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青薔薇の花泥棒 一話「秘密の手紙」

 鐘の音が鳴る。授業が終わった。教授は話を切り上げて帰り支度を始める。 周りの学生も席を立ち講義室を出ていく中、俺は板書をノートにまとめる。内容を全て写し終えた頃には、講義室は殆ど空になっていた。

「よっ、アメティス」

 後ろから声を掛けられる。

「サフィール」

 振り向いて友人の名を呼ぶ。

 昨日連絡した通り俺のところに来たようだ。サフィールは机の上に放置していた俺のノートを手に取り、勝手に捲っていく。

「お前相変わらず馬鹿真面目だよな。共通科目でノートを何十ページも書き込んでる奴そうそういないぜ?」

「別に普通だ」

「いやいや。普通黒板に書いてあること以外メモらねーよ。自分で調べた内容とか考察まで書いて、研究でもやるつもりか?」

 この程度、課題レポートと大して変わらない。本気でこの内容を研究として取り組むなら、論文や専門書をもっと読み込む。

 ゆっくりと息を吐き出し、サフィールの顔を睨み付ける。。

「テストの度に、この馬鹿真面目ノートを見せてくれって泣きついてくるのは誰だ? 四の五の言うなら貸さないか――」

「あああ! 俺が悪かった! もう文句言わねぇから。そのノート無えと単位がヤバいんだ。この通り、頼む!」

 サフィールは両の手を合わせながら頭を下げる。

「落単しそうなら自分でちゃんと勉強しろよ。でもまあいい、許す」

「ありがてぇ……! 流石俺の親友」

 全く、相変わらずだな。

 周りを見渡す。俺達以外誰もいない、本題に入っても問題無い。

「で、こっちの用件なんだが」

「あぁ、わざわざ呼び出したってことは、手紙だろ?」

 俺は鞄の奥底にしまっていた白い封筒を取り出し、サフィールに渡す。

「後はいつも通り、頼む」

「はいはい、お前がいいって言った時か、お前に何かあった時になるまで読まねぇ。わーってるよ」

 呆れた顔でサフィールは溜息を吐く。耳にタコができるほど言い続ければそんな反応もする。

 俺はこの矛盾した行為を何度も繰り返している。手紙に書かれた秘密を打ち明けて、何かが起こる前に協力してもらいたい。しかし全てを伝えることは、俺の身勝手で醜い行為も明かすことになる。巻き込んでいいことではないのも理解している。

 あれから二年程経ったが、気持ちの整理をつけ切れていない。

 親友と思っているなら、今すぐにでも俺の声で真実を告げるべきだ。

 それができないということは、俺は心の何処かで彼を信じ切れていないのだろうか?

「どうした? ぼーっと立ち尽くして」

「いや。悪いな、手紙の内容話せなくて」

「なんだ、そんなことか。別にキレたりしねぇよ。そりゃ中身は気になる。でも、どんな奴にだって誰にも知られたくねぇ秘密が一つや二つあるだろ? 今お前が言いたくねぇって思ってんなら、俺は聞かねぇ。心の準備ができた時に全部喋ってくれれば、それでいい」

 サフィールの群青の瞳が俺を見つめる。

 その目に曇りは一切無く、今の言葉に嘘偽りが無いことを証明している。

 その言葉に救われる。

「あぁ。……ありがとう」

「あ、無茶しようとした時とかは例外な。お前限界ギリギリでも、いろんなモン一人で抱え込もうとするし。そん時は全部問答無用で吐いてもらうからな、覚悟しとけよ」

 睨んだ顔で詰め寄ってくる、圧が凄い。

「わ、わかった。無理をする前に伝えるよう善処する」

「そこは無理をしないって言い切れよ。まぁいい、約束だからな」

 サフィールの表情がいつもの快活な笑顔に戻る。

「これでこの話は終わりだな。それじゃ帰ろうぜ」

 特にここにいる意味も無いため、鞄にノート類をしまって帰り支度をする。

 準備を終えてサフィールと一緒に部屋を出る。廊下に入ってすぐ、見慣れた真紅の瞳と目が合った。別の講義を受け終えたリュビスがこちらに来る。

「どうした? リュビス」

「いや、大した用じゃないの。今朝伝え忘れてたことがあって。今夜大学に用事があって帰り遅くなるから、先に晩御飯済ませてて」

「そうか。俺も今夜用がある。俺がお前より早く帰ったら、晩飯作って待ってる。遅くなる場合は何か買ってくる」

「わかった、ありがとう」

「用って、いつもみたく研究発表の見学か?」

「うん。あと医用生体工学の先生にもいろいろ質問しにいこうかなって。レポートの参考の為に」

「おじさんが持ってる本じゃ駄目なのか?」

「義肢に関する本は一応あるけど、お父さんの専門外だからやっぱり数が少なくて」

「成程」

 先生と生徒、どちらにとっても有意義な時間になりそうだな。機械は彼女の専攻ではないが、機械技師のおじさんの元で育ったため知識は十分にある。結構核心を突いた質問をするだろうから、長い意見交換が始まりそうだ。

「そろそろ時間だ。それじゃあ、いってきます」

「あぁ。いってらっしゃい」

 彼女は小走りで此処を去るが少し先でよろめく。どうやら急ぐあまり、誰かとぶつかったようだ。

 青白い肌で白髪が混じった黒髪のやつれた壮年の男。

 レオトポディウムさんか。研究資料の提供か何かで今日はたまたま来ていたようだ。

 リュビスは彼に何度も頭を下げ謝罪をする。

 彼は問題無いと言うように微笑み、彼女を落ち着かせる。

冷静さを取り戻した後、彼らは別れた。リュビスはまた急ぎ足で移動し、階段を上っていく。

 また誰かと衝突しなければいいが。

 一歩踏み出すとあるものが目に入る。

 黒い霧。

何故これが部屋の中に?

「ったく、誰だよ窓開けた奴、ちゃんと閉めとけ」

 サフィールはこんなことを言うが、見渡しても開いている窓は一つも無い。

 他に霧が入ってきそうなところは見当たらない。

この辺りで何かが変わった様子は無い。あの二人以外の人物もいない。

「なぁアメティス。お前、いつになったらリュビスと付き合うんだ?」

「……は?」

 唐突な質問に間の抜けた声が出た。

 俺が彼女と?

「え、もしかしてもうそういう関――」

「んなわけあるか」

 全力で否定する。

「冗談だよ。でも噂になってるぜ、トップクラスの文武両道の美青年と、これまたトップクラスの才色兼備の女の子、お似合いのカップルってな」

 そのトップクラスっていつの情報だ、高等部の時の情報じゃないのか。

「どうしてそんな噂が立つんだ」

「お前ら授業以外でよく一緒にいるし?」

「男女の友人同士でも一緒にいるだろ」

「さっきみたいに二人っきりで同居してんの丸分かりな会話するし?」

「同居しているのは神隠しとかで周りが物騒だから。その辺の事情はお前も知ってるだろう」

 両親を失った俺を気に掛けたリュビスの両親が提案した同居、それに恋愛的な意味は無い。

 彼女の両親が神隠しによって行方不明になってしまった後も、成り行きで続いている。

 ただそれだけだ。

「俺はその辺十分理解してっけど、他の奴らは違えからな。聞きかじったことからあれこれ想像すんのが楽しいんじゃねえの、知らねぇけど」

 俺にとっては普通の行動でも、周りからはそう見えないのか。

 とりあえずサフィールの話に、リュビスを中傷するような内容は無い。

 彼女や他の誰かに被害が無ければいい。

「で、お前いつになったら付き合うんだ?」

「まだ訊くのか……」

「勿論」

 これは何かしら言わないと解放されないやつか。

「何をしても無駄だ。男として見られていない。二人で暮らすようになって一年半くらい経つが、そういった意味で警戒されていない」

「告らねぇと意識してもらえねぇと思うぞ。アイツ、恋愛に関して無茶苦茶鈍感だからな。お前ら昔から二人っきりで出かけることよくあったから、デートしても気付いてもらえねぇだろうし。幼馴染みで昔から距離感近えし。兎に角、行動だけじゃ進まねぇ」

 それは分かっている。ただ伝えた時玉砕するのが怖い。その後、今まで通り幼馴染みとして彼女と接せられるとは思えない。俺に今の関係を壊す勇気はまだ無い。

 それに。

「告白する勇気があったとしても今はできない。ケリが付いていないことがある」

「ケリが付いてねぇ……さっきの秘密のことか?」

「そうだ。だから、それまでは何があっても言わない」

 これだけは譲れない。

「なんか、絶対に成し遂げなきゃいけねぇ大事なことみたいだな」

「あぁ、悪いがそれまではお前の助言も後押しも無視させてもらう」

「別にいいけどよぉ……手遅れになっても知らねぇぞ」

 ため息を吐かれた。

 外に出るとサフィールは止めていたバイクに跨がる。

「じゃ、また明日な」

「またな」

 彼が乗ったバイクが遠ざかっていく。

 時間、予定には間に合いそうだが念のため急ぐ。

 ……手遅れ、か。

 俺が今までやってきたことと、今からやろうとしていること、目的、償い。それら全てを達成・清算するのに何年かかるのか。

汚れきった手のままじゃ彼女に相応しくない。終わるまで彼女を待たせるわけにはいかない。

 俺の恋心はきっと何処にも行けないままだ。


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