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第3話 求められたのは異母姉の身代わり

 


「お前が()()()の娘……ねぇ」

「……」


 無理やり連れられてやって来た侯爵家で対面した侯爵夫人は冷たい目で私を見るなりそう吐き捨てた。

 その目はまるでゴミでも見るかのよう。


(……そう言われてしまうのは仕方のない事だと分かってはいるけれど)


 正妻からすれば、愛人の娘など面白い存在のはずがない。

 憎いと思うのは当然。


「ふん……その顔。旦那様に似たわけね? 腹立たしい事にエリザベスにそっくりね」


(エリザベス? それがもしかして娘の名前……?)


「まぁ、いいわ。あなたには大事な大事な役目があるのだから、ね」

「……?」

「その為に、わざわざあなたを探し出したのだから、せいぜい私達の役に立つ事だけを考えなさい」

「え?」


(役に立つ……? この人達はいったい私に何をさせようと言うの?)


 ───その答えは夕食時に判明した。

 ようやく私が侯爵家(ここ)に連れ来られた理由の説明をされた。


「……失踪、ですか?」

「そうだ。お前の姉にあたる“エリザベス”が数日前に失踪した」

「姉……」


 どうやら、異母姉だったらしい。しかし、失踪とは穏やかではない。

 だって、平民の私とは違って“貴族令嬢”なのだから。


「そして、だ。ここからが話の本番だ」

「……」

「実は、エリザベスは王太子殿下の婚約者に内定しており、昨日、正式に婚約者がエリザベスに決定したとの連絡を受けた」

「王……っ!?」


 思わず飲んでた水を吹き出しそうになった。


(王太子殿下の婚約者!?)


 そんな雲の上の様な出来事をさも当たり前のように語る……貴族って怖い。

 ───って、ちょっと待って?

 婚約者に決定したのは昨日? でも、エリザベスは……

 そう思って私は顔を上げた。


「そうだ。婚約者に決定したが肝心のエリザベスが行方不明ときている」

「……」

「侯爵家の力で捜索を行っているが行方はまだ分からん。そこで、だ」

「!」


(ま、まさか……!)


 嫌な汗が背中を流れる。

 これ以上、話を聞いてはいけないと私の心が叫んでいた。

 それでも侯爵の話は続く。


「だから、お前には当面の間、エリザベスの代わりとなってもらう!」

「そ……そんなの無理、です! 出来るわけありません!!」


 私はガタンッと椅子を蹴って立ち上がる。

 そして声を張り上げた。


 ───この人は本気でそんな事を言っているの!?

 私にそんな事が出来るわけないじゃない!

 そう思った私は全力で反論した。


「無理ではなく、やるんだ! その為だけにお前をここに連れて来たのだからな!」

「なっ!」


(そういう事だったの……だから、あの時、私の顔を見て似ているって……)


 似ているからと言っても無理なものは無理!

 私は更に語気を強める。


「……わ、私は平民として育って来ました! 貴族の教育を一切受けてはいません! だから無理です!!」

「そんな事はもちろん分かっているさ、()()()()()

「そうよ? ()()()()()

「っ!」


 二人はわざとらしい声で“私”に向かってエリザベスと呼んだ。

 その顔と目を見て私は悟った。


(あぁ、駄目だ……この人達は本気だ。本気で私を娘の身代わりにしようとしている……)


「だから、“エリザベス”には、これから数ヶ月でみっちり教育を受けてもらう事にした」

「え?」

「我が家の娘として……”エリザベス”として恥じない娘となるようにしっかり励め!」

「……そんなっ!」


 侯爵は私をひと睨みする。

 その目が怖くて身体が震えた。


「諦めろ。もう、お前は逃げられん」

「え……」


 侯爵はふぅ、とため息を一つ吐く。


「……本来なら殿下の婚約者にと決定したこの段階で、エリザベスは王宮にあがる事になっていた」

「?」

「だが、身代わりのエリザベス(お前)は、当然だが人前に出せる状態では無い! だから、仕方なく王家には虚偽の報告している」

「虚偽!?」


(まさか、王家に嘘を……ついた、と言うの?)


「エリザベスは、事故にあって当面の間は我が家で養生させる、とな。だからお前は怪我が治るとされる数ヶ月の間に立派な貴族の令嬢に……いや、エリザベスになってもらわねばならんのだ!」

「で、ですから……無……!」

「──お前がここでしっかりやらねば、全てが明るみになった時、王家を謀った罪でお前も道連れとなるぞ?」

「──っ!」


 その言葉に目の前が真っ暗になった。

 すでに虚偽の申告をしている侯爵家。

 そして、これからは私をエリザベスの身代わりにしようとしている。

 この人たちはどれだけ王家に嘘をつく気なの……?


(どうして……どうしてこんなことに……)


 その夜、私は静かに涙を流した。

 こうして私が貴族令嬢……いえ、エリザベスとなる為の教育が始まった。


─────……


「もう、無理!! 覚えられないっ!」


 その日のレッスンを終えた私は与えられた部屋のベッドに突っ伏した。

 部屋の隅にはメイドが控えている。

 今の言動も聞かれ行動も全て見られてしまっているけれど、そこはもう気にしない。


(告げ口したければすればいいわ!)


 だって、自分の部屋の中でまで大人しく“お嬢様”なんてやっていられない!


「……っ、痛っ!」


 ダンスのレッスンでヒールのある靴を履き続けて踊ったからか足に豆が出来ていた。


(知らなかった。貴族のお嬢様って大変なのね……)


 綺麗なドレスを着て美味しい物を食べて笑っているだけだと思っていたわ……

 けれど、現実は全然違った。


「……やっぱり私には無理よ。でも……」


 侯爵は……たかが平民の娘の私なんていつでも潰せる……そう言っていた。

 きっと言う通りにしないと、私は無一文で追い出されてその辺で野垂れ死にすることになる気がする……


「でも、エリザベスが無事に見つかればお役御免になるはず!」


 今の私の唯一の希望はそれだ。

 エリザベスの怪我が完治した事になる日までに、彼女が見つかりさえすれば私が王宮にあがらずに済む。

 もう、それに賭けるしかないと思っている。


(その日まで耐えるのよ……私!)


 そんな気合を入れながら、こっそりポケットから手鏡を取り出し、自分の顔を鏡に映す。

 この手鏡はお母さんの形見と一緒に唯一持ち出せたもの。

 私の大事な宝物だ。


(これだけでも持ち出せて良かったわ……そうでしょう? ()()()……)


 心の中でこの手紙をくれた彼に呼びかける。

 そんな宝物の鏡に映るのは白金の髪にアンバーの瞳の見慣れた私、ライザ。

 ──もう誰も呼んでくれない名前──(ライザ)の顔がそこにはあった。


(エリザベスと私は似てると言うけれど、どこまで似ているのだろう?)


 万が一、このままエリザベスが見つからず、私が王宮にあがることになった時、本人ではないとバレてしまう可能性は本当にないの?

 それに、気になる事はもう一つ……

 

 ────エリザベスは何故、失踪したのか。


 どうも、屋敷の使用人の話を聞いていると、“エリザベス”はかなりの問題令嬢だったことが窺えた。


(我儘で癇癪持ち……使用人をゴミを見るような目で見る……とかどういう事よ)


 本当なのかしら?

 もし、本当なら、王太子殿下は何故そんな女性を婚約者に選んでしまったの?

 見る目がないのか、もしくは、そんな事も気にならないくらい“エリザベス”に惹かれるものがあったのか……

 

「分からないことばかり。そしてどこにいるのよ……エリザベス」


 そんな虚しい呟きと共に今日も夜が更けていく。



 ────この時の私は、どんな問題令嬢でも構わないから、とにかくエリザベスが戻ってくることを願っていた。

 そうすれば、私は解放されて元の生活に戻れる……そう信じていたから。


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