第22話 決意を新たに
「んん……」
朝の眩しい光で目が覚めた。
うっすら目を開けると、自分の身体が心地いい温もりに包まれていることに気付いた。
「おはよう、ライザ」
「!!」
その温もりをくれていた人……殿下に声をかけられて私は真っ赤になる。
どうにか返事をしようと口を開いた。
「お、おはようございます」
(そ、そうよ、昨夜は……)
私は今、ベッドの中で殿下に後ろから抱き込まれている。
慌てて顔だけを殿下の方に向けた。
「あ、あの、セオドア……様」
「ん? どうかした? 寝起きのライザも可愛いな」
「え? いえ、そうではなく…………んっ」
それだけ言って殿下は私の唇を塞いでしまう。
そして嬉しそうな顔で言った。
「おはようのキス……してみたかったんだ」
「っっ! で、ですから! そうではなく!!」
私が更に真っ赤になって抗議をすると殿下は笑った。
「分かっているよ、ごめん。昨夜はライザが可愛くて可愛くて離れがたくてずっと抱きしめていたら、そのまま寝てしまった」
「……」
「誓って変なことはしていない」
それは分かっているわ。
互いに服もしっかり着ているしどこも乱れてもいない。
だけど……
「キスもですか?」
「それはした」
「……してるじゃないですか」
正直に答えた殿下をじとっとした目で見つめる。
「ごめん! でもキスは……」
「キスは?」
何かしら?
まさか、キスだけは何か違うとでも?
「が、我慢出来なかった……」
「もう!」
「ごめん。でもさ、ライザは俺と一緒に寝るの……嫌だった?」
「!」
殿下がシュンッと落ち込んだ様子でそろそろと訊ねてくる。
まるで捨てられた子犬みたいな顔をしてそんなことを聞いてくるなんてずるいわ!
(嫌じゃない……)
嫌だなんて思わない。思うはずがない。
むしろもっともっと触れ合っていたい……そんな気持ちばかりが膨らんでしまうというのに。
私はそんな気持ちでじっと殿下の目を見つめた。
「ライザ? あー、その顔は……うん。これ以上は危険だな」
「え? 危険?」
そう呟いた殿下が私から離れて起き上がる。
「あ……」
ずっと感じていた心地良い温もりが離れてしまった事に寂しいなんて思ってしまった。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか殿下は私の頭を撫でながら言った。
「このままライザを抱いてしまいたい気持ちでいっぱいだけど、今はまだ、ね。その時じゃない」
「……」
「例え俺が相手なのだと言っても、ライザが婚姻前に純潔でないなんて周囲に知られたら何を言われるか分からない。だから初夜までは我慢する」
「……セオドア様」
「その代わり──」
殿下は私の耳元に顔を近付けた。
その近さに胸がドキッとした。
──結婚式の夜は覚悟しておいてね?
「!!」
殿下が耳元でそんなことを言うものだから私の顔は一瞬で真っ赤になった。
「ははは、赤くなった。可愛い。その日が楽しみだね、ライザ?」
「知りません!!」
私はプイッと顔を逸らす。
それでも殿下はめげなかった。
「照れているライザも可愛いよ」
「~~!」
そんな言葉を残して殿下は自分の部屋に戻って行った。
(もう! いつも本当に私を振り回してばかりなんだから!)
「でも……好き」
それでも、殿下の温もりに包まれて眠れたことはとても幸せだと思った。
***
「陛下にご挨拶ですか?」
「うん、やっと時間の調整がついたようだよ。お披露目パーティーの前に時間が出来てよかった」
「き、緊張します」
殿下はそんな固くなる必要ないよと笑うけどそんなの無理だわ。
長年、平民として生きてきた私にとっては、殿下でさえ雲の上の存在だったのに陛下だなんて……!
「大丈夫。前にも言ったけどライザに会いたがっているのは父上の方だ。そして、ライザのことを認めてくれている」
「私は侯爵の命でエリザベスのフリをしていた元平民ですよ?」
何故、認めてもらえているのか不思議でしょうがない。
そこには何か特別な理由があるのかと思って聞いたけど殿下も首を傾げただけだった。
「うーん、実はそこは俺にも分からない。だけど、ライザの事を説明した時、反対はされなかったんだ」
「私が隣国の王家の血筋だからでしょうか?」
「いや、その事実が判明する前からだよ。マクチュール侯爵の娘だという事だけが分かってた時からだ」
「そうなのですか……?」
それなら、本当にどうして?
そんな疑問を抱えながら私は陛下との謁見に向かった。
「そなたがライザ嬢か。顔を上げてくれ」
「はい」
その言葉で私はおそるおそる顔を上げる。
そして初めて国王陛下をまっすぐ見た。
(殿下とよく似ているわ……)
初めて見た陛下は、セオドア殿下とよく似ていて、彼が歳をとったらこんな感じになるのだろうな……漠然とそう思えた。
「ようやく……そなたに会えたな」
陛下は小さな声でそう呟いた。
ようやく会えた? どういう意味かしら?
「真っ直ぐないい目をしているな」
「あ、ありがとうございます……」
「王太子妃教育の成果も聞いている。貴族社会については疎かっただろうに頑張っているとな」
「私のような者にはもったいないお言葉です」
私はお礼を口にしながら再び頭を下げる。
しかし、本当にあまりにも好意的すぎて戸惑う。
なぜなの?
「そうか。まぁ、よい。だが私からそなたに望むことはたった一つだ」
「は、はい!」
何を望まれるのかと緊張が漂う。
「───これからもずっとセオドアのそばに居てくれ。それだけだ」
その言葉に私は目を丸くする。
私のそんな驚きと戸惑いを感じた陛下は少し寂しそうな表情を浮かべてで言った。
「───かつて、セオドアとそなたのささやかな逢瀬を引き裂いたのは我々だ」
「え……?」
「我々はセオドアに何度も何度もそなたの事を諦めるよう説得した。だがセオドアはなかなか納得しなかった」
(何度もって……ああ!)
それは、テッドと私の逢瀬のことを言っているのだと遅れて理解した。
「我々は強硬手段に出て無理やりセオドアにそなたを諦めさせたんだ」
「……」
なんと答えたらいいのか分からなかった。
だって今なら分かる。たとえ強硬手段を用いられなくても、テッドと私の逢瀬はきっと長く続けられるものではなかった……と。
「しかしらその日を境にセオドアは全く笑わなくなった」
「え?」
「王子としての責務はこなすが、まるで感情の無い人形のようになってしまったんだ」
「!」
その言葉で思い出す。
──夫が言うには、エリザベス様を迎え入れてから殿下は変わられた。
──そんな事を言っていますが、夫は喜んでいます。殿下が人間らしくなられたと。
──エリザベス様のことで一喜一憂する殿下はまるで昔に戻ったみたいだと嬉しそうでした。
エリザベスのフリを始めた頃にキャシーからそんな話を聞いて私は自分が殿下について知らない事に気付かされた。
(あれはこの事を指していた?)
「そんなセオドアの様子を見て色々後悔したが遅かった」
「後悔……」
「しかし、だ。やはりどう考えても、平民を妃に迎える事は出来ない……だが、不思議だな。なんの運命かそなたは数年越しにセオドアの前に現れた。それも貴族の血を引いた令嬢だと判明してな」
「あ……」
「もう、反対する理由はなかった。まぁ、マクチュール侯爵の娘なのは気がかりではあったが、これも何の運命か……そなたは更に格上の隣国の王族の血も引いていた」
「……」
「ライザ嬢。どうかセオドアを頼む」
そう言った陛下の言葉は一国の王ではなく多分、一人の父親としての言葉だ。
なんとなくそう思った。
(これは、一国の王としては間違っている言葉なのかもしれない。それでもやっぱり親子だから……)
私はしっかり頷いて陛下との謁見を終えた。
「今度は王妃も交えて話をしよう」
陛下は私が最後に部屋から出る直前にそう言ってくださった。
王妃様……殿下と結婚したら義理の母親となる方だ。
(お母さん……)
生きていて私が幸せになる所を見て欲しかったな、そう思った。
(でも、空から見ていてね? 私は絶対幸せになるから!)
私は空に向かってそう呼びかけた。
***
───そうして、パーティーの日がやって来た。
(今日はエリザベスではなく、ライザとして皆の前に立つ……!)
私は気合を入れる。
「ライザ様。緊張しておられますか?」
「え、えぇ……さすがに、ね」
キャシーが心配そうな顔で訊ねてくる。
「大丈夫! と言いたいけれど残念ながら難しいわ」
「殿下が側で守ってくれますよ」
「そうね。それは心配していないけれど……」
きっと私は友好的に迎えられることはない。
エリザベスが蹴落とされたなら、と後釜を狙っていた令嬢はたくさんいるはずだ。
それに、私の出自……
(どんな血筋だったとしても、平民だった過去は消えないから)
「あ、キャシー、手鏡をドレスの中に忍ばせたいのだけど出来るかしら?」
「手鏡をですか?」
キャシーが首を傾げる。
「殿下に言われたの。今日はお母さん……お母様の指輪とテッド……殿下から貰った手鏡を身に付けていて欲しいって」
「まあ? 指輪はともかく手鏡までとは……何故でしょう?」
「そうなのよね。何か意味があるのかしら?」
だけど私としても大事な大事なこの二つを持っていられると思うと心強い。
そうして支度を終えた私は殿下と合流する。
「ライザ、今日も綺麗だ」
「ふふ、ありがとうございます、セオドア様も素敵です」
互いに褒め合いながら会場へと向かう。
本当は殿下は王族として別の形で入場する筈だったのだけど、私を一人には出来ないということで私をエスコートして入場してくれる事になった。
「──行こう、ライザ」
「はい」
差し出された殿下の手にそっと微笑みながら自分の手を重ねる。
このパーティーで何が待ち受けていても私は絶対に負けない!
そんな気持ちで私達は会場へと足を踏み入れた。




