青薔薇の花泥棒 十話「漸次」
帰るとリュビスとサフィールが出迎えてくれた。
「おかえり。大丈夫? 途中で襲われてない?」
「大丈夫だ。ただいま」
「おーおかえり、無事でなにより。紅茶淹れたから一息吐こうぜ、話はそれからだ」
リビングに入るとテーブルの上にポット一つとカップ三つが置かれている。
自分のカップに紅茶を注ぎ一口啜る。緊張していた身体が解れていく。
ある程度落ち着いたため、辞書と手記を取り出す。
「おっ! それ、今回の収穫か」
「あぁ、そっちはどうだ?」
「こっちも良い知らせができそうだぜ、ほら」
サフィールは文庫本サイズの本と地図を取り出した。
「リュビスの部屋のタンスの下にヒントの紙があって、倉庫の柱時計の絡繰りを解けって書いてあったんだよ。で、解いてみたらこれが出てきた。いや~メッチャ大変だった~、解いたの半分以上リュビスだけど」
「いや、サフィールがいて助かったよ。仕掛けが所々錆びてて私一人じゃ動かせなかったから」
「そうか。二人ともお疲れ様」
おじさんの作品で大型の物は仕掛けが多く、難易度も高い。多くの法則を覚える暗記力や突飛な発想を要求される。そんな物に長時間向き合っていたら終わる頃には草臥れ果てる。
「取り敢えず、情報共有しよっか。こっちが先で良いかな?」
「あぁ、構わない」
「俺も大丈夫だ」
「ありがとう。この手記にはね、宝具の清め方と花嫁衣装に振りかける薬について書いてあったよ。まずは宝具の方について話すね」
リュビスはそのページを開いて俺に見せた。
「清める方法は、まず宝具と十二本の青薔薇を一緒に特殊な魔法薬に浸す。次に月光の当たる場所に持ってく。最後に薔薇の色が透明になるまで放置すれば、封印の儀式に使えるようになるみたい」
薬さえ用意できれば、あとは簡単だな。
彼女は次のページを捲る。魔法薬の作り方のようだ。
「うげぇ……これさっきチラ見したけど、やっぱり何が何だかさっぱり分かんねぇ」
ページを読むや否やサフィールは苦虫を潰したような顔をした。
薬の材料・分量や方法に加え、数式や呪文、注意点などが記されている。なかなか繊細な作業と時間を要求される。
「材料に貴重な物は必要ないみたいだね、全部この辺りのお店で買える。器具も家に全部揃ってる。大丈夫、作れるよ。ただ一人でやるとなるとかなりの時間が掛かる。特に凄く硬い宝石を砕く作業が大変でこれにかなりの時間を費やす。三人でやれば失敗とか予想外のことが起きたとしても一日で完成できると思う。だから二人にも手伝ってほしい」
「勿論だ」
「当たり前だろ。俺は二人みたく医学・薬学詳しくねぇからあんま役に立てねぇけど、力仕事くらいなら手を貸せるぜ」
「ありがとう」
彼女は優しく微笑んだ。
「次は花嫁衣装の方の薬についてだね」
その薬のページには見慣れない材料や呪文が大量に並んでいる。少なくとも材料は普通の店では買えないようだ。
「こっちはさらに意味不明で脳味噌パンクする~。もうこれどうやって作んだよ」
「えーっと、材料がどの辺りにあるかは分かっているみたい。この地図の青いマークのところ」
地図には八個の青い印が描かれている。幾つかは宝具のある神殿や封印の教会の近くにある。
材料の特徴は図と文章で説明されているため揃えることはできそうだ。一応似たような物が無いか確認する為、薬草・鉱物図鑑を読んだ方が良さそうだ。
「材料は何とかなるけど問題は作り方だね。私も名前しか知らない作業工程がある。一度専門書を調べてそこを何度か練習しないと。ぶっつけ本番でやったら材料も時間も無駄にするだけだから」
「そんなに難しいなら魔法薬学や錬金術の教授にコツを訊いた方が良いな。作業の詳細が分かり次第アポを取るか」
リュビスは首を縦に振った。
サフィールは話に付いていけなくなったのか、頭を机に突っ伏している。
「なーんか、面倒臭ぇことが増えたな。いろんなモンあっちゃこっちゃ探さねぇとだし、器用さと頭の良さ求められるし」
「それでも何も得られなくて先に進めないよりはマシだよ、まぁ大変なことが多いのは認めるけど」
宝具の清め方と衣装に掛ける薬の詳細が判明しただけで万々歳だ。
「これでこっちは終わり、いつ作るかは後で話そう。先にそっちの報告お願い」
「あぁ。まずはこの分厚い本の方だな。古文書の文字と比較していないから完全にそうだとは言い切れないが、恐らくサクトゥリヒ語の辞書だ」
「よっしゃ、これがありゃあ資料探すのメチャメチャ捗るな! 今日空き時間に図書館寄ってみたけど、サクトゥリヒ・シュテラ文明関連の本で俺らが読めるヤツなかなか無えし、あっても碌な情報載ってなくてなぁ。何かすげぇ雑な解説だった」
サフィールが溜息を吐いた。解明されていないことが多い文明だ。そんな反応をして当然だ。
「辞書使っての調査については後で話すとして、この手記は新しい情報?」
「そうだが斜め読みしたところ、内容は今まで得た手記と殆ど同じだった。紅い月の雫の在処や封印の呪文について新しい情報は載ってない。邪神の倒し方については新たな情報があるが、少し書いてあるだけだな」
手記を開き一文を指す。
「『倒す為に必要な道具は花嫁衣装と対になる衣装』ってあるけどよ、見た目とかアクセがどんだけあんのかとかが謎じゃ探しようがねぇよ」
「花嫁と対、ペアになるものと言えば花婿だね。その衣装はモーニングコートやタキシード、燕尾服とかいろいろあるけどどれだろう?」
「花嫁衣装のように共通の印があるのかも不明だな。手元に集めるにはまだ情報が足りない」
一歩前進したとは思いたいが、情報が曖昧過ぎて進んだのか正直微妙だ。
「取り敢えず、博士の辞書のお陰で調べられることはグッと広がったよ。これがあれば倒す方法も全部見つけられるかも。アメティス、お手柄だよ」
「それな。読めなかった古文書全部翻訳できるようになったし、あと宝具がある遺跡でも役立ちそうだしな。流石俺の親友!」
「うわっ、ちょ、頭撫でるの止めろ! 俺は小さな子供じゃない」
叫んでもサフィールの手は止まらない。俺達を見てリュビスはただクスクスと笑うだけだ。
左手でサフィールの手を掴んで無理矢理終わらせる。
勢いよく撫で回された所為で髪がグシャグシャだ。元が天然パーマなためそこまで目立たないが。
「全く……兎に角、明日からはこれを使って古文書を調べよう。優先的に探すなら、やはり紅い月の雫の在処だな。奴らが教会の宝座に辿り着けるようになったらまずい、先に手に入れなければ」
「そうだな。組織の奴ら、多分それ手に入れた瞬間リュビスを捕まえんのに本腰入れるだろうからな。先に回収してどっか別の場所に隠した方が良い、時間稼ぎくらいにはなんだろ。次に優先順位高いのは宝具の場所か?」
「うーん、それも大事だけど、私としては花嫁衣装以外でアイツらが持ってる黒い十字架を無力化する方法を調べてみたいかな。重要な物を集めても、三年前みたいに私達の動きを封じられたら全部盗られちゃう。指輪と薬が無いと私は力を使えないし」
確かに。今のところは何故か十字架を使ってこないが、そのうち本気を出してくるかもしれない。
衣装以外の方法で無力化できたら俺も一緒に戦える。
「わかった、それに関する本も探してみよう。授業後、手分けして図書室と教会で情報収集だな」
「了解。そうそう、俺、二人より空きコマ多いからその間一人で図書館ザッと見てくるわ。辞書借りてもいいか?」
「それは構わない。悪いな、お前一人に任せて」
「いいっていいって、俺は怪盗も薬作るのも上手くできねぇからな。これくらいはしとかねぇとな」
「それじゃあ、頼んだ」
「お願いするね」
「おう!」
明日からの方針が決まった。
「他に決めておきたいことは薬を作る日かな。時間が掛かるから休みの日にやりたいんだけど、空いてる日ある?」
「そうだな・・・・・・」
壁に掛かったカレンダーに目を移す。
丁度二週間後、再来週の月曜は大学の創立記念日で休みになっている。
この日ならまだ三人のバイトのシフトも確定してない。
「再来週の三連休はどうだ? 三日もあればトラブルが起きたとしても完成させられるだろう」
「うん、私は大丈夫。サフィールはどう?」
「俺も大丈夫だ」
「わかった。じゃあ、特に何も無ければそこでやろう」
「了解」
答えた後サフィールは大きく伸びをした。
時計が十二時半を指している。こんな夜遅くに長時間話して疲れたんだろう。
「これで報告も話し合いも終わりか?」
「あぁ、俺からは特に話すことは無い」
「私も気になることはもう無いよ、大丈夫」
「そうか、それじゃそろそろ休むか。明日から頑張る為にな」
彼は空になったカップを持って席を立つ。
「ここでお開きだね。アメティスも早くお風呂入って休んで。二日連続で夜中に調査して疲れてるでしょ」
「あぁ、そうさせてもらう」
カップを片付けてから、風呂に入る準備をする。
明日からより忙しくなるな。