第21話 追い詰められる異母姉
エリザベスは私を見て大きく目を見開いて驚愕している。
殿下の相手が私だなんて夢にも思わなかった……そんな顔だった。
「……」
「エリザベス嬢。彼女の事はもちろん君も知っているよね?」
「……」
殿下のその問いにエリザベスは答えない。
無言で私を凝視している。
「……君の異母妹、ライザだ。俺が愛しているのは……今も昔も彼女だけなんだ」
そう言って殿下は、そっと私の肩に腕を回して抱き寄せる。
それを見たエリザベスはようやく状況を理解したのか、ハッとすると私達をきつく睨みながら声を荒らげた。
「ば、馬鹿にしないで!! その女は平民だわ!」
「母親が違うとしても君の妹だろう? それからちゃんと彼女には“ライザ”という可愛い名前がある。その女呼ばわりするのは止めてもらおうか」
「……なっ! 名前なんて知ったことではないわよ! その女で充分よ!!」
(侯爵夫妻もそうだったれど、エリザベスって多分私の名前を知らないんだろうなぁ……)
エリザベスはきっと今、私の名前を知ったんだと思う。
「そんなことより! ……あんた、裏切ったのね?」
そんなエリザベスの怒りの矛先は当然だけど私に向かう。
もはや今にも突進して来て掴みかかってきそうな勢いだった。
「裏切った……とは? 何の話でしょうか?」
「あんたは自分が王太子妃になりたいから私のフリをして、わざとテストに落ちて、そして今、私に成り代わろうとしているんでしょ!?」
「えっと、お忘れですか? そもそも、最初に身代わりを望んだのはエリザベス様の方ですよね?」
「……くっ」
その件を問われると痛いのかエリザベスが言葉に詰まった。
私はそこで一気に畳み掛けることにした。
「試験の結果だって、文句があるなら今回の私の提案など受けずにご自分の実力で受ければ良かったではありませんか」
「うるさい! な、生意気言うんじゃないわよっ!」
「いいえ、本当の事を言ったまでです。自身では何の努力もせずに甘い汁だけ吸おうとしたのだからこれは当然の結果です」
図星を指されたからなのか、エリザベスは悔しそうに唇を噛むと、私から目を逸らした。
「あぁ、そうだった。その“身代わりの話”の説明も、ぜひ君の口から聞いてみたいな、エリザベス嬢」
殿下が冷たい声と表情でエリザベスに向かって問いかけた。
普段、こういう冷徹な顔を私には見せないので、こんな時なのに新鮮な気持ちになってしまう。
(そんな顔もかっこいい……)
「え……そ、れは」
「そうそう。婚約者と決定した通知の後、君は不慮の事故にあって療養していたそうだけど、それはどんな事故だったのだろう? 療養が必要になるくらいの大事故があったなんて話は聞いていないんだよね」
「……や、屋敷内での事故ですから……大事にはしたくなくて」
指摘を受けたエリザベスの目は完全に泳いでいた。
残念ながらどこからどう見ても聞いても嘘をついているのがバレバレ。
(良くも悪くも分かりやすい態度と言動だわ)
「それなら、聞き方を変えよう。ライザという身代わりをたててまで、君はなんの時間稼ぎをしていたのかの説明を願おうか」
エリザベスはギクッと肩を震わせるけれど、気丈にも前を向いて反論する。
「──い、嫌ですわ、私は何も時間稼ぎなどしていません! 本当に療養していましたわ。そ、そうよ! そ、そこの女はお父様が勝手に用意したのです!!」
エリザベスは声を震わせていたものの、そのまま私に向かって指をさした。
なんとエリザベスは全ての罪を父親に擦り付けることにしたらしい。
ここに来てなかなかの図太さだと感心してしまった。
「フッ……療養、ね」
「な、何ですか?」
けれど、殿下が冷たく笑ったのでエリザベスがたじろぐ。
そんなエリザベスを一瞥すると殿下は冷たく言い放った。
「君はどこまでも愚かなんだな。エリザベス嬢」
「お、愚か……?」
「あれだけ派手に遊んでおいてバレないと本気で思っていたのか? 療養が嘘八百なのはもう分かっている」
「え!?」
殿下のその言葉にエリザベスの顔はどんどん真っ青になる。
「そうそう派手に遊んでいた割には、何故か社交界にはあまりその噂が流れていないので不思議だなと思って色々調べさせてもらったよ」
「え……調べ、た? まさか……」
「君には妊娠の疑いがあったのだろう? それも誰の子かも分からない子を」
「なっ!」
エリザベスが妊娠を疑って私を身代わりに立てた事は知っていたけれど、その相手は一人ではなく多くの男性と関係を持っていたらしい、という話は殿下から聞いて初めて知ったことだった。
(普通、それだけ多くの人と関係を持っていたら社交界で噂になってもおかしくないはずだものね……)
それなのに、不思議とエリザベスの男性遍歴の噂は広まっていなかったそうだ。
エリザベスの噂といえば傲慢とか性格に関するものばかり。
殿下はそこを不審に思って突いた。
「調べた結果、どうやら君はワケありの男性ばかり選んで誘っていたようだね?」
「……っ!」
エリザベスの顔色が分かりやすく変わる。これは明らかに図星をさされた人の顔だ。
「婚約者がいて浮気がバレたら困る男、入婿でちょっと家では立場の弱い妻子のある男……そういう男側も公にしたくない相手ばかり選んでいたようだな」
「……っっ」
「彼らにとって実に君は都合のいい女だったわけだ」
「そ、そんなんじゃ……」
エリザベスは必死に反論しようとするけれど、何を言ってももう無駄だ。
「誰の子を産むかも分からない女性が王太子妃になれると君は本気で思っていたのか? 俺にそれがバレないとでも? 随分と馬鹿にされたもんだ」
「……で、殿下の妃になれば、もちろん私は殿下一筋に!」
「そんな御託はいらないし、君の気持ちなんていらない」
「!」
取り付く島も無い殿下の様子に、エリザベスの身体はプルプルと震え出す。
「ど、どこがいいのよ、そんな女! ちょっと見てくれが私に似ているだけの平民女じゃない!!」
「ふざけるな。君とライザは欠片も似ていない。ライザの方が綺麗だ」
殿下が冷ややかにそう返したら、エリザベスは更にカッとなった。
“ライザ”の方が──私を平民女だと下に見ているエリザベスにとってその言葉は許せるものではない。
「髪の色と瞳の色、顔立ち……血縁があるのだから仕方ない。だが、内面もそこから感じるオーラも何もかも君とライザは似ていない」
「そんなこと!」
「エリザベス嬢……君は醜いよ。特に心がね。心が醜いから全てが醜く見えるんだ」
「み、醜い……? 私が?」
───醜い。
その言葉は、自分の美貌を過信しているエリザベスにとって大変なショックだったのか、エリザベスは膝から崩れ落ちた。
そして虚ろな目でブツブツと同じ言葉を繰り返す。
「嘘、嘘よ……私は醜くなんかない……」
「諦めて現実を受け入れるんだな」
「……違う、違うわ。こんなのおかしい」
エリザベスは一向に聞き入れる様子を見せなかった。
その様子を見て殿下はため息を吐いた。
「はぁ……これ以上は話をしても無駄、か。とりあえず君の行先は牢屋だ」
その言葉にエリザベスは、ピクリと反応を示す。
驚愕の表情を浮かべながら顔を上げた。
「牢屋……な、何故、です? 家に返されるのでは……?」
「この期に及んで家に帰れると思っていたのか?」
「え……」
「王家を謀り、未来の王太子妃にこんな仕打ちをしておいて、無罪放免になるとでも? マクチュール侯爵家ともども処分の対象だ」
「処分……!?」
自分のした事が罪だと思っていなかったのか、エリザベスは処分という言葉に驚いていた。
「──連れて行け!」
殿下のその言葉の合図で部屋の外で待機していた護衛がエリザベスを立たせて連れて行こうとする。
「ちょっと離しなさいよ! 私に気安く触るんじゃないわよ!! 私を誰だと思っているのよ!」
「犯罪者だろ?」
「なっ!!」
護衛にも犯罪者と馬鹿にされたエリザベスは怒りで顔が真っ赤だった。
だけど、暴れるエリザベスを連れて行くのは大変そう。
「……ライザ、大丈夫?」
殿下が優しいいつもの声で私を気遣う。
手をギュッと握ってくれたので温かくてホッとした。
「私は大丈夫です」
「それならいいのだけど……」
なんて私達が見つめ合っていたら、
「───ライザ!」
いきなり名前を呼ばれたのでビクッと肩が跳ねる。
今、私の名前を呼んだのはエリザベス。
初めて名前を呼ばれた。
「私はあんたを認めないし絶対に許さないわ!」
「……エリザベス様に認められる必要はないのですが」
「うるさい!! 見てなさい! 私はこのままでは絶対に終わらないんだから!!」
「……」
エリザベスのその目は私への憎悪で溢れていて何なら狂気さえも感じるほどだった。
そして、エリザベスはそれだけ言って連行されて行った。
牢屋に入るエリザベスにはもう何も出来ないと思うのに……
何故かエリザベスの目は最後まで諦めていなかった。




