婚約破棄された令嬢となんとしても結婚したい子息のお話
「婚約破棄された令嬢を娶りたいと思う」
セレクロード伯爵家の一部屋。
部屋の主である伯爵子息ナイクレアード・セレクロードは、唐突にそんなことを言った。
輝く金の髪。太い眉の下には凛とした青い瞳が輝いている。細身に見えて、鍛え上げられたしなやかさと力強さを併せ持つ身体は、豹を思わせる。18歳の才気あふれる青年だった。
思いつめたような顔で、しかし胸を張って堂々と言う姿は、まるで戦場への出立が決まったことを家族に告げる若い士官を思わせた。
「こ、婚約破棄された令嬢!?」
唐突かつ奇妙な要望を受け、セクレティリアは思わず驚きの声を上げた。
セクレティリアは伯爵家に仕える秘書だ。栗色の艶やかな髪をシニョンにまとめ、飾り気のないすらりとした文官の服に身を包んだその姿は、優雅さよりも仕事に対する真摯さが感じられた。年のころは20代半ばを過ぎたころ。少女の可憐さを捨て、大人の美しさを成熟させつつある、落ち着いた雰囲気の麗人だった。
仕える主に呼び出されていきなりそんなことを言われては、有能な秘書である彼女も驚かざるを得なかった。
「なぜそんなことをお望みになるのですか?」
「理不尽に婚約破棄を突きつけられた令嬢がいるならば、救わねばならない。それが伯爵家に生まれた男としてやるべきことだと思うのだ」
ナイクレアードの私室。その机の上には何冊か本が置かれていた。その背表紙から、それらの本が婚約破棄ものの恋愛小説であることを、セクレティリアは読み取った。
恋愛小説に感化された若い貴族子息が、バカな考えを持った……そういう風にしか見えない光景だった。
だがセクレティリアに侮る雰囲気はない。それどころか、王から魔物討伐を命じられた騎士のような真摯な決意に満ちていた。
「それが今回の『導き』なのですね。承知しました。それでは王国各所の学園に網を張り、婚約破棄の憂き目に遭いそうな令嬢、あるいは既に婚約されてしまった令嬢に見つけ出すよう、早速手配いたします」
まだ何か言いたげだったナイクレアードが呼びかける間もなく、セクレティリアは颯爽と部屋を去っていった。
バカげた貴族子息の指示に対し、真剣に励もうとする秘書。さながら喜劇の一幕のようだが、どちらにもふざけた様子はまるでない。なぜなら二人にとって、こうしたことが日常なのである。
伯爵子息ナイクレアード・セレクロード。『妙なる導き手』と称される彼は、いつもおかしなことを口にする。『導き』と呼ばれるその言葉に従えば、それはなぜか大きな功績につながる。
セクレティリアは、そんな偉大な主を支える秘書なのである。
11年前。ナイクレアードが7歳の頃。
セレクロード伯爵は、王国全体の凶作に頭を悩ませていた。その時も、屋敷の執務室で家臣たちと対策について話し合っていた。これまで様々な対策を試みてきたが、領内の作物の収穫量の減少は年々深刻になっていく。原因がまるでつかめず、途方に暮れていた時だった。
「おとうさま! まずは『にしのもり』の『ぼうけんしゃ』をたすけるのです!」
いつの間に紛れ込んできたのか、息子のナイクレアードがその場にいた。みなが口を閉ざしたところだったので、その言葉は部屋に響き渡り、妙に胸へと染み入った。
事情すら分からない子供のたわごとだ。作物の不出来とはまるで関係ない。最初はそう思った伯爵だったが、その言葉がなぜだか気にかかった。念のため、使用人を使って冒険者ギルドの様子を調べさせた。すると、確かに所領内の西の森で、魔物が増加の兆候を見せていることが確認された。
不作とは関係ないが、領主として対応すべき問題に変わりはない。伯爵は西の森の魔物討伐に関わるクエストに援助金を出し、早期の解決を図った。
すると、事態は意外な展開を見せた。
援助金によって報酬を増やした結果、高ランクの冒険者たちが西の森に来るようになった。彼らはある日、西の森で邪悪な妖術師の痕跡を見つけ出した。この妖術師は大地の魔力の流れである『地脈』に干渉して邪悪な企みを図っているようだった。魔物の増加はどうやらそれが原因のようだった。
ただちに冒険者ギルドは討伐クエストを出した。高ランクの冒険者パーティーがクエストを受け、難なく討ち取った。
妖術師の魔力は強大であり、本来ならば難敵だった。だが冒険者パーティーが訪れた時、妖術師は長期にわたる『地脈』の操作で疲弊していたところだったのだ。
『地脈』の流れが正常になると、モンスターの増加も収まった。それどころか、領内ではこれまで不作だったのが嘘のように豊作が続いた。王国全土を苦しめていた不作は、『地脈』の乱れが原因だったのである。
ただの偶然かもしれない。だが伯爵は試みに、困ったことがあるとナイクレアードにどうすべきか尋ねてみた。
「今度の週末は北の湖に遊びに行きましょう」「パンよりケーキが食べたいです」「今は紅茶よりミルクの気分」「聖騎士の人形よりこの剣士の人形が欲しいです!」「そんなことより今夜はウサギ肉のシチューが食べたいです」「今夜は早めに寝ましょう」
ナイクレアードの答えはいつも問題とは直接関係しないことばかりだった。だが、それに従って行動したり、あるいは頭の片隅のおいて問題にあたると、事態が急変したり、解決につながるひらめきを得ることができた。そして気づけば抱えていた問題が解決してしまうのである。
伯爵はナイクレアードのことを『妙なる導き手』と呼び、その言葉を『導き』として重宝するようになった。国王に助言を請われ、見事功績を上げたこともあった。
『妙なる導き手』ナイクレアードにより、伯爵家はより一層栄えたのだった。
「お待たせしましたナイクレアード様。ご依頼の件について、ひとまず報告できるだけの情報が集まりました」
伯爵子息ナイクレアードが「婚約破棄された令嬢を娶りたい」と言ってから二か月後の事。
秘書セクレティリアは数冊のファイルと共に、私室でくつろぐナイクレアードの元へ報告にやって来た。
「ほ、本当にあんなことの情報が集まったのか? それもたった二ヶ月で? 前から思っていたが、君は優秀すぎるのではないだろうか」
「恐縮です。ですが、ナイクレアード様の『導き』を受け、セレクロード伯爵家の有する優秀な人材を自由に使えたのですから、二か月ではむしろ遅いくらいです」
「謙遜することはない。それにしても、どんな情報が集まったのだ。婚約破棄が起きそうな学園に目星がついたのか? それとも不仲の婚約者でも見つかったのだろうか?」
「ご所望の令嬢が見つかりました」
「そうか、令嬢が見つかったのか……え、令嬢?」
「はい。婚約破棄された令嬢を三名見つけました」
「三名も!?」
これにはナイクレアードも驚きの声を上げた。
婚約破棄はした方は不作法者と見下され、された方も家名に傷を負うことになる。物語ではありふれていても、現実ではたやすくできることではないのだ。
「……実は婚約破棄される令嬢と言うものは意外と多いのだろうか?」
「いいえ、めったにあることでありません。しかも調べによれば、いずれも学園の夜会で婚約破棄されたとのことです」
「まさかそんなことがあるとは……!」
「異常なことではありますが、予想外とまでは言えません。さすがは『妙なる導き手』の『導き』です」
厳かに告げるセクレティリアに対して、ナイクレアードは目を白黒させるばかりだった。
『導き』の成果についてナイクレアードに報告することはあっても、その過程についてはあまり知らせてこなかった。セクレティリアはそのことに今さら気づいた。
ナイクレアードは無欲なまま、他の誰かのために自らの直観を語る。それが不思議といい結果を引き寄せる。
ナイクレアード自身はその過程を知ろうとしない。話したこともあるが、彼はまるで信じようとしなかった。『導き』よって誰かが救われても、それは本人の努力で得た成果であり、自分の言葉のおかげとは思わないのだ。
そもそも彼が自分のために『導き』を使ったのは今回が初めてだ。主の驚く姿がなんだかかわいらしく思えて、セクレティリアは思わず笑みをこぼした。
そして、婚約破棄された令嬢についての報告を始めることになった。
テーブルをはさんでソファーに座ると、セクレティリアは調査結果を記したファイルを並べた。
紙綴じのファイルは三冊。令嬢一人につき一冊ずつ情報がまとめられていた。
ナイクレアードは早速一冊目を手に取ると、記された文書に目を通し始めた。
「子爵令嬢アルクオーラ・レドワイナリーか。レドワイナリー家については聞いたことがある。かの子爵家の領地は上質なワインを生産していることで有名だ」
「ええ。調査のついでにレドワイナリー領産のワインを入手しました」
「それは楽しみだ。夕食では食前酒に出してくれ。レドワイナリー家は酒好きの陽気な一族と聞いている、アルクオーラ嬢もきっと、明るい令嬢なのだろう。
ふむふむ……彼女は回復魔法が得意で、特に二日酔いの回復魔法にかけては一流の魔法医以上の腕前? ははっ、さすがレドワイナリー家のご令嬢と言ったところだな」
楽し気にページをめくるナイクレアード。しかし婚約破棄の経緯について記されたページに差し掛かると眉をひそめた。
「アルクオーラ嬢は子息の婚約破棄の宣言を受け、暴力をふるってしまったのか。傍らには子息によりそう令嬢の姿あり、か。恋愛小説の一場面のようだが、これはまたずいぶんな結末だな。でもこれは子息の方に非があるのではないだろうか。
……む? アルクオーラ嬢はその時、酒気を帯びていたのか。彼女はお酒が入ると暴れてしまう令嬢だったのか。それなら婚約を破棄されたのも仕方ないとも言えるか……」
ページをめくったところで、ナイクレアードの顔が困惑に染まった。
「ちょっと待ってほしい。殴られた子息の顎は粉砕骨折とある。これは本当の事なのか……?」
「はい。驚くべき軽傷です。きっとアルクオーラ嬢は婚約者のことを大事に思っていたのでしょう」
セクレティリアの淡々とした答えにナイクレアードは目を見開いた。
「粉砕骨折が軽傷? ちょっと待ってくれ、どういうことなんだ。この報告は本当のことなのか? レドワイナリー家は武に秀でた家ではないと聞いている。いくら酒の力があったからと言って、令嬢の細腕でできることは思えない」
「次のページをご覧ください。彼女の持つスキルに関する説明があります」
言われるままにページを見開くと、ナイクレアードは驚きに息を呑んだ。
「彼女の所有スキル『酒場の荒武者』……酒に酔うほど、身体能力が爆発的に向上するだと! なんだこのバカげたスキルは!?」
「私も初めて知りました。世の中にはいろんなスキルがありますね」
「そんな冷静に……ん? なんだこの記述は。10年前にレドワイナリー家の先祖伝来のワイン蔵が倒壊したのは、このスキルが原因と思われる……?」
「ええ。当時7歳だったアルクオーラ嬢がワイン蔵に迷い込み、好奇心でワインの樽を開けてしまい、その匂いで酔ってしまったようなのです。レドワイナリー家は秘匿していたようですが、当時を知る者から聞き取ることができました。
倒壊したワイン蔵の上に立ち、頬を赤く染めてけらけら笑う少女の姿を、今でも夢に見ることがある……そんなことを、震えながら語っていたとのことです」
「なんと恐ろしいことだ。『酒場の荒武者』は爆発的に身体能力を向上させるというが、限度と言うものがあるだろう。
……待てよ、7歳の幼さでその破壊力と言うことは、今はいったい……?」
「情報を集めた限りでは、小型のドラゴンと正面から殴り合いできるくらいの水準に達しているものと思われます。婚約者が婚約破棄を図ったのも、どうやらその辺が原因のようです」
ナイクレアードは恐怖に顔を青ざめさせた。婚約破棄に至った婚約者もこんな顔をしていたのかもしれない。セクレティリアはそんなことを思いながら、話を続けた。
「アルクオーラ嬢は自らのスキルの危険性を自覚しており、普段は酒を口にしなかったと言います。ところが、婚約者から婚約破棄を突きつけられた時。アルクオーラ嬢は自失のあまり、普段控えていたワインを口にしてしまったのです。『酒場の荒武者』を発動させた彼女は、酔った勢いで子息を殴ってしまったのです。
それでも彼女は、婚約者のことを大切に思っていた。有り余るその力を、顎を砕く程度に抑え込んだ。これはまさしく愛です。アルクオーラ嬢は愛情深い令嬢と言えるでしょう」
セクレティリアは陶然として語った。
そんな彼女を目にして、ナイクレアードは視線を落とした。
「アルクオーラ嬢の力ばかりに驚き、彼女のことを見誤った。恥ずべきことだ」
つい先ほどまで青くなっていたナイクレアードの顔が、今は赤い。
彼は自らの不明を本心から恥じているのだ。己の誤りをすぐさま正し、本質を見誤らない。そんな主の姿がまぶしく思えて、セクレティリアは目を細めた。
「私には『酒場の荒武者』に抗する力は無い。結婚すれば禁酒を強いることになるだろう。だがそれではきっと、アルクオーラ嬢が本当の意味で笑える日など来ない。彼女の夫になるには、私では力不足なのだろうな」
ナイクレアードは子爵令嬢アルクオーラとの婚約を諦めたようだった。
「さて……それでは二冊目に行くとしよう」
そう言いながらも、ファイルに伸ばす手はわずかにためらいがあった。
一冊目がなかなか衝撃的な内容であったため、ナイクレアードも少し警戒してしまっているようだった。
それでも、意を決してファイルを手に取り、その内容に目を通し始めた。
「男爵令嬢スクルピオーナ・ハラスハードか。待て、あのハラスハード男爵家か?」
「はい。薬学で様々な功績を上げてきたハラスハード家です」
「やはりか。薬学の勉強の時には、ハラスハード家の者が書いた本はとても参考になった。報告によれば、スクルピオーナ嬢は成績優秀とあるな。得意科目はやはり薬学か。さすがはハラスハード男爵家の才媛だな」
興味深そうにページをめくっていくナイクレアード。しかし婚約破棄の経緯について記されたページに差し掛かると、眉をひそめた。
「婚約破棄を言い渡された理由は、実験時に誤って婚約者に毒を飲ませてしまったことか。そんなミスをしてしまっては婚約破棄されるのも仕方ないか。だが、一度の事故でこれほどの才媛を手放すとは、婚約者も短慮ではないだろうか……」
薬学に秀でた才媛を擁護するナイクレアードのつぶやきは、ページをめくるうちに驚きの声に変わっていった。
「婚約者は一年の間に10回以上も学園の医務室に運び込まれている……! 症状は様々だったが、その回復にもっとも効果があった魔法は決まって解毒魔法だと? しかもスクルピオーナ嬢の所有スキルは……」
「ええ。彼女のスキルは『毒することこそ我が妙薬』。対象を毒に侵せば侵すほど回復するスキルです。本来は毒使いが自分の放った毒のなかでも活動できるようになるため、厳しい訓練によって習得するスキルです。彼女は生まれつきこのスキルを有していたようなのです」
「薬学の名門であるハラスハード男爵家の血筋によるものだろうな。だがわからない。そのスキルはあくまで毒によるダメージを打ち消すための回復スキルなのだろう? こんなスキルがあるからと言って、わざわざ自分の婚約者に毒を盛るなど意味が分からない。彼女は重病を患っていて、そのためにスキルで回復しようしたとでも言うのか?」
ナイクレアードは頭をひねって考え込んだ。
悩む主に対し、セクレティリアは頭を振り、静かに告げた。
「違うのです、ナイクレアード様。身体が癒えるということは、人によっては快楽なのです」
「癒えることが快楽? どういうことだ?」
「例えば、湯に身を浸して一日の疲れを洗い流したとき。肩もみで肩の凝りがなくなったとき。あるいは、勉強の後に軽く運動して身体をほぐしたとき。気持ちいいと感じることはありませんか?」
「ああ、そういう感覚は理解できるな。だが快楽と表現するほど強烈なものではないだろう」
「スクルピオーナ嬢には少し特殊な事情があったのです。彼女は毒について深く学んでいました。その過程で自分が毒に侵されることもよくあることだったようです。当然、常に解毒魔法や回復薬などを用意していました。
彼女は毒を受けた状態から急速に回復することを日常的に行っていた。その繰り返しによって、彼女の身体には癒えるという感覚が心地よいものとして刻まれた。そして『スキルよる回復効果で快楽を感じる』ようになってしまったようなのです」
「バカな、そんなことがこの世にあるのか……!」
ナイクレアードは頭を振った。
だが、セクレティリアの話はそこで終わりではなかった。
「加えて、どうも彼女は嗜虐的な一面があったようです」
「嗜虐的?」
「はい。他者を苦しめることで快楽を得る種類の人間だったようなのです。それも美しい者が苦しむ姿を好んでいたようです。美術館で魔物に傷つけられ苦悶の表情を浮かべる美形剣士の絵を何時間も眺めていたことがあるそうです。その姿は恋する乙女のように熱のあるものだったと報告にあります」
「ならば、スクルピオーナ嬢は顔のよい婚約者を嫌っていたということか。なんとも嫌な話だな」
「いえ、どうやらスクルピオーナ嬢は婚約者を深く愛していたようなのです」
「な、なんだと!? 深く愛していた者に対して毒を盛る……? そんなバカな話があるものか!」
「私も文献でしか知りませんが、嗜虐趣味と言っても色々あるようです。無関係な者より、身近で大切な者を苦しめる方が深い喜びを得らえる者もいるようなのです。彼女はそういう種類の人間だったようです」
「理解を越えた話だ……」
「スクルピオーナ嬢は普段は情を感じさせない冷淡な令嬢であったといいます。ところが婚約者が倒れると、実に熱心に看病していたとのことです。魔法医によれば、その甲斐甲斐しさは愛情なしにはありえないとのことです。
また、その時の彼女の様子についても語っていました。婚約者を看病するスクルピオーナ嬢は、婚約者が病床にいなければ、情事のあとに違いないと思わせるほどの艶やかさがあったとのことです。
毒を盛れば『毒することこそ我が妙薬』による回復効果で快楽を得る。婚約者の苦しむ姿もまた悦楽。スクルピオーナ嬢は婚約者を愛すれば愛するほど、毒を盛らずにはいられなかったのでしょう。愛とは時として、恐ろしくもあるのですね……」
セクレティリアはそう結んだ。
ナイクレアードは深いため息を吐いた。それからしばらくぼうっとしていたが、やがて口を開いた。
「スクルピオーナ嬢は愛情深い令嬢なのだろう。彼女を伴侶に迎えれば、きっと深く愛されることだろう。そして……幾度となく毒を盛られて苦しむことになるのだろう。彼女を愛するならば、あるいはそれもひとつのしあわせなのかもしれない。
その愛はあまりに重すぎる。私にはとても、その愛情を受け止めきるだけの度量はない」
ナイクレアードは男爵令嬢スクルピオーナとの婚約を諦めたようだった。
「さて、この三冊目で最後か……」
これまでの調子でいくと、この三冊目にもろくでもない令嬢に着いて書かれていることを、ナイクレアードもほぼ確信していた。それでも彼は、自分の思いつきから始まったことを途中で手放したりはしない。
『妙なる導き手』と称されるナイクレアードは、自分自身を優れた人間だと言ったことはない。彼はきっかけを与えただけ。最後まであきらめずにやり切った者こそが素晴らしいのだ。だから、始めたことを途中で投げ出すのは恥ずべきことだと、常日頃から口にしているのである。
困難に立ち向かう主の姿に、セクレティリアの胸は熱くなった。そもそも今回の始まりは「婚約破棄された令嬢を娶りたい」などというおかしな言葉だ。だがそんな始まりはセクレティリアにとっては気にならない些細なことに過ぎなかった。彼女には慣れたことなのだ。
「伯爵令嬢ポルネファヴィア・エルイーゾか。エルイーゾ家と言えば、敬虔さで知られる名家ではないか。そのご令嬢が婚約破棄されるとは、いったい何があったんだ……?」
読み進めるとナイクレアードの顔が曇った。
「なんと、ポルネファヴィア嬢が不貞を働き婚約者に見限られたのか」
「はい。彼女はとても美しい令嬢だそうです。そのため、多くの男性の関心を惹いてしまうようです」
「なになに、『美しい金髪は絹のような滑らかさ。その蒼い瞳の澄んだ湖を思わせる輝き。笑顔を向ければ日の光のように皆を暖め、その涼やかな声は天上のハープのように心に響く』……なんとも凄い表現が並んでいるな。浮気は許せないことだが、これほどの令嬢を手放してしまうとは、婚約者はそこまで潔癖だったのか」
資料には伯爵令嬢ポルネファヴィアの美しさをたたえる美辞麗句が続いていた。
だが、ページをめくるうちにナイクレアードの顔色が曇っていった。
「セクレティリア……この報告は間違っているのではないのか?」
「わたしもそう思って何度も確認しました。間違いありません」
「では本当に、彼女は今、最低でも10人もの男性と肉体関係にあるというのかっ!?」
ナイクレアードは手にしたファイルを取り落とした。とても読んでいられなかった。
「相手の男性の中には高齢な男性までいるではないか! それにまだ年端もいかない少年まで……これが敬虔さで知られるエルイーゾ伯爵家の令嬢なのか! 信仰心の深い一族ではなかったのかっ!?」
「いえ、それが恐るべきことに……彼女はまぎれもなく敬虔な信徒なのです」
沈痛そうに語るセクレティリアの言葉に、ナイクレアードは息を呑んだ。
「ど、どういうことだ……!?」
「ポルネファヴィア嬢の神への信仰心は、異常なまでに高いのです。神の愛を余さず伝えるには、文字では足らず、言葉でも不十分。そう確信した彼女は、やがて肌を重ねることによって神の愛を伝えるまでに至りました」
「そんなバカげた話があるか!?」
「愛しい幼子に母乳を与える母の姿は、時に神聖さを感じさせます。彼女はそれと同じことを、乙女の身で実現しようとしたのです」
ナイクレアードは言い返す言葉を失った。確かに幼子に尽くす母は偉大だ。だがその神聖な姿を淫らな行いで再現しようとするなど、あまりに常軌を逸していた。
「やわらかな声で神の偉大さを囁きながら、柔肌を通して神に抱かれるぬくもりを伝え、快楽でもって天上の世界を垣間見せる。ポルネファヴィア嬢と関係を持った男性たちは、みな口をそろえて『彼女と過ごした夜に、神の奇跡を見た』と言っています」
「なんということだ……!」
ナイクレアードは思わず目を覆った。まるで信じられないことだった。
やがて、はたと気がついたように疑問を口に出した。
「それほど多くの男性と肌を重ねて、彼女の身体は大丈夫なのか? どんなに避妊に気をつけていても、その……できるときはできてしまうものなのだろう?」
「それが……彼女には聖女の資質があり、『聖女は聖母に至らず』という特殊なスキルを身に着けているそうなのです」
「なんだそのスキルは。今まで一度も聞いたことが無い……」
「彼女だけが持つ固有スキルです。詳細は不明ですが、強力な浄化スキルのようです。どれほど激しい情事の後でも浄化され、その身体にはわずかな痕跡すら残らないと言われています。当然、その身に子を宿すこともありません。何人と肌を重ねようと、ポルネファヴィア嬢の見た目は清らかな乙女のまま。実際、エルイーゾ伯爵領では穢れ無き令嬢と評判が高いくらいです」
ナイクレアードは天を振り仰いだ。
「神はなぜ、彼女にそんなスキルを与えてしまったのか!」
「ポルネファヴィア嬢と関係を持った男性は、みな彼女のことを女神のように信奉しており、情報を秘匿しています。今回のように『無関係な貴族が抜き打ちで調査する』ようなことでもなければ、容易に発覚することはなかったでしょう」
「待ってくれ。彼女は浮気がばれて婚約破棄されたのだろう? それは彼女の秘密が漏れたということではないのか?」
「どうやらそれは意図したことのようなのです。婚約者は彼女を独占しようとしましたが、それでは神の愛を広める妨げとなる。そこでポルネファヴィア嬢は、意図的に婚約破棄するよう誘導したのです。
婚約破棄された令嬢は、腫れもの扱いされて新たな縁談を組むのが難しくなります。彼女にとってはその方が都合がよかったのでしょう」
ナイクレアードはがっくりとうなだれた。
「これはまいった。婚約破棄された令嬢を救いたいと思っていたが、ポルネファヴィア嬢に対してはまったく烏滸がましい考えだった。手を差し伸べる以前に、まるで手におえる気がしない。残念ながら、私には彼女の信仰心を受け止められるほどの度量はない」
ナイクレアードは伯爵令嬢ポルネファヴィアとの婚約を諦めたようだった。
三冊のファイルを読み終えた後。
セクレティリアが淹れた紅茶を二人で飲んだ。
驚くべき報告ばかりで、ナイクレアードはすっかり疲弊してしまっていた。セクレティリアは疲れ切った主のため、甲斐甲斐しくお茶を淹れたり茶菓子を用意した。
やがて小一時間も経った頃、ようやくナイクレアードにも話をする元気が戻ってきた。
「私の思いつきはいつも予想外の結果を導き出すが、今回はなんともすさまじかった。こんな結果になるとは思わなかった」
「そうですか? 私は流石は『妙なる導き手』と感服いたしました。ナイクレアード様の『導き』はまたしても大変な功績を上げたのです」
「功績だと? 今回は得る物などなにもなかったろう」
「いいえ、彼女たちが手遅れになる前に見つけられたことは、王国の未来を救ったとは言っても過言ではないのです」
そうして、セクレティリアは語り始めた。
もし、彼女たちが放置されていたらどうなるか。起こり得た未来の可能性を。
子爵令嬢アルクオーラは、婚約者を失った悲しみから、酒に溺れるようになっていたかもしれない。そうすれば、いずれは何かのきっかけで大暴れすることもあるだろう。悪酔いして『酒場の荒武者』の力を解放すれば、都市一つが壊滅するくらいの被害となったことだろう。一度そうなってしまえば後戻りはできない。彼女はますます酒に溺れ、更なる被害を出すことになるだろう。
男爵令嬢スクルピオーナは、愛する者を毒で侵す愛し方を胸に秘めたまま生きていく。彼女の愛を受け止められる者などまずいないだろう。誰にも受け入れてもらえない愛は、やがて人を狂わせる。一人だけを毒に侵すだけならまだいい。だが彼女が、快楽だけを求めて対象を広げていったら……使う毒によっては、人だけでなく土地までも死ぬことになるだろう。その被害の規模は想像がつかない。
伯爵令嬢ポルネファヴィアはある意味で最も危険だ。確認できるだけで既に10名以上の男性と関係を持っている。彼女を信奉する人間は増える一方だ。教会は彼女の信仰の在り方を認めることはないだろう。同じ神を信じる信徒が、やがて二つに分かれて争うことになる。事態の推移によっては王国の進退すら左右する大きな争いを生み出すことになるだろう。
一人一人が災害級の被害を及ぼしかねない令嬢たちだった。もし彼女たちが、同時期に一斉に暴走していたら……王国の存亡が危ぶまれる事態に発展していたかもしれない。
しかし、その最悪の未来は防がれた。彼女たちの危険性を知ったセクレティリアは、直ちにしかるべき機関に報告して、対策を講じたのだ。
子爵令嬢アルクオーラには騎士団が誘いをかけている。騎士団で戦い方を学び、『酒場の荒武者』を正しく使えるようになれば、アルクオーラは極めて有用な戦力となる。訓練中に酔って暴走しても、騎士団の強者たちが揃っていればいれば抑え込めるはずだ。
力を使いこなせるようになれば、その武勇に惹かれ、彼女の全てを受け止められる伴侶と出会える日も来るかもしれない。
男爵令嬢スクルピオーナは魔法省に入り、魔物に対する毒の研究をするよう指導を受けることとなった。人を毒で殺せば犯罪者だが、魔物相手なら英雄だ。
力の正しい使い方を見出せば、スクルピオーナの性癖もやがてまともになるかもしれない。あるいは魔物を苦しめることに快楽を見出すようになるかもしれないが、それはそれで一つの幸せとも言えるし、それで不幸になる人間はいないはずだ。
伯爵令嬢ポルネファヴィアは規律の厳しい修道院に入ることとなった。彼女の信仰心は本物だ。厳しくも正しい信仰の在り方を学べば、自らの身体を差し出すこともなくなるだろう。
それでも彼女が肌を重ねるこという手段を捨てられなかったら……暴走しないよう魔道具で枷をつけた上で敵国に送り込み、国家転覆を図るなどという過激な計画もある。実際にどうなるかは彼女次第だ。
王国の危機は去った。婚約破棄された三人の令嬢たちも、その能力を生かす道を与えられた。これ以上ないと言ってもいい結末であり、大きな功績だった。
セクレティリアとしては『妙なる導き手』の『導き』に感服するしかない
しかしナイクレアードもまた、セクレティリアの説明にとても感心していた。
「わずか二か月で対策までできているとは、君は本当に凄いな……」
「それほどでもありません。実は令嬢たちの発見自体は早かったのです。調べ始めてすぐに見つかりました。むしろその後の身辺調査や対策の検討に時間を使いました。何と言いますか、対策もとれていない状況でお知らせするには、あまりに刺激的過ぎる令嬢たちでしたので……」
「そうか……特異な力を備えていたとはいえ、彼女たちはみな自らの愛に向き合っていた。そのことを知ることができたのは良かった」
「そうですね……」
セクレティリアも調査の過程で、彼女たちの愛の深さには感銘を受けていた。
令嬢たちの異常性のみに目を奪われず、その本質に想いを向けられるナイクレアードは、優しい人なのだ。
様々な人間を手配して調査を進め、その結果から対策を練る。有能なセクレティリアにとっても大変な仕事だった。しかし今、自らの主のやさしさに触れ、苦労が報われる思いだった。
そんな思いに浸っていると、いつのまにかナイクレアードが目の前にいた。なにやら一握りほどの大きさの小箱をセクレティリアに向けて突き出している。彼の顔は、妙に赤い。
「どうかこれを受け取ってほしい」
今回の働きを労い、何かプレゼントでもくれるのだろうか。
今まで成果に応じた給金を受け取ってきたが、こんなふうに物で渡されることはなかった。
首を傾げつつ小箱を受け取る。蓋を開いてみると、そこには銀の指輪が入っていた。精緻な彫刻が施されたそれは、一目で高価なものだとわかった。
男性が高価な指輪を女性に贈る意味など、ひとつしかない。
信じられず、セクレティリアはナイクレアードを見た。
「令嬢たちの在り方を知り、自らの愛から目をそらす愚かさを知った。だから私は、この想いを伝えずにはいられない」
ナイクレアードの目は情熱に燃えていた。まっすぐで、ひたむきな目だった。
「『婚約破棄された令嬢を娶りたいと思う』。私の想いは変わらない。君と結婚したいのだ、セクレティリア」
それは、ナイクレアードの知らないはずのことだ。
セクレティリアは、かつて婚約破棄された令嬢だったのだ。
7年ほど前の事。才媛と評判の高い男爵令嬢がいた。幼い頃から勉学に打ち込み、その才能を伸ばしてきた有能な才媛だった。学園には首席で入学し、その能力を買われて伯爵子息との婚約が決まった。
しかし彼女は有能過ぎた。領地経営の勉強のため見せてもらった伯爵家の資料。その中に見つけたわずかな瑕疵。王家へ報告する収穫高をごまかし、私腹を肥やすことに利用している悪行を見出してしまったのだ。
信じられなかった。嘘だと思った。その不安を消すために密かに集めた続けた情報は、しかし、どれもこれも伯爵家の不正を裏づける物ばかりだった。
探るうちに伯爵家に気づかれてしまった。彼女の集めた資料は全て焼かれ、婚約は一方的に破棄された。それどころか、伯爵家は彼女の男爵家に圧力をかけてきた。男爵家はたちまち没落の危機に陥った。
王家に訴えることも考えたが、証拠が無ければ伯爵にもみ消されるだけだ。そんな叛意を見せれば命すら危うい状況だった。
進退窮まった男爵家の両親は、娘を家から放逐することで伯爵家の許しを得た。
家を出ることとなったものの、彼女には行き場が無かった。いかに優秀でも、伯爵家に睨まれては能力を活かして栄達することなど夢物語だ。それどころか、まともな職に就くこともままならなかった。
彼女に残された道は、これまで学んだ学問を捨て、修道院に入ることだけだった。
将来に絶望する彼女のもとにやって来たのはナイクレアードの父、セレクロード伯爵だった。伯爵はなぜか彼女の窮状を知っており、その優秀さも理解していた。
セレクロード伯爵は、男爵令嬢としての名を捨てセレクロード家に仕えることを提案してくれた。これまで学んできたことを活かせる唯一の道。彼女は喜んでその提案を受けた。
そして、彼女は「セクレティリア」という名前を与えられた。秘書としてセレクロード家の執務に携わり、当時10歳だったナイクレアードの世話をすることとなった。
セレクロード家で働くうちに、ナイクレアードが『妙なる導き手』であることを知った。セクレティリアが人生を諦めた時、まるでタイミングを見計らったようにセレクロード伯爵が現れたのも、彼の『導き』によるものだと知った。
後に、彼女を理不尽に婚約破棄した伯爵家も、ナイクレアードの『導き』によって罪が発覚し取り潰された。
セクレティリアは感謝と敬意をもって、ナイクレアードに一生仕えると心に決めたのだった。
「そんな……ナイクレアード様がそのことを知っているはずはありません……!」
彼女が婚約破棄された令嬢であることは、ナイクレアードには告げられていないはずだった。それはセクレティリアの過去を秘するためであり、まだ幼いナイクレアードに負担をかけないための措置でもあったのだ。
「結婚したいと父に相談したのだ。君が複雑な事情を抱えており、求婚には答えられないと言っていたが、私は退かなかった。そして父は、結婚できる年齢まで成長したなら大丈夫だと判断し、君の過去について話してくれたのだ」
「でも、そんな……どうし私の事なんか……」
「幼い頃から君のことには憧れていた。てきぱきと仕事をこなし、私の思いつきにいつも最大限に応えてくれる君の姿はいつも素敵だった」
「わ、私は七つも年上なんですよっ」
「そのくらいの年齢差の結婚など珍しくもない。大人っぽい君のことが幼い頃から好きだったんだ」
「ナイクレアード様ほどの偉大な方なら、どんな高貴な令嬢でも娶れることでしょう。私みたいな出自も明かせぬ怪しい者では、とても釣り合いません!」
「釣り合わないなどと、自分を卑下するな!」
ナイクレアードは叫んだ。珍しく上げた彼の大声に、セクレティリアは身をすくませた。
「ああ、すまない。君が自身を卑下するのが許せなかったんだ。君は私よりずっと立派な人間だ」
「なぜ……なぜです? どうして私のことを、そこまで高く見て下さるのですか……?」
「君の方こそ私のことを買いかぶっている。『妙なる導き手』などと呼ばれているが、私のしていることと言えば、思いつきを口にするだけだ。それで与えられるのはただのきっかけに過ぎない。いい結果を得られた者は、みな自分の意思で立ち向かい、懸命に努力している。それこそが最も大切なことなのだ。
そして、セクレティリア。君はいつも立派に働いてくれている」
「私はただ、あなたに感謝して、自分の力を尽くしただけです」
「それこそが素晴らしいんだ。私の思いつきに過ぎない『導き』を大きな功績まで至らせてくれるのは、その献身なんだ。自分の力を尽くして積み重ねた結果こそが、どんな奇跡にも勝る素晴らしいことなんだ。
そんな君が好きだ。心から愛している。これはいつもの『導き』ではない。私の本当の気持ちだ。どうか一生、僕のそばにいてほしい」
そこまで真っ直ぐに思いを告げられては、セクレティリアももう拒めなかった。
先の閉ざされた自分を救ってくれた人だ。何年も仕えた主だ。純粋で思慮深く、『妙なる導き手』として多くの人を救ってきた素晴らしい人だ。
そして、なにより、ずっとそばにいた素敵な男性なのだ。
セクレティリアもまた、秘めた愛を抱えていた。
「はい。これからも……ずっとおそばにいさせてください」
セクレティリアは涙で頬を濡らしながら、ナイクレアードの腕の中に飛び込んだ。
実のところ。ナイクレアードは最初からセクレティリアに求婚するつもりだった。
「婚約破棄された令嬢を娶りたいと思う」という言葉も、婚約破棄されたという負い目を持つセクレティリアに対して向けた言葉だった。それをきっかけにセクレティリアの過去を知ったことを明かし、告白するつもりだったのだ。
だがセクレティリアはその言葉を『導き』だと思い込み、いつものように行動した。そして結果的に王国存亡の危機を回避した。
ナイクレアードはやはり『妙なる導き手』と謳われるに足る傑物だった。そしてそれを支えるセクレティリアもまた、彼の伴侶に相応しい才媛なのだった。
セクレティリアは男爵令嬢だった過去を捨てた。伯爵家の子息が、爵位も持たず出自も明らかにできない女を娶ることなど、通常なら許されないことだ。
だが、セクレティリアは伯爵家においてその有能さを存分に発揮し続けてきた。セレクロード家の懐刀と称される彼女と『妙なる導き手』との婚姻に異を唱える者などいなかった。むしろ祝福する者ばかりだった。
もっと早ければ、セクレティリアの働きが足りず、反対する者もいたかもしれない。逆にもっと遅ければ、その有能さを見初められ、他の誰かと結婚することになっていたかもしれない。
ナイクレアードのプロポーズのタイミングは実に絶妙だった。
結婚後も、二人は様々な事件を解決していった。
ナイクレアードは『妙なる導き手』として成功に至る道を引き寄せ、セクレティリアは卓越した手腕を揮い、最高の結果を導き出した。
二人は幸せになり、そして多くの人もまた幸せにした。仲睦まじい夫婦として、人々から末永く慕われたのだった。
終わり
「偶然出会うのではなく、意図的に『婚約破棄された令嬢』との結婚を望む子息がいたらどうなるだろうか」
そんなことを思いついて設定やキャラを詰めていったらこういう話になりました。
婚約破棄された三人の令嬢を考えるのはなんだか楽しかったです。
2024/5/9
誤字指摘ありがとうございました! 読み返して気になった細かなところもあちこち修正しました。