5.婚約者に嫌われるには
会場に驚きと悲鳴の声が入り混じる。
社交会でも人気のクリストハルトが、よりにもよって一番嫌っていたと思われる相手との結婚を宣言したのだ。
そりゃあ驚愕するのも無理はない。
「ちょぉっと、待ったぁーーーーー!!」
そんな中、ざわつきが収まらない会場に大音声が響き渡る。
今の状況は、まるで想い人が結婚式の花嫁を奪いに乱入してきたかのようなシチュエーション。
そんな私を奪うのは……もちろん、私。
「その結婚、お断りしますわ!!」
自分の命に関わるかもしれない問題。
公の場で振られたヴァールブルク公爵家の恥など知ったことか!
しかしクリストハルトは困ったように眉を下げながら、優しく微笑む。
「結婚相手を探す時期も、私はあなたのために婚約を続けてきました。それなのに今更結婚が出来ないと言われても、都合が良すぎるのではないですか?」
確かに嫉妬深い私の我儘のせいで、クリストハルトが他の令嬢達と交流を持てなかったのは事実。
チラリと黙って私とクリストハルトのやり取りを見守っている父に目を向けた。
小さく頷き、私の好きにすればいいと合図を送ってくれる父。
私の性格を考えれば、このまま断り続けることは可能だ。
だがクリストハルトの評判に比べて、私の評判は悪い。
もしこの大衆の場で無下に断れば、クリストハルトに同情し、我がグレーデン公爵家を敵視する貴族も出てくるかもしれない。
いくら私の好きにしてもいいと言ってくれても、そうなれば父の立場も危うくなる。
前世の記憶が無ければ家の事など考えず、断っていただろう。
そもそも前世の記憶がなければ、大喜びしている事態だけどね。
いつも我儘な私も受け入れてくれる父に、これ以上の迷惑はかけたくない。
扇子を持つ手に力が入る。
それもこれも全て、喜んで婚約解消してくれないクリストハルトのせいよ!
私を嫌っていたのに、急に態度を豹変させて、絶対に私に対する嫌がらせでしょ!
怒りを抑えながら笑顔を作るため、口角を上げた。
「嫌ですわ。結婚はまだ早いとお伝えしたかっただけですわ」
私の笑みに恐怖を感じた周囲の人達が、一歩後ろに下がる。
扇子持参の意味なし。
いや。折れんばかりに握りしめているから、怒りのはけ口としては役に立っているのかも。
「……そうですか。では結婚の時期は二人で相談しながら決めましょう」
よそ行きの笑顔を貼り付けて、私に微笑むクリストハルト。
そんなクリストハルトを、引きつる頬を堪えながら無理矢理笑みを作り見上げる私。
二人の間に立っていた参加者達は、自ずと二人が交わす視線の道を開ける。
両者の間に放たれた、見えない火花で火傷になるのを避けるために……。
帰りの馬車の中。
「どういうつもりなの? この夜会に参加したら婚約解消してくれるって言っていたじゃない!」
屋敷まで送るというクリストハルトに詰問する。
「だから婚約の期間を解消して、結婚という形に変えると言ったのですが?」
一休さんか!
そんなとんちはいらないから!
「あなたはずっと私と婚約解消をしたがっていたでしょ? それなのに何故今更それを拒むの?」
「婚約解消をしたかったわけではないですよ。グレーデン公爵家の令嬢との結婚は、色々な問題を差し引いても悪くない条件ですから」
つまり私は嫌いでも、グレーデン公爵家には魅力があると。
貴族社会では恋愛結婚など皆無。
政略結婚が当たり前だと考えれば、結婚相手以外に魅力があれば、私のような悪女でも引く手あまたというわけだ。
結局、愛よりも権力やお金ってことよね。
幼い頃からしつこく付きまとっていたから、私を愛せないという気持ちは分からなくはない。
だからこの男が執着し始めても、私を愛しているのかもなんて期待は微塵もなかった。
ただ小舟から落ちた時に実感した、『愛しても愛してはもらえない』という現実には少し傷付く。
結局どれだけ彼を愛そうとも、私が悪役なら最初から無駄だったというわけだ。
だけどこのまま指を咥えて、この男の言いなりになるなんてことはしない!
「あなたがそのつもりなら、私も手段を選ばないから」
不敵な笑みで呟くと、クリストハルトの眉間に皺が寄る。
権力やお金と釣り合いがとれないくらい、この男に結婚したくないと思わせてやるんだから!
クリストハルトに送ってもらったあと、就寝の支度をしていると、ヴァールブルク公爵邸から戻った父が私の部屋を訪ねてきた。
「ネディ。本当に良かったのか? 家の事は気にせずに、婚約を解消しても良かったのだぞ?」
父はどこまでも私に甘く、優しい。
前世の記憶が戻って、自分がいかに父の権力や優しさに甘えてきたかがよく分かる。
だからこそ、これ以上グレーデン公爵家の名に傷をつけるわけにはいかない。
「大丈夫ですわ、お父様。また後日、婚約解消についてのお話しをしてみますから」
その時には、あちらが泣いて婚約解消したいと申し出たくなるように仕向けるけどね。
クリストハルトが泣く姿を想像して口元を緩めると、父は不安そうな顔をした。
そんな父をなだめて部屋から出すと、閉めた扉に背を預けて不敵に笑う。
見てなさい、クリストハルト。
私と婚約を解消しなかったこと、後悔させてあげるんだから!!
まず、我が家のグレーデン公爵家は一流の権力とお金がある。
ヴァールブルク公爵家は跡継ぎにクリストハルトとフィルがおり、以前の私はクリストハルトを婿養子に迎えたいと父にお願いしていた。
ヴァールブルク公爵家はフィルが継ぎ、グレーデン公爵家はクリストハルトが継げばいいと安易に考えていたから。
つまりクリストハルトが遠回しに言っていた『グレーデン公爵家の魅力』とは、無償でグレーデン公爵家を手に入れられるということだ。
私相手でも結婚してもいいと言ったのは、私なら愛さなくても勝手に好きだと追いかけ回してくるから、放置しておけばいいとの考えからだろう。
つまりあちらが放置できないくらい、一緒にいるのが苦痛になる状態を作ればいいのよ。
そうと決まれば早速街に行って、ブツを調達しないとね。
この夜、屋敷に響く不気味な笑い声に、使用人達の間でちょっとした怪談話となっていたようだ。
翌日。馬車を出してもらった私は、街に来ていた。
出かける前に執事に護衛と付き添いの侍女を付けるように言われたが、いつもの我儘令嬢の力を大いに発揮して断固拒否。
執事の命令か、こっそり護衛の騎士が私を尾行していたが、馬車から下りた先にあった店の裏口から脱出。巻いておいた。
そこまで付き人を拒否したいのには理由がある。
とりあえず、平民達が利用する洋服店に入店。
入ってきた私に、店主が目を剥く。
明らかにいいところのお嬢様の恰好をした人間が入ってきたら、店を間違えたと思われても仕方がない。
私だって前世の記憶がなければ近寄るどころか、見向きさえしなかっただろう。
「あ……あの……このようなかび臭い店に、お嬢様のようなお方が何の御用でしょうか?」
店主は怯えたような顔で、震えながら尋ねてきた。
「服を買いに来たのよ」
「……えっと……この店の……ですか?」
平民相手の商売だから、私が気に入りそうな服はないと言いたいのかもしれない。
まあ普通ならそうよね。
「この店は街の人達のために商売している店なのでしょ。だったらそんなに自分の店を卑下せずに、もっと仕事に誇りをもちなさい」
緊張をほぐすつもりで言った私の言葉に感動した店主は、最新の街で流行りの服などを紹介してくれた。
「なかなかいい服を取り揃えているじゃない」
「ありがとうございます!」
貴族令嬢と出会うことが一生無いような店で、貴族令嬢に褒められれば有頂天にもなるだろう。
最初の怯えはすっかりなくなり、店主の顔が綻ぶ。
「ところで髪の色を隠したいのだけど、何か方法はあるかしら?」
「それでしたら、こちらのスカーフを頭に巻かれては如何でしょうか?」
私のチェリーレッドの髪は、街でも目立つ方だから隠したい。
店主が差し出したのは、白色の生地で縁に紫色の花柄模様が付いた可愛いスカーフ。
頭に巻いた時に、紫色の花柄模様がはみ出した髪の色を誤魔化してくれそうだ。
「ここで着替えていきたいのだけど、いいかしら?」
もちろん店主は二つ返事でOK。
脱いだ服は店で好きなようにしてもらっていいと告げると、「家宝にします!」と言われた。
まさか一度着た服を、ショーウィンドウに飾ったりしないわよね?
これが後に、この店で貸衣装店を始めるきっかけになったとかならないとか。
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