印が所々に付いている。

「取り敢えず、人気の少ないとことか山とかを片っ端から選んどいた。ゴロツキがいる通りもちょっと考えてはみた。雑多なモンがいろいろ転がってて見通し悪いし、隠し部屋とかありそうな空き家もあるし。まぁ結局候補から除外したけどな」

 治安の悪い通りには、かつて裕福な身分の人間が住んでいた屋敷が幾つかある。数百年前に建てられ持ち主が改修しながら使っていた物だ、シェンベル美術館のように隠し扉や通路、部屋が残っているかもしれない。実際、奴らがアジトにしている屋敷にはそれらしき物があった。

 しかし、そこに不良や犯罪者が偶然辿り着いてしまう可能性がある、仕掛けの難易度にもよるが。

 盗られた衣装や宝石は闇ルートで売り捌かれるかもしれない。組織がそれらを手に入れ難くする、揃わないようにするだけならこの案でも問題は無い。しかし、神隠しを解決して皆を救うには衣装と宝石が必要、すぐに回収できる場所で管理しなければならない。

 また、万が一警察が近くに来た時の対策として、リュカ通り以外の場所にも奴らがアジトを用意している可能性がある。隠し場所にするには不安だ。

「俺的には山に全部隠してぇんだけど無理っぽいな。衣装と宝石、コイツら同士の距離をある程度離して埋めなきゃなんねぇてこと考えると、この山はちょいと狭すぎる」

「麓と中腹にそれぞれ二つずつ、頂上に一つが限界だろうな。どれか五つを山に、外に持ち出しにくいドレスは家に隠すとしても、あと六ッ箇所決めないといけない。どうするか」

「もう一つくらい、アメティスの家に隠してもいいんじゃないかな? 隠し場所候補の中ではセキュリティが一番しっかりしてるだろうし」

「たしかに、電子錠あるしな。絡繰りも使えばそう簡単に盗まれねぇと思う。その辺の地面の下に埋めるよりずっといいだろうな」

「分かった。比較的持ち運びにくいやつ、サッシュベルトかベールかマント、このうちどれか一つをそのまま家に置いておこう」

 これで決めるべき場所は最大五つになった。

 再び地図に目を通す。

「橋の下とか排水管とか、川付近は隠すのに向いてないよ。穏やかな間はいいけど豪雨とかで氾濫が起これば、隠した物が全部流されちゃう」

「流されるの防ぐ魔法道具的な物があっても駄目か?」

「家にある道具なら入れ物の固定を十分にできる。でも道具自体がそこそこ大きいから、通行人の目に止まりやすくなるかも」

「じゃあ無理だな。となると、同じ理由でマンホールの中も駄目か」

 候補を絞っていく。

 ある場所に目が止まった。

「遊園地か」

「あぁ、そこも今は閉鎖されてて従業員含めて誰もいねぇから候補にした。ただ、メンテナンスも取り壊しもされてねぇで放置されてっから、アトラクションの周りは少し危険だな」

 あの辺りはたまに通るがボロボロなのは一目で分かる。ジェットコースターや観覧車は錆び付いていて、風が吹く度に軋む。今はまだ平気そうだがそのうち骨組みが崩れてもおかしくないだろう。

 しかしお化け屋敷のような歩いて楽しむタイプのアトラクションや、休憩施設の方は大丈夫そうだ。奴らがアジトとして使用している廃墟と同じくらいの老朽具合だ。

「レストランみたいな建物なら比較的安全だろう。それと機械室や従業員用通路には鍵付きの扉がある。その中には暗証番号式電子錠が取り付けられている物もある筈だ。使えるようにしてそこに隠せば奪われる確率は下がる。隠し場所に適していると思うがどうだ?」

「遊園地と山の距離は結構離れてるしいいんじゃないかな? この広さなら最大三つ隠せそう」

「俺も賛成だ!」

 遊園地を利用するのは決まった。

「他に良さげなとこはルギュヴィーニュ公園かな。あそこも手入れが不十分だから入る人は殆どいないし、周辺の建物も少ない。無関係な人をなるべく巻き込まないで済むと思うんだけど」

 リュビスが指した印に視線を移す。

 ルギュヴィーニュ公園は山からも遊園地からも遠い場所にある、距離は問題無い。

 それにあの公園には薔薇で作られた迷路がある。剪定されずに好き放題伸びた茨によって、視界と足場はかなり悪くなっているだろう。

 敷地面積も広い。戦闘が始まった途端に周辺住民が怪我をする、あるいは人質に取られるといったことは避けられるだろう。

「他の公園とか廃墟とかも候補として残ってる、廃墟なら建物に備え付けの絡繰りもあるから、セキュリティの面から見れば勿論そっちの方がいい。でも、これらは何処もルギュヴィーニュ公園より人通りが多いし、人が住んでいる建物との距離も近い。できたら使いたくない」

 リュビスが理由を話し終えた後、サフィールは一瞬だけ目を見開いた。

「そもそも、隠し場所を街の中に限定する必要が無えな。さっきの女神像とか宝具がある場所を利用するのもアリじゃね? 人はそんなに寄りつかねぇ。古城とかは建物の至る所に謎解きがあるんだろ? 隠し場所として優良物件だぞ」

 俺達が脱出した後女神像の謎解きはどうなったのだろうか。元通りに戻ったのか、俺達が解いた状態でそのまま放置されているのか。前者であれば問題無さそうだ。

「女神像はもしかしたら使えるかもしれない。宝具の方は、どうだろうな。奴らがどこまで把握しているかにもよる」

「エメロード博士達から情報を得ているのなら全ての宝具の在処を知っているかもしれないね。私達が邪神を封印するのを阻止する為に、先に宝具を回収しにくる可能性は高いよ。もしアイツらがまだ調べ尽くしてない場所に隠したら、盗られるかもしれない」

 その予想は十分あり得るものだ。

 俺達が手鏡を持ち帰った後に奴らが此処を探索しにくる可能性がある、宝具がもう無いことを奴らは知らないのだから。

「うーん駄目か、いい案だと思ったんだけどなぁ。奴らが調べ尽くした場所、俺達には分かんねぇし」

 奴らが調べ尽くした場所。何か引っかかる。

 今までの調査で得た情報を頭の中で整理した。

 そこなら、もしかしたら。

「具体的な場所はまだ分からないが、手掛かりはあるかもしれない」

「本当か、アメティス!」

「あぁ、邪神が封印されてる教会の鍵の一つに銀世界のティアラがあっただろう。それが隠されていた場所なら奴らも来ないかもしれない」

「そっか。アイツらはティアラをもう手に入れている。そこに立ち入る必要はもうないから見つかりにくい、そういうことでしょ?」

「成程、アリだな。場所を調べねぇとだけど、紅い月の雫の在処も分かったんだ、なんとかなんだろ。あとはそこを見てから判断する感じで」

「そうだな」

 最後に何処に何を隠すかを決めた。

 山にイヤリングとアームカバーとベールを、家にドレスとマントを、遊園地に紅い月の雫とネックレスとサッシュベルトを、迷路にヘッドドレスとブレスレットを隠すことにした。

 また、ティアラがあった場所の詳細が分かり次第、山に隠した物の一部と紅い月の雫はそこに移すことにした。

 これでやるべきことは終わった。

 雑談をしながら夕食の時間を過ごしていった。


 夕飯の片付けを終えた後、テントの中に寝袋を広げるなどして寝る準備をした。

「念の為、外見張っておいた方がいいな。俺とアメティスで交代しながらでどうだ?」

「あぁ、分かった」

「そうそう。勿論リュビスはテントの奥で待機な、お前捕まるのが一番ヤバいことになるから。組織が来たら参戦する感じで」

 少し間を置いてから彼女は頷いた、その顔は少し歯痒そうだ。

 サフィールはそんな彼女をよそに腕時計を確認する。

「今八時半ちょっとか。朝七時に朝飯とかの準備をするとしたら、見張りが必要な時間は十時間くらいか。前半五時間が俺、後半五時間がアメティス、それでいいか?」

「問題無い」

「よし! じゃ、俺はこのまま外にいるから二人は休んでくれ。おやすみー」

「あぁ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 テントの入口を開けて先にリュビスを通す。彼女は中にあるジッパーを動かして奥に入った。

「ちょっと待った。これ、使ってくれ」

 彼女に南京錠とその鍵を差し出した。

「それで内側から鍵を掛けといてくれ。その、何があってもいいようにな」

「うーん、君もサフィールがいるから此処から入ってくるとは思えないけど……。テントそのものが頑丈だし、中にも外にも防犯グッズとか罠も置いてるし」

「できることは全部やった方がいいだろう」

「まぁそうだね。あ、そんなに不安ならアメティスもこっちで寝たらいいんじゃない?」

 その言葉で心臓が飛び出しそうになる。

 とんでもないことを言い出す。俺が何の為に鍵を渡したと思っているんだ。

 彼女にそういったことをする権利も資格も何もかもが俺には無い。そんな関係ではないし、彼女に手荒なまねや悲しませるようなことはしたくない。拒絶もされたくない。

 そんなことができるような状況下ではないことも重々承知している。

 だがしかし、俺も所詮は男だ。心理的・環境的な枷などが働いているため今は全くそんな気を起こしていないが、些細なきっかけで行動に移してしまう可能性は存在する。劣情は時に罪悪感も理性も全て破壊する。

 取り敢えず、最悪を避ける為に彼女の提案を否定しよう。

「テントが壊しにくいと分かったら奴らは此処を通ってお前を攫おうとするだろう。手前の部屋で寝ていた方が襲撃に早く対応できるだろう。サフィールと交代もしやすいしな。兎に角、朝になるまで俺達が守る、その間は奥の部屋にいてくれ」

 上手く反論できているだろうか。俺の表情は冷静さを保てているだろうか。

「そっか、そうだよね。分かった」

 リュビスは普段会話する時と変わらない反応で、南京錠と鍵を受け取った。大丈夫だったようだ。

 しかし、今のやり取りを経ても何も察しないのか……鈍感が過ぎる、もっと警戒心を持ってくれ。

 彼女はジッパーを再び動かしていく。

 が、少し閉めたところでその手は止まった。どうかしたのだろうか。

「ねぇ、アメティス。寝る前に少しいいかな? すぐ終わるから」

「あぁ、大丈夫だ」

「よかった。あのね」

 そう言って彼女は一度深呼吸をした。

「私と約束してほしいの。事件が終わるまで絶対に死なないって」

 彼女の両手が俺の左手を包み込む。

「女神像の中で言ったことの繰り返しになっちゃうんだけどさ、あの時、アメティスが死んじゃうんじゃないかってずっと怖かった。君は目的や周りの人の為なら、自分のことを後回しにするのを躊躇わないから」

「……ごめん」

「それが君の良いところでもあるから。で、君がそんな無茶を繰り返さないために何をしたらいいかを考えてみたの。勿論力ずくで止める以外の方法をね」

「それが約束か」

「うん。まぁ気休め程度にしかならないだろうけど、無いよりはマシかなって。言葉の力って意外と馬鹿にできないからね、何か危ないことをしようとした時、もしかしたら少しは思い止まるかも」

 彼女は自嘲気味に笑う。

「兎に角、約束して、お願い」

 そう言って左手の小指を立てた。

 それに答えるように俺は自分の小指を彼女の小指に絡めた。

「分かった、約束する。絶対に生きてこの事件を解決する」

「ありがとう。絶対に守ってね、破ろうとしたらどんな手を使ってでも阻止するから」

 脅迫に近い言葉だ。返す言葉は思い付かなかった。

 どんなことでも、俺が死にかけた時彼女は何をするのか。それはその時にならなければ分からないが、俺の望まないことをさせてしまう可能性もある。

 一瞬血の気が引いた。

 それを避ける為にどうするべきか一度考えないとだな。

 指切りをしていた互いの小指を解く。

「それじゃあ、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 彼女の部屋と俺の部屋が完全に隔てられた。

 見張りの為に今は休まなければ。

 寝袋に潜り込んで目を閉じた。

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