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プロローグ  黒霧と白花の街


 白雪に黒い霧がよく映える夜だった。

 あの日は父さんの帰りが異様に遅く、妙に思った俺は迎えに外に出た。

 人一人いない道を見渡しながら歩いていく中、切羽詰まった表情で路地裏に飛び込む父さんが視界を横切った。

 その後間髪入れずに、顔全体を仮面で隠した怪しい集団が父さんの後を追っていくのが映る。

 俺も付いていく。父さんの背中を見失わないよう自分が出せる最大限の速さで駆けて、迷路のように入り組んだ道を進んでいく。

 集団は二手に分かれる。俺は父さんが通った道を選ぶ。分かれ道の度に同じ選択を繰り返す。

 集団の足が止まった。

 父さんは集団に取り囲まれて逃げ道を失っていた。

 集団の内の一人が左手で父さんの腕を掴み、右手に持った手枷を父さんの手首に掛けようとする。

 父さんは全身を激しく動かし腕を振り解こうとするが、ローブから覗いた骨太な手はびくともしない。

 俺は呪文を唱え虚空から茨を生やす。茨は怪しい奴の四肢を縛り父さんが拘束されるのを防ぐ。

 茨の魔法により、俺の存在が集団に気付かれる。

 蝙蝠の羽が生えた黒い蛇が描かれた白い面全てが俺の方を向き、一斉に襲いかかってくる。

 振り下ろされた剣を躱し、腹に蹴りを喰らわす。

 魔法の木の幹で俺を取り囲もうとする奴らを薙ぎ払う。何人かは気絶した。

 後ろを振り向くと、俺に致命傷を負わそうと跳びながら斬りかかってくる奴が視界に入る。

 俺も剣を抜き、敵の剣を防ぐ。競り合う。金属が擦れ合う音が鳴る。

 左腕に力を込め振り上げる。敵の剣が宙を舞う。

 人波を縫って父さんの元に辿り着く。

 床に転がっている仲間を踏みつけながら、新たな敵がこちらに向かってくる。

 何度倒しても敵は湧いてくる。それでもここから父さんを連れ出す為に攻撃を続ける。

 数は多いが倒すことは難しくない。

 俺にも父さんにも当たらないように攻撃を跳ね返し、逃げるタイミングを見計らう。

 魔法と剣で何度も敵を気絶させる。地面が倒れた人間で埋まっていく。

 人一人通れるほどの隙間が生まれた。再び隙間が埋まらないように、炎の壁を作る。

 父さんの手を引いて炎の道を突っ切る。

 あと少しでここから抜け出せる。

 そう思った時、身体が崩れ落ちた。身体が鉛のように重く、立ち上がれない。

 どうにか雪に埋もれた顔を前方に向ける。少し離れた位置に見慣れない靴がある。

 視線を上げると、一際豪華な仮面で顔を覆った人物が映った。

仮面には集団と同じ蛇と金の剣が描かれている、恐らく指導者。

 奴は黒味掛かった紫のオーラを放つ黒い十字架を握りながら、俺のすぐ右を歩いていく。

 父さんの方に向かっている。

 重い腕を這わせ奴の足を掴もうとした瞬間、別の足が俺の手を踏みつける。

 背中や脚に衝撃が走る。敵に身体のあちこちを踏まれ、蹴られる。

 魔法で抵抗しようと呪文を唱えても何も起らない。

 もう一度顔を上げると、指導者と父さんの姿が視界に入った。

 二人と俺の距離は徐々に離れていく。このままだと父さんが連れていかれる。

 どうにか手を伸ばしても届かない。

 雪が強くなり視界が遮られる。

 頭に強い衝撃、脳が揺れる。視界は点滅し、液体が頬を伝って落ちていく。

 それでも前に進む為に床を押し、身体を引き摺る。

 もう一度頭を殴られた。


 全身がべっとりと濡れた感覚で飛び起きる。心臓が早く脈を打つ。空気を吸っても息苦しい。

 顔から透明な雫が落ちる。

汗だ、血じゃない。

 見渡すといつもの俺の部屋が映る。さっきまでの光景は過去の夢。

 何度も見た悪夢。

 あの時俺は父さんを助けられなかった。

 指導者が来る前に連れ出せていれば、油断しなければ、もっと早く逃げ道を作れていれば、もっと強ければ。様々な後悔が頭の中を埋め尽くす。

 父さん、無力な息子でごめん。

 ただベッドの上で項垂れる。

 あの時何をするのが正解だったのだろうか。

 扉をノックする音が響く。

 呼吸を整えて、可能な限り心を落ち着かせる。

 大丈夫。

 ベッドから降りて扉を開ける。

 扉の先にはリュビスがいる。

「おはようリュビス」

「おはよう、アメティス」

 彼女の紅い瞳が俺の顔をじっと覗き込む。

「どうしたの? 顔色悪いよ」

 自分ではいつも通りのつもりだったが、隠し切れなかったようだ。

「ちょっと悪い夢を見た。それで気分が悪いだけだ」

「そっか。風邪とかじゃないならいいんだけど、無理はしないでね。家主命令」

「あぁ、わかった」

「良い返事。朝ご飯できたから、準備ができたら来て」

「了解」

 扉を閉じて着替える。淡々とやることを済ませていく。

 外から男の悲鳴が入ってきた。窓を覗くと、三十代くらいの男の身体が足の先から徐々に無数の白い花弁となっていく光景が映った。

 今日も、か。

 俺にこれをどうにかする術は無い。

 黒い霧の中で男が顔を恐怖で歪ませていくのを、ただ指を咥えて黙って眺めることしかできない。

 男の身体は全て花弁になってしまった。花弁は風に吹かれて何処かに飛んでいく。

 今日は朝から嫌なものばかり見る。


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