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32.後日談 あれから(クリストハルト視点)

 温かい太陽が部屋を照らし、心地よい風が吹く朝。


「これでグレーデン公爵家も、ヴァールブルク公爵家の傘下になったのも同然ですな」

「ああ。公爵閣下が婚約解消されたと聞いた時はどうなることかと思ったが、フィルベルト様と婚約されたのなら計画通りというもの」

「あそこの家の娘は知性も知識も低いですから、フィルベルト様でも十分操れるでしょう」


 各々好き勝手話す親族共に、俺の心は曇っていた。

 今はヴァールブルク公爵の交代と、フィルベルトの婚約によって急遽行われた親族会議の最中である。


「私はグレーデン公爵家のことに口を挟むつもりはない」


 親族達を黙らせるように宣言しながら、会議室全体を一睨みする。


「口を挟まないとは、どういうことですか!?」

「貴族の頂点に立つというのは、ヴァールブルク公爵家の悲願なのですぞ!?」

「前公爵閣下の意向を無視されるおつもりか!?」

「今の公爵は私だ」


 最後に発された言葉を遮ると、五月蠅かった親族達が口を閉ざす。

 静かになったのを確認して、話を続ける。


「それとベネディクト嬢に関して蔑むような発言があったが、父上の不正を暴いたのは他でもない彼女だ。彼女を下に見ていると、こちらが飲み込まれるぞ」

「しかし新聞では閣下とフィルベルト様が……」

「我々は誘拐された彼女を助けるために動いたに過ぎない」


 私達は遺言が書かれた手紙を見ている時のベネディクトの様子がおかしかったと話していた。

 グレーデン公爵が帰らない娘を心配してヴァールブルク公爵家に乗り込んできた時に初めて、父も執事の姿も見えないことに気付き、父が遺言の手紙を偽装したと確信した。

 誘拐されたのかもしれないという話になり、すぐに動き出したフィルベルトとは違い、私はどこから探せばよいのかも分からず佇んでいた。

 先を越された悔しさもあったが、フィルベルトなら必ずベネディクトを見つけ出せるだろうとも信じていた。

 だから私は私なりのやり方で彼女を守ろうと決めて、レーネの元に向かったのだ。

 当時のことを思い出していると、使用人が私に耳打ちをした。


「グレーデン公爵閣下が応接室でお待ちです」


 親族達に来客を伝えると、そのまま解散となった。

 応接室に向かいながら溜息を吐く。

 グレーデン公爵の用事を聞くのが憂鬱だからだ。

 応接室に入り、用意されたお茶を飲む。


「私が見ている前でも『はい、あーん!』とかやるのだぞ!!」


 ベネディクトがフィルベルトに食事を食べさせることが気に入らないらしい。

 公爵は暇なのか?


「私ではなく、ベネディクト嬢に直接話されてはどうですか?」

「そんなことを言ったら、娘に嫌われてしまうだろ!!」

「ではフィルベルトに相談するとか……」

「一度フィルベルトに言おうとしたら、『フィルに注意せずに、私に直接言って下さい!』と怒られたのだ……」


 どちらにせよ怒られるのではないか……。


「昔は『とーたまと けーこする!』って抱きついてくれていたのに……」


 いつの時代の思い出だ?

 しかも『けーこする』であって、『結婚する』とは言ってないだろ。

 あきれながらお茶を飲むと、公爵が涙目で懇願してきた。


「お前の弟だろ! このままでは私の可愛いネディが食われてしまう! なんとかしろ!」


 食われるって……食われているのは私の弟の方だと思うが?


「分かりました。近々婚約の報告に来ると手紙が来ていましたし、その時にでもフィルベルトにはそれとなく注意しておきます」

「くれぐれも私からとは言うなよ? こんなことを相談しているとネディに知られたら、それこそ口もきいてもらえなくなる」


 要求が多いな……。


「ベネディクト嬢には知られないように話しておきます」


 グレーデン公爵を見送り執務室に戻る。

 ヴァールブルク公爵家は今、立て直しで忙しい。

 正直、先程のような相談に乗っている余裕などない。

 だが、グレーデン公爵が立て直しに協力してくれている以上、無下にもできない。

 書類に埋もれながら、再三の溜息を吐く。

 実はベネディクト嬢とフィルベルトが結ばれてからというもの、あちらこちらで二人が必要以上に仲睦まじくしている姿の目撃情報が多発している。

 その噂の大半は、『ベネディクトが嫌がるフィルベルトを離さない』というものだ。

 もともとベネディクトでいい噂が流れないというのもあるかもしれないが、公爵の話を聞く限り今回の噂の全てが嘘とも言い難い。

 ベネディクトに『婚約解消承諾書』を渡した日の、夕食時のことを思い出す。

 唇に触りながら、だらしなく口元を緩めるフィルベルトの姿。

 何があったか容易に想像ができる。

 あの姿を見ているだけに、フィルベルト自身もまんざらではない気がする。

 なんだか胸のあたりが嫌な気分になり、書類の署名欄を片っ端から書きなぐっていった。

 ようやく落ち着きを取り戻した頃、新しく採用した執事が部屋を訪ねてきた。


「フィルベルト様とベネディクト様がお越しになられております」


 丁寧にお辞儀をする執事に思わず顔を歪める。

 執事は自分の所作に問題があったのか少し動揺したようだが、私が顔を歪めた理由は執事にはない。

 来るならグレーデン公爵とまとめて来てくれ!! ということだった。

 二人を待たせているという、応接室に向かう。

 すると扉の奥からかすかに二人の話し声が聞こえてきた。


「ねぇ。フィルいいでしょ?」

「駄目だよ、ネディ。兄上がいつ来られるか分からないんだから」

「ちょっと唇重ねるだけだから、すぐに終わるでしょ?」

「う……う~ん……。ちょっとだけだよ」


 駄目に決まっているだろ。

 わざとらしく扉を開けると、顔を近付けていた二人が咄嗟に離れる。


「ちょっと! 空気読んで入って来なさいよね!」

「ネ……ネディ。駄目だって。申し訳ありません、兄上」


 怒るベネディクトと、なだめるフィルベルト。

 公爵の気持ちが少し分かった気がする。


「仲睦まじくするなとは言わないが、時と場所を考えろ」


 椅子に腰をかけながら二人を注意する。


「はい……」

「あら? 嫉妬しているのかしら?」


 素直に謝るフィルベルトと違い、ふてぶてしい態度のベネディクト。

 婚約解消して良かったかもしれないと思わずにはいられない。


「フィルベルトと話をしたいのだが、少し席を外してもらえないか?」


 ふてぶてしいベネディクトを無視して、公爵の約束を果たそうと話を続ける。

 するとベネディクトが訝しそうに私を見つめてきた。


「フィルに何か注意する気?」


 フィルベルトを守りたいのだろうか?


「ネディ。大丈夫だから、俺の部屋で待ってて。すぐに行くから」


 フィルベルトが優しく諭すと、ベネディクトが心配そうな顔をしながらも小さく頷く。

 一瞬可愛いと思ってしまったことは黙っておこう。

 ベネディクトが退室したことを確認して口を開く。


「あんなに迫られて、よく平気でいられるな。私なら怒りたくなるぞ」

「ネディが自分だけに甘えてくれていると思うと、嬉しいけですよ」


 フィルベルトが幸せそうな顔で微笑む。

 なんだか少し羨ましくも感じる。


「それに、ネディはきっと自分が愛されているか確認しているだけだと思うのです」


 続けて話すフィルベルトの言葉に目を瞬く。


「ああ見えて、ネディは自分が周囲から嫌われていることを気にしていますから。だから傍にいる俺がいつ嫌になるか分からずに、怯えているだけなのです」

「それは信用されていないってことじゃないのか?」

「ネディは不安なだけなんですよ。だって誰だって人の心の内は分からないでしょ? 分からないからちゃんと態度や言葉で示してあげたいんです。俺がネディを嫌わないと分かってもらえるまで」


 なんだか自分よりフィルベルトが大人に見えた。

 しかし、それとこれとは話が別だ。


「だからといってグレーデン公爵の前で仲睦まじい姿を見せてもいいとは、ならないぞ」

「……はい……」


 自覚があるのかフィルベルトが項垂れる。


「だけどお前は凄いよ。私だったら耐えられないかもしれないからな。毎回毎回あんなに強引に迫られては……」


 ベネディクトだけを一途に愛してきたからこそ、なせるわざなのかもしれない。


「でもこちらが本気で迫るとネディは慌てふためくんだよ。その姿がまた可愛くて……」


 だらしなく口元を緩めるフィルベルト。

 噂ではベネディクトが離さないと言われているが、どっちもどっちだったようだな。


 グレーデン公爵邸に帰るという二人を見送る。

 フィルベルトは次期グレーデン公爵として、グレーデン公爵の元で領主の仕事を勉強中なのだ。

 そのためベネディクトとは一つ屋根の下で過ごしている。

 今日の二人を見ていて、グレーデン公爵の心労を察した。


「怒られなかった?」


 馬車の前でフィルベルトの顔を心配そうに覗き込むベネディクト。


「怒られてないよ」

「何の話をしていたの?」

「ネディが可愛いって話をしていたの」

「そんな話してたの!? 恥ずかしい……」

「照れてるネディも可愛いよ」


 桃色の空気に包まれた二人と、真っ白く無になる見送りの一同。

 私達は一体何を見せられているのだろうか?

 そんな二人を遠い目をしながら眺める。

 『叔父様』と呼ばれる日も遠くなさそうだな。

 『おーたまと けーこする!』

 ……いや? 悪くないかもしれないな。

 まだ見ぬ未来を想像しながら、口元を緩める。


 この時の私は気付いていなかった。

 グレーデン公爵と同じ轍を踏んでしまったことを……。





最後まで読んで頂きありがとうございました。

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