第5話 身代わりの身代わり
───その話を聞いたのは本当に偶然だった。
「ねぇねぇ、見た? 殿下の婚約者様!」
「見た見た! 侯爵家のご令嬢でしょう?」
殿下の婚約者として王宮にあがったのだから、さぞかし厳しい王太子妃教育が待っているのだろう……
そう覚悟していたのに、病み上がりだから今は無理をするなと言われてしまい、特にする事がないまま数日が過ぎていた。
(これでいいの? 未来の王太子妃……と心配になるのだけど!)
そういうわけで、暇を持て余し過ぎた今日の私は、頼み込んで王宮内を散策させてもらっていた。
護衛付きなら構わないと許可をもらえ、そうして王宮内をウロウロしている所で、どうやら自分が話題にされているらしい噂話が聞こえて来た。
(今のは私……エリザベスの話……よね?)
「ちょっと色々な面での話題の多い令嬢だから、婚約者に決定した時は驚いたわよね~!」
「身分は高いけど確かに何で? って思ったわ」
この様子。
やっぱり、マクチュール侯爵令嬢エリザベス──はそれなりに有名らしい。
「まぁ、今のところは猫を被っているのか大人しいけどね」
「そのうち本性もあらわすんじゃない?」
(えっ! これは知らないうちに悪女にでもされそうな勢い。それはちょっと困るわ)
「それにまぁ、だってあれでしょ? エリザベス様が婚約者に選ばれた理由!」
「あー……ねー!」
(理由? それは私も気になる)
王宮の噂話が好きそうな使用人の彼女達の話はとどまることを知らず、まだまだ続くようだ。
「エリザベス様が“殿下の初恋の人”と容姿が似ているからなんでしょう?」
「そうそう! 私もそれを聞いたわ」
「殿下は婚約者選びの際に事細かに容姿の条件をあげていたって聞いたわよ。で、それがどうも初恋の人の容姿らしいって」
「殿下はそれで婚約話から逃げるつもりだったみたいだけど、側近が条件に合うご令嬢を必死に探したんでしょ! で、それがエリザベス様だったというわけね」
「へぇ~、いるものなのね。で、何だっけ。殿下が言うにはその初恋の人は……結ばれる事が叶わない人……だったかしら?」
(殿下の初恋の人? 結ばれる事が叶わない?)
初恋はともかく後半が穏やかではない話だと思った。
「そう。叶わないと分かっていても、彼女が忘れられないから婚約者を作るのは待ってくれとずっと懇願し続けていたとか」
「まぁ、いつまでもそれは無理だから、さすがに今回は押し切られちゃったみたいだけどね」
「でもさ、それってエリザベス様からすれば残酷よね……」
(残酷……?)
「だって、初恋の人の身代わりって事よ? ちょっと可哀想~」
──初恋の人の身代わり!
そっか! そういう事だったのね??
(なんと! エリザベスもその殿下の初恋の人とやらの身代わりで婚約者に選ばれていたのね!?)
つまり、私は身代わりの身代わり……となるわけか。
うん、ややこしい!
だけど、やっと分かった。
あんなにあちらこちらで問題令嬢と呼ばれているらしいエリザベスを婚約者に選んだわけが。
(そこまでするほど、忘れられない人なんだわ……)
身代わりで婚約者を選ぶのは確かに酷いかもしれない。
けれど、きっとあの顔合わせで隠すこと無く“愛さない”と宣言したのも、殿下はきっと、婚約者を迎えてもその初恋の人を忘れられないと自分で分かっていたから……
その初恋の人以上の愛を向けられる事を#エリザベスに期待させないように……初めから伝えておこうとか、そういう理由からなのかも。
チクッ
何故か胸の奥が少し痛んだ気がした。
(そこまで愛されるなんて……羨ましい。叶わない想いのは辛いでしょうけど)
それなら、身代わりの身代わりで、やっぱり愛されない私はせめて殿下の邪魔にならないよう大人しくしておこう。
何となくザワザワする胸の奥の気持ちに気付かないフリをしてそう思った。
───なのに!
「こ、これは?」
「殿下からの贈り物です」
「…………全部?」
翌朝、目覚めると私の部屋には何やらたくさんの贈り物があった。
なにごとかと私付きの侍女に訊ねたところ……
「セオドア殿下からの贈り物です」
と、淡々と返された。
「……な、何故?」
「私も受け取っただけです」
「ですよね……はは」
いや、思わず笑ってしまったけど笑ってる場合ではないわよ。
どういう事かしらね……昨日無駄遣いするなと言ったその口で!
これでは王子様が無駄遣いしているじゃないの!
「……殿下は何処に?」
「今は朝の支度をしておられるかと……エリザベス様も早くご準備を」
「え? あ……そうね」
どうやら朝食の席でお会い出来るようなので、問い詰めてみよう……そう思った。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう、ライザ」
「っ!」
“ライザ”と呼ばれて私の胸が高鳴る。
また、殿下が優しく微笑んで言うものだから余計に胸が……あぁ、もう!!
(愛さない宣言した女性に向けてする微笑みではないと思うわ! 勘違いさせたいのかしらね!?)
「贈り物は届いていたかな?」
「!」
助かったわ。殿下からその話を向けてくれた!
「えぇ、ありがとうございます。ですが……」
「何かな?」
「何故、あんなにたくさん……」
無駄な出費を──……
そこまで言いかけた時、殿下は私の言いたい事が分かったらしく「あぁ、それは」と言って説明を始めた。
「実はさ、ちょっとした手違いがあって、ライザの部屋に用意していたドレスの殆どが君に合わないみたいでね」
「え?」
でも、今日はこれを着るように言われたけど、もしかして似合っていないの??
「……あ、似合う似合わないの問題では無いよ?」
殿下が私の思考を察したのか慌てて言う。
「ちょっとサイズとかデザインとか……まぁ、着れなくはないし全部が駄目なわけではないのだけど、ちょっと……」
「そうなのですか?」
そう言われても、私にドレスの事なんてよく分からない。
(しまった……社交界に出るなら、こういう事も勉強しておかなきゃダメだったわ……)
「だから、ライザに似合いそうなドレスを俺が選んでみた」
「……で! 殿下が…………ですか?」
驚きのせいで声が裏返ってしまった。
「何かおかしいかな?」
殿下が不思議そうに首を傾げる。
(何でそんなきょとんとした顔をするの……)
「い、いえ、そんな事はありません……」
「なら良かった! 部屋に戻ったら確認してみて?」
殿下が嬉しそうに笑った。
その顔を見て胸がドキンッと跳ねた。
(だ、だから、その顔は反則よーー)
「は、はい……」
……そう返事をする事しか出来なかった。
困った事に、どんどん殿下のペースに巻き込まれている……そんな気がした。