第23話 波乱のパーティー
私達が会場に入ると一斉に視線が向けられた。
ヒソヒソ、コソコソ……何を言われているのかは聞こえなくても何となく分かる。
「──ライザ、俺を見て?」
「セオドア様?」
そう言った殿下がいつもの優しい笑顔を浮かべる。
そして強く強く私の手を握ってくれた。
繋がった手があたたかい。
(そうよ、私は負けないと誓ったじゃない!)
私は、ふぅ……と一つ深呼吸をしてから、胸を張ってにっこりと微笑んだ。
パーティーでは、まず国王陛下から、エリザベスと殿下の婚約の白紙が正式に発表された。
既に社交界で大きく噂は流れていたので大きな混乱もなく受け入れられていた。
やっぱりな……
そんな空気を感じるのはエリザベスのこれまでの行動のせいだと思っている。
「そして、エリザベス嬢の代わりにセオドアの新たな婚約者として迎えることになったのが、こちらの令嬢だ」
ついに挨拶の時が来た!
「さぁ、ライザ嬢。改めて皆に挨拶するといい」
「はい!」
陛下に促された私は、横にいた殿下の顔をチラリと見て、にっこり微笑み合ってから前へと進み出る。
そうして私が挨拶をしようと口を開きかけた時、それを遮るかのような声が会場に響いた。
「───お待ちください! これは、全てその女の陰謀です!」
(───え? どうして?)
私はその人の姿を見て驚いた。
だってその声を発したのは……
「エリザベス……!?」
私の横で殿下も驚きの声を上げた。
そう。なぜか牢屋にいるはずのエリザベスがそこに居た。
そして、そんなエリザベスの後ろには……
「国王陛下! 我々はこの話に納得がいきません!!」
マクチュール侯爵とその夫人だった。
沈黙を破り、王家からの召喚状をも無視し続けた侯爵が何故か牢にいるはずのエリザベスと共にこの場に姿を現した。
これには当然ながら会場内も騒然とする。
(どうして……)
ズカズカとこちらに近付いてきた侯爵は私をひと睨みすると更に声を荒げた。
「何故、我が娘のエリザベスが排除されねばならないのですか!? しかも今、娘は犯罪者扱いされています! この仕打ちはあんまりです!!」
侯爵は必死にエリザベスの無罪を訴え始める。
「全ては王太子妃になりたいと欲を持ったそこの娘の陰謀でエリザベスは嵌められてしまった……言うならばエリザベスは被害者なのです!!」
侯爵夫妻が現れることは予測出来ていたけれど、まさかエリザベスまで現れるとは思わなかった。
(つまり、脱獄したということ?)
私はチラリとエリザベスを見るけれど、フフンといつもの得意そうな表情をしているだけだった。
脱獄犯にしては余裕すぎる。
「騒がしいぞ、マクチュール侯爵。はて? 陰謀とな。それはどういう事だ?」
陛下が侯爵に問いかける。
侯爵は大袈裟に腰を折ると演技かかった声で訴える。
「そこの娘は、容姿がエリザベスに酷似している事を利用して我々を騙し……なんと! エリザベスのフリをして殿下へと近付いたとんでもない悪女なのです! 殿下、目を覚まして下さい! あなたも騙されています!」
どうやら侯爵は、事実をねじ曲げ自らが被害者となることにしたらしい。勝手すぎる。
この間のエリザベスといい、侯爵といいこの人達は本当になんなの!?
怒りよりも呆れの気持ちがだんだん強くなって来た。
「そうですわ、殿下、今ならまだ間に合います! あなたと結ばれるべきはこの私、エリザベスです!」
「そうよ! エリザベスほど優れた子はいないわ! そこの女は卑しい娘なのですから!」
エリザベスだけでなく、夫人までもが口を出してくる。
「勝手なことを言うな! 俺は騙されてなどいない。それにエリザベス嬢? 君はどうやってここに現れた?」
殿下が怒鳴った。
その顔は怒りに満ちていた。
「まぁ、殿下ったら……嫌ですわ。そんなことはどうでもいいではないですか」
「いいわけないだろう!」
「まぁぁぁ、冷たいお言葉。どうやってここに? そんなものお父様の力でー……」
調子に乗って喋ろうとするエリザベスを侯爵が慌てて止めに入る。
「エリザベス! 余計なことを言うな!」
「あら、お父様ごめんなさい?」
どこまでが本当の事か分からないけれど、この様子だとエリザベスの脱獄には侯爵が何かしたらしい。
殿下もそれを察してため息と共に言った。
「……エリザベス嬢、そして、マクチュール侯爵とその夫人。よくもまぁ、ここまで馬鹿にしてくれたものだ。それ相応の覚悟は出来ているんだろうな?」
「何をおっしゃいます、殿下! 我々は決して馬鹿になどしておりません」
その言葉に殿下は鋭く冷たい目を向ける。
「お前達がライザに何をしたかこちらが知らないとでも?」
「何の事でしょう? 分かりかねますな」
侯爵はハハハッと笑って誤魔化す。
「身勝手な理由で、慎ましく暮らしていたライザを脅して侯爵家に連れて行き、エリザベスの身代わりを強要した事は全て分かっている」
「ですから、それはそこの女が勝手にした事でしてー……」
「その後、不要になったライザを売ろうともしたらしいな?」
「さてさて? 何の話でしょう」
侯爵は、絶対に認める気は無いらしい。
本当に強情だ。
「殿下! いくらお父様の娘だからと言っても、やはり平民の卑しい女の血を引く娘なんて王太子妃、いえ……未来の王妃には相応しくありませんわよ!」
エリザベスのその言葉に一斉に私へと視線が集まった。
その目は酷く冷たい。
みんな私を見ながら平民……と口にしている。
エリザベスにもその声が聞こえたのか私を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「だって、そうでしょう? あなたは一応、お父様の娘ではあるけど“ライザ”としか名乗れないじゃないの!」
「……っ」
確かに私には名乗れる家名は無い。
さっきは遮られて出来なかった自己紹介でも私は名前しか言わない予定だった。
そのことが周りにどう受け取られるのかは実を言えば不安ではあったのは確かだ。でも私は前を向くと決めた。
「お父様を誘惑した平民女の娘のくせに、その娘のあなたが今度は私から王太子妃の座を奪うなんて! 血は争えないわね!」
エリザベスの言葉にカッとなる。
お母さんをバカにされるのはやっぱり許せない!
「違う! お母さ……母は誘惑なんかしていないわ! 全部侯爵に無理やり……」
「まぁ! お父様のせいにする気なの? 卑しい身分の娘は本当に卑しい考えしか出来ないのね、なんてみすぼらしいのかしら!」
エリザベスがそう高笑いをした──その時。
「ほぅ、これはまた随分と興味深い話をしているな」
突然、会場に知らない男の人の声が割って入って来た。
(だ、誰?)
その闖入者に対して、そう思ったけれど、私はすぐに思い直した。
違う。
最近、姿絵を見せてもらった事があるわ。
この人……いえ、この方は───
(何故ここに?)
「……リーチザクラウ国王陛下」
私の横でセオドア殿下がそう呟き、頭を下げて跪いたので私もそれに倣う。
エリザベスは「誰よ?」と、小さく呟きポカンとした顔をし、侯爵夫妻の顔は驚きと共に見る見るうちに真っ青になっていった。
「よい、楽にしろ。私はセオドア殿、そなたから先日送られて来た書簡の返事と、以前話したそなたの望みを叶える約束を果たしに来たまでだ…………まぁ、そこのキャンキャン吠えている女が大変興味深い話もしていたようだが」
そう言ってリーチザクラウ国の国王陛下はエリザベスをジロリとひと睨みした。
「え? は? 何?」
エリザベスは状況が全く読み込めていないらしい。
陛下はそんなエリザベスを見ながら言った。
「そこの先程から見苦しく喚いていた女よ。訂正してもらおうか?」
「え、えっと、何をでしょう、か?」
「彼女を私の……リーチザクラウ国の国王である私の姪にあたる令嬢───ライザを平民女と言い続けたことだ」
「…………え? 姪?」
エリザベスが理解出来ないという顔になる。
同時に会場内もどういうことなのかと騒めき始めた。
「セオドア殿、すまないがここで私に時間を貰ってもよろしいか?」
「どうぞ、陛下の心ゆくままに」
「助かる」
殿下と陛下は互いに軽く目配せをした。
その後、陛下は皆の前に立った。そして──……
「それではリーチザクラウ国、国王の名を持ってこの場で宣言する!」
そのよく通る声に今度は会場内がしーんと静まり返る。
他国の王がこの場で何の宣言をするのかと気になっているからだろう。
そんな困惑の空気の中、国王陛下は私の方に顔を向けた。
その表情はどこか懐かしいものを見るかのようにとても優しく微笑まれた。
(え? あら……笑っ)
「セオドア殿の新たな婚約者となるライザ……彼女の正式な名は、ライザ・デ・リーチザクラウ! 我がリーチザクラウ国の正式な王女だ!!」
リーチザクラウ国の陛下のその声は静まり返った会場内にとてもよく響いた。




