6.危険因子、大集合
洋服店で街娘に変装した私は、さらに貴族達が近付かないような店を歩き回る。
私の目的は『クリストハルトに苦痛を与えること』。
そのために考えたのは、悪臭を放つ。
簡単に悪臭を作るなら、お風呂に入らないとか色々あるが、それではただの汚女になってしまう。
私はクリストハルトだけに苦痛を与えたいのだ。
だから、臭いを洗い流せて残らない。
つまり臭い香水の入手が目的で来ていた。
香水店なら貴族御用達の高級店もあるが、常連の私では身バレしてしまう。
そうなれば社交界でも『ベネディクトが臭い香水を要求した』と噂になりかねない。
ただでさえ我儘・傲慢だという悪い噂が立っているのに、これで悪臭の汚名まで着せられたらたまったものではない!
だから身バレしないように変装しながら、平民達が使用する香水店を探しているのだ。
そして見つけた香水店で臭い香水を要求すると、店主に訝しそうな顔で見つめられた。
そういう時はこっそり金を握らせる。
チップが多ければ多いほど、人の応対は丁寧になるというもの。
これぞまさに上流階級の特権。
優越感に浸りながら、出来上がった香水を受け取る。
「本当に臭いですが、大丈夫ですか?」
チップをはずんだから、丁寧になった店主が心配そうに手渡してきた。
「そんなに臭いのね」
「それはもう」
店主の言葉に口の端を持ち上げる。
その顔に店主が固まった。
この臭いに耐えられるものなら耐えてみせなさい、クリストハルト!!
香水の入った紙袋を意気揚々と抱えながら、馬車を待たせた地点まで急ぐ。
すると背後に人の気配を感じて振り返ると、瞬時に手に持っていた紙袋を奪われた。
「ひったくり!!」
私の紙袋を持って逃げる男を追いかける。
せっかくここまで苦労して入手したのに、奪われてなるものか!
男が角を曲がろうとした時だった、角から出てきた誰かとぶつかりバランスを崩す男。
男の手から紙袋がすっぽ抜ける。
「そのひったくり犯を捕まえて!!」
誰かも分からない人物にお願いすると、私はスライディングで落ちてきた紙袋をキャッチ。
地べたに座りながら中を確認すると、香水の瓶は無傷。
割れていたら悪臭を振りまくところだった。
良かったと安堵する横で、「痛てぇ! 放せ!」と叫ぶひったくり犯の声。
見ず知らずの人が捕らえてくれたのだと、お礼を言おうと顔を上げて固まる。
ひったくり犯の腕を後ろに回して地面に伏せさせながら片膝で押さえていたのは、騎士の服を着た銀髪の美青年。
「ネディ?」
相手も私だとは思っていなかったようで、驚いたような顔で私の愛称を呼ぶ。
「人違いです!!」
咄嗟に頭に巻いていたスカーフを顔まで下げるも、今度はチェリーレッドの髪が丸見えに。
「こんなところで何をしているの?」
フィルはもう私だと確信しているよう。
「ふっ……バレてしまったなら仕方がない!」
起き上がると開き直ったようにスカーフを外し、仁王立ちでフィルの前に立つ。
「買い物をしていただけよ!」
やましいことは何もしていないのだ。堂々としていればいい。
やましいのは袋の中身のみ!
「……一人で?」
やっぱり怪しい?
どうしよう……これで何か企んでいると誤解されたら……企んでいないと言ったら嘘にもなるが。
「私だってたまには一人で買い物をしてみたいのよ」
今まで一度も一人で買い物などしたことのない人間が、突然一人で買い物とか言い訳が苦しい。
クリストハルトには知られたくないが、あらぬ誤解も招きたくない。
これ以上問い詰められたらどう返答しようか迷っていると、フィルがひったくり犯の後ろに回した腕を引っ張り上げながら立ち上がる。
「それでも一人は危ないから、家まで送るよ」
「仕事中じゃないの?」
騎士服着てるし。
「急ぎの仕事ではないから、ネディを送る時間くらいはあるよ」
人懐っこい可愛いフィルらしい笑みを向けられ、不安が消え去った私はフィルに甘えることにした。
ひったくり犯を警備兵に引き渡したあと、二人で馬車までの道のりを歩く。
「ところでフィルはあそこで何をしていたの?」
「少し気になることがあってね。情報収集をしていたんだ」
「気になることって?」
「それよりもネディは何を買っていたの?」
聞きたいことを聞いていたらまさかの質問返し!
墓穴掘った!
「えっと……面白い物?」
すまし顔のクリストハルトの顔が歪むのを想像すれば、面白い代物ではある。
だがフィルからクリストハルトに漏れるのはマズい!
「お願い、フィル! 今日、ここで私が買い物をしていた事は誰にも言わないで!」
両手を合わせて懇願すると、フィルがクスリと笑う。
「じゃあ、ネディと俺の二人だけの秘密だね」
快諾してくれたフィルにホッと胸を撫で下ろしていると、背後から声をかけられ肩が跳ねる。
「ベネディクト嬢?」
二人で振り返ると、そこにいたのはクリストハルトとレーネの二人。
危険要素が勢ぞろい!!
死の予感しかしない!!
「フィルベルトと二人で何をしていたのですか?」
それはこっちのセリフだよ。
レーネはクリストハルトの腕に掴まりながら、まるでデートでもしていたかのような雰囲気。
「何って、あなた達と同じで二人で街を歩いていただけだけど? ね、フィル」
フィルの腕に腕を絡めると、クリストハルトが私を睨む。
私がフィルに手を出したから怒っているのだろうけど、大事な弟を汚されたくなければ婚約を解消してくれればいいのよ。
「婚約を解消したらフィルにも会えなくなるから、婚約は続けた方がいいかしら」
これ以上フィルと関わって欲しくないなら、婚約解消しなさいよという意味を込めて言ったのだが……演技のためフィルの方に顔を向けたら、フィルが自分の腕で顔を隠している。
真っ赤になっているその姿に驚く。
え? なんでフィルの顔が赤いの?
ぽかんと口を開けてフィルを見上げていると、横から腕を引かれる。
「フィルベルトをからかうのは質が悪いですよ。帰られるのなら、私が送ります」
クリストハルトがフィルの反応にぼう然としている私を、フィルから引き離す。
「お兄様。私の買い物に付き合ってくれると仰っていたではありませんか」
私を引き寄せようとしたクリストハルトとの間に、レーネが私を押しのけて割って入ってきた。
すると引っ張っていたクリストハルトの手が離れたのと、レーネに押しのけられた力でバランスを崩した私は、尻餅をつきながら地面に倒れる。
今日は地面と仲良しの日だな。
お尻を擦りながら散々な一日を嘆いていると、「危ない!!」と叫ぶ声。
状況を確認しようと横を向くと、私に猛突進で突っ込んでくる馬車。
ひかれる!!
目をギュッと閉じると、強い力で腕を引かれて誰かに抱き寄せられた。
馬車は止まることなく、そのまま走り去って行く。
「ネディが平民の恰好をしていたから、そのままひいて行くつもりだったのかもしれない」
頭上から聞こえてきた声に、私を助けてくれたのがフィルだとすぐに分かった。
まだ何もしていないのに死ぬところだった……。
危険因子に関わるとロクな目に合わないという警告かなにかなの?
「フィル。助けてくれてありがとう」
見上げると、思った以上にフィルの顔が近い。
幼さを排除した男らしい整った顔立ち。
フィルが男性だと認識した瞬間、フィルの胸に沿えた手と私を抱きしめるフィルの腕から妙な感触が伝わる。
人を引き上げられるほどの力強い腕とたくましい胸板。
そういえば私、男の人に抱きしめられたのって……初めて!?
意識をし始めたら、急激に顔の熱が上がる。
まさか、私、フィルを異性として意識しているの……?
ドクドクと心臓が激しく鳴り響く。
「……フィルベルト。レーネと先に帰っていろ。ベネディクト嬢は私が送るから」
クリストハルトが再び私の腕を掴みフィルから引き離すも、まだ心臓の動きが治まらない。
動揺していてそれどころではない私は、そのままクリストハルトによって連行されたのだった。
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