第20話 本当の私で
───まずはエリザベスを離宮に追いやる。
そう言った殿下の組んだ段取りに沿って、私はエリザベスに自ら接触することになった。
まずは、エリザベスに見つからないように変装したままこっそり王宮に戻った私は離宮に滞在。
そこで、染めていた髪色も戻しエリザベスを追い出す計画をひっそりと殿下と練っていった。
『エリザベスは今、心の底から身代わりを望んでいるはずなんだよ』
『え?』
どういう意味かと聞き返すと、本来の予定には無い“王太子妃教育の総復習”というテストを控えていると言う。
『エリザベスは一切、王太子妃教育を受けていないのだから、合格出来るはずがない。それでなくても、彼女は勉強は嫌いな様子だからね』
『……』
『そもそもの本来の貴族令嬢のマナーすら怪しいと思うんだ』
正直、まさかそこまで酷いとは……なんて思ってしまった。
何であれ、喉から手が出るほど“身代わり”を欲している状態のエリザベスなら、多少おかしな点があっても最終的に離宮滞在へと追い込めるはず……
殿下はそう言った。
ちょっと無理があるのでは? さすがに疑われるかも……と、内心ドキドキしたけれど、エリザベスは怪しむ素振りもないままあっさりと話に乗っかり、無事に離宮へと追い払うことに成功した。
─────
「あまりにもあっさりと話に乗っかって来たので、逆に怖かったです」
「うん、単純だから大丈夫だろう。そう思ってはいたけれど、想像以上だった」
「……」
「“離宮に行きたい!” そう告げる為に俺の前に現れた時は本当に来た! そう思ったよ」
殿下はその時の様子を思い出したのか思い出し笑いをしながら言った。
「ライザ。改めて聞くのもあれだけど、本当に怪しまれなかったの?」
「はい、全くでした。いくら何でも少しくらいは怪しまれるかと思ったのですが……」
そうだよな、と殿下も肩を竦める。
「そもそも私が突然、“ここで働いているんです”なんて言って現れたことにまず疑問を感じるべきかと思うのですけど」
「うん。普通はそんな簡単に王宮で働けるわけないからね。そんな事も考えつかないほど愚かなのか……」
「と、言うよりも、本当に総復習が嫌な様子で、それ以外は深く考えなかったみたいです」
私の言葉に殿下が呆れた顔を見せる。
「すごいな……あの性格ならテストの為ならたとえ、おかしいなと感じる事があっても、最終的に入れ替わりは了承するとは思ったけど」
「……」
「本当にもうその姿勢だけで既にエリザベスは試験を受けるまでもなく“不合格”だな」
殿下の言葉に私は苦笑いする。
だって、もう“エリザベス”が不合格になる事は決まっている。
殿下はその結果と共にエリザベスを追い込むつもりだ。
王太子妃教育がままならない事、王宮での傲慢な態度、そして既に王太子妃となる資格を喪っていたのにも関わらず、その事を黙っていてなおかつ身代わりをたてて誤魔化そうと王家を謀った事……
(こうしてエリザベスのしたことを並べると……本当に酷いわ)
そしてエリザベスを追い込んだ後は、マクチュール侯爵夫妻を責めることになる。
エリザベスとの婚約が破棄になったと知れば必ずあの人達は飛んでくる。
そこであの人達がお母さんにした事を洗いざらい吐いてもらう。
そして、王家を敵に回した侯爵家が最終的にどうなろうとも私は構わない。
「エリザベスを閉じ込めている間に、どうしてもしておきたい事があるんだ」
「?」
エリザベスを追いやれたことにホッとしていると、殿下が急に真面目な顔つきになる。
「何を……でしょうか?」
「“ライザ”の事を皆に知ってもらう。身代わりの件も含めてね」
「え?」
「“エリザベス”が王宮に戻ることはもうないから。エリザベスのフリをする必要はもうない。君は“ライザ”で良いんだよ」
──エリザベスではなく“ライザ”として皆の前に……
「俺は、もう誰にもライザをエリザベスなんて呼ばせない」
「セオドア様……」
「ライザ……好きだよ」
「!」
殿下はそう言って優しく私の頬に触れる。
こんな風に優しく触れられるのはドキドキしてしまって、いつまで経っても慣れない。
「わ、私も……セオドア様の事が好きです」
「うん」
それでも、精一杯の自分の気持ちを口にする。
すると、殿下が嬉しそうに笑ってくれたと思ったら、そのまま優しいキスが降って来た。
「───そうだ、王宮のライザの部屋は前とは違う場所にしてあるよ」
「え? 違う……場所?」
キスの合間、一旦、唇を離した殿下がそう囁く。
「……王太子妃の部屋だよ」
「おっ!!」
ゴホッとむせてしまった。
王太子妃……の部屋ですって!?
早い! 早すぎる!
「待って下さい! 私達はまだ、結婚どころか婚約も……」
「うん。でも、それだけで俺がライザに本気なのだと皆にも伝わるだろう?」
「それは……そうですが……」
“エリザベス”には与えられなかった王太子妃の部屋を“ライザ”には与える。
それは分かりやすいくらいその通りだ。
けれど……
「安心して? 俺が一人で勝手に我儘を言っているわけではないから」
「え?」
「エリザベスを排除してライザを新たに婚約者として迎える……このことはちゃんと父上……陛下の了承を得て動いている」
「え! 陛下……の」
今更ながら、エリザベスのフリをしていた時も陛下と顔を合わせたことが無かった事実に気付く。
「そういえば私、一度も挨拶をしていません……」
「父上も母上も忙しいからね。俺ですらなかなか会えない。だからエリザベスの時は俺がすぐに会わなくてもいいと言った。でも、ライザとは出来れば早く会って欲しい」
「は、はい!」
恐れ多いと思ってしまう自分がいるけれど、私は殿下の妃になるんだから!
と、自分に言い聞かす。
「それで、父上は“エリザベス”には、興味が無かったようだけど、“ライザ”には興味があるんだって」
「私には?」
「うん。ライザは俺のしつこいくらい忘れられなかった初恋の人で、隣国の王族の血を引いているからね、さすがにどんな人なのかと興味が湧いたらしい」
それはまぁ、陛下でなくても興味が湧くかもしれない。
「ほ、他には、な、何か言っていましたか?」
「他に? そうだな、これはもう運命だなって言われた」
「う、運命……」
あぁ、それは、私も同じことを思ったわ。
殿下は苦笑しながら言った。
「だからさ、俺のライザへの想いの強さが運命を引き寄せたと答えておいたよ」
「ええっ!?」
「…………俺はそう思ってる」
「セオドア様……」
殿下が優しい目で私を見つめるので、私もしっかり見つめ返した。
そのまま見つめ合っていたら再び甘いキスが降って来た。
***
「……ライザ様!」
(……え?)
殿下との話を終えて、用意された“王太子妃の部屋”に向かおうとしたところ、私の本当の名前──を呼びながらこちらに駆けて来たのは、エリザベスの振りをしている時、エリザベスのお付きだったキャシー。
(今、私の名前を……呼んだ?)
「やっとお会い出来ました。ライザ様……やっぱり別人だったんですね」
「キャシー……」
きっとキャシーは、エリザベスに振り回された人だろう。
私とエリザベスが入れ替わった後、酷い目にも合ったかもしれない。
「マクチュール侯爵と会ったあの日から、別人のようになってしまって戸惑っていました。使用人の間でも別人説は根強く流れていたのですが……」
「ごめんなさい」
「謝らないでください! 私はこれからライザ様にお仕え出来ることが嬉しいです!」
「キャシー……」
どうやら、とっくに殿下が説明をしてくれていたらしい。
これからは、本当に自分自身……ライザとして皆の前に立つのだと実感した。
───そうして。
エリザベスとマクチュール侯爵家を追い詰める準備を進めながら、エリザベスが逃げに逃げたかった王太子妃教育の総復習を行うと予告していたその日の夜。
「───嘘でしょう!? 何の冗談よ!!」
エリザベスの悲痛な叫び声が離宮内に響いた。




