8.手腕
私の予想通り、クリストハルトは舞踏会のパートナーを申し出てきた。
そして、今回も懲りずにクリストハルト色のドレスが贈られた。
「お嬢様……今回はどういたしましょうか?」
前回、喜んで着るものと思っていた侍女が、躊躇いながら尋ねてきた。
「そうね……。今回は着てあげてもいいかしら」
部屋に飾られたドレスを、胸元から足先まで一通り眺める。
私の言葉にセットで贈られた装飾類が入った箱を持つ侍女が、安堵したように息を吐く。
その安堵はここで終わりだけどね。
「いつもの洋服店の店主を呼んでちょうだい」
侍女にそれだけ告げると私は部屋のソファーに座り、お茶を啜りながら優雅な一時を楽しんだ。
グレーデン公爵家御用達の洋服店の店主が、私に呼ばれたと聞き、直ぐに来訪した。
「私をお呼びとお聞きしましたが、本日はどのようなご用件でしょうか?」
店主は笑顔だが、どんな無理難題を突き付けられるかハラハラしている。
無理もない。
今まで散々無茶振りしてきたのだから。
「一週間後、リースマン侯爵家で舞踏会が開かれるのはご存じよね?」
「は……はい。存じ上げております」
不安そうな店主。
まさか一週間でドレスを新調しろと言ってくるのではと、心配しているようだ。
「ドレスはもう用意してあるの」
「左様でございますか」
店主が安心したように息を吐く。
「ただねぇ……」
再び嫌な予感に、店主の体が緊張で硬直する。
「あのドレス、派手さが足りなくなぁい?」
部屋の隅に飾られたドレスに視線を移すと、店主も同様に視線を向けた。
無言の店主は、内心『どこが?』と思っていそうだ。
華美になり過ぎない、とてもセンスの良いドレス。
一流の店主から見れば、手を加えることなどできない完璧とも言えるドレスだろう。
「このドレスをもっとこう、キラキラさせて欲しいの」
「キラキラ……ですか?」
「そう。ゴテゴテというか」
「ゴテゴテ……」
本当にいいのかと言いたげに、店主が私の畳語を繰り返す。
「出来ないの?」
店主を横目で見据えると、店主の体が飛び跳ねる。
「出来ます!!」
横目で見ただけで、そんなに怯えなくてもいいのに……。
一流の職人に、素敵なドレスを無茶苦茶に変えろというこの仕打ち。
悪役令嬢と言われても仕方ないかもね。
舞踏会当日。
侍女達が躊躇いがちに完成したドレスを手に取る。
仕上がったこのドレスに満足しているのは私だけ。
店主には謝罪の意味も込めて、多めに料金を支払っておいた。
「お嬢様……かなり重いですが、大丈夫ですか?」
キラキラのゴテゴテに変わったドレスは、あらゆる所に装飾が取り付けられ、様々な色の刺繍も追加されて、美麗からファンシーへと様変わりしていた。
こんなセンスの悪いドレスを着た女と歩くなど、苦痛以外の何者でもない。
もうすでにニヤニヤが止まらない。
「構わないわ! やってちょうだい!」
ずっしりと重いドレスを身に付け、極めつけにゴテゴテに装飾品も身に付けた。
その総量は全部で一億円くらいの重さである。
そんな重いドレスを引きずりながら、迎えに来たクリストハルトの前に姿を現す。
一緒に歩きたくなくなったでしょ!!
勝ち誇った顔で階段上からクリストハルトを見下ろすも、彼は笑顔を貼り付けたまま表情を変えず。
あれ? 想像していた反応と違う……。
苦労しながら階段を下りると、クリストハルトが手を差し出す。
「とても素敵ですよ。あなたに似合うと思っていたのです。私の色のドレス」
色の感想!?
キラキラゴテゴテには一切触れず。
この男、こんな変な女と一緒にいても平気なのか??
馬車の中。
「今回は贈ったドレスを着てくれたのですね」
心なしか嬉しそうなクリストハルト。
「気に入らなかったので手直しはしましたけどね」
とさり気にキラキラゴテゴテの変化をアピール。
見た目はもうさり気なく感は一切ないが。
さあ! このセンスの悪さを見よ!
こんな女が妻とか嫌すぎるでしょ!
「ベネディクト嬢の好みを覚えておきますよ」
クリストハルトは動じる様子を見せることなく、笑顔で返してきた。
本気でこんな格好を私が好んでいると思っていないでしょうね!?
だがクリストハルトの笑みからは何も読み取れない。
「ま……まあ、自分で好きなように調整したいですから、あなたは私の好みなど気にされる必要はありませんわ」
コホンッと咳払いをしながら、さりげなく余計な事をするなと忠告を入れておく。
というより、これだと『また次回も贈って』とお願いしているみたいにならない?
一体、いつになったらこの状況から解放されるのよ!!
会場に入ると、招待客の視線は釘付け。
私のドレスに。
普通はそういう反応になるよね?
だがクリストハルトは全く気にも留めない様子で、前回と同様に私をダンスに誘う。
そんなクリストハルトに次なる試練を与える。
「踊りの最後に注目を浴びたいから、私を持ち上げてちょうだい」
クリストハルトが一瞬動きを止めた。
その様子に持ち上げる自信がないと悟り、勝ち誇ったように煽る。
「力のない、ひ弱な男性には難しい要求よね。無理ならいいのよ」
「では持ち上げられたら、ベネディクト嬢のお眼鏡にかなうということですね」
紳士スマイルのクリストハルト。
私の計画はこうだ。
持ち上げようとして持ち上げられなくて恥をかく、またはバランスを崩して倒れる。
どちらも私にも被害は及ぶが、一番恥ずかしいのは力を誇示できなかったクリストハルトの方だ。
私のマル秘体重プラス、一億円分の重み。
とくと味わうがいい!!
曲が終盤になりいよいよだと気合を入れていると、クリストハルトは紳士スマイルのままわずかに口角を上げる。
不敵な笑みに変わったその姿に、ゾクリと悪寒が走った瞬間だった。
フワリと体が宙に浮く感覚に襲われたと思ったら、クリストハルトの顔が真下に!?
あっ気にとられている間に、体は地面に着地。
周囲は感嘆の声を上げる。
もちろん持ち上げたクリストハルトに対して。
「私の方が注目を浴びてしまったようですね」
「……そのようですね」
再びニコリと笑いかけてくるクリストハルトに対し、頬を引きつらせる。
フィルと同じく、細身に見えても隠れマッチョだったのね……。
見た目に騙された!!
その場で打ちひしがれる私。
でも、負けないんだから!!
通常のドレスはニ㎏~三㎏くらいで、一億円は十㎏くらいの重さです。
一番重いのは十二単で二十㎏にもなるそうです。
ちなみに五十五㎏くらいが、男性がお姫様抱っこができる重さのボーダーラインになるようです。
読んで頂きありがとうございます。




