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青薔薇の花泥棒 十四話「第一の謎」



 二回目の入室ではまず閉ざされた扉の前に設置された男女の像を調べることにした。

 像は台座の上に乗っている。女性の像はウェディングドレスを身に纏っている。ドレスや装飾品は青薔薇の花嫁衣装と類似している。男性の方はフロックコートを身に着けている。

 女性は男性の胸ポケットに向けて右手を伸ばしている。手は何かを摘まむ仕草をしている。

 男性は跪きながら何かを差し出す仕草をしている。

 彼の胸ポケットは中に物が入るようになっている。腰のポケットはそうなるよう彫られていない。

 女性の右手と男性の胸ポケットに何か意味はあるのだろうか? 

 次に台座に目を向ける。サクトゥリヒ語の文章が彫られてる。文の下には黒いボタンがある。

 辞書で翻訳してみる。

『彼女が望む花を彼に届けよ、彼らに女神の祝福を与えよ。さすれば道は開かれる』

 古文書とほぼ同じ内容、正解の花束を作って男性の像の手に持たせればいいらしい。

 ただ、この女神の祝福というのはなんだ? 古文書には載っていなかったが。

「殆ど古文書と一緒だけど、この女神の祝福って何だろう? 花束を作るだけじゃ駄目ってこと?」

 リュビスもこの文章に違和感を覚えたらしい。

「まだ分からない。ここにある物を調べないことには何とも言えない」

「そうだね」

 棚の中身を分担して調べてみる。

 様々な花や魔法薬が所狭しと並んでいる。鉱石など今のところ使用用途が不明な物まである。

 まずは花を見てみる。種類ごとに分けて保存されている。

 何千年も放置されて本来ならとっくのとうに朽ち果てているであろう花々はどれも色鮮やかだ。

 誰かが取り替えている可能性は限りなく低いため、魔法で状態が保たれているのだろう。あるいは本物の花そっくりに作られた特殊な何かか。兎に角、永遠の花と呼ぶに相応しい物達だ。

 ん? これは何だ。

 花の中に本が一冊紛れている。何ページか目を通してみると、ここにある花の挿絵とその説明文のようなものが映った。

 絵が全体の半分以上を占めているからか一ページ辺りの文字数はそう多くない。しかし、厚さが一センチ程あるため全てを訳すには二、三十分掛かる。一通り調べてから手を付けるか。

 次は薬品類。ガラス瓶の蓋に針金で恐らく名称が書かれた紙が取り付けられている。

 翻訳すると見知った物から未知の物まで幅広く用意されていることが分かる。水や珈琲など、ただの飲み物も揃っている、流石に飲む勇気は無いが。

 花が十分に保存されているためこれも多分使える状態だろう。謎解きで必要なのに機能しないなんてことは無いだろうしな。

 薬品棚の隅に封筒が隠れている。これも後で読んでみよう。

 鉱石の棚には宝石や水溶性の物、そこそこ有毒な物など豊富な種類が容器にしまわれている。しかし、緑の宝石だけは全く見当たらない。次の謎の手掛かりを得られないようにする為か。

 ここにも封筒がある。全部でいくつあるのだろう。

 最後の棚は花瓶や天秤などの器具、リボン、歯車など統一性が無い。

 割れ物以外は木箱の中で纏められている。箱の中に封筒は無い。

 箱同士の隙間に何か紙切れが挟まっている。これも重要だろう。

 箱の中の物は全て取り出して床に並べておく。ここにある以上、何かは使うだろう。

「アメティス、そっちは何か見つかった?」

 別の棚を調べていたリュビスが小走りでやってきた。

「あぁ。本一冊と封筒二通、それと紙切れ一枚があった。本は簡易的な花の図鑑のようだった。そっちはどうだ?」

「こっちも同じでメモ一枚と本一冊と封筒二通。本には挿絵が全く無かったから図鑑ではないと思う。取り敢えず、まずはメモから翻訳してみようよ。辞書貸してくれる?」

「勿論」

 手元の辞書を彼女に渡す。

 彼女は辞書のページとメモを見比べながら、自身の手帳に文を書いていく。

 数日間、この辞書とサクトゥリヒ語とにらめっこし続けた。そのお陰か、短文ならお手の物といった感じで訳文が完成した。

「『棚の物は好きに使って良い。切るなり溶かすなり、汝らの意のままに』って書いてあるみたい。花とか鉱石とか、多少の加工は許される感じだね」

「そうだな。煮るなり焼くなりと表現しそうな部分が、刻むなり溶かすなりになっているのが気になるな」

「何かをそうする必要があるっていうヒントかも。ただ花を選ぶだけじゃ解けないと思う」

 花を選ぶだけで次の部屋に行けるなど警備が甘すぎる。流石にもう一ひねりいるだろう。

 取り敢えず、棚の中の物は傷付いたとしても問題無さそうだ。即死の危険性は少し下がった。

「そっちのメモも何か注意すべきことが書かれているかも。訳してみよう」

 俺が見つけた方も解読していく。

「『秘密は歯車が握っている』か。さっきそこの箱から歯車があるのを見た。何かに使うんだろう」

「その何かは多分絡繰りだよね。何処かで見掛けたかな?」

「分からない。木箱から物を取り出している時、中身の一つ一つを確認してなかったからな。よく弄ってみたら絡繰りだった、なんてこともあるだろう」

「これだけ数があったらね。後で調べてみようか」

 床に並べた物に視線を向ける。

 ガラスの花瓶など、絡繰りとは思えない物を除いてもそれなりの数だ。

 幸い、この部屋に時間制限は無い。後でじっくり確かめればいい。

「次は手紙四通を翻訳するか。文章量が多いから本は後回しだ」

 封筒を開封して便箋を取り出す。

 協力して解読していく。

 古文書とは違って小難しい単語は使用されていない。特殊な会話表現も無さそうだ。

 読み進めてみたところ男女のやり取りのようだ。

 時系列順に並べ直して改めてヒントになる部分のみに目を通す。

『 あと一ヶ月で僕らの婚礼の儀だ、待ちきれないよ。

 その時渡す花束についてだけど、周りの人と同じじゃちょっと味気ないよね。

 だから他の花も加えて、君だけの特別な花束を作りたい。

 村長に訊いたら、十二本の青薔薇を渡すことは仕来りだから変えられないけど、

 他の花を追加するのは問題無いと言っていたよ。

 僕は君が望む花を贈りたい、何が良い?』

 成程、青薔薇十二本は確定で必要なようだ。

『 私だけの花束? 嬉しい。

 我儘と思うかもしれないけれど、次の三つの花を入れてほしいわ。

 一つ目は紫水花、私が一番好きな花なの。

 二つ目は星影草。貴方と初めて見た流星群、あの時の感動を思い出させてくれる花だから。

 三つ目は、貴方に選んでほしい。貴方が私を想って選んだ花がどんな物か見たいの。

 沢山注文してしまったわね。

 こんなお願いでも聞いてくれる?』

 選ぶ花は三種類。

 そのうち一つは名前も分からない。別のとこから種類を特定するしかない。

 他二つもあまり聞き慣れない物だ。名前からどんな見た目か想像できない。

 この花の本に載っているだろうか。

『 君に渡す花が決まったよ。

どんな花かは儀式の日まで秘密、楽しみにしていてね。

あ、そうそう。十二本の青薔薇の儀式についてなんだけど、どの薔薇にするか決めた?

決まっていたらこっそり教えてほしいな』

 青薔薇の儀式。ただ十二本の青薔薇を花束に追加すればいいという感じではなさそうだ。

『 駄目、内緒よ。

貴方の胸ポケットに挿すまで待っていて。

お互い選んだ花は秘密にしましょう』

「これで終わりみたい、他に手紙が隠されてるってことは無さそう。アメティスが持ってる本、花図鑑みたいなんだよね。そこから紫水花と星影草のページを探してみよう」

「あぁ」

 今度は図鑑と辞書を見比べる。

 各ページの一番上にある大きな文字が花の名前だろう。そこだけ訳していく。

 現代でもよく見られる花もいくつか載っている、そのページは飛ばしていく。

 三十八ページに紫水花、六十二ページに星影草の名前があった。

「見つけた。棚の何処かにあるだろう、探してくる」

「うん、お願い。その間こっちの方調べとくね」

「頼む」

 リュビスはもう片方の本とにらめっこを始めた。

 花の棚へ向かい、パッと見似たような花を取り出す。

 取り出して視線を花と図鑑へ交互に動かす。図鑑と異なる部分があったら戻す。

 これを数回繰り返すうちに紫水花と星影草の二つは見つけた。

 紫水花は、茎に沿って小さな紫の雫が幾つも流れて滴り落ちているような姿をしている。

 花弁は宝石のように光を反射していて触ったら固そうな感じがする、実際は柔らかいが。

 星影草は銀色の細い花弁が放射状に広がった花だ。花弁の一部は他より長い。暗い場所では一番星と一瞬見間違うほど煌びやかだ。

 どちらの花も名は体を表している。

 目的の花のうち二種類は手に入れたが、どれだけ棚を漁っても青薔薇は出てこない。

 白薔薇が十二本、それ以外に薔薇は無い。

 これらを染めるなり塗るなりして青くする必要があるのか、それとも何処かの絡繰りに青薔薇が隠されているのか。どちらが正解かはまだ分からない。

 それと手紙のやり取りにあった女性が選んだ薔薇、それがどのような物かも不明だ。

 この白薔薇の中にあるのか? 

 どれも目立った特徴は無く判別がつかない。

 これらを加工することでしか正解に辿り着けないのであれば、区別する方法も探さなければならないな。

 白薔薇を含めた三種類の花を抱えてリュビスの元に戻る。

「おかえり。お花あった?」

「ただいま。紫水花と星影草はある。青薔薇は棚に置いてなくて薔薇は白しかなかった」

「成程。薔薇についてはもう少し情報が必要みたいだね、後で探してみよう。そうそう、こっちの本の翻訳、重要そうなところだけだけど終わったよ。手紙の男性の日記みたい」

「ありがとう」

 早速読んでみる。

『彼女に贈る花、沢山あって迷ってしまう。どんな花も彼女に似合うから。

 花図鑑を見ながら決めよう。花言葉も載っている物を。

 彼女を表す言葉も自分が伝えたい言葉も、どちらも含む花がきっとあるだろう。

 真摯、温かい心、永遠の誓い。

 これだ、この花にしよう。僕の望みが全部詰まっている。

 儀式では、花嫁が十二本の薔薇の中から最も大切にしたい意味を持つ花を花婿の胸元に挿す。

 その時僕からも何を一番大切にしたいかを伝えたい。

 彼女はどの花を選ぶだろう?

 願わくは、僕と同じ意味を――。   』

 花言葉から目的の花を逆引きしなければならないようだ。

 図鑑を開き手紙の三つの花言葉と同じ単語があるページを探す。

 翻訳も単語を見つけるのもだいぶ慣れてきたな。

 あ、あった。

 悠徳蓮というようだ。直径五センチほどの小さな薄桃色の花弁を付けるらしい。茎と葉は無色透明、そんな特徴があるのか、非常に珍しいな。

 棚の中にあるか確認しにいく。手前の目立つところに二本ある。

 実物はガラス細工のようだ。少し力を加えただけで折れてしまいそうで、つい慎重な持ち方になる。両手の掌の上に乗せて握らないようにしながら運ぶ。

「あ、三つ目も見つけたみたいだね」

「あぁ、残るは青薔薇だけだ。このメモの歯車をどうにかしないと駄目そうだな」

「そうだね。ここに並んであるの調べてみよう」

 まずは床に放置しておいたガラクタの中から歯車を探し出す。

 大小様々な金の平歯車を九つ拾い上げる。

 次に歯車を嵌められそうな物が無いかガラクタを弄ってみる。

 異常がある物は今のところ無い。

「アメティス、絡繰り箱一つ見つけたよ」

 リュビスが解きかけの箱を持ちながら向かってくる。

 箱の側面で歯車が組み立てられている、しかし幾つか抜けていて仕掛けが作動しないようだ。

「こっちも歯車を回収した恐らくこれで全部。使うか?」

「勿論。全部借りてくね」

「分かった。その間他に何か無いか見とく」

 再びガラクタを漁る。

 お、この箱、側面がずらせる。

 順番に仕掛けを解いていく。

 側面の下にはリュビスが解いている仕掛けと同じ物が隠れていた。

 他にも何か無いかいろいろ手に取ってみる。

 これで調べ尽くした。この箱以外にはもう無いようだ。

「同じ仕掛けの箱があった。歯車残ってるか?」

「うん。あ、こっちはもう解き終わったよ、中にメモが入ってて今翻訳してるところ」

「あぁ、ありがとな」

 既に組み込まれた歯車の正しい回転方向を確認した後、受け取った歯車を仕掛けが作動するよう正しい位置に嵌めていく。

 組み立てが終わった瞬間、歯車が勝手に回り出した。それと同時に天面がスライドして中身が露わになる。中身は何かのメモと紙の束。紙の束は六枚で構成されている。

「アメティス、翻訳終わったよ」

「随分早いな」

「歯車渡した時にはもう半分くらい進んでたから。はい、これ」

「ありがとう」

 彼女から手帳と原文のメモと辞書を受け取る。

『青薔薇の儀式 手順

  一 客人から、感謝・誠実・幸福・信頼・希望・愛情・情熱・真実・尊敬・栄光・努力・永遠の意味が

    それぞれ込められた青薔薇を花婿が順番に受け取る


  二 花婿が薔薇を纏めて花束にする


  三 プロポーズの言葉と共に花束を花嫁に差し出して、花婿は十二の薔薇の意味を花嫁に誓う


  四 花嫁は花束の中から最も大切にしたい意味を持つ花を一本抜き取り花婿の胸元に挿す


  以上の手順を踏むことで女神からの祝福を得ることができる』

 成程。祝福の与え方は分かった。

 原文が載ったメモの方に視線を移す。ある単語が丸で囲まれている。

 永遠、のようだ。この意味を持つ薔薇を女性の手に持たせればいいのか。

 ついさっき手に入れた紙切れと紙束を翻訳してみる。

 紙切れの方は花の染色方法、紙束は水溶性物質のリストのようだ。

 既に知っている内容だ、詳細は訳さなくていいか。

「その紙、もう一つの箱に入ってたやつ?」

「あぁ。内容は花の染色方法と水溶性物質のリストだ」

「ということは、この白薔薇は染めないと駄目みたいだね。十二本でこの大きさだと結構量がいるかも。青インクとかいろいろ探してくるね」

「分かった、俺も使える物を取ってくる」

 お互いまた棚の中を物色する。

 花瓶に水を注いでそこに見つけた物を溶かしていく。有毒な物は他の薬を混ぜて無毒化する。

「これだけあれば綺麗に染まるかな」

「大丈夫だろう」

 薔薇を挿して青い水を吸わせる。花は瞬く間に海の青を身に纏った。

「こんなにすぐ染まるなんて、予め魔法が掛けられていたのかな。あれ、ここ、何か書いてある」

 彼女が指した花弁に白い文字が浮かんでいる。白薔薇と全く同じ色で花弁と同化していたが、花弁が青くなったため読めるようになったのだろう。

 この単語、ついさっき見掛けたな。

「誠実か。恐らく他の薔薇にも何かの単語が刻まれているだろう」

「あぁ、儀式の。じゃあ永遠の薔薇だけを除いて花束を作ればいいんだね」

 彼女は永遠以外の薔薇を花瓶から取り出し、他の花と纏めた。

「いや、俺が作る。沢山翻訳させててなんだか悪いからな」

「いいのいいの。それなら私だって君にいろいろ取りに行かせてるし。それにこんなのすぐだから」

 彼女はそう言いながら花束に白いリボンを巻いた。そして蝶々結びした後余ったリボンを切り、最後に花を整えた。

「よし、これで完成。それじゃあ像のところに持っていこうか」

「あぁ」

 花束を男性の両手に、永遠の薔薇を女性の右手に持たせた。勿論、永遠の薔薇の茎は男性の胸ポケットに入れた。

 あとはスイッチを押すだけだ。

「合ってるとは思うけど、やっぱり怖いかな……」

 リュビスがスイッチに伸ばしかけた手を止めて呟いた。

 間違えれば命は無い、そんな状況では躊躇うのが普通だ。

「大丈夫だ」

 それだけ言って俺はスイッチに触れた、指の震えを抑えながら。

 手が汗で湿ってきた。心臓の音が喧しい。

 この部屋の謎に対して疑問は無い。正しい答えを導き出せている。

 何も心配することは無い。いつも通りにしろ、リュビスを不安がらせるな。

 彼女の指先がスイッチに届いた。

 目を合わせた後一緒にスイッチを押す。

 一瞬目を閉じた。

 石同士を擦り合わせた音が耳に入ってきた。

 像の先の扉がスライドして先に進めるようになっている。

「やった! 開いたよ、これで一歩前進だね」

「あぁ、そうだな」

 彼女の暗い顔が一瞬で安堵の表情に変わった。

 この部屋にもう用は無い。

 外に足を踏み出し二人でこの部屋を後にした。

 紫水花、星影草、悠徳蓮は全てこの小説のみででてくる架空の植物です。

 また、この小説ではダーズンローズやサムシングブルーを取り入れていますが、実際の物とは異なる点がいくつかあります。ご容赦ください。



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