第16話 明かされる事実①
──馬鹿なことをした。
いくら混乱してパニックになったからと言って、殿下からの話を遮り突き飛ばしその場から逃げ出した。
「なんてことをしちゃったんだろう……それに殿下がこんな私の事を好き……だなんてきっと何かの間違いよ」
そう思いたいのに。
さっきの殿下の言葉と表情が、これまで私と過ごした殿下が……間違いではないと言っていた。
「私、最低だ。このまま逃げるのはやっぱり駄目……戻って謝って罰してもらうべき……」
エリザベスの身代わりの事も、たった今こうして突き飛ばして逃げ出した事も、謝罪してそれで全部罰を受けよう。
「……ライザ」
ちょうど、そう決意して殿下の元に戻ろうと思い立ち上がった所で声をかけられた。
おそるおそる振り返る。
声で分かっていたけれどそこに居たのは間違いなくセオドア殿下だった。
(どうしてここが……)
ここは、ちょっとした隠れ場所に良いところで、昔、私はここで一人隠れて泣いていた所をテッドに見つかった。それが彼との出会い。
その後も泣きたい事があった時はいつもここでこっそり泣いていて、そうすると何故かいつもテッドが現れて……
──って、テッドの事は今は関係ない。
今は殿下の事を考えなくちゃ。
まずは謝って、逃げておいて今更遅いかもしれないけどちゃんと話の続きを聞かないと。
「ライザ……」
殿下の声が優しい。どうして、そんなに優しくしてくれるの?
思わず泣きそうになってしまった。
「……殿下。申し訳ございません、私、」
そこまで言いかけた時、殿下が私を抱きしめた。
「ライザ、謝らないで? 俺こそごめん。君の気持ちを考えずに先走った事ばかり言ってしまった」
違う、違うのに。
殿下に謝らせたいわけではなかったのに。
私は必死に首を横に振る。
「いいえ、悪いのは私です……殿下こそ謝らないで下さい……申し訳ございませんでした」
「ライザ」
私を抱きしめる殿下の力が強くなった気がした。
─────
「ライザは平民だから俺の妃は無理だ、そう言いたいんだよね?」
「……っ」
やっぱり殿下には何もかも見抜かれている。
「王太子だとか平民だとか……そういうのを抜きにしたら……ライザは俺の事をどう思っている? 少しは好きだと思ってくれる?」
「……え?」
何だかその声がとても不安そうなので、気になってしまいずっと俯けていた顔を少し上げる。
そして目が合うと殿下は優しく微笑んだ。
頬がカッと赤くなる。
(その微笑みはずるい……)
「俺はね、ライザがライザだから好きなんだよ? 平民であっても…………そうでなくても」
「……殿下」
「今すぐ俺と同じ気持ちを返してくれなくてもいい……それでも、俺はライザの事が好きだ。妃にしたいと思うのは君だけ……俺のこの気持ちだけは否定しないでくれ」
「……」
殿下はどうしてそんなに……そこまで私の事を……?
それだけが分からない。
エリザベスの身代わりとして過ごした日々はそんなに長くはないのに。
「それでね、ライザ。これから重要な話をするから聞いて欲しい」
「重要な……話、ですか?」
それがさっき私が逃げだす直前に言おうとしていた事なのかしら。
それなら、今度こそ私はちゃんと聞かないといけない。
そう思って背筋を正す。
「───君の母親に関する事だよ」
「お母……さん?」
何故、ここでお母さんの話が出るのか分からなくて戸惑う。
そんな私の戸惑いを感じ取ったのか殿下は優しく私を抱きしめる。
それはまるで、“大丈夫だよ”そう言っている気がした。
「ライザが前にみせてくれた指輪……今もあるかな?」
「え? はい」
そう言われたので私は首から下げていたチェーンを指輪ごと引っ張り出す。
「あの時は、譲り受けた物……という言い方をしていたけれど、これはライザのお母さん……の形見なんだよね?」
「そうです……」
そこまで見抜かれているのね。
あの時は、エリザベスのフリをしていたから“母親の形見”とは言えなかった。
「ライザはエリザベスの代わりに受けた王太子妃教育で隣国のことはどれくらい勉強した?」
「え?」
突然の話の方向転換についていけない。
不思議そうな顔をする私に殿下は甘く微笑んだ。
何故、いちいち微笑むの……!
私は深呼吸してから答える。
「歴史と文化……経済事情、そして、我が国との関わりくらいですが」
「向こうの王家の事は?」
「王家ですか? いえ、三年ほど前に退位した前国王の後を現国王が継いだ……くらいでしょうか?」
「そっか」
それがお母さんと何の関係があるのかしら?
よく分からない。
だけど、殿下の次の言葉でその考えは一変する。
「……隣国、リーチザクラウ国の現国王には妹王女がいる……いや、いた……だな」
「いた?」
何故、過去形なの?
「その王女の名前はルル。この王女は二十年以上前に失踪している」
「失踪!?」
さすがにそれは驚く。
と、共に胸の奥でまさかまさかという思いが生まれる。
───でも、逃げたかったの。自由が欲しかったから。
───私はいつだって逃げてばかり。
ふと、頭の中にお母さんの言葉が甦る。
まさか、だって……お母さん!!
「……殿下、現在の国王陛下の身内に“エリザベス”という名前の方はいらっしゃいますか?」
「え? あぁ、よく知ってるね。陛下のお祖母様がエリザベスという名前だよ」
「!!」
私は息を呑んだ。
あぁ、そうなんだ。間違いない。私は確信する。
お母さんは、私のお母さんはその失踪したルル王女なんだ……
(きっと、この国に逃げて来て、ルイーゼと名前を変えて生きていたんだわ)
「ライザ? どうかした?」
「……お母さんは、リーチザクラウ国の王女……だったんですね?」
「うん。ライザの持っているその指輪には、リーチザクラウ国の王家の印象が刻まれている」
「!」
殿下は指輪を見せた時にその事に気づいたんだ。
指輪を見せた時、不自然な間があり少し様子がおかしかった事を今更思い出す。
「ルル王女は自分の瞳の色の石を使っている王家の指輪と共に行方不明になっていた」
「これは間違いなくお母さんの瞳の色です……」
お母さんは隣国の王女様……
あの逃走話、あれは本物の話だったんだ……
(いくらなんでもずっと、荷物に紛れて行動したとは思えないけれど、最初に抜け出した時はおそらくあの話の通り……)
そして、お母さんはこの国にやって来た。
だけど……
「お母さんは何故、侯爵の元に……」
まさかとは思うけど、助けられたのだろうか? あんな男に?
そんな私の気持ちを悟ったのか殿下は少し顔を顰めて言いにくそうに口を開いた。
「ライザのお母さんは頼ったんだと思う……この国の唯一の知り合いを」
「……知り合い?」
「そう。そして……裏切られた」
「え?」
誰のこと?
王女だったお母さんにはこの国に知り合いがいたというの?
「……マクチュール侯爵夫人だよ」
「え!?」
「ライザの母親、ルル王女とマクチュール侯爵夫人は従姉妹同士なんだよ」
「いっ!?」
全く考えたこともなかったその話に私は言葉を失った。