第6話 私の好きな物
「まぁぁ! 確かにこれはエリザベス様に似合いそうなドレスばかりですね!」
「そ、そう?」
部屋に戻ってから、殿下に言われたように頂いた贈り物のドレスの確認をしてみたところ、侍女のキャシーが感嘆の声を上げた。
「……正直、最初にここに用意していたドレスは、エリザベス様のイメージではなかったんですよねぇ。何と言うか……派手派手しくて」
「そうなの?」
バタバタしていた私は、まだクローゼットの中をしっかりと確認していなかった。
だけど、色々手配をしてくれたであろう侍女のキャシーがそう言うのならそうなのかもしれない。
キャシーは困った顔で言う。
「その……マクチュール侯爵家からエリザベス様は派手な物が好きなのだとうかがっておりましたので」
「……」
なるほど。
本物のエリザベスは派手好きなのね。
だから、ドレスもエリザベスが好きそうなデザインの物を用意していた……と。
(え! ちょっと待って? ……これってバレないの? 噂と印象が違うようだね、で済ませられる範囲の話? 大丈夫なのかしら?)
一瞬、普通に納得しかけたものの一気に不安になった。
「えぇと、謝らないで? 気にしていないから。ただ……」
「ただ?」
「そんなに私は噂と違う?」
私の質問にキャシーが驚いたのか目を丸くする。
そして、うーんと考えながら答えてくれた。
「そう……ですね。噂で聞いていた印象とは……かなり違うかと思います」
「!」
(なんてこと……失敗したわ)
侯爵家でさせられて来たことが貴族令嬢のマナーやら教養やらを身に付けるということばかりだったせいで、肝心の”エリザベス”になりきることに関しては甘いままだったと気付く。
(もう少しエリザベスがどんな人なのかを聞き出しておくべきだったわ……)
そうは思うも、あの侯爵たちが素直なありのままのエリザベスについてを語るかは分からない。
(かなり溺愛していた様子だったもの……可愛いに決まってるだろう! としか言わなそう)
それに結局のところ、私が噂通りのエリザベスのように振る舞えるとも思えない。
そんなことを考えていたら、キャシーが照れながら言った。
「で、ですが、私はエリザベス様が噂と違う方で良かったと思っています」
「キャシー……」
「エリザベス様は噂で聞いていたよりも話しやすいですし、可愛らしい方です!」
キャシーが笑顔でそう力説してくれた。
さすがにこれは私も恥ずかしくなって両手で顔を覆う。
「や、やめてちょうだい……て、照れるわ!」
だって、可愛い……なんて言われ慣れていないから。
「赤くなりましたね。そういう所も可愛いらしいですよ」
「だ、だから……!」
「ふふ、きっと殿下も噂と違ってそういう所が可愛いらしいと思っているのでは?」
「!」
その言葉は色々な意味で心臓に悪い。
そんな複雑な気持ちを知らないキャシーはドレスを私に見せながら言った。
「絶対そうですよ! ですから、殿下はこんなにも可愛らしいドレスを改めてたくさん用意されたに違いありません!」
「そっ!」
そんなことはない──
そう思いつつも、ちょっとだけ、そうだったらいいな……なんて思っている自分がいることに驚いた。
そんな話をしながら再び贈られた物の確認をしていく。
すると、気になる点が出てきた。
「……キャシー。気のせいかしら? 頂いた物でドレス以外の小物や普段着には花柄の物が多いのだけど」
これは明らかにこだわっている……気がする。
「……そのようですね。エリザベス様って花柄がお好きなんですか?」
「……え!」
ドキッとした。
エリザベスの事は知らない。でも、私……ライザは……
“私ね、花が好きなの! いつか両手いっぱいの花束を貰うのが夢なの!”
“それでプロポーズされたら絶対幸せになれる。そんな気がするのよ!”
──そういえば昔、そんなことを口にした時もあったわ……
夢見がちだなって笑われたけど。
そんな昔のことを思い出しながら、ポケットの中にある手鏡にそっと触れる。
「テッド……」
「エリザベス様?」
キャシーの声でハッとする。
いけない、いけない。思わず過去に浸ってしまっていた……
「……いえ、何でもないわ。そうね、花は……好きよ」
「そうでしたか。でしたら殿下もわざわざ調べていたのでしょうね!」
「……えっ!」
キャシーは嬉しそうに語るけれど、私の内心は複雑だ。
「エリザベス様?」
私が驚きの声をあげたせいで、キャシーが不思議そうな顔をこっちに向ける。
「あ、いえ。わざわざ調べただけでなく、こんなに頂いてしまって申し訳ないと思ってしまっただけよ」
ドレスに普段着に小物……
これだけでも恐れ多いのだから、万が一宝石の類なんて贈られていたら絶対に困っていた。
宝石の類は人前に出る時に必要な物だとは分かるけど、普段からジャラジャラ身につけたいとは思わないし……
だけど、この贈り物の中にそれらしき物はなかった。
(意外だわ……)
「殿下はエリザベス様を大事にしようとされているのですよ」
「……大事に?」
「そうですよ!」
「……」
(いや、殿下にはずっと忘れられないと言う想い人がいるらしいし、何ならエリザベスを愛さない宣言されてますから!)
私は苦笑しつつ心の中で否定する。
「……何であれ殿下にはきちんとお礼を言わないとね」
無駄遣いは良くないけど、やっぱり気持ちは嬉しい。
今すぐお礼を伝えに行きたいけど殿下はこの後は公務のはずだから、邪魔するのは良くない。
「キャシー、私が殿下に会いに行ける時間はあるのかしら?」
「どうでしょう……夕食の時まで難しいのでは?」
「そうよね……」
早くお礼が言いたいのに!
何だかとてももどかしく感じた。
「殿下、ありがとうございました」
「ライザ? あぁ、贈り物のこと?」
「はい。ドレスだけでなく小物まで……本当にありがとうございます」
夕食の席で、お礼を告げたところ殿下はご機嫌だった。
「気に入ってくれたかな? 君が──ライザが好きだと思ったんだけど」
「は、はい! 気に入りました。ありがとうございます」
ドレスは(善し悪しが分からないので)ともかく、小物類は本当に本当に私の好みピッタリだった。
「それなら良かった。それにライザのその顔が見れて俺も嬉しいよ」
殿下がそんなことを言いながら優しく微笑んだ。
「えっ……その顔、ですか?」
「あれ? 自覚ないの? 今、ライザは嬉しそうな顔をしているよ?」
「嬉しそうな……顔?」
そう言われて、ペタペタと顔を触ってみるけれど、自分ではよく分からない。
(それに、無理やり侯爵家に連れて行かれてしまってから笑うことなんてなかった……)
「我ながら、多すぎたかな、とは思ったけど……君のライザの喜ぶ顔が見たかったんだ」
「っ!」
ちょっと! ちょっと、セオドア殿下!?
どうして、そこであなたが頬を染めちゃっているの??
釣られて私も赤くなる。
本当にあの最初の“愛を期待するな”発言は何だったのー!?
「……」
「……」
そのまま互いに無言になる。
恥ずかしくて顔があげられない。
「ライザ……」
「は、はい!」
「食事にしよう」
「……はい」
その日の夕食は、心の中がドキドキと混乱とが入り交じってパニックを起こしていたことと、目の前の殿下が終始甘い笑顔を見せてくるので全く味が分からなかった。
せっかくのご馳走だったのに! と後に悔やんだ。
その後、部屋に戻った私は、ぼんやりしながら考えた。
(私が好きだと思った物を……かぁ)
まるで、その言葉が エリザベスではなく“ライザ”の好きな物を集めた……って言われているみたいに聞こえてしまってドキドキした。
────なんてね。そんなはずないのに。
でも、そうだったらいいのに……なんて思う気持ちは消えてくれなかった。