青薔薇の花泥棒 十二話「聖地へ」
情報を得てから慌ただしく時間が過ぎていき、ついに土曜日になった。
聖地の謎解きについては、新たなヒントは得られなかった。
古城の方は、隠し部屋にある巨大金庫に宝具があることが分かった。金庫のある部屋に辿り着くには絡繰り錠や謎解きがある部屋を幾つも潜り抜けなければならないようだ。
絡繰り錠は文章を読んでみたところ、俺が今まで侵入してきた美術館や博物館の隠し扉の物と類似しているためどうにかなりそうだ。聖地のような呪いも時間制限も無いようだ。
問題にもよるが謎解きで誤った解答をした際のペナルティは特に無し、城の外に追い出される場合が殆どだ。終盤の数問は怪我をするタイプのペナルティだが、防御を万全にしていれば重傷を負うことは無い。油断は禁物だが、聖地よりはずっと安全そうだ。
兎に角、ある程度の情報を手に入れられたため二日掛けて古城の方も向かうことになった。
まずは聖地へバイクを走らせる。サフィールの後ろを俺とリュビスが着いていく。
街から離れるにつれて野生のモンスターが増えていく。そのうち何体かは襲い掛かってくる。
こちらに飛びかかろうとする度にリュビスが魔法でソイツらを怯ませる。その隙にアクセルを強く踏んで逃げる。今はモンスターに構っている余裕は無い。
暫くすると目の前に緑の塊、森が現れた。隙間から白い何かが覗いている。
あれが目的地だな。
モンスターを躱しながらさらに進んでいく。
灰白色の女神像がかなり大きく見えてきた。あと数十分で着くだろう。
暫くすると木の根が地面に広がっているのが映った。速度を落としてその手前で停めた。
「こっから先は徒歩じゃねぇと無理だ。根っこが凸凹してて邪魔だし、木で視界が悪ぃからな」
「了解」
ヘルメットを外して後ろに座っているリュビスの方を向く。
「大丈夫か? 車酔いしてないか?」
「うん、平気」
彼女はそう答えて必要な荷物を取り出し始めた。俺も準備をする。
いつもの泥棒用の衣装を取り出し木の陰に移動する。周辺に俺達以外いないことを確認して衣装に着替える。なんだかんだこれが俺の装備品で一番防御力が高い。一昨日と昨日でさらに強化した、アジトに潜入した時よりも頑丈になっている。
ナイフ二本とホルダーを取り出して腰に装着する。女神像内部の物を傷つけないよう配慮しなければならないことは承知しているが、普段使っている剣と比べると心許ない。奴らが中にいなければいいが。
二人も各々防具や武器を身に着けたようだ。俺、リュビス、サフィールの順に並んで、リュビスを守りながら森の中を歩いていく。
道には俺達以外の足跡があり、女神像の方まで続いている。大きさがまちまちであるため、複数人の物と考えられる。
奴らのかそうでないかは断定できない、しかし可能性は高い。用心しなければ。
この森の中は死角が多い、不意打ちを喰らう危険性がある。
戦闘などで何かに気を取られた瞬間、リュビスが連れ去られるといったことは避けたい。
四方八方、頭上、足下、全てに意識を集中させながら進んでいく。
何事も無く女神像正面の真下まで来た。
「いやーこう見上げるとやっぱスゲーよなぁ。人間の手だけでこんなでけぇ彫刻作ったんだろ? で、それが折れたり欠けたりしねぇで今も残ってるとか、昔の技術半端ねぇな」
「確かにそうだね。神隠しが起きた所為で十分なメンテナンスが何年もできず放置されてるのに、ヒビ割れも変色も殆ど無い。何千年も効果が持続して質も高い保護魔法なんて、現代でも再現するのは難しいと思う。だから本当に凄いことだよ」
「そうだな。さて、観光はこれくらいにして移動するぞ。本来の目的を忘れるなよ」
「はーい」
「了解!」
像に沿って歩いていく。
女神の背中側まで行くと、壁に何かが付いているのが映った。
スライドパズルだ。マスの数は百。パズルの横には薄らと切れ目が見える。
これが例の入口の謎解きか。横の切れ目は扉だろう。
「うーわっ、マジでこれ解かねぇと駄目なのかよ……」
「ここで文句を垂れても扉は開かない。まずはパズルの写しを作る、これとお前の言葉を元にどう動かすかを教える」
「了解」
早速描いていく。完成図はこの女神像となるようだ。
簡単なスケッチの側に身体の部位の名称や番号を書いていく。
「なぁ、この前俺が解く時扉越しで解き方教えるーみたいな話しただろ? でも互いの声が聞こえなかったら、俺一人でどうにかしねぇとなんだよな」
「あぁ。その場合、開錠できるまで何時間も待つか、置いていくかのどちらかになる。が、前者はあまり賢明じゃないな」
「そりゃそうだろ。てことで、時間が掛かりすぎたら俺のこと気にせず先に行ってくれ」
「分かった。時間目安は二、三十分といったところか」
「それでいいぜ。まぁ、時間内に終わるよう努力はする」
リュビスと一緒に頷く。
話し終えて暫くして、写しが完成した。これでパズルに挑める。
「まずは俺が解く。その間、奴らが来ないか見張っといてくれ」
「勿論、後ろは任せて」
顔を二人からパズルの方に向ける。
パズルのマスの一枚をずらすと、俺の周りが真っ黒になった。
さっきまで見えていた二人の姿が全く映らない。視界にあるのはパズルと扉と荷物だけ。
二人の声や外の自然音すら聞こえない。
二人が入ってこないということは、外から侵入することは不可能ということだろう。
この暗闇は俺と外界を完全に隔てている。古文書にある通り、カンニング対策はかなりしっかりしているようだ。
解かないことには先に進めない。マスを動かしていく。
一番上の左端から順に、一番から八番までを揃える。その後九マス目に十番を入れ、その下に九番を配置する。右上の角をピースが無い状態にした後、右角に十、その隣に九を入れる。
この作業を五段目まで繰り返す。
六段目から十段目の一番左の列に五十一、六十一、七十一、八十一、九十一を並べる。
他の列も同様にピースをずらしていく。
よし、これで開く。
数秒後、何処からか飛んできた淡く光る青い粒子が、ピースが無い右に下の角に集まる。
無数の粒子はピースに姿を変えて右下角を埋めた。女神像の絵が完成した。
扉が右にスライドする。
中に入ってすぐに入口の方を振り返ると、外の様子は見えず、ただ石の壁があるだけだった。
先に進んで下見をしにいく。奴らがいなければいいが。
ナイフを構えて歩き出す。
第一の謎解きの部屋までの廊下には、道を照らす魔法石以外何も置かれていない。人が入れるような穴も無い。奴らがここに隠れている可能性は低い。
廊下の突き当たりには扉がある。
入ってみると、花やガラス製品など様々な物がしまわれた棚が幾つもあるのが映った。奥には男女の像。これだけ物があれば隠れ放題だな。
奴らの身長は殆どが俺より低かった。およそ頭一つ分、百七十五センチ前後だな。
体格は痩せ型の奴から筋肉質な奴まで、結構ばらつきがあった。
取り敢えず、成人男性がギリギリ潜伏できそうなところを重点的に調べてみるか。人が身を潜められるような高さ・幅が無い部分は一旦放置する。
花や薬瓶などを退かして棚の中を覗いていく。家具裏なども隅々まで確認する。
壁や床も念の為調べる。
部屋の中央の床だけ色が違う。周りが灰白色なのに対し、ここだけ黒い。塗装ではなく別の石を使用しているようだ。触れてみても何も起こらない。
壁の上の方、棚に乗っても届かない位置に穴が幾つかある。
この部屋の謎を解けなかった時の罰は溺死。あの穴から水が大量に放出されるのだろう。
水没させた後は次の挑戦者の為に水を抜かなければならない。
壁の下の方に切れ目などは見当たらない。
床は黒と灰白色の境目にのみ線がある。恐らく黒い石がずれてそこから排水されるのだろう。
この石の面積から遺体なども詰まらせずに外に出せるだろう。遺体が横たわっていない理由は多分それだ。
部屋に俺以外の誰かがいる様子は無い、一度入口に戻ろう。
来た道を引き返して数分待つと、扉が開いた。リュビスが解き終えたようだ。
「お疲れ。先にこの辺りと部屋を調べてきた」
「そうなんだ。気になるけどまずは外と会話できるかを確かめないとね」
「あぁ。サフィール、俺達の声が聞こえるか?」
返事は無い。普段あれだけ騒がしい男だ。アイツの叫び声は何の加工もされていない普通の扉一枚では防げない。ということはこの扉は防音加工がしっかりしているということになる。
「サフィールの声全くしないね。アメティスが珍しく大声出してるから、こっちの音量に問題は無いと思う。ここからヒントを教えるのは無理そう」
「そうだな」
こうなったらこちらから何かすることはできない。
床に座って暫く待つ。
「そういえば、部屋を調べた結果ってどうだったの?」
彼女に下見の結果を報告した。
「成程、今のところ襲われる可能性は低いみたいだね」
「まぁ、それでも警戒は怠らないに越したことはないが」
チェックしたとはいえいつ何が起こるかは予測しきれない。
入口から部屋までは一本道だ。万が一奴らが侵入した場合退路が断たれる。中の備品を傷つけないように、かつナイフ二本のみでリュビスを守り抜き、奴らを撃退するのは至難の業だ。
サフィールがパズルを弄っている間は暗闇の結界が奴らの入室を阻むから、大丈夫だとは思うが。
荷物の確認や雑談をしている内に約束の時間を過ぎた。
「それじゃ、行くか」
「うん」
サフィールの心身が無事であることを祈る。
再び第一の謎解きの部屋に足を踏み入れた。