3.不可解な婚約者
「お嬢様、とても素敵なドレスですね」
侍女はクリストハルトが持ってきたドレスを部屋に飾りながら、私の機嫌を窺う。
クリストハルトから初めての贈り物。
侍女は、クリストハルト一筋だった私が喜ぶだろうとの配慮から、このような言葉を発したのだろうが……。
「燃やしたい……」
「はい?」
テーブルに両肘を付きながら、どこかの司令官のような険しい顔つきで呟く。
聞き返した侍女は、空耳かな? と首を傾げながら作業を続ける。
あの男が何を考えているのか全く分からない。
あんなに私の事を嫌っていた男が……はっ! これはもしかして今までの意趣返し!?
性格悪!
人の事は言えないけど……。
それともこれは何かの力の作用なのか?
例えば……。
断罪イベントまで別れられない。
そうだとしたら厄介だ。
ヒロインらしき人物が現れた以上、一刻も早く関係を断ちたいのに、断罪されるまで婚約関係を続けなければいけないということになるから。
どういう断罪のされ方をするのかも分からないし、これからヒロインに対して起こるかもしれない事件がなんなのかも分からない。
もし断罪が婚約解消くらいなら望むところだが、投獄とか処刑とかになったら最悪だ!!
それになにかの力が働いていたとしたら、ヒロインを誘拐した犯人が私とか、ヒロインを怪我させた犯人が私とか、ヒロインをいじめた犯人が私とか!
全部私のせいになるじゃない!!
未然にそうならないように防ぎたいのに……!!
ギリリッと奥歯を噛みしめると、作業をしていた侍女の体が震える。
侍女は恐る恐る振り返りながらこちらの顔を窺い見ているが、こちらは今それどころではない!
なんとか内容を知らなくても逃れる方法はないの!?
なんでもいいから誰か答えを書いていなさいよ!!
あらゆるライトノベルの内容を思い出そうとするも、私の人生を描いた作品などあるはずもなく、答えなど見つかるわけがない。
こうなったら登場人物達に私が無害な人物であることを示していくしかない!
そのためにはまず……。
こちらを見て固まっている侍女に視線を向けると、侍女の肩が小さく跳ね上がる。
私に見つめられた侍女は笑顔を作ろうとするも、私が怖いのか顔が引きつっている。
そんな侍女に向かって、私はゆっくり口の端を上げて……。
「も……申し訳ありませんでした!!」
侍女が泣きながら、なんの謝罪か分からない謝罪をすると、部屋を飛び出して行ってしまった。
開かれた扉から虚しい風が流れ込む。
そんなに私の笑顔って怖い?
鏡の前に立ち、口の端を上げた瞬間……鏡に頭突きした。
凶悪過ぎる!!
笑顔より真顔の方がマシってどういうことよ!?
悪役の力……恐るべし!
これじゃあ無害を証明するどころか、笑顔だけで有害だわ!
かといって無表情でも怖がられるのに……。
いや……待てよ。
確かクリストハルトは『婚約を解消したいのでしたら、この舞踏会に参加して下さい』って言っていたわよね。
ということは、もしかしてこの舞踏会で断罪イベントが行われるのかも。
そうよ! きっとそうなんだわ!
だとしたらまだヒロインに何かしたわけでもないし……初対面では怖がらせたが……。
クリストハルトと婚約中だって特に酷いことをしたわけでもない……不満は色々あるだろうが……。
だけどせいぜいどれも婚約解消止まりでしょ。
だったら万々歳じゃない!!
あとは……。
チラリと侍女が整えていった、ワイヤートルソーにかけられているドレスに目を向ける。
このドレスを着て来いとは言われてはいない。
悪役らしくニヤリと笑みを浮かべたのだった。
舞踏会当日。
宣言通りにクリストハルトが迎えに来たのだが、私の姿を見て絶句する。
「差し上げたドレスはどうされたのですか?」
私は扇子をバサッと勢いよく開き、口元を隠す。
「あのドレス、私の体型に全く合っていませんでしたの。着てくるように言われたわけでもありませんし、私に似合うドレスに変えましたわ」
体系に合っていないは全くの嘘。むしろ怖いくらいにピッタリだった。
おそらく私が以前、ドレスを贈って欲しいと口うるさく言っていたから覚えていたのだろう。
本当に余計な事をしたわ。
ちなみに今日着ているのは、赤と黒を基調とした豪華なドレス。
婚約解消の晴れ舞台。
どうせならド派手にいかなくちゃね!
扇子で隠した口元はニンマリである。
扇子の意味。それは不気味な笑みを隠すため。
最後の最後でヒロインを怖がらせて、罪が重くなるのだけは勘弁だから。
完璧な計画に満足そうに口の端を上げて笑う。
もちろん扇子で表情を隠しながら。
一方、クリストハルトの屈辱的そうな顔。
見ていて最高だわ!!
ヴァールブルク公爵邸に向かうため、馬車に乗り込む。
道中、クリストハルトの視線が痛く、見ないフリをしながらずっと窓の外を眺めていた。
すると不意にクリストハルトが口を開く。
「そのドレスもお似合いですよ」
……はい??
突然褒められて、顔をしかめながらクリストハルトに視線を移す。
「ネディの髪色によく映えます」
「……愛称呼びは嫌なのでは?」
私はずっとクリストハルトと愛称呼びをしたかったのだが、この男はそれを拒み続けた。
それなのに今更?
「嫌なわけではありません。体裁を保つために仕方なく拒否していただけですから」
都合のいい言い訳をしているが、どう考えてもこの男が私を好きなようには見えない。
何を企んでいるの?
不安になった私は、クリストハルトに尋ねる。
「今日の舞踏会に参加したら、婚約解消するという約束は守ってもらえるのよね?」
「……なぜそこまで婚約解消にこだわるのですか?」
「あなたに飽きたから」
「だから私から弟に乗り換えると?」
なんでここでフィルの話が出てくるのよ。
もしかしてフィルを私という魔の手から守るために、婚約解消に同意しなかったってこと?
「あなたと婚約を解消するのに、同じ家のフィルに手を出すわけがないでしょ」
「フィル?」
「フィルベルト様」
思わずフィルを愛称で呼ぶと、クリストハルトが鋭い視線を向けてきた。
そんなに怒らなくていいでしょ。
別にあなたの可愛い妹も弟も取って食べたりしないわよ。
ほんと、こんな男とよく婚約なんてしてたもんだわ。
この移動時間だけでも息が詰まりそう……。
「この際だからはっきり言うけど、私はあなたと婚約を解消したらこの王都から離れるつもりよ。だからあなたにも、あなたの可愛い妹や弟にも手を出さないから安心しなさい」
「王都から離れるとは? どこに行くつもりなのですか?」
なんか今日はやけにしつこいわね?
「どこに行こうがあなたには関係ないでしょ!」
もういい加減にしてくれと言わんばかりに、再び窓の外に顔を向ける。
ヴァールブルク公爵邸に到着するまでの間ずっと、クリストハルトの熱い視線が頬を直撃。
片側だけシミが増えたら、損害賠償を請求してやるんだから!
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