第17話 王子様の初恋の人と思い出の男の子の正体
「……」
「……」
互いに沈黙してしまい変な空気が流れる。
(どうして? なぜ殿下が私と同じ手鏡を持っているの?)
偶然? いえ。そんなことはありえない。
だって、あの手鏡はテッドがくれた物。
いくらテッドが貴族だったとしてもさすがに王族と同じ物を持つなんて……
ならば?
「……手鏡は、殿下の物……ですか?」
「……」
殿下は気まずそうな表情のまま無言で頷く。
「じ、実は、私も同じ物を持っているんです」
「……知っている」
「え? それは、ど……」
どうしてですか?
そう聞こうとした所でまた抱きしめられた。
「──その手鏡を君に贈ったのは俺だからだよ、ライザ」
「……えっと?」
「“テッド”は俺なんだ!」
殿下ったら何を言っているのかしら?
だって殿下がテッド? 何の冗談を言っているの?
そもそも髪色が違う。
だってテッドは黒髪だったわ。
「“今日が最後だから。今回だけは受け取って? そしてこれを俺だと思って大事にしてくれると嬉しい”」
「っっ!」
その言葉は、テッドに手鏡を貰った時に言われた言葉……
頑なにプレゼントなんて貰えないと固辞していた私に今回だけは、とテッドは言っていた。
(まさか、本当に?)
「…………テッド」
「そうだよ、ライザ」
私が震える声で恐る恐る呼びかけると、物凄く甘い顔と声で返事が来た。
「本当に……殿下が……テッド…………なのですか?」
「そうだと言っている」
「ですが、髪が……」
「今のライザと同じだよ。変装して染めていたんだ」
殿下がそっと私の頬に手をかけると顔を上に向かせる。
ばっちりと目が合った。
胸がトクンッと高鳴る。
──あぁ、そうだ。
この瞳……私、前にも殿下を見てテッドの姿を思い出したことがある。
髪の色は変わってもは瞳は変わっていない。
「あの頃からずっとずっとライザの事が好きだった」
「……え?」
「ここで出会ったライザの事がずっと忘れられなかった……俺の初恋だよ」
「……初、恋……?」
………殿下の結ばれる事が叶わない初恋の相手。
その初恋の相手と似ていたから、その人の身代わりでエリザベスは婚約者に選ばれた……
そう聞いた。
(だから、私は身代わりの身代わりなのね、そう思ったわけで……)
「結ばれることはないと諦めていた初恋の人が、何故か他人を装っていたけど俺の婚約者ですと言って目の前に現れた」
「あ……」
「夢かと思ったよ」
殿下の顔がふにゃっと崩れる。
「エリザベスに君を愛さないと言ったのに、まるで、手のひらを返したかのように優しくなったのは……」
「ライザだったからだ」
「噂にまでなっていた殿下の忘れられない初恋の人……」
「ライザの事だね」
「!」
あぁぁぁぁ、私は一気に恥ずかしさが込み上げてきて両手で顔を覆う。
(無理! 今は顔を見ないで!!)
やだ、もう! 何それ……全部、全部、勘違い……!!
「殿下……コホッ……セオドア様は…………昔も今も変わらず、ずっと私のことを……好き?」
「……ライザ!」
私がわざわざ“セオドア様”と言い直したからか、殿下は驚いて目を大きく見開き、やがて破顔した。
「そうだよ、ライザ。ここで過ごした時も王宮で再会してエリザベスのフリをしていた時も、髪を染めて雰囲気の変わった今のライザも全部全部引っ括めて大好きだ」
「ひぇっ!」
もう、もう!!
何これずるい、ずるい!!
私の心にどんどん入って来ては振り回して、ようやく自分も好きなんだと気付いた相手が私が大切な思い出にしていた人でもあっただなんて!!
「こんなの……運命だと言わないで何て言うのよ……!」
「ライザ?」
殿下が首を傾げる。
(あぁ……私が今、こうして喜んでいるように、私もあなたを喜ばせたい!)
そんな気持ちで私は真っ直ぐ殿下の目を見つめると口を開いた。
「……好きです、セオドア様」
「す……?」
「私も……あなたの事が大好きです」
「ラ、ライザ?」
殿下は理解が追いついていないのか今度はポカンとしている。
「テッドだからとか、王太子だからとかそんなの関係ありません。今、私の目の前にいるあなたが……セオドア様のことが好きです!」
「…………」
「私、もう逃げません。自分の運命にも向き合って立ち向かいます! だから、どうかあなたのそばに───……」
これからも、いさせてください───
そう言いたかったのに続きは言えなかった。
殿下が、ギューッときつく私を抱きしめたから。
「ねぇ、ライザ……これって夢で嘘なんかじゃないよね?」
「何で嘘つく必要があるんですか……」
「……だよね」
「夢でもないです。私も夢になんてしたくありません」
「うん……」
安心したように頷いた殿下はもっと強く私を抱きしめる。
ちょっと苦しいけれど、愛情が伝わって来て幸せな苦しさだと思った。
「……ライザ」
「はい」
少し時間が経ってようやく気が済んだのか、殿下が私を離したと思ったらその場に跪く。
そして、私の手を取りながら言った。
「ライザ、君を愛してる。これから先、俺の全力で君を愛し守ると誓う。いつだって君が笑顔でいられるように。だからどうかこの手を……俺を選んで下さい」
「……セオドア殿下」
私は殿下の手をそっと握って応える。
「私もあなたを愛しています。何も持たない私ですが、生涯あなたの側であなたを支え続けると誓います」
「……ライザ……ありがとう」
そう言いながら笑った殿下の瞳は少し潤んでる気がした。
────
「……本当はこの場所で、俺がテッドだと明かして……それで花束を用意してプロポーズするつもりだったんだ」
「え?」
たった今、気持ちを伝え合ったばかりだと言うのに!
殿下はちょっと残念そうに言った。
「両手いっぱいの花束をあげたかったのに。全然、計画通りに行かなかった……」
「……それが、前に約束した私と行きたい場所で話したいこと……だったのですか?」
「そうだよ」
「っっ!」
本当に本当にこの方は!
私の頬がジワジワと熱を持つ。
あんな私の些細な夢を覚えてくれていたんだわ。
「夢見がちだなと、笑ったくせに」
「か、可愛いな……って思っていたんだよ!! その……照れ隠しだ」
そんな顔を赤くしてムキになる殿下が可愛い。
(でも、可愛いなんて口にしたらますます落ち込んでしまうかも)
そんなことを考えていたら、殿下がジトっとした目で私を見た。
「?」
「ライザ……なんか変なことを考えてないか?」
「へ、んな事ですか?」
しまった! 動揺して声が裏返ってしまったわ!
これではバレバレ……
「やっぱり考えていたな? ……お仕置だ」
「え」
お仕置とは?
と、聞く事は出来なかった。
殿下は私を引き寄せて、そのまま顔を近付けて来る。
(あ……)
何をされるのか分かったので、私がそっと瞳を閉じた瞬間、
私の唇にそっと、優しい温もりが触れた。
──初めての、キスだった。




