第18話 甘い時間
「……んっ」
「ライザ……」
殿下はキスの合間に優しく私の名前を囁く。
その声が色っぼすぎて囁かれるたびに胸がドキドキする……
「ちょ、待っ」
「駄目……待てない」
「あ……」
そう言って一旦離れたはずの私達の唇がもう一度重なる。
──おかしい!
初めて触れたキスはとっても優しかったのに……
優しく触れた初めてのキスはすぐに離れてしまって、ちょっと残念……
なんて思っていたら「……もう一回いい?」と聞いてくれたので嬉しくて大きく頷いたら……
──今度は全然止まってくれない!!
(極端すぎるわよーー!)
そうは思うも“好きな人”と触れ合うことはやっぱり幸せ。
「……ライザ」
「セオドア……様?」
「ライザのその顔、すごく可愛い……」
「……?」
──顔? そういえば私は今、どんな顔を……している、の?
「俺のことを……好きだって顔をしてくれている」
「!!」
「あ、照れた。あはは、嬉しい……幸せだ」
殿下はそう言って笑いながら今度は私の顔中にキスの雨を降らす。
額に目尻に頬に……そして、唇にも……
その一つ一つが、確かに私を好きだと言ってくれている気がして、そのまま殿下の甘い甘いキス攻撃に酔いしれてしまった。
***
キスには満足したのか、唇を離した殿下が「そういえば……」と訊ねてくる。
「ライザは……今はどこに住んでいるの?」
「あ!」
そうだった。
私は侯爵家から逃げ出した身で、殿下は私の事を探してくれていたんだった!
(うっかり甘い雰囲気に流されてすっかり飛んでいたわ)
「お母さんと暮らしていた頃から、よく面倒を見てくれてお世話になっていた人の所です」
「そっか、頼れる人がいたんだ? 良かった……」
私の返答を聞いて殿下は心から安心したという顔をした。
(……ずっと心配してくれていたんだわ)
「心配をおかけしました……」
「うん、ライザが頼れる人も居なくて一人だったらどうしようかと思っていた」
そう言いながら殿下は優しく私の頬に手を触れる。
胸がドキッと跳ねる。
(あぁ、すごくドキドキする。好きな人に触れられるってこんなにもドキドキするものなのね)
「そ、その方はお店を経営しておりまして……資金が貯まるまではと働かせてもらう事になりました」
「資金? ……遠くへ行くつもりだった?」
「そう、ですね。お金が貯まれば……」
私は目を伏せながら頷く。
いつ侯爵に見つかるか分からなかったから、少なくとも王都は出るつもりでいた。
「それは───間に合って良かったな」
「……」
「でも今、ライザはこうして俺の腕の中にいる」
「はい」
殿下の私を抱きしめる手は全く緩まない。
幸せで夢みたいだ、なんて殿下が言うから、私も同じ気持ちです……と答えたら再び優しいキスが降ってきた。
「好きだよ、ライザ」
「私もです、セオドア様」
私達はお互いそう言い合って見つめ合い微笑み合う。
(怖いくらい幸せ……ずっとこうしていられたらいいのに……)
心からそう思った。
「……ライザ。聞いてもいいだろうか?」
「はい?」
少しだけ殿下の私を抱きしめている腕に力が入った気がする。
これは緊張?
「侯爵達はライザに何をした?」
「え?」
「逃げ出す……なんてよほどの事があったに違いない……俺はそう思っている。ライザがアイツらに傷つけられたと思うと……」
────地獄を見せてやりたくなる。
(ひぇっ!?)
殿下は私の耳元でそう言った。
「……えっと、エリザベスとの入れ替わりが完了した後、侯爵家に私を連れて行った侯爵は、まだ私には利用価値があると言って当面は家にいてもらう、そう言っていました」
「利用価値がある?」
殿下が不思議そうな顔をする。
その顔は何をさせる気だ? と言いたそう。
「いざとなった時にもう一度身代わりをさせる気だったのかと思います。ですが、それは殿下がエリザベスを……」
「俺がエリザベスを?」
そこまで言いかけてふと気付く。
侯爵はエリザベスに殿下を誘惑するようにと言っていなかったかしら?
私の胸の中がモヤッとした。
「……セオドア様」
「どうしたの?」
急に黙り込んだ私の頭を殿下は優しく撫でる。
私はちょっと顔を伏せつつも聞いてみることにした。
「エリザベスに、誘惑されましたか?」
「誘惑!?」
「そ、その……エリザベスは婚姻前に殿下のお手付きとなる事を企んでいた様子なのを思い出しまして……」
嫌だ。モヤモヤする。
セオドア殿下は私のよ!
今すぐエリザベスにそう言ってやりたい気持ちが湧き上がってくる。
何だか悔しくて仕方がなかった。
「……ライザ」
殿下が私の名前を呼ぶと共に私の顎に手をかけて上を向かせる。
「?」
そして、素早くチュッと唇を奪われた。
あまりの素早さに呆気に取られている私に殿下は言った。
「俺がこんな事をするのもしたいと思うのもライザだけだよ」
「……セオドア様」
「あのエリザベスだからね……そりゃ、しつこかった。でも、あんな女には指一本すらも触れたいとも思えない」
そう口にする殿下の表情は心底嫌そうだ。
エリザベスに申し訳ないと思いながらも私はホッとしてしまう。
「あ、あの、私はセオドア様のことを疑ったわけではないのです! ただ、エリザベスがセオドア様に近付いていた思うと、こう胸の中がモヤモヤと……」
「え!」
殿下が驚いた顔を見せる。
「モヤモヤ? ライザ、それはね?」
「はい……」
「嫉妬と言うんだよ」
「嫉妬? これが?」
「そう嫉妬」
何故か殿下は嬉しそう。
なんなら頬もちょっと赤い。
「ははは、駄目だなぁ。ライザには申し訳ないけど嫉妬して貰えたなんてそれだけで嬉しくなってしまうよ」
「す、すみません」
「なんで謝るの? 嬉しいのに。それだけ好きって気持ちがあるって事だろう?」
嘘偽りのない笑顔で殿下はそう言う。
その顔を見ていたら胸がキュンと高鳴った。
(好きだって自覚するって凄いわ。些細な事に嫉妬したり嬉しくなったり……)
これ以上、この話をするとキュン死にしそうな気がしたので話を戻す事にした。
「あ、そ、それで話は戻りますが……侯爵達は用済みになった私を娼館に売ろうと計画をしていました」
「は? 娼館? それってあの娼館?」
「はい。あの娼館です」
「ライザを……娼館に?」
そう呟く殿下の表情が見る見るうちに険しい表情へと変わる。
(怒っている!? ……今すぐ侯爵達を殺してしまいそうなくらい怖いんだけど!!)
「ははは、そうか……どうやら侯爵達は命がいらないらしい」
笑っているけど全く笑っていない!!
「え、えっと、逃走したあの日は売られる寸前でしたので、もう悠長にしてはいられない。そう思って逃げる事にしました」
「ライザ……」
殿下がギュッと私を抱き締める。
「こんな事を言うのもおかしいけど……逃げてくれてありがとう」
「いえ」
「そして、今日まで怪我も無く無事で本当に良かった……ライザの為に何も出来なかった自分が悔しい」
「わざわざ探してくれただけで充分ですよ、ありがとうございます」
「……」
私が殿下の頬に手を添えて言うと、ちょっとだけ殿下が泣きそうな表情になる。
その顔を見ていたら、あのまま売られないで本当に良かった……
また会えてよかった……
心からそう思った。
「……ライザを王宮に連れ帰りたい……なのでエリザベスを排除しないといけない」
──エリザベス。
彼女の事だからさぞかし傲慢に振る舞い、好き勝手やらかしているのだと思う。
(キャシーを始め、使用人の皆は大丈夫なのかしら?)
侯爵家で使用人をゴミを見るような目で見ていたと言う噂のエリザベスだもの。
きっと王宮でも変わらない。
彼らの精神的苦痛を思うと胸が痛んだ。
「まずはエリザベスとの婚約破棄が先決だな」
「あ……」
そうだった。
あまりにも嬉しくて夢みたいで浮かれていたけれど、彼女がいる限り私は正式な婚約者にはなれない。
「ライザ。俺と一緒に王宮に戻って共に闘ってくれる?」
「勿論です!」
私は即答する。
だってこれからも、あなたといる為だもの。
私はもう“身代わり”なんかじゃない!
(もうこれ以上、エリザベスの好きにはさせないんだから!!)
私は改めてそう決意した。




