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第13話 侯爵家にはいられない

 


 侯爵達は用済みになったら、さっさと私を捨てる気である事は分かったけれど、その“用済み”となるタイミングがいつ来るのか私には分からない。

 なのでさっさと逃げたい。

 そう思うのだけど、ではどうやって? という問題が出てくる。


「……そういえば」


『そう! 大冒険だったわ。お母さんは昔……家に出入りしていた業者の荷物の中に紛れて家から抜け出したのよ』

『え、それってすごく危険なんじゃ?』

『そうねぇ……』


 ──でも、逃げたかったの。自由が欲しかったから。


 何故か昔、お母さんが話してくれた逃走話のようなものをふと思い出した。


(あれは本当の話だったのかしら? 今更だけどそもそもどういう状況なのそれ。どんな家に住んだらそんな事が起こるのかしら)

 

 まともに聞いたことがなかったお母さんの過去が気になり始めた。

 平民だとばかり思っていたけれど本当は違うのかも……

 なんであれ、荷物に紛れて逃走。これがそんな簡単に行くはずがない。

 だけど、この侯爵家には業者の出入りが頻繁にある。


(それが出来たら……ここから逃げられる?)


 そう思ったけれどこの数日間、様子を見ていて私は結論づけた。


(やっぱり荷物に紛れ込むなんて無理よ、お母さん)


 そんな隙も無いし、何より絶対にバレてしまう。

 少なくとも協力者がいないと無理な話だった。

 あの話が本当ならお母さんは無謀すぎる。よく無事だったねと言いたいわ。


「それに行き当たりばったりで逃げても行先が……お金も少ししか持っていないし」


 もう帰る家のない私は完全に手詰まり状態だった。



 ───だけど、運命の神様は残酷だ。

 その日は意外と早くやって来てしまった。



「……エリザベスにはアレを使うように指示を出したぞ」

「まぁ! アレならさすがの殿下も……」

「だろう?」


 侯爵夫妻の会話が聞こえて来る。


(アレ……とは? エリザベスが殿下に何かしたの!?)


 聞き捨てならない会話だった。

 セオドア殿下が……

 もう私とは関係がなくなってしまった雲の上の存在の人なのだと分かっていても名前が聞こえれば気になってしまう。


(……殿下)


 優しかった殿下の顔を思い出すと涙が出そうになる。

 会いたい。

 会って優しく笑ってまた、“ライザ”と呼んで欲しい……


 だけど、そんな感傷は次の言葉で全て吹き飛んだ。


「まだ、エリザベスから成果は聞いておらんが大丈夫だろう! だから、もうあの娘は要らない」

「あぁ、旦那様! それでは……」

「前に話していた通りあの娘は娼館に売ろうと思う」

「ええ、そうね! そうしましょう、そうしましょう!」


 侯爵の冷たい声と夫人のはしゃいだ声。

 ……本気で私を売る気なんだと分かる。


「既に話はつけて来たから、もうすぐあの娘を引き取りに店の者がやって来る手筈になっている」

「まぁ、早いのね」

「利用価値が無くなったのに、いつまでもこの家に居られても迷惑なだけだからな。さっさと追い出すに限る」


(……なんてことなの! もう全然時間がないじゃない!)


 これはもうグダグダ言ってなどいられない。

 ──今すぐ逃げなくちゃ。

 娼館に連れて行かれてから逃げるのはおそらくもっと厳しい。


 私は急いで準備を開始した。


 もともと、私物が殆どない私は身軽だ。大事な物は身に付けたままだから。

 きっと、私を高く売れる──そう信じてはしゃいでいる夫妻は、幸い私がこうして聞き耳を立てている事を知らない。

 だから今のうちに逃げるに限る。


 私はこうなった時の為に“事前にくすねて用意していた使用人の制服”に着替え、そっと部屋を抜け出した。


(侯爵家は使用人がたくさんいて助かったわ。使用人の服さえ身にまとってしまえば私でも紛れる事が出来るから)


 だけど、この髪だけが気になる。

 なるべく目立たない様な形に髪をまとめてヘッドドレスの装着で何とか誤魔化し、私は使用人のフリをして屋敷から抜け出す機会をうかがった。


 そうこうするうちに、侯爵家に訪問者がやって来た。

 どうやら私を迎えに来たであろう娼館の者が到着したらしい。


(いよいよ私が部屋から居なくなった事に気付かれる……)


 侯爵と店の者と思われる訪問者が私の部屋へと向かう。

 そして……


「おいっ! 部屋にいないではないか! あの娘、どこに行った!?」


 思った通り、侯爵はもぬけの殻になった私の部屋を見て叫び声を上げた。


「探せ! 探すんだ!! どんな事をしても見つけろ!!」


 激高した侯爵が屋敷中の者にそう指示を出して、私の捜索が開始される。

 だけど命令された彼らからは戸惑う様子が伝わって来る。


「どんな人だったっけ……? エリザベス様に似てるんだったかしら?」

「話した事ないし関わった事もないんだけど」

「再度戻って来てからは部屋にこもっていたからまともに顔も見てないしなぁ」


(これは……なんて好都合なの!)


 探せと言われても、私の姿を正確に記憶している人間がどれだけいるのかしらね。

 気の毒な使用人達に申し訳なく思いつつも私は安堵した。


 そして当然、私の捜索は難航を極めた。

 痺れを切らした侯爵は更に怒鳴る。


「外を探せ! 最後の目撃時間からそんなに経っておらん。まだそんなに遠くには行っていないはずだ!! 必ずあの娘はまだ周辺にいる!!」


 顔に青筋を立てて怒鳴り散らす侯爵を見て思う。


(周辺どころか屋敷内にいますけどね……)


 何であれ外の捜索を命じてくれて有難いわ。

 私はそのどさくさで、外の捜索をする振りをしながら侯爵家の屋敷から外に出た。


 侯爵家の屋敷の唯一のいい所は、街に近いこと。

 馬車を使った方が早いけど、私の足でも行けなくはない距離だ。


(とりあえず、人の多い街に行って再び着替えて……他の場所へ……)


 ずっとこの街にいるわけにはいかない。きっとすぐに見つかってしまうから。



***



(どうにか街までやって来れたわ……)


 あの日、侯爵に無理やり連れて行かれて以来に訪れる街だった。


(かつて住んでた家を見に行きたいけど、間違いなく見つかってしまうから無理ね)


 それに、もう別の人が住んでいるとも聞いている。

 家にあった物は全て侯爵が処分したとも。

 結局、あの時も今も持ち出せた物は変わらない。お母さんの形見の指輪とテッドの手鏡だけ。

 ──さて、これからどうしようかしら。

 そう考えた時、後ろから声をかけられた。


「ライザちゃん? ルイーゼの所のライザちゃんじゃないかい?」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには、かつてお母さんと二人で暮らしていた頃によく面倒を見てくれていたマーサおばさんが驚いた顔で立っていた。


 

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