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7.迷走の答え

 馬車に乗せられて、ようやく心臓が落ち着いてきた。

 というより、逆に冷えた。

 目の前に座る男を目にしたら。


「私、一人で帰れるわよ」


 不機嫌そうなクリストハルトに、冷たく言い放つ。

 送るのが嫌なら、送ってもらわなくても結構ですけど?

 すると黙って窓の外を見ていたクリストハルトが、鋭く私を睨んだ。


「これからは一人で出かけたいなら、せめて私を誘ってください」


 はあ?

 何言ってんだこいつ? 状態である。


「手紙を送っても返事もくれない相手を誘えと?」

「手紙?」

「とぼけないでよ! 見舞いに来いって手紙を送ったのに、無視されたからわざわざヴァールブルク公爵家まで足を運んだんでしょうが!」

「手紙など届いていませんよ?」

「グレーデン公爵家の使用人を疑っているの!? 自慢じゃないけど家の使用人は、私に逆らったらどうなるか分かっているから絶対に私の命には従うのよ!」


 胸を張りながら、自信満々で胸を手で叩く。

 言っていてなんだが、本当に自慢できる話ではない。


「確かにそうですね」


 否定されないあたり、私の悪名は伊達ではないということだ。

 クリストハルトは手紙が届かなかった原因を考えているのか、口元に手を当てて思案し始めた。

 でもこれでクリストハルトが見舞いに来なかった理由は分かった。

 そもそも婚約者が寝込んでいるのに、手紙を送らないと見舞いにも来ないのが問題ではあるのだけどね!



 翌日。

 クリストハルトから、ヴァールブルク公爵家でお茶をしようとの手紙が届いた。

 恐らく手紙が届くかどうか試しで送ってきたのだろうが……昨日購入した香水を横目で見る。

 望むところよ。いよいよ作戦決行ね。

 クリストハルトの不快そうな顔を想像し、自然と口の端を上げたのだった。


 お茶の招待を受け、ヴァールブルク公爵家に向かう途中の馬車の中で、香水をワンプッシュする。

 その瞬間、異様な臭いが立ち込めて思わず嘔吐く。

 急いで小窓を開けて外の空気を吸い込み、肺を喚起。

 これはかなり強烈だ!

 これならさすがのクリストハルトも一緒にいるのが耐えられずに、婚約解消を申し出てくるだろう。

 笑いが止まらない私。

 頭部だけ窓から出して笑っていると、それを見ていた歩行者達から『不気味に笑う、青白い顔だけ女の霊が憑りついた馬車』という新たな怪談話が生み出されていた事を、私は知らない。


 ヴァールブルク公爵家に到着すると、クリストハルトのところまで案内された。

 案内してくれた使用人は、馬車から下りてきた私の臭いに一瞬顔を歪ませるも、さすがは一流の使用人。

 すぐに平静を装う。

 それでも頬の引きつりと、息を止めているからか喋り方が変なのは誤魔化しきれていない。

 一流の使用人でこれだ、クリストハルトはどう反応するか。

 ワクワクしながら使用人に付いて行く。


「ようこそお越しくださいました、ベネディクト嬢」


 庭に案内されると、クリストハルトがよそ行きの笑みを貼り付けて私に近付く。

 さあ、いよいよだ!


「本日はお招き、ありがとう」


 わくわくする気持ちを抑えながら、私もクリストハルトに歩み寄る。

 私の臭いに嘔吐くがいい!!

 心の中は勝ち誇った顔。

 しかしクリストハルトは私に近付いても嘔吐くどころか、手を差し出して私をエスコートする余裕を見せる。

 表情も全く変わらない。

 あれ? おかしいな? 臭い消えた?

 クンッ。 うぇっ!!

 自滅した。


「どうかされましたか? ベネディクト嬢」


 よそ行きの笑顔のまま、キラキラを発するクリストハルト。

 作戦に気付かれている? それとも単に鼻が詰まっているだけ?

 こうして一緒にいたくない苦痛作戦第一弾は、あえなく失敗に終わった。


 お茶の帰り。作戦失敗にしょんぼりしながら馬車に乗ろうとすると、レーネに呼び止められた。

 私に駆け寄ってきたレーネが、途中で一瞬立ち止まる。

 そうでしょ。臭いでしょ? でもあなたのお兄さんは今でも平然としているのですが、何故ですか?

 尋ねたい気持ちを抑えながら、レーネの方に体を向ける。

 気持ち一歩遠いレーネが、申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「先日は失礼な真似をして、申し訳ありませんでした。お兄様と出かけられたことが嬉しくて、ベネディクト様に無礼を働いてしまいました」


 頭を下げようとするレーネを止めようと手を出すと、レーネが少しだけ体を逸らせる。

 うん。近付いて欲しくないのね。


「気になさらないで。私の方こそ楽しい時間を邪魔したようで、申し訳なかったわ」


 正確に言えば邪魔をしてきたのはクリストハルトの方なのだが。


「クリストハルト様も、こんなに礼儀正しい可愛らしい妹が出来て良かったですわね。私のことは気になさらず、もっと妹さんと仲を深められたら如何かしら?」


 これ以上私に構わず、二人が仲良くなって婚約解消してくれれば万々歳。


「ベネディクト嬢が嫉妬してくれるならそれも良さそうですが、あまり構わなくなると拗ねてあなたが婚約解消とか言い出しそうなので、また近々お誘いします」


 私の手を取り王子様のように口付けをするクリストハルト。

 今まで一度もされたことがない行為に、以前なら有頂天になっていたところだが、今は怪訝な顔で見つめてしまう。

 この男、本当に臭くないのか?



 せっかく街にまで出て手に入れた香水だったが、完全に失敗に終わった。

 何故なら、自滅度が高い。

 帰りの馬車に乗り込んだ時も、臭すぎて失神するかと思った。

 それなのに、一番効果が出て欲しい人間に全く通用しないという二重苦。

 こうなったら徹底的に、クリストハルトが嫌になるような女を試していくしかない!


 ベタベタイチャイチャする作戦決行。

「ようやく結婚を前向きに考えてくれる気になってくれたのですね」

 と言われながら口付けをされそうになり、本性を現してしまい失敗。

 前なら絶対これで嫌がっていたはずなのに!!


 束縛女作戦決行。

 私以外の女性に笑いかけ禁止! 私以外の女性と話すのも禁止! 半径一メートル以内に女を入れるのも禁止! などなど色々な条件を付けてみた。

 するとこの男、本当に実行したのだ!

 しかもそれはレーネに対しても同様に対応。

 ヒロインとヒーローの中を引き裂くなど、死亡フラグまっしぐら!!

 これ以上は私の身が危ないと判断し、即取り下げて失敗。


 会話がたのしくない作戦決行。

 話題を遮ったり、会話が続かなかったり、否定ばかりしてみたりと苦痛な時間を味合わせてみるも、全く気にしていない様子。

 ついでにお茶の誘いを無視したりもしてみたが、あちらから毎日のように我が家に押し掛けてくる始末。

 だてに長年、我儘な私と付き合ってきただけあるわ……。

 と逆に感心してしまった。


 自室のソファーにだらしなく座り込みながら、大きな溜息を吐く。

 元々、我儘で傲慢な私を嫌っていても、結婚は考えてはいたのだ。

 通常の嫌われそうな女作戦では上手くいくはずがない。

 しかも婚約解消を申し出てからは、今まで見せたことのない執着ぶりまで発揮している。

 フィルやレーネに手を出させない為とはいえ、やり過ぎじゃない?

 私、悪役で間違いないのよね?

 いつの間にかヒロインになっていたとか……クリストハルトの元々の目的がグレーデン公爵家目当てだということを思い出す。

 ないな。

 私はもういつでも身を引く準備万端なのに……。

 このままじゃ変な事件とかに巻き込まれて、『レーネを傷付けたのはお前か! よって死刑だ!』とか言われちゃうんじゃないの!?

 嫌だーーーーー!!

 そもそもなんであの男は私に執着し始めたの?

 本来ならレーネに執着するはずでしょ?

 さっさとレーネを好きになって、私との婚約解消をしてくれればいいのに。

 養女なのだから結婚は出来るだろうし。

 そうすればクリストハルトもレーネも幸せになって、私は領地でお嬢様ライフを満喫してみんなハッピー。

 クリストハルトだって私の見舞いにも来ずに、レーネに構っていたのだ。

 私よりも好意的に感じているのではないかと思う。

 それにレーネと結婚すれば、間違いなくヴァールブルク公爵家の次期当主になれるわけだ。

 万々歳じゃない?

 それともそんなにグレーデン公爵家の次期当主が魅力的なのか?


 今後について迷走している私の元に、執事が一枚の手紙を差し出す。

 差出人は侯爵令嬢のカロリーネ。

 どうやら今度、カロリーネの屋敷で舞踏会を催す予定らしい。

 もちろん見栄を張りたいカロリーネは、ヴァールブルク兄弟にも招待状を送るはず。

 クリストハルトやフィルが参加するだけで、主催された舞踏会は成功といっても過言ではないから。

 ふむ……。手紙を前に考え込む。

 恐らく今のクリストハルトなら、私がこの舞踏会に参加すると考えてパートナーとして申し込んでくる可能性が高い。

 となると前回の舞踏会で、大体的に結婚を宣言した私達の動向に注目が集まるだろう。

 そんな中、もし舞踏会でクリストハルトが恥になるような行動を私がとったとしたら、周囲はきっと私達の結婚に猛反対するに違いない。

 いくらクリストハルトが私と結婚したいと言っても、周囲の反対が強ければ表向きはいい子ちゃんな彼はその意見を無下にはしないだろう。

 ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。

 どうせ私の評判は地に落ちている。

 だったら今更私が恥ずべきことは何もない!


 恥をかくのはあなたの方よ、クリストハルト!!


「オーッホッホッホッホッホッ!!」


 部屋から聞こえる私の高笑いに、使用人達が怯えていたのは言うまでもない。





読んで頂きありがとうございます。

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