第19話 これからの事
殿下の温もりに包まれながら、お母さんとマーサおばさまのことを思う。
(私はこんなに守られていたんだわ)
マーサおばさまは自分の正体を私には言わないでくれと殿下にお願いしていた。
それは、私の前ではお母さん……王女様に仕えた侍女としてではなく、お母さんの友人のままでいたい気持ちの表れなのだと思う。
(うん、そうよ。私にとってもマーサおばさまはマーサおばさま!)
だから、今は笑顔でお礼を言ってお別れしよう!
いつかまた笑顔で会えるように。
そして、必ず殿下と一緒になって幸せになった私を見てもらう。
きっとそれが私に出来る一番の恩返しだから。
そう思って顔を上げて前を向いた。
「ライザちゃん、元気でね」
「はい! 本当にありがとうございました、マーサおばさまもお元気で!」
「まだまだ元気に頑張るよ」
「……マーサおばさま。また、会いに来ても……いいですか?」
私がおそるおそる訊ねると、マーサおばさまは優しく微笑んだ。
「もちろんさ! そこの色男の兄ちゃんといつでも一緒においで! 待ってるよ」
「ありがとう!」
そうして、私とマーサおばさまは熱い抱擁を交わしてお別れした。
「……ライザ。もう我慢しなくてもいいよ?」
「な、泣きません! だって永遠の別れではないですから!」
マーサおばさまの店を出て、少し行った所で私が涙を堪えているのを感じ取った殿下は優しく私の頭を撫でながらそう言った。
「……色々、落ち着いたらまた二人で会いに行こう」
「はい」
「それと……そうだな、俺たちに子供が生まれた時も抱かせてあげたいね」
「は……」
そのまま思わず、はい……と言いそうになって驚く。
こ、子供!?
「はは、なんでそこで赤くなるの? 可愛いけどね」
「だ、だ、だって……!!」
「でも、俺達は結婚するんだよ?」
「そ、それはそうですけど……!」
だとしても、こ、こ、子供とか……さすがに気が早いと思うわ!
殿下のあまりにも気の早い発言にびっくりしたおかげで溢れそうになっていた涙はいつの間にか引っ込んでいた。
(あれ? もしかして、殿下はわざとそんな話を……?)
そう思って顔を上げて殿下の顔を見つめると、優しく微笑み返された。
「……っ!」
私は殿下のこういうさり気ない優しさがとても好き。
お礼を言おうと思って口を開きかけたら、
「世継ぎも大事だけど……ライザに似た王女も欲しいよな……だって絶対に可愛い! ……でもなぁ、間違いなく嫁には出せないよなぁ……どうしようか」
などと、何やら真剣な顔でブツブツ呟いていたけれど。
「……」
殿下はまだ見ぬ子供のことだけでなく、何故か女の子が生まれて嫁に出す心配までし始めていた。
(…………わざと……言ってくれた、のよね??)
そうは思うも、今は深く追求するのはやめようと思った。
***
店を出たところで私は殿下に訊ねる。
「今日はこのまま王宮に戻るのですか?」
「いや。一旦、今滞在している宿に泊まって明日戻ろうかと思っているよ」
「……滞在している宿?」
私は首を傾げた。
殿下は王宮から馬車で街に来ていたのではなかったの?
「あぁ、そっか。言ってなかったかも……俺はライザを探す為に王宮を出て宿を借りていたんだよ」
私が不思議そうな顔をしたのが分かったのか殿下はあっけらかんとした顔でそう言った。
「……わ、わざわざ王宮を出て!?」
「そうだよ、少しでも長く街中でライザを探せるようにと思ってさ」
「……っ」
私の為に殿下はそこまでしてくれていたんだ……
忙しいはずの王太子殿下が……
そんな殿下の事が愛しくて愛しくてたまらなくなって自分からギューッと抱き着いた。
「ライザ?」
「ありがとうございます、セオドア様」
「うん?」
「私の為に……そして、私を見つけてくれてありがとうございます」
「当たり前だよ」
私の口にしたお礼の言葉に殿下は優しく笑って抱きしめ返してくれた。
(あぁ、その笑顔は……胸がキュンとするの)
「セオドア様……」
「……ライザ」
目が合うと、どちらからともなく私達の唇がそっと重なった。
───そうして、殿下が滞在している宿に一泊して、私達は王宮へと戻ることに。
ちなみに宿の部屋はちょうど空いている部屋があったのでその部屋に泊まる事になったのだけど、ちょっとだけ殿下が残念そうな顔をしていたのは……見なかった事にする。
(そ、そりゃ殿下の側にはいたいけれど、一緒の部屋なんてまだ無理よ! 心臓が爆発しちゃうわ!!)
絶対にドキドキしすぎて大変な事になってしまうと思った。
これからの事は明日の朝に話そう。
そう決めて今日はお互い休むことにした。
「私はこのまま王宮に戻って大丈夫なのでしょうか?」
「うん?」
翌朝、朝食を終えて荷物をまとめて宿を出る準備をしながら私は殿下に訊ねる。
「王宮にはエリザベスがまだいますよね? なのに私が戻ったら……大変なことになってしまいます」
「あぁ、うん。とりあえず、こっそり戻ってもらうことにはなる。ごめん」
さすがに、エリザベスのフリをして戻るわけにはいかないものね。
「そして、ライザには少しだけ離宮に滞在してもらう。あと髪色もそこで戻そう」
「離宮に滞在ですか?」
離宮って王宮の中の少し離れた場所にあるあの建物よね?
「そうだ。でもすぐにエリザベスを離宮に追いやって代わりにライザを王宮に居られるようにしたいと思っている」
「え?」
「まず、エリザベスはとにかく邪魔なので追いやりたいんだ」
「邪魔……」
そんなに、はっきり言ってしまうほどエリザベスは酷いのね……
なんて思ってしまう。
だけど、そんな事をどうやってするつもりなのかしら?
離宮に移動だなんてあのエリザベスが簡単に頷くはずがない。
殿下は私のそんな考えを読んだのか続けて説明してくれた。
「……ちょっと賭けみたいにはなるけど、エリザベスのあの性格なら乗っかると思うんだ。それで自らの意思で離宮に行かせる」
「え?」
「あとはうまい事そのままそっちに滞在させている間にエリザベスと侯爵家の断罪の準備を進めようと思っているんだ」
「断罪!」
殿下には何かそうさせられるいい考えがあるのかしら?
「……ただ、この計画はライザの協力が必要不可欠なんだ」
「私の協力が、ですか?」
「……うん。ただ……これはエリザベスと接触することにもなるんだ」
「!」
殿下としてはあまり取りたくない方法なのかもしれない。
その目に少しだけ迷いが見える。
でも……
「……やります」
「ライザ?」
「どうせいつかはエリザベスとは向き合わなくてはいけないのですから、それなら今でも後でも同じことですよ!」
「……」
殿下はちょっと驚いた顔を見せる。
そして、すぐに甘く微笑んでくれた。
そんな殿下の笑顔に私は、また胸がキュンとしてしまい、この顔をずっと側で見るためにも頑張ろう……そう思った。
「ライザ、ありがとう…………そんな君が好きだよ」
「っ!」
殿下が優しく抱きしめてくれたので、私もそっと抱きしめ返した。
「……そ、それで、私は何をすればいいのでしょうか?」
「うん、まずはー……」
そのまま殿下がこれからの段取りを説明してくれた。




