青薔薇の花泥棒 十八話「他者の形跡」
バイクを走らせて一時間半、朽ちた石造りの壁に木が幾つも絡みついているのが映った。
移動手段を徒歩に切り替えて進んでいく。
壁の門をくぐり抜ける。門の先の道は表面が削られて艶を失った宝石で舗装されている。
「ほー、聖地の森とは雰囲気が全然違うな」
「そうだな」
聖地の方は大きな岩や倒木が散乱しており、常緑樹が生い茂っていた。女神像を除いた人工物は一切無かった。
こちらはヒビだらけの門や家など、かつて人々が暮らしていた形跡が残っている。
「目的の古城はまだまだ先、でも門はそこにある。この森は数千年前、かなり大きな城下町だったんだろうね」
「あぁ、当時の基準じゃかなりの大都市だな」
入口の壁は湾曲していた。森の向こう側がどうなっているかを見ていないため推測になるが、この街は環状囲壁で守られていたのだろう。城と此処までの距離は約六キロ、城を中心とした時都市の面積は約百十三平方キロメートルとなる。かなり広い。
宝具の管理を任されていた都市だ。宝具を狙う者から守る為に軍事力や技術力を高めてきた結果、ここまで発展したのだろう。
少なくとも技術力が高いのは確かだ。数千年という時間が経っているのにどの建物も崩れていない。恐らく女神像の建築技術を簡略化した方法で建てられたのだろう。
「あっ! そういえば、花嫁衣装に掛ける薬の材料の一部は宝具がある場所の近くにあるんだよな? この城の近くはどうなんだ?」
「この辺りには青い印が付いてたからあるはずだよ。材料は時の白百合って花」
「じゃ、今日は城探索しねぇでそれ探そうぜ。女神像よりかはマシだけど、城もそこそこ危険なんだろ? 明日体力・魔力全快の時に入った方がいいんじゃね?」
「それでいいと思う、アメティスはどう?」
「俺も賛成だ」
「決まりだな。ありそうなとこ片っ端から探そうぜ」
「お前はまず花の見た目を確認しろ」
荷物から薬草図鑑を取り出して、時の白百合のページを開いた状態で渡す。
「ほーん、光る百合なのか。これなら見つけやすそうだな」
ザッと目を通すと返してきた。
足下に注意を向けながら歩いて行く。
もう少ししたら夕暮れ時だ。特徴的な光が目立つため、今日中には手に入れられそうだ。
入口周辺は雑草やノースポール、パンジーなどが咲いていた。
奥の方へ進んでいく。
「何だ、あれ?」
サフィールの視線の先には、壁、天井、全てがガラスのような何かで造られた建物がある。
中で大量の植物が茂っている。
「温室みたいだね。もしかしたらこの中にあるかも、入ってみよう」
「そうだな」
温室らしき建物に近付く。こちらもあちこちにヒビが入っている。
手袋をしているため破片が刺さることはないだろうが、気を付けながら扉を開ける。
中では色とりどりの花が咲き乱れている。
これだけの数と種類があれば一輪くらい残っているだろう。
腹部まで伸びた雑草をかき分けながら探していく。
花は種類ごとに分けられている。白い花の区画にだけ集中すればよさそうだ。
花が無い区画にはショベルやスコップのような道具が複数あり、ひとりでに動いて土を耕している。
じょうろのような物が温室全体を飛び回り、浮きながら水を撒いている。
どの道具も魔法石が嵌め込まれている。数千年経っても壊れない魔法道具か、サクトゥリヒ・シュテラ文明の技術力はやはり人知を超えている。
向こうの方、雑草から白い光が漏れている。
もしかしてあそこか?
光の下まで歩いて行く。
「おっ、時の白百合発見!」
サフィールが雑草を退かすと大量の白百合が広がっている。
百合のおしべとめしべは時計の長針と短針のような形をしている。花弁や茎の周りには文字盤の形をした光が浮かんでいる。時の白百合という名前に相応しい姿だ。
「早速掘り起こすか、何輪必要なんだ?」
「手記には二輪って書いてあるけど、失敗する可能性も考慮しないとだから多めに欲しいな。全部持っていくわけにはいかないから、十本くらいかな」
「了解!」
サフィールは荷物からスコップを取り出し百合の根元を掘り始めた。
俺達も荷物から道具を取り出そうと鞄に手を入れる。
「あーお二人さん、ここは俺一人でいいぜ」
「え? でも――」
「俺、女神像で何の役にも立たなかったからな。これくらい俺に任せてくれ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「頼んだ」
「おう!」
サフィールは作業をひたすら進めていく。
その間ただ立っているだけなのは落ち着かない。邪魔にならないところで散歩してくるか。
辺りが少し暗くなったことで百合の光が際立ってきた。
真夜中になればさらに輝きが増し美しい光景が視界を埋め尽くすことだろう。
あれ? 向こうの方、光が少し弱いな。行ってみるか。
此処だけ花の数が少ない。
足下に目を向けると掘り返された跡が映った。
その部分を掻き分けてみる。千切れた根や花弁は埋まっていない、綺麗に取り出されている。侵入した野生動物によるものではなさそうだ。
となると人間によるものということになる。俺達以外の誰かが来たということだ。
「どうしたの? 足下なんか見つめて、手袋も泥だらけだし」
リュビスが後からやってくる。
「あぁ、ちょっとな」
俺は今覚えた違和感を彼女に伝えた。
「成程、だから此処で立ち止まってたんだ」
「あぁ」
「私達と同じように薬を作ろうとした人がいたってことだよね。エメロード博士みたいにサクトゥリヒ・シュテラ文明に関わる人の内の誰かが」
「一般的な百合の開花から枯れるまでの期間は一週間から二週間だ。薬草図鑑を読んでみたところその期間について特に言及が無かった。時の白百合も同じくらいと考えていいだろう。つまり、花が掘り起こされたのはつい最近ということになる」
「となると、エメロード博士は勿論、アイツらに拉致された研究者達が持っていった可能性はだいぶ低くなるね」
「そうだな」
奴らに監視されている父さん達が採りに行けるはずが無い。
まだ奴らに捕まっていない研究者、奴ら、全く関係の無い人物、この三つの可能性が考えられる。
「まだ連れ去られていない研究者がやった可能性はあるのかな。そもそも、まだ残っているのかな。アイツらは自分達の計画に必要な情報を得る為、そして計画を阻止する術を持つ人物を自分の監視下に置く為に博士達を攫った。神隠しを利用して自分達の元に人を集めているとしたら、他の研究所の人達もいなくなってるんじゃないかな」
「国内の研究者はもう残ってないだろうな。だが、文明の研究者は他の分野に比べると少ないが世界中にいる。流石に全員を消すのは不可能だろう」
「あぁそっか。国外の人が調べに来た可能性もあるんだ、頭からすっかり抜けてたよ」
「まぁ、世界各地で神隠しなんて不気味な現象が起きてる中、国外に出て研究する奴なんかいない。そう思っても仕方ないだろう」
リュビスの俯いた顔が少し戻った気がした。
「取り敢えず、研究者の可能性もあるってことだね」
「あぁ。もしその可能性でないのなら、奴ら、もしくは文明とは関係無い何かで花の存在を知った第三者のどちらかになる。後者は分からないが、奴らが掘った可能性は文明研究者がやった可能性より低いだろう。奴らに花嫁の薬は必要無いか――」
「おーい、お二人さーん、終わったぞー」
両手で袋を抱えたサフィールがこちらに向かって歩いてくる。袋から百合の花が覗いている。
「これで足りるか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
「ありがとな」
「これくらいお安いご用だ。あーっと、そろそろ暗くなってきたし、キャンプの準備しようぜ」
ガラスの外は藍色と橙色が組み合わさった空が広がっている。
夜に土地勘の無い場所を動き回るのは危険だ。
「そうだな。急いで火を起こした方がいい」
「じゃ、さっさと此処を出ようぜ」
サフィールは花を散らさない程度の早歩きで入口に向かっていく。
「この跡のこと、サフィールにも話す? 重要かどうかはまだ分からないけど」
「一応な。情報はなるべく共有しておきたい」
「分かった」
会話を終えてサフィールを追った。