身代わりが本当に消えたらしい(エリザベス視点)
「はぁ!? あの身代わりが消えたってどういうことよ!?」
その日、私は部屋で一人怒鳴り散らしていた。
だって、こんなのやっていられないわ。
お父様から届いた手紙によると、私の身代わりをしていたあの異母妹が姿を消したらしい。
そして、なんと行方知らずになってからもう一週間が経とうとしているが今も見つかっていないらしい。
「何が、“あの媚薬を上手く使ったようだったから、もう大丈夫だと思った”よ! そこは結果を聞いてからにするべきでしょ!?」
お母様からすればあの異母妹は憎い存在だ。
そんなお母様の顔色をうかがって早く追い出したかったのは分かるわ、分かるけど……お父様!
私は頭を抱えた。
「──だって、媚薬入りのお菓子を殿下に食べさせるのは失敗したんだから!」
それに。
「王太子妃教育の総復習とやらの日程が決定してしまったというのに……!」
そう。
無事に入れ替わりが成功した後に、殿下の側近であるカールトンに言われた王太子妃教育の総復習……
「まさかあの言葉が本気で、更に日程まで組まれてしまうなんて……」
日程を告げにやって来たカールトンは笑顔で私に言った。
“当然でしょう? 未来の王妃が馬鹿では困るのです”
その言葉に私は大きな衝撃を受けた。
「馬鹿って何よ……まさかとは思うけど私のことを指しているんじゃないわよね!?」
“エリザベス様も準備がおありでしょう? ですから日程を少し先ですがこの日に決めました”
テストの日は今すぐではない!
その事に希望を持った私は、“身代わり”にやらせればいい!
そう思った。
密かに城に呼び寄せてテストの時だけ入れ替わらせる!
「完璧! それなら乗り切れるわ! そう思ったのに」
お父様にその旨を伝えたところ、帰ってきた返事がまさかの身代わりの異母妹は行方知らず。
今も必死に探していると書いてはあるけれど……
「確かに消えて? とは言ったけど! 私はどうすればいいのよ!」
このままではテストの結果が散々なことになるのは目に見えている。
殿下への誘惑は尽く失敗し、それならばと仕込んだ媚薬入りのお菓子は食べてすら貰えなかった。
(なんで? 殿下は私のことを好きなのよね?)
お父様にもう一度、媚薬を送って?
と、お願いしたら「そんなに気に入ったのか? それはいい事だ。一日も早く殿下との子供を産んでくれ」と返された。
なんて大きな勘違い……
(困ったわ……抱かれるどころか指一本すら触れられてないなんて言えない!)
しかも見栄っ張りな私は、「殿下が毎晩、眠らせてくれなくて大変なの」と返してしまったし……これはもう早く真実にしなくては!!
「そうよ……テストがたとえ駄目でも……愛さえあれば……私は王太子妃になれるのだから!」
そう思って殿下に会おうとするも……
「忙しい」
「構うな」
「一人でどうぞ」
私、お城に来てからこの言葉しか聞いていない気がする。
(殿下はパーティーの際に皆の前で私を愛していると言ったと聞いているわ。だから愛はあるはずなのよ……まさか、これが愛情の裏返しだとでも言うの?)
ベタベタしていたという話もあるのに……おかしいわ。
(ハッ! まさか! 身代わり異母妹、その時にくっつかないで! とか余計な事を口にしたのでは?)
そうよ、そうに違いない!
夜だってそうよ。
好きでもない殿下に抱かれたくなかったあの異母妹が、結婚まで待つようにと言ったんだわ。
「チッ……」
(あの子が手を出されていないのはいいことだけど……余計な事をしてくれたわね……)
あぁ、腹が立つ。
こんな時は───……
「ちょっと! 何でこんな服しかないわけ?」
「で、ですがエリザベス様……」
私は目の前の侍女(名前なんてもちろん知らない)に向けて怒鳴り散らす。
思う様にいかない苛立ちは八つ当たりして発散するしかない。
「見て分からないの? この私の美貌よ? こんなの似合わないと一目で分かるでしょう」
「……」
「あなたは未来の王太子妃を何だと思っているのかしら?」
「……」
あら? 黙り込んでしまったわ、ふふふ。
「侯爵家の使用人達もゴミみたいだったけど王宮も変わらないのね? 料理も改善されていないし。私、言ったわよね? 料理人を替えろ、と。ねぇ、その耳はなんの為についているの?」
「申し訳ございません」
あぁ、楽しい。
こうして、私に逆らえずに跪いて謝る姿を見るのが昔から好きなのよね。
お陰で気分が少しだけ晴れたわ。
***
「は? 殿下がしぱらく王宮には帰って来ない? どういうことよ!」
「どうもこうもお伝えした通りですが、何か?」
「~~っ」
また、この側近のカールトンは涼しい顔をして嫌味な言い方をする。
「今、殿下はこれまでの人生の中で一番の正念場を迎えております」
「はぁ? 正念場?」
「はい」
何を言っているのかしら? 随分と大袈裟ね。
「くれぐれも邪魔だけはしないで下さいませ」
「なっ! 邪魔ですって!?」
「よろしいのですか? 総復習のテストまで日がありませんが? あぁ、失礼致しました。エリザベス様にはテストなんて余裕でしたね」
「っ!」
ビキッと自分の顔が引き攣ったのが分かった。
「王宮にあがってから先日までのエリザベス様は、それはそれはとても勉強熱心で頑張っておりましたからねぇ。教師陣からの評価も高かった」
「え……あら? そ、そうなの? それは嬉しいわ!」
「誰もが、今はまだ未熟さがあっても将来は殿下の隣に立つに相応しい良い王妃になられるだろうと期待しておりまして……」
「と、当然よ!」
私は鼻高々にそう答える。
(こ、これは一刻も早く、あの身代わり異母妹を見つけて入れ替わらせないと!)
早々に入れ替わって用が済んだらまたさっさと追い出してやる!
逃げ出したと言っても所詮女の身。
しかも、唯一の肉親である母親を亡くして頼る人間もいないと聞く。
(お父様は帰る場所すらも奪っておいたらしいし、さすがだわ)
だから心配はいらないわ。すぐに異母妹は見つかるに違いない。
まだ、私のバラ色人生は色褪せてなどいないのよ!!
────この時の私は知らない。
あの身代わりの異母妹が王宮に戻って来る。
“その時”こそが、私の身の破滅の時──なのだということを。