4.婚約解消イベント?
気が乗らないまま、クリストハルトにエスコートされ会場に入る。
彼の姿を見た参加者達は、早速挨拶のために集まってきた。
クリストハルトは私には冷たいが、外面は紳士的でこの容姿であることからも人気が高い。
挨拶など退屈なものに巻き込まれたくないと、クリストハルトの腕から手を抜こうとして上から押さえつけられた。
「申し訳ありません。まずは婚約者のベネディクト嬢と踊りたいので、道を開けて頂けますか?」
クリストハルトの突然の申し出に一同唖然。
大丈夫。私も口をあんぐり開けて驚いているから。
彼はそのままホールの中央へ私を連れて行く。
その間、驚きのあまりされるがままになっていたが、ホール中央に着いたあたりで我に返る。
「一曲お相手願えますか?」
クリストハルトが紳士的な所作で手を差し出してきた。
「一体何を考えているの?」
今までは私からお願いしないと踊ってくれなかったのに、どういう風の吹き回し?
「婚約者を最初の踊りに誘うのは当然のことでは?」
じゃあ今までは何だったんだ? と問い詰めたい怒りのまま、私は扇子でクリストハルトの差し出した手を払う。
「今日の主役はあなたの妹でしょ。ならば長兄のあなたが最初に踊る相手は私ではなく、レーネ嬢ではなくて?」
再び扇子を開き、腰を屈めているクリストハルトを見下ろすように顎を上げる。
今日で関係が終わるなら、これ以上周囲に誤解されるような行動は慎ませたい。
「それに婚約解消をするのだから、もう婚約者として扱って頂かなくても結構よ」
周囲にも聞こえるように声量を上げると、会場がざわつく。
婚約解消イベントまで待つつもりだったが、先制も悪くないわね。
扇子の下で不敵に笑う。
すると体を起こしたクリストハルトが、笑顔の仮面を貼り付ける。
その笑みにゾクリと背筋が凍った。
「レーネに嫉妬しているのかい? ネディらしいね」
クリストハルトも対抗するように声量を上げて、わざと周りに聞こえるように仕向けてきた。
やられた!
私が嫉妬深いのはここにいる誰もが知っている。
ここで私が違うと言っても誰も信じないし、ムキになっていると思われるだけ。
ギリッと小さく奥歯を噛みしめる。
悔しいけどここは下手な行動をとらずに、大人しく従っておいた方が良さそうね。
再び手を差し出してきたクリストハルトの手を今度は素直に取り、彼のリードで踊り始める。
「あまり余計な事は言わない方がいい」
「……ご忠告、どうも。それより人前での体裁はどうしたのよ?」
先程から愛称呼びをしてきたり、敬語をやめたり、とても婚約解消目前の態度には思えない。
まさか婚約解消をしないつもりじゃないでしょうね!?
「私と親しくなりたいと言ってきたのはネディの方では?」
「愛称で呼ばないで頂けるかしら、クリストハルト様」
「随分と態度が違いますね。まるで人が変わったようです」
前世の記憶があるとは言っても、私は私。
「あなたはあなたに好意を抱いていた私しか知らない。別人に見えるのは、あなたが私のことを何も知らないだけだからでしょ」
クリストハルトが知っている私は、彼にベッタリ甘えて、嫉妬して、癇癪を起して彼に執着している姿だけ。
本来は興味のない人間には目もくれない。
これが私の本当の姿。
「それならこれから知っていけばいいでしょう」
「え?」
曲が終わり、立ち止まる。
これから知るって、婚約解消をしないということ!?
意味を尋ねようと口を開こうとした時だった。
「お兄様!」
レーネが可愛く微笑みながら、クリストハルトの腕を引く。
「今度は私と踊って下さい」
無邪気にクリストハルトの腕に体を押し付けるレーネ。
この子、あざと女子だわ。
養女になったとはいえ、先日までは赤の他人。
長年可愛がられた妹のように接せられるレーネは、正にヒロインそのもの。
あれを私がやったら、間違いなく断罪されるわね。
笑顔がすでに有害だから。
「踊って頂けますか、お嬢様」
微笑みながら完璧な所作でレーネを誘うクリストハルト。
これで誘われて断る女性はいないだろう……今の私を除いて。
案の定、レーネも頬を赤く染めながら「はい!」と笑顔で返事をし、クリストハルトの手を取る。
うわぁ……完全にヒロインとヒーローだわ。
苦笑いを浮かべていると、隣から手を差し伸べられる。
「よろしければ、一曲踊って頂けませんか?」
顔を上げると、優雅なクリストハルトとは違い、照れくさそうに私の顔を窺うフィルが立っていた。
不慣れなその姿が可愛くて、思わず笑みをこぼす。
「喜んで」
フィルの手を取ると、彼の表情がパッと明るくなった。
見た目は素敵になっても、中身は昔の可愛いフィルのままね。
なんだか憎めないフィルのリードを受けながら、踊り始めた。
「さっき婚約解消とか聞こえたけど、兄上との婚約を解消するの?」
「う~ん……そのつもりで承諾書を渡したのだけど、一向に署名してくれないのよね」
「あんなに好きだったのに、どうして突然?」
その理由を言い出したらフィルとも関わりたくはないのだが……。
「王都を離れて領地暮らしがしたくなったの」
危険因子達と離れて優雅なお嬢様ライフ。
最高の結末だわ。
ちょうど曲が終わりフィルの手を離そうとするも、力を加えられて引き止められる。
「……もし、俺が――」
「そろそろベネディクト嬢を返してもらってもいいかな?」
フィルが何かを言いかけたところでクリストハルトが現れる。
返すって、私はあなたの所有物ではないのですが?
クリストハルトの物言いにイラっときた私は彼を無視してフィルを見上げるも、フィルは悲しそうな目をしながら私の手を離す。
「フィル?」
心配になりフィルの頬に手を伸ばす。
するとその手をクリストハルトが掴み引き寄せた。
「今日のお前の相手はレーネだろ。主役を放っておくな」
そのままクリストハルトに腕を引っ張られ、廊下に連れ出される。
「痛いから離して!」
引っ張るクリストハルトに逆らうように手を引き離すと、彼も我に返ったように手を離す。
そしてレーネに見せたような笑みを浮かべることなく、冷たい眼差しで私を見下ろしてきた。
「フィルベルトと何を話していたのですか?」
またフィルの話?
そんなにフィルの事が心配なら、さっさと婚約解消してくれればいいのに……。
「あなたには関係のない話よ」
会場に戻ろうと踵を返すと、背後からクリストハルトの声が飛んでくる。
「あなたがその気なら、こちらも手段を選びませんよ」
振り返った先にいたクリストハルトは、今までに見たことがないほど真剣な眼差し。
まるで呪いのようなその言葉が現実になったのは、その直後の会場の中。
参加者が集まったところでレーネが養女になった報告を、会場に集まった招待客にするヴァールブルク公爵。
カーテシーをして顔を上げたレーネの微笑みに、独身男性達はノックアウト。
さすがはヒロイン。
その光景を苦笑って見ていると、クリストハルトが公爵に自分も挨拶がしたいと申し出る。
参加者の前に立つクリストハルトが私を一瞥。
その目に先程のクリストハルトの言葉が頭を過る。
婚約続行とかわざわざ伝える必要もないし、もちろん婚約解消の話をしてくれるのよね?
嫌な予感に胸がざわつく。
「私は長らくベネディクト・ハンス・グレーデン公爵令嬢と婚約をしてきましたが、その期間を終え……」
クリストハルトが一拍置きながら周囲に目を配り、綺麗な笑顔を作る。
「結婚したいと思います」
なんですとーーーーー!?
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