第25話 侯爵家は破滅の道へ
「ラ、ライザ……! あぁ、私とルルの娘……」
膝から崩れ落ちた侯爵が、初めて私の名前を呼びながら手を伸ばして来た。
今更、私の名前を呼んで娘として扱おうとするつもりなのかと思うとゾッとする。
(この人はどこまで身勝手なのだろう……!)
「近寄らないで下さい! 私はあなたを父親だと思ったことは一度もありません」
「なっ……そんなこと……」
「──私の名前は、ライザ・デ・リーチザクラウです。あなたとは一切無関係の人間です」
「ライザっ……!」
そこまで言っても侯爵は私に手を伸ばそうとする。
私はその手を避けて侯爵を睨んだ。
「気安く名前を呼ばないでくれますか? あなたが忘れていても私はあなたにされたことを決して忘れてはいません」
「……っ」
侯爵は伸ばしかけていた手を力無く下ろした。
そのまま黙り込んだのでもはや、何かを口にする気力すらなくなったみたいだった。
そんな私の言葉に、
「マクチュール侯爵は隣国の王女様をも敵に回したぞ……!」
「待て。侯爵はそもそも、我が国の王族も敵に回していないか?」
「これはマクチュール侯爵家も終わったな」
そんな囁き合う声があちらこちらから聞こえて来る。
(……そうね、終わりだわ)
「──ライザ」
「セオドア様?」
「侯爵家はもう終わりだな」
「えぇ」
殿下も私が思ったことと同じことを口にされた。
そうして私達が互いの顔を見て頷き合った時、まだまだ諦めの悪い人──エリザベスがヒステリックな声を上げた。
「どういうことよ! 王女って何なのよ!? しかも身代わりですって? お父様は本当は私ではなくあんた……ライザを望んでいたと言うの!?」
「……」
「お母様も私も身代わりだった!? ふざけないで!」
「ふざけてなどいません」
私は冷たくエリザベスにそう言い返す。
いい加減、現実を受け入れて欲しい。
「いえ待って? そうよ! あんたも身代わりのはずよ、ライザ! だって殿下には初恋の人の噂があったじゃないの……!」
エリザベスは急に思い出したのかそんなことを言い出した。
その表情はざまぁみろと言っている。
そんなエリザベスの言葉に会場内からも「そういえば……」なんて声がチラチラ上がり始めた。
私の横で殿下が小さくふぅ……と、ため息を吐いた。
「エリザベスは本当にこっちの言ったことを理解しないんだな。俺は、昔も今もライザだけを想っている、そう口にしたはずなのにな」
「ええ……」
「何故それで初恋の相手がライザなのだと結びつかないんだ?」
殿下が呆れた口調でそう言う。私も同感だった。
きっとエリザベスは見たくないものは見えない。聞きたくないものは聞こえない。そんな便利な頭をしているに違いない。
「……まぁ、いい。これもいい機会だ。この際、皆の前でそのこともはっきりさせておこうか」
殿下はそう口すると、一歩前に進み出て皆の前に立ち、声を張り上げた。
「巷で噂になっていた、俺の忘れられなかった初恋の相手……それはライザだ!」
その発言に会場内が再びザワザワし始める。
まさか! そんな偶然があるわけない……そんな声ばかりが飛び交う。
(本当に……普通ならそう思うわよね……)
「ライザ。手鏡を出してくれる?」
「え? は、はい」
みんなの声に内心で大きく頷いていた私は殿下に言われて忍ばせていた手鏡を慌てて懐から取り出す。
その手鏡が間近で見えたらしい貴族数名が「そ、それは!」と驚きの声を上げた。
その声を拾った殿下がニヤリと笑った。
「──あぁ、そうだ。気付いた者もいるようだな」
「?」
私は何の話か分からず内心で首を傾げる。
そして、とりあえずこのまま殿下を見守ろうと決めた。
「俺が“初恋の女性にあげたからない”と言い続けていたあの手鏡だ。そして対になっている俺の手鏡もここにある!」
そう言って殿下も自分の手鏡を取り出して皆に見せた。
対になっている二つの手鏡が皆の前で並んだ───
それを見て数人の貴族が唸っていた。
それは「戻って来た!」と、喜んでいるように私には見えた。
(え? なぜ、そんなに喜んでいるの……?)
不思議に思う私に殿下が耳打ちをする。
「ライザ、ごめん。実はこの手鏡は……代々王家に伝わる物の一つで……」
「!?」
「本来は王太子と王太子妃がペアで持つものなんだ」
「おう……!?」
思わず変な声が出てしまった。
今、とんでもない衝撃の言葉を聞いた気がする。
「セオドア様……いえ、テッド! あなた、なんて物を私に……!」
「だって俺はどうしてもこれをライザに持っていて欲しかった!!」
「……っ!」
殿下のその声も顔も真剣で、生半可な気持ちで当時の私へ渡したのではない……そう伝わって来るから困る。
だからこれ以上の文句は言えない。
「……ライザとは二度と会わない。自分から彼女を探すことはしない───かつて俺は皆の前でそう誓わされた」
殿下のその言葉に何人かの貴族がそっと気まずそうに目を逸らす。
おそらく当時、その誓いを殿下に迫った人たちだと思われる。
「二度と会えなくても俺の気持ちは……ライザだけだったから……ライザに持っていて欲しい。そんな思いで最後の逢瀬の日、勝手に持ち出した」
「なんてことを……怒られたのではありませんか?」
「はは、凄い怒られたよ」
殿下はその時のことを思い出したのか苦笑いをする。
「……私ではない王太子妃を迎えた時、どうするつもりだったのです?」
私のその質問に殿下は苦笑したまま答える。
「エリザベスのフリをしていたライザに言っただろう? “君を愛せない”と。手鏡の件も同じだよ。君には渡せない……そう言うつもりだった」
「とんでもなく酷い人ですよ? それ」
「うん……分かってる。でも、ライザでなければ俺の中では誰でも同じだったから……」
胸がキュッとした。
その言葉を聞いてますます、私はこの運命とも呼べる偶然の再会に改めて感謝した。
それと、もう一つ。これだけは殿下に聞いておきたい。
「セオドア様は私のこと、好きすぎませんか?」
「……自覚はある」
「もう!」
「ははは」
私と殿下がそんなことを言いながら見つめ合っていると、それを見ていたエリザベスの身体がプルプルと震え出した。
「意味が分からないわ! 殿下の初恋までもがライザだと言うの?」
「だから、そうだとこの間から言っているだろう。エリザベス嬢、君が理解出来ていなかっただけだ!」
殿下の言葉を受けてエリザベスは、顔を歪めて怒鳴り返す。
「どうしてこうなるのよ!? 私は……私は王妃になって皆の羨望の的になるはずだったのに!」
エリザベスのそのあまりにも身勝手な言葉に殿下は大きくため息を吐いた。
「まだ言うか。エリザベス! 残念ながら君は王妃どころか貴族令嬢でもなくなるのだからそんな夢を見るだけ無駄だ!」
「え?」
エリザベスの表情が固まる。
そして理解出来ないという顔をした。
「エリザベス……そしてそこで打ちひしがれているマクチュール侯爵とその夫人。これまでお前達は好き勝手し過ぎた。王家を謀った罪は重い」
「なっ!」
「ひっ!」
「嘘っ……!」
殿下に名指しされた三人はビクリと肩を震わす。
「よって、マクチュール侯爵家は今日を持って取り潰しとなる!」
「まっ! お待ち下さい、殿下……それはあまりにも横暴ではありませんか!」
侯爵が必死に縋りつこうとするけれども、殿下はそれを冷たく突き放した。
「いいや? この件に関しては陛下から全てを一任されている。そして、マクチュール侯爵家の取り潰しに関しては既に陛下の裁可を得ている話。よって何を言っても無駄だ!」
「なっんですと!?」
侯爵の目が大きく見開かれた。
同時に顔色も悪くなっていく。
「散々、こちらからの呼び出しを無視しておいて今更何を言う? 今ここで此度の件以外にもたくさんあるお前の悪事を明らかにしても俺は構わないがどうする?」
「ぐっ……」
侯爵は言葉につまり反論をやめた。
それはつまり、侯爵は他にも悪事を働いていて……やましいことがある。
そういうこととなる。
この人は本当にどこまで最低なのだろう……
「次に平民となり、犯罪者となったお前達の処罰に関してだが……」
殿下がそこまで言った時、レイ伯父様が「ちょっとすまん」と口を挟んだ。
「セオドア殿。確か私の記憶が確かならこの国は一番重い罰でも命を持って償う刑は無いと聞いた」
「……そうです」
「ならば、元マクチュール侯爵夫妻……ミゲールとタニアは私に……リーチザクラウ国に預けてもらえないだろうか?」
「え?」
殿下もその申し出に驚いた。
もちろん、私も──
だって、それはつまり……
レイ伯父様は言った。
「ルルも無茶で身勝手な事をしたとは言え、それ以上にルルとライザにしたことを思うと私はどうしてもこの二人を許す事が出来ない……」
(レイ伯父様……)
「キャンキャン吠えている煩いだけのそこの二人の娘に関してはこの国の法律で裁いて構わないが……こいつらは我が国で裁かせてもらえないだろうか?」
レイ伯父様のその言葉を聞いて元侯爵夫妻の顔色は真っ青を通り越して、真っ白になった。
「父上、どうしましょうか」
殿下は我が国の国王陛下に彼らを委ねてもいいものなのかの確認をとる。
「構わぬ。そやつらは我が国の法だと極刑には出来ないからな」
陛下は迷うことなく頷いた。
「ありがとうございます。国王陛下、王太子殿下。こいつらは我が国で責任をもって裁かせてもらいます」
レイ伯父様は嬉しそうにそう口にする。
けれど、すぐに夫人を睨みながら言った。
「あぁ、タニア。期待しても無駄だぞ? お前の実家は既にお前のしたことの責任を取って男爵位に降爵している。もはや、国内での影響力は地に落ちた」
「え? 男爵……? どう……してです?」
元侯爵夫人が目を丸くして驚いている。
どうやら何も聞いていなかったらしい。
「既に嫁いだ身とはいえ、お前が王女にしたことは許される事ではないからな」
「そ、そんな!」
「先日、セオドア殿か我が国を訪問された後、公爵家を軽く問い詰めてみたら、青ざめた顔でタニアのした事の責任を取ると言ってな。自ら降格を願い出てきたぞ? その時は詳しくは聞かなかったが、どうやら公爵家の面々はお前のした事を全て知っていたようだな」
「……ひっ!?」
元侯爵も元侯爵夫人ももはや反論する気力すらもなくなったようで、力無くその場にへたり込む。
「え、待ってよ、何これ? お父様……お母様……嘘でしょう!? ねぇ! あなた達も黙って見てないで何か言いなさいよ!! おかしいでしょ?」
エリザベスがそう必死に周囲に向かって喚いたけれど、当然助けの声など出るはずもなく……虚しい空気だけが流れる。
「なんで……よ?」
困惑するエリザベスに殿下が声をかけた。
「あぁ、エリザベス。お前の処罰は既に決まっている」
「何ですって!?」
「安心しろ、両親達と違って命まではとらない」
「命って……」
それでもエリザベスは不安でいっぱいの表情になる。
「ははは、喜べ。お前にピッタリな場所を用意してやったよ」
「なんですって!?」
殿下はそれはそれはとてもいい笑顔をエリザベスに向けた。




