破滅へのカウントダウン(エリザベス視点)
有難いことにギリギリのいいタイミングで、身代わりの異母妹が戻って来てくれたので、私は忌々しい王太子妃教育の総復習を逃れることが出来そう!
「離宮から出られないのはちょっと面倒だけど、テストを受けるよりはマシ!」
そう思って私は大人しく過ごしたわ。
だってこれはお父様の了承を得た上での話のようだし?
下手な事をして身代わりの件がバレてしまったら意味がないもの。
(ふふっ、これもテストが終わるまでの我慢よ)
基本、離宮に食事を運んでくるのは身代わりの異母妹の役目。
けれど、その日は別の使用人が朝食を運んで来た。
その使用人たちが王宮に戻ろうとする時に聞こえてきた話に私は驚いた。
「ねぇ? 殿下が…………様を見る目、見た?」
「見たわ! あんなに変わるものなのね。やっぱりエリザベス様は…………ね」
「今まで我慢なさっていたのよ! 本当に愛しているんだわ!」
「そうよね!」
(……なに? 殿下の話? 愛している??)
エリザベス……私の名前が聞こえた。
これはもしかして!
殿下が私を愛する素振りを見せるようになったってこと!?
私の気持ちは高揚した。
ついに、ついに、この時がやって来たわーーーー!!
「でも、何でよりにもよって入れ替わっている時なのよ!」
そんな文句が口から出てしまう。
けれど、あの者たちは殿下が今まで我慢していたらしいとも言っていたわ。
な~んだ! やっぱり殿下は我慢していたんじゃないの。
そんな遠慮する必要なんてなかったのに……全くもう!
「あぁ、早くテスト終わらないかしら?」
テストを乗り切り、殿下の愛も手に入れた私の地位はもう揺るがない!
完璧よーー!
そう信じていた。
───だけど。
「嘘でしょう!? 何の冗談よ!!」
その知らせに私は驚き思わず大声を上げて取り乱した。
だって有り得ない……こんなの有り得ない!
「嘘ではないよ、エリザベス嬢。残念ながら君のテストの結果は合格には届かなかった」
「───っっ!!」
その無情な知らせを持ってきたのはもちろん、殿下。
あの憎たらしい側近も横に控えている。
「嘘……嘘でしょう? 殿下?」
「……嘘をつく必要がどこにある? 結果は結果だ。しっかり受け止めてくれ」
殿下が首を横に振りながら無情なことを言う。
──嘘、嘘、嘘よ!! 不合格ですって?
それでは、何のための身代わりだったのよ……!
それに、あの身代わりの異母妹は、今どこにいるのよ……!?
キョロキョロと辺りを見回しても姿は見えなかった。
まさか、逃げたわけじゃないでしょうね……?
(確かに殿下がいらっしゃるから姿を隠すのは当然だけど、戻って来たら八つ裂きにしてやるっっ!!)
「……わ、私はどうなるのです?」
異母妹よりも、今はこの先の私がどうなるかの方が大事だと思い直し、私は涙目で訊ねた。
けれど、殿下は冷たい声で言った。
「どうもこうも、事前に伝えたはずだ。結果によっては婚約者変更も有り得ると。つまりそういう事だよ、エリザベス嬢」
「そ、そんな!!」
ブルリと身体が震える。
信じられない。この私が婚約者を降ろされる?
そんなことがあっていいはずがないわ!
「陛下の許可も出た。よって今、この時を持って君との婚約は白紙となる」
「そんな……!」
殿下は無情にも婚約の白紙を突き付けてくる。
「そ、そんなのおかしいわ! だって私ほど王太子妃に相応しい血筋は他にいないもの!」
「……」
「そうでしょう? 私はこの国の侯爵令嬢だし、それに血筋を辿ればお母様だって隣国の……」
「───エリザベス嬢」
私の言葉を遮って殿下が首を横に振る。
なんで!!
「大事なのは血筋ではない」
「血筋ではない? そんな……!」
言われていることが信じられない。私はチラリと側近を見る。すると……
“馬鹿な王妃はいらないと言ったでしょう?”
と、言わんばかりの顔をして殿下の横に佇んでいた。
「で、ですが、殿下は私のことを愛しておられますよね?」
「……」
「長年、婚約者を作らなかった殿下は私を選んでくれました! それは私に惹かれたからでしょう? 私を愛しているからでしょう!?」
もう形振り構ってなどいられない!
私は情に訴える作戦に出た。
そうよ! あの使用人達も言っていたもの。
殿下は今まで我慢していただけだ、と。
だから私は愛されているのよ───……
殿下はものすごく深いため息を吐きながら言った。
「──この際だからはっきり言おう。俺は君を……エリザベス嬢のことを愛してなどいない!」
「え」
──は?
今、何て……なんて言ったの?
「やだ、殿下……どうしましょう私、少し耳がおかしく……」
「おかしくなどなっていない。エリザベス嬢、君の耳は正常だ」
「……っ!」
耳がおかしくなったは通用しないとバッサリ切られた。
「そして残念ながら俺はエリザベス嬢のことを愛したことなど一度もない! 俺が愛しているのはたった一人、別の女性だ!」
「べ……!?」
念押しのように二度も言われた。
私を愛してない……と。
しかも、他の女を愛してる?
「違うわ……! 私は殿下に選ばれて……愛されて」
嘘よ、嘘……ありえない。そんなことあるはずがないわ。
「すまないが、初めから愛などない」
「では、何故……私は選ばれたのですか?」
「……」
私のその質問に殿下は答えてくれない。
「───失礼ながらエリザベス様、あなたは、ただの“身代わり”に過ぎません」
「は?」
それまで、沈黙していたあの側近が突然口を開いた。
私は彼を睨みつける。
けれど、側近は全く怯むことなく続けた。
「あなたは、殿下の想い人と容姿が似ていた為に代わりに婚約者に選ばれたに過ぎません。それも……強いて言うならあなたを選んだのは私です」
「は?」
私が殿下の想い人に似てた?
どこの誰よ、それ。
まさか、そいつが殿下に愛されてる他の女??
私は殿下に……選ばれていない? その女の身代わりだった?
にわかには信じられず、笑いが込み上げてくる。
「ふふ、もう、冗談はやめていい加減にしてくださいませ」
「冗談ではないと何度も言っているが?」
「……」
嘘だ! 認めない、認めない、認めない!!
私は絶対に認めない!
「何処の馬の骨よ!? どうせ、私の足元にも及ばない女でしょう!?」
だって私は何でも持っている。
美貌、家柄、血筋……全て完璧なんだから!!
「……エリザベス嬢、君なんか足元にも及ばないくらいの素晴らしい女性だ」
「嘘よ! そんな女いるわけないでしょう!?」
そんな私の反論に、殿下がはぁ……と深いため息を吐く。
「沢山いると思うがな……まぁ、いい。それは君も知っている人だよ───おいでライザ」
──ライザ? 誰よそれ。そんな名前の令嬢は聞いたことがないわよ?
きっと身分の低いゴミみたいな女に違いな……
「お待たせしました、セオドア様!」
「ライザ!」
(─────は?)
身分の低いゴミ女───そう思っていたのに、部屋に入った来たのは、私と同じ髪色と瞳の色をした…………
そう、あの異母妹だった。