第12話 私が身代わりにされた理由
侯爵が私のことを睨みながら言う。
「全く……大人しく素直に交代していれば良かったものを……」
「……」
「しかも、全てを話せだと? そんなことをしたら我が家はどうなると思っている? 破滅だぞ!? 二度とそんなふざけたことを口にしたら許さんぞ!」
───あなたの許しなんていらないし、何なら破滅すればいい。
そう言ってやりたいけれど……
(口にしたらもう一度叩かれるのでしょうね……)
私はさっき叩かれた頬を押さえながらそう思った。
……本物のエリザベスは護衛と共に部屋に行ってしまった。
私が侯爵家にいた時に着ていたドレスを纏っていたエリザベスは、何の偶然か今日の私の姿とよく似ていたので、周りにもさほど疑問を持たれることもなさそうで……
そう思うと複雑な気持ちになる。
(これで、入れ替わり……完了、ね)
違う。
元の正しい形に戻っただけ。
初めから殿下の婚約者は“ライザ”ではなく“エリザベス”なのだから。
(殿下……ごめんなさい。結果として帰りを待っているという約束を破ってしまった。そしてずっと騙していたことも……)
直接謝れないことが悲しい。
そして、エリザベスとは、なかなか難しいかもしれないけど、どうか幸せになって欲しい。
(ああ、そうね……どうせなら殿下が忘れられないと言う“初恋の人”と幸せになれればいいのにね……)
私はチクリと痛む自分の胸に気付かないフリをしながら殿下のこれからの幸せを願った。
「グズグズするな! さっさと着いて来い!」
「……っ」
侯爵が私の腕を掴んで無理やり立ち上がらせる。
掴まれた腕がとても痛い。
私はこの人の娘であるはずなのに情なんて全く感じない。
もちろん、私もこの人に家族の情なんて欠片も持ち合わせていない。
(こんな男──父親だなんて思いたくもない)
──そういえば、この先の“私”はどうなるのだろう?
ふと、そんな考えが頭の中をよぎる。
(身代わり生活が始まった当初はエリザベスが戻ってさえ来れば私は解放されて、元の生活に戻れる! そう信じていたけれど……)
侯爵がそんなに甘いことをするかしら?
(もしかして私、殺されるかもしれない?)
侯爵がそこまでするかは分からないけれど、余計な秘密を知っている“ライザ”を生かしておくことはデメリットはあれどメリットなど無い。
そもそも侯爵夫人に至っては私のことを憎んでいるし。
(家族がいない私……ライザは消えた所で誰にも気付かれない存在……)
だからと言ってみすみす殺されるなんて嫌だ。冗談じゃない。
どんなことをしても生き延びてやる!
そう決心して私は、侯爵に促されながら馬車に乗り込んだ。
────
「当面の間、お前は邸にいてもらう」
「え?」
馬車の中で侯爵がそんなことを口にした。
その辺に置き去りにでもされて捨てられる……もしくは殺されることまで考えたいただけに完全に拍子抜けだ。
(なぜ?)
「少なくともエリザベスが殿下と無事に婚姻するまでは……何があるか分からないから な。お前にはまだ一応“利用価値”がある」
「……っ!」
まさか、また何かあれば私に身代わりをやらせようと言うの?
「エリザベスには、さっさと殿下を誘惑しろと言い聞かせておいた」
「……!」
「婚姻前に殿下がさっさとエリザベスに手を出してくれれば良いんだがな……無事にことが済むまでは安心出来ん」
「……?」
「まぁ、あれだけ“エリザベス”のことを気に入っていた殿下のだからな。誘惑されればすぐに手を出すだろう。あとは何とか誤魔化し乗り切って……」
侯爵はブツブツ独り言を呟いていた。
その大半は何を言っているか分からなかったけれど、やはりまだ私を利用する可能性があるらしい。
(エリザベスには何かまだ懸念事項があるということかしら……?)
そしてそれこそが“失踪した”なんて嘘まで付いて王宮に上がろうとしなかった理由なのかもしれない。
「いいな、お前は余計なことをするな言うな! 分かったな!!」
侯爵家に着くなり、私はそう言って強引に部屋に押し込まれた。
部屋そのものは以前利用していた場所だった。
以前との違いと言えば、することがない──それだけだ。
(ようするに、監禁生活となるわけ、ね……)
本来なら侯爵家に連れて来ないで始末してしまいたいけれど、どうやら私はまだ利用価値があるらしいので生かしておく。
また、万が一、再びエリザベスの振りをする時のことを考えて、下手に労働させるわけにもいかない……だから、何もさせず部屋に閉じ込めておけ。
──そんな所でしょうね。
「あなた! 何故、さっさとあの女の娘を始末しないのですか!」
「仕方ないだろう」
外から侯爵と侯爵夫人の言い合いが聞こえて来た。
「仕方ない?」
「そうだ。万が一の為にまだあの娘は生かしておく必要がある」
「どういうことです?」
侯爵の言葉に夫人も荒らげていた声を抑えて話を聞くことにしたようだ。
「お前も分かっているだろう? エリザベスは……処女ではない!」
「そ、それは……」
「婚姻までの間に一日も早く殿下を誘惑し関係を持ち、処女ではないことがバレないよう誤魔化せと言い聞かせたが、万が一その前に医師の診察など受けてみろ。そこでもし露見したら……」
───え?
聞き間違い? エリザベスが……処女ではないって聞こえた……
言うまでもなく、王家に嫁ぐ女性は純潔を求められるのに?
「全く自由にさせておいたら、突拍子もないことをしておって」
「……そうね、話を聞いてびっくりしたわ」
「王宮に上がるにあたって妊娠していたらまずいと思い、判明するまではと身代わりをたてて時間稼ぎをさせたが……」
(……!!)
──そういうことだったの。
自分がどうして、エリザベスの身代わりなんかさせられたのかようやく理解した。
身代わり生活が数ヶ月に及んだのは、エリザベスが妊娠しているかどうか判明するまでの期間だったから……
(そういうこと。だから、エリザベスは失踪していなかったんだわ)
そして、おそらくあの様子からいってエリザベスは妊娠はしていなかった。
だから、意気揚々と戻って来た。
王太子妃になる資格を失っているけれど誤魔化せば大丈夫だと言って。
「……」
マクチュール侯爵家はどれだけ王家に対して嘘を重ねるつもりなの。
バレないと思っているこの人達は本気で頭がどうかしている。
「なら、その後はあの娘をどうするつもりなのよ、私は今すぐ追い出したい所だけど?」
「エリザベスが殿下と結ばれた後は完全に用済みだからな……そうだな、娼館にでも売るか。どうせ今更、街で生きて行くことなど出来まい」
「まぁ、ふふ。それはいいわね。あの女の娘にはぴったりね!」
「なに、見た目だけはエリザベスと似ているからな、良い値で売れるだろうよ」
ふははは、と侯爵夫妻は笑う。
「……っ!」
(娼館!? どこまで最低な人達なの!!)
こんな人達の思う通りになんてなりたくない……
(逃げないと……)
再び利用されるのも、娼館に売られるのも絶対に勘弁だった。