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第14話 母親の愛情と思い出の男の子

 


「マ、マーサおばさま……?」

「そうだよ、ライザちゃん。突然、姿を消したから驚いたよ! 無事だったんだねぇ」


 そう言ってマーサおばさんは私を抱き締めた。


 (温かい……)


 久しぶりの人の温もりに胸が熱くなる。


「おや? その格好はどこかの貴族の使用人の格好だね? 突然、仕事を辞めて姿を消してしまったけど貴族の屋敷でお勤めしていたのかい?」

「あ、これは……」


 (そうだった! 早く着替えないと。街に出てからだとこの格好は逆に目立ってしまうわ)


「マーサおばさま! お願いがあるんです」

「ライザちゃん?」

「着替えを……着替える場所を貸してください!!」

「へ?」


 私は必死に頭を下げた。



────



「……つまり、何だい? ライザちゃんは貴族の娘さんだったのかい?」

「はい、どうやら……そのようで」


 マーサおばさまは、そういうことなら、とりあえず家においでと言ってくれたので、お言葉に甘えてお邪魔させてもらうことになった。

 そこで私はこれまでのことを掻い摘んで話をした。

 もちろん、身代わりの話は伏せておくけれど。


 ───ある日、父親と名乗る貴族が現れ無理やり屋敷に連れて行かれたけど、生活が合わず逃げ出した。

 ざっと話せることといったらこんな感じ。


「それはまた、大変だったんだねぇ」

「……」

「ライザちゃんが急に居なくなるから皆、寂しがっていたよ」

「みんな?」


 その言葉に疑問を感じた。

 お母さんと関わりのあった人はマーサおばさまのように優しくしてくれたけれど、私は同世代の人達にはいつも遠巻きにされていたから。

 

「特に男共は結婚でも決まったのかと皆ガックリしていたねぇ……」

「ガックリ? えっと……何故でしょう?」


 私は首を傾げて聞き返す。


「何を首を傾げてんだい? そりゃ、ライザちゃんはこの街の男共の高嶺の花だったからに決まってるよ」

「高嶺の花?」

「……ライザちゃんのその鈍さと男共の互いの牽制によってこの街の均衡は保たれていたんだよ」

「はぁ……」


 ますます意味が分からない。

 そんな私の心を読んだのか、マーサおばさまは「相変わらずな子だねぇ」と、苦笑した。


「それで? ライザちゃんの父親……ルイーゼの相手はお貴族様だったんだねぇ……」

「マーサおばさまも知らなかったの?」

「え? …………そうだね。知らなかったよ」


 マーサおばさまはそう言いながら首を横に振る。

 その目はどこか遠くを見ている気がした。


「ルイーゼと知り合った時にはもう、すでにライザちゃんはお腹の中にいた時だったからねぇ」

「そうなんだ……」

「ただ、あの時のルイーゼは明らかに逃げ出して来た様子で……」


 そこまで言ってマーサおばさまが言い淀む。

 最後まで言われなくても、何となく何を言いたいかは伝わって来た。


(お母さんは侯爵から逃げてきたのよね……)


「───私はいつだって逃げてばかり」

「……?」

「いつだったか、ル……ルイーゼがそう言っていたよ」


 ──でも、逃げたかったの。自由が欲しかったから。

 私にはそう言っていた。

 お母さんは、まず初めに()()()()()逃げて来て、その後も侯爵(あの男)から逃げたんだと思う。


「……お母さんは幸せだったのかな?」


 思わずそんな言葉が口から出た。

 

「ライザちゃん?」

「だって私、きっと望まれてなんていなくて……お母さんは……」

「ライザちゃん!!」


 私はいらない子───そんな、黒い気持ちに支配されそうになる。

 そんな私にマーサおばさまが怒鳴りながら私の肩を掴んだ。


「ライザちゃん! いいかい? それは違う!」

「……?」

「ル……ルイーゼは、ライザちゃんが生まれてくるのをとても楽しみにしていた! 日に日に大きくなるお腹を撫でながら“私の大事な家族”なのって笑っていた!」

「お母さん……」


 でも……それなら、何故?

 ──何故、私の名前は()()()()()()()()なの?


 私は今回、無理やり侯爵家によってエリザベスの身代わりとなった時に“ライザ”が、“エリザベス”の愛称だと知ってしまった。

 これは偶然なの? それとも、侯爵に対する嫌味なの?


「ライザちゃんの名前をつける時もね、“女の子だったらずっとつけたい名前があったの!”そう嬉しそうに話していたんだよ?」

「え?」

「“ライザ”は()()()()()()()()の名前の愛称だそうだよ?」

「っ! ……お母さん……!!」


 違った! あの異母姉、エリザベスは関係なかったんだ!!

 思わず形見の指輪を服の上からギュッと握りしめた。


 (疑ってごめんなさい……お母さん)


「病気に罹ったことが分かった時、ルイーゼはひたすらライザちゃんのこれからを心配していた。“面倒な運命”を背負わせることになるかもしれない、とね」


 そう言いながらマーサおばさまが私の頭を撫でる。


「面倒な……運命?」

「ライザちゃんが困った時は力になってあげて欲しい……それがル……ルイーゼの最期の願いだった。だから、ライザちゃん! 遠慮しないで私に助けられなさい!」

「あ……」


 そう言って笑ってくれたマーサおばさまの存在が今は涙が出そうになるほど、とても嬉しく、そして有難かった。


 (でも、侯爵はきっと今も私を探している……だから迷惑はかけられない)


 それでも、少しだけ少しだけその言葉に甘えさせてもらってもいいのかな?

 せめて、もう少しお金が溜まるまでは……


「マーサおばさま……ありがとうございます」


 私がお礼を言うとマーサおばさまは嬉しそうに笑ってくれた。


 

***



「髪を染めたい?」

「はい。この髪は……なんと言うかやっぱり目立つ気がするんです」


 侯爵はこの髪色を頼りに“私”を探すだろう。

 このままでは確実にすぐ見つかってしまう。


「その髪色は綺麗で好きだったから、いつか元に戻せるとはいえ……勿体ないねぇ……」


 マーサおばさまが私の髪を見ながら残念そうに言う。


「仕方ないこととは言え、ライザちゃんも残念だろう?」

「え?」

「おや、覚えてないかい? ルイーゼが倒れて心配したライザちゃんから、落ち込んでどんどん笑顔が消えていった頃、ある日、久しぶりに笑顔を見せながら私に言ったじゃないか」

「……あ!」


 その言葉で思い出す。


「……この髪をキレイだねと言ってくれた男の子に出会ったの……と私は言った?」

「そうだよ。あの時のライザちゃんは久しぶりに笑顔を見せてくれてとても嬉しそうだったね」


 ──テッド!

 それは、テッドのことだわ。

 

 お母さんが病気だと判明してショックを受けた私は、日に日に笑えなくなっていった。

 そんなある日、お母さんを元気づけようと思ってお花を摘みに行って偶然出会った男の子……それが、テッドだった。


「髪をキレイ……なんて初めて言われたから嬉しかったの」

「……あぁ、この街の男共は腑抜けだったからねぇ……」


 私があの頃のことを思い出しながら笑顔を浮かべると、マーサおばさまは何故か遠い目をする。

 

「……?」

「腑抜け共のことは置いといて、それからのライザちゃんはどんどん元気になっていったから嬉しかったよ」

「……その男の子のおかげなんです。彼が“そんな辛気臭い顔をしていたら母親の病気は治るものも治らないぞ! まずは笑え!”って言ってくれたから」

「そうだったのかい?」

「ええ、そうなんです!」


 懐かしいテッドとの思い出を振り返り私は微笑んだ。

 そんな彼がキレイだと言ってくれた髪を染めるのに抵抗がないわけではない。

 けれど……今は仕方がない。

 ──この先も生きていくために。


 そう自分に言い聞かせた。



***



「ライザちゃん……じゃない、リリアン。これをヒューバートの家に届けたら、そのまま休憩に入っていいよ!」

「はい! ありがとうございます」


 侯爵家から逃げ出して約一週間。

 私はマーサおばさまの厚意に甘えて、マーサおばさまの経営するお店で働かせてもらっている。

 目立つ白金の髪を染めて眼鏡をかけ、名前も念の為に“リリアン”と偽名を名乗っている。


 最初の数日は、表に出ないように裏方で仕事をしていたけれど、髪を染めると雰囲気も変わるのか“ライザ”らしさはなくなったので、少しずつお届けなどの外での仕事もこなすようになった。


「休憩……せっかくなので、“あそこ”に行ってもいいかしら……」


 テッドと出会ったあの場所。

 “行ってみたい”何となくそんな気持ちになった。

 不思議。もう長い間、足を運んでいなかったのに。


「……大丈夫、よね? この外見だし」


 そう言い聞かせて私は荷物を届け終えた後、休憩がてらあの場所に向かった。




「わぁ、相変わらず綺麗だわ!」


 久しぶりに足を運んだその場所は昔と変わっていなかった。

 そして思い出すのはあの男の子。


 (テッドも今は何処かで元気にしているかしら?)


  “もう、ここには来れない。今日が最後なんだ”

 そう言われて別れた日から一度も会っていないけれど。


 (今、思えば、彼はどこかの貴族だったんだろうなぁ……)


 口調はガサツな所もあったけれど、身なりとか仕草とかは貴族の子どもと言われた方がしっくり来る。


 ガサッ


「……?」


 そんな懐かしい記憶を辿っていたら人の気配がした。

 ここは花しか咲いていないような場所。

 人がホイホイやって来るような所ではないのだけど──……

 そう思っておそるおそる振り向く。


「えっ!?」


 そして、私はそこに現れた人の姿を見て驚きと共に血の気が引いていく。


(……いえ、落ち着くのよ、ライザ! 今の私は変装中! そんな簡単にバレないわ!)


 自分にそう言い聞かせたけれど──


「───見つけた」

 

 “その人”は、私を見て確かにそう言った。


 

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