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果たされなかった約束(セオドア視点)

 


「……侯爵が!」


 マクチュール侯爵の来訪を告げる連絡の手紙を読んだ俺の身体は震えた。


「本当に訪ねて来たのか」


 何故かは分からないが胸騒ぎがしたので、出発前に「マクチュール侯爵が訪ねて来てもエリザベスには取り次がないように」と言い残してきたが……


「ライザ……」


 俺に手紙を送るよう指示を出したのはライザだと言う。


(つまり、侯爵と会わざるをえない状況となったということ……か)


「……殿下! どうされますか?」

「……」


 今回の隣国訪問は言ってしまえば私的な訪問だ。

 どうしても確認しておきたいことがあって計画した。


(ことを急ぎ過ぎたか……)


 一日でも早く、ライザを本当の婚約者として迎える為にも必要なことだったが、今は肝心のライザの身の方が心配だ。


「訪問は一旦取りやめる! 王宮に戻るぞ!」


 早くライザの顔を見て安心したい。

 侯爵の訪問に絶対に嫌な思いをしているはずだ。

 だから、この手で早く彼女を抱き締めて安心させたい。


(ライザ。君の居場所は俺の隣だ───)


 俺はそんな気持ちで慌てて引き返した。


─────


「殿下、おかえりなさいませ!」

「!」


 日付が変わる少し前、

 急いで王宮に戻った俺を出迎えたのは、愛しい愛しいライザ──……


 ではなかった。

 

(この女は……エリザベスだ!)


 エリザベス……まともに顔を見るのは初めてだ。

 ライザと良く似た顔立ちをしているが、全然違う。

 醸し出す雰囲気そのものが違う。


(この女がここにいる……つまりそれは、ライザが……追い出されたことを意味する)


 心がどんどん冷えていくのが分かる。

 そして、何より侯爵とこの女を甘く見ていた自分自身が許せない。


「…………あぁ、戻ったよ…………()()()()()()

「殿下?」


 自分でも思っていた以上に冷たい声が出た。

 そんな俺の声の響きにエリザベスは困惑の色を見せる。


「急遽、予定が変更だなんて大変だったでしょう?」

「……そうだね」

「殿下、お疲れでしょう? 今夜は私が……」


 エリザベスが明らかな意図を持って俺に触れようとしてくる。


(気持ち悪い。触るな! 俺に触れていいのはライザだけだ!!)


 そう思った俺はエリザベスの伸ばした手を振り払った。


「──いや。それには及ばない。結構だ。遠慮させてもらう」

「……殿下?」


 エリザベスが行き場を失った手が虚しく空中を彷徨わせ、更に困惑しているようだが知ったことではない!


「っ! 殿下、ご遠慮なさらず……」

「疲れているんだ。悪いが一人にさせてくれないか? こんな時間だし君ももう休むといい」

「え? あ……」


 これ以上、エリザベスと話していると俺は何をするか分からない。

 とにかく不快すぎて俺はさっさとその場を離れ、自分の部屋に戻った。


 今はあんな女に構っている場合ではない。

 どうせ、エリザベスは聞いていた通りのように傲慢に振る舞うだろうが、とりあえずは放っておく。


(ライザとの違いは明白だからな)


 俺に入れ替わりを気付かれていない……と思えるほど、脳天気な思考をしているのだろう。

 これならおそらくわざわざ手を回さなくても勝手に自滅していくはずだ。

 

 だから今は、それよりもライザだ。

 気にすべきはライザの無事と行方だけだ。


『一緒に出掛けるのは戻って来てからになるけど、待っていてくれる?』

『はい、お待ちしております』

『──約束だ』

『はい』


 そんな約束をしたばかりだったのに……

 悔しさと情けなさで自分の唇を強く噛む。


 出会って共に過ごした“あの場所”に一緒に出かけて、エリザベスではなく“ライザ”のことが好きだと告白するつもりだった。

 パーティーで有耶無耶にしてしまった“俺の初恋の人”も、ライザ……君なのだと明かすつもりだったのに。


 俺はそっと机の引き出しを開けて()()を取り出す。


「ライザ……」


 この手鏡は俺が“テッド”として別れの日にライザにプレゼントしたものと対になっている。


『……テッドだと思って大事にするわ』


 ライザはあの時、寂しそうではあったけど微笑んでそう言ってくれた。

 だからきっと今もこの手鏡の片割れを大事にしてくれていると信じている。

 ライザはそういう子だ。


 あの“譲り受けた”と言っていた指輪だってそうだ。

 最初は、一瞬だけ誰か男からの贈り物かと勘違いしそうになったが、あれは間違いなく“ライザの母親の形見”だ。


(エリザベスのフリをしているから形見と言えなかったのだろうな)


 早く“ライザ”を“ライザ”として、過ごさせてあげたい。

 彼女の名はエリザベスではない! 俺の愛しい愛しいライザだ!


(──だから頼む! ライザ。無事でいてくれ!!)


 その夜、俺はひたすらそう願った。


 翌朝、目覚めてからまずやることは決まっている。

 昨日起きた出来事の経緯を確認せねばならない。

 また、何やら“エリザベス”が朝食を一緒に摂らない事に対して不満を口にしたらしいが知ったことではない。

 唯一事情を話したカールトンをエリザベスの元に置いてきたから、どうにか抑え込んでくれているだろう。



「護衛を配置していた?」

「はい。エリザベス様は殿下へ知らせることと護衛を配置するよう指示を出し、侯爵様とお会いになられていました」

「俺へ連絡するだけではなかったのか……」


 おそらく、ライザ自身も嫌な予感がしていたのだろう。

 ──だが。


「その護衛は今、どうしている? 何人いたんだ?」

「二名です」

「その二人をここに呼べ!」

「……」


 俺のその言葉に執事長が困った顔をする。


「どうした?」

「実はその二人……昨夜出て行ったきり、まだ戻っていないのです」

「出て行った?」


 どういうことだ?

 俺は首を捻る。


「それがですね……エリザベス様が侯爵様との話を終えた後、一名はエリザベス様と共に部屋へと向かいました。もう一名は……」

「どうした?」

「侯爵様とその連れの者が気になる──そう言って後をつけることにした、と」

「!」


 その言葉に俺の目が大きく見開く。

 侯爵の連れ……それが追い出されたライザだろう。

 つまり、護衛はライザの後を追っている? そういうことか?


「もう一名もエリザベス様を部屋に送った後に急いで合流したようで……そろそろどちらかは報告に戻って来るかと思いますが……ってあぁ、言っている側から一人戻って来たようです」


 その言葉と同時に一人の男が部屋に飛び込んで来た。


「殿下にご報告致します! 昨日訪れたマクチュール侯爵様と怪しい連れの者の動向についてです!」

「……!」


 違う! 怪しい者ではなくその人は俺の最愛の女性だ!

 そう叫びたい気持ちをぐっと呑み込んで俺はその者の話を聞くことにした。

 だって今は何よりも、ライザの無事が一番大事だから。


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