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消えてしまった愛しい彼女(セオドア視点)

 


「怪しい者はマクチュール侯爵と共に侯爵家へ入って行きました!」


 護衛のその言葉を聞いた時、その辺の道でゴミのようにライザが捨てられなかったことを安堵すると共に新たな不安が俺の頭をよぎった。


(まだ、ライザを何かに利用しようとしている……?)


 そのつもりなら、今すぐライザが殺されることはないかもしれない……だが、暴力をふるわれるなど酷い目に遭わない保証はどこにもない。

 想像するだけで胸が痛い。

 僕はギリッと唇をかんだ。


(今すぐ侯爵家に乗り込んで彼女を奪ってしまいたい)


 だが、今は駄目だ。

 侯爵家に乗り込む理由も無ければ、ライザを“ライザ”として迎える準備も出来ていない。


(隣国に行けなかったからな……)


「人手を増やす。引き続き侯爵家を監視しろ。そして、何か異変があった際は俺の名で侯爵家に突入しろ!」

「はっ! ……え?」


 命令を受けた護衛は元気よく返事をしたものの、疑問を感じたのか不思議な顔をした。


「つ、つまり、侯爵家とあの怪しい人物の監視を……ということでよろしいのでしょうか?」

「あぁ」

「……殿下。恐れながらお聞きしますが……あのローブを被った怪しい者はいったいどこのどなたなのでしょうか?」


 まだ、あんなにも可愛いライザを怪しい者呼ばわりするのか!

 と、思わず怒りそうになったが、なにも話していないのだから仕方がない。


「……俺の妃となる女性だ」

「は……い? お妃……さま?」

「そうだ! 俺が妃に望んでいるたった一人の女性だ!!」

「!?」


 俺のこの言葉を受けて、その護衛は顔色を変えて部屋を飛び出して行った。


***


 ライザの奪還には侯爵家に侵入する為のそれなりの理由が必要だ。

 いくら王家の権力を使っても、やっていいことと悪いことがある。

 権力者として好き勝手横暴に振る舞うわけにはいかない。


(万が一の時は俺の名で突入しろとは言ったが……本当にそうなれば俺の責任も問われる事になるだろう)


 それでもライザを守りたい。

 それが王族として間違った考えであっても、もう俺は譲れない。

 ライザに再会しなければ。

 こんな無茶なこともせず、申し訳ないと思いつつ、心の中で初恋のライザのことを想いながら愛のない結婚をしていたことだろう。


(だけど、ライザと再会してしまった)


 記憶の中のライザと変わらない笑顔と真っ直ぐさで……初恋の女性(ライザ)は俺の目の前に……しかも身代わりだったが婚約者として現れた。

 また、これがきっかけでライザがただの平民ではなく貴族の血を引いている事も判明した。

 …………俺はもうライザを手放せないんだ。


 侯爵家のことは、ライザが身代わりとしてやって来た時から調べていた。

 そして出るわ出るわの疑惑の種たち。

 だが、どれも侯爵家を断罪するにはまだ弱い。

 そんな侯爵家に最後の駄目押しをしてくれそうなのは───……



「殿下。エリザベス様が()()()暴れています」

「……今日も、か」


 カールトンが表情を変えずに淡々と報告してくる。

 初っ端にエリザベスの面倒を押し付けて以来、エリザベス担当となりつつあるカールトンは、この間、特別手当を要求して来た。

 ちなみに、妻であるエリザベス付きの侍女……キャシーの精神的苦痛の慰謝料込みだと言うのだからちゃっかりしている。


(夫婦揃ってエリザベスを押し付けて申し訳ないとは思っているが、あの暴れ馬をどうにか出来る適任者がいないんだ……)


 それくらいエリザベスは扱うのが難しい。


「今日はなんだ?」

「料理の味が私の好みではない、そうです。こんな料理しか作れない料理人はクビにしろと」

「……」


 お前の好みなど知ったことか!!

 そう言ってやりたい。いや、むしろ……


「思いっ切り激辛にして黙らせてやりたくなるな……」

「同感です。塩を大量投入してしょっぱくしてやりましょうか?」

「それでもいいな……いや、待て。どちらも更に大騒ぎしそうだ」

「……」


 ますます暴れて怒り狂うエリザベスの姿が想像出来た。

 カールトンも無言で頷いたので同じ気持ちだろう。


「それにしても、分かりやすいくらい暴れて自らの評判を落としていっているな。ある意味感心する」

「本当に」


 予想はしていたが、エリザベスは日が経つにつれどんどん傲慢に振る舞うようになり、もはや彼女は王宮の中で厄介者扱いだった。

 正直、なぜそんなに堂々とやらかせるのか不思議でならないが、これは俺が婚約破棄を言い出しても文句は出ないだろうと思えた。


 そして……エリザベスの厄介さはこれだけではない。


「本日も殿下に会えないのかとも喚いております」

「いい加減、あの口を縫い付けてやりたいな」

「針と糸ならすぐ用意できますよ? えぇと。日中が難しいなら、是非、夜にでも! いつでもお待ちしてますわ、とのことですが?」

「……はぁ」


 面倒なのが夜の誘いだ。

 エリザベスはよっぼど早く俺に手を付けてもらいたいらしい。

 まぁ、その理由は、エリザベスが既に他の男と関係を持っているからに他ならない。


「自分のして来たことを隠しきれると思っているのか? あの女は」


 詳しく調べたところ、エリザベスはすでに多くの男性と関係を持っていた。

 もちろん、どれも遊びで……だ。

 王太子妃が純潔を求められることは分かっているだろうに。


「思っているのでしょう。そして、早々に何も知らない殿下と既成事実さえ作ってしまえば自分の王太子妃としての地位は磐石だと。おめでたい頭ですね」

「指一本触れることすらしたくないがな」


(ライザ……)


 俺はライザのことを思い浮かべる。

 ……ライザにならたくさん触れたいのに。


「今のところ、侯爵家には不審な動きはありませんよ」


 俺の心を読んだようにカールトンが言う。


「ですから、”ライザ様”は大丈夫です」

「カールトン……それならもう一度、隣国訪問のスケジュールを組めるか?」

「殿下。それは……」


 俺は静かに頷いた。

 放っておいても自滅するのが目に見えているエリザベスを追い出して、代わりにライザを婚約者とする為にはどうしても確認が必要だ。


(もし、俺の考えている通りならライザはおそらく……)


「侯爵家がこのまま取り潰しとなるのはもう決定だろう。あの家はそれだけの事をしている」

「はい」

「それは同時にエリザベスもふるい落とせるが、残念ながら引き取られているライザまで道づれになってしまうからな」


 どうしても、断罪前にライザの身分は保証をしなくてはならない。


「分かりました。早急に調整しましょう」

「頼む」


─────


「殿下!」


 カールトンとの話を終えて扉を出ると同時にかけられた声。

 聞きたくもない声だ。

 どうやら待ち伏せをしていたらしい。

 俺は王子の仮面をはりつけて振り返った。


「……何か用かな? エリザベス嬢」


 俺が応えるとエリザベスは、嬉しそうに笑ってにこやかに一歩ずつ近付いて来る。


「お忙しいとのことでなかなかお会いできませんから、せめて差し入れをと思いまして持ってきましたの」

「……」


 そう言ってエリザベスは差し入れと称した菓子を俺に見せる。


「いらない。結構だ。それは自分で食べるといい」

「そ、そんな! 自分で食べては意味がな……」


 俺が断るとエリザベスは何かを言いかけ、困った顔を見せた。

 自分で食べては意味がない?

 そう言いかけたな。


(大方、媚薬か何かを仕込んだか……?)


 そう言えば、つい最近侯爵家からエリザベス宛に荷物が届いていたな……


「いらないものは要らない。それと金輪際、こういう事は一切やめてくれないか?」

「そんなっ!」


 エリザベスの顔が怒りでカッと赤くなる。

 本当に諦めの悪い女だ。

 何故か俺に愛されていると大きく勘違いしているエリザベスだが、そろそろ気付けと言いたい。


(俺が愛しているのはライザだ、ライザだけだ!)


 俺がエリザベスを愛することは一生ない。


***


 そうして俺は新たなスケジュール調整の元、今度こそ目的を果たすために隣国へと訪問した。

 その際、くれぐれも侯爵家の監視とライザの安全確認を怠るなと言い残して。

 しかし……

 思った通りの情報と成果を手に入れ満足し帰国した俺に監視役からもたらされた情報は最悪のものだった。


「……ライザが行方不明?」

「はっ! 侯爵家から自力で逃げ出したようでして……」

「自力で?」

「はい……そのようです。申し訳ございません」

 

 ────ライザが消えた。

 最初にそう聞いた時は侯爵が動いたのかと思い焦ったがどうも違うらしい。


「侯爵家でも大変なパニックになっています。マクチュール侯爵は血眼になって彼女を探せと命令し必死に捜索しています」

「……ライザ」

 

 いったい何があったんだ?

 逃げたくなるような何かがあったのか?

 それとも、ライザが事前に計画していたことなのか?


 分からない。

 分からないが、ライザが行方不明……だということだけはどうにか理解した。


 こうしてこの日、愛しい愛しいライザは……俺の前から姿を消してしまった。


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