30.私の出番は?
「……お父様?」
私を抱きしめながら泣きわめいている父に声をかける。
「ネディ!?」
意識を失っていた影響か、頭がガンガンする。
「これは……一体……」
どういう状況なのか尋ねようとするも、上手く声が出ない。
「そうだ!」
しかし父は私が言いたいことを察したようで、思い出したように私から離れて立ち上がる。
「貴様! どういうつもりだ!」
この怒りはきっとヴァールブルク公爵に向けられているの……。
「フィルベルト!!」
え? フィル?
まさかフィルも私の暗殺に加担していたの!?
「私の可愛い娘の唇を奪いおって!!」
え? 唇?
「他意はありません! 息をしていなかったので、止む無く……」
父に睨まれたフィルがあたふたと弁明し始める。
「止む無く……だと?」
「違う! 口付けが嫌とかそういう意味ではありません!」
「未婚の娘に口付けをするというのが、どういう意味か分かって言っているのか!?」
「分かっています!」
真剣な表情のフィルに、父がたじろぐ。
「俺はネディを愛しています! 俺の手でネディは絶対に幸せにしてみせます!」
いろいろすっ飛ばして、『義父さん! 娘さんを僕に下さい!』状態に、顔の温度が急上昇する。
父もフィルの突然の力強い宣言に、虚をつかれたようだ。
「だけどネディはまだ、兄上の婚約者なので……」
「婚約者がなんだ」
俯くフィルに父が言葉を投げかける。
「男なら、奪うくらいの気概を見せんか!!」
「そのつもりです!」
「いい加減にしろ!!」
二人の問答を遮ったのは、もちろんずっと放置されていたヴァールブルク公爵だ。
みんな忘れていたとばかりに、公爵に視線を向ける。
「いいところを邪魔するな!!」
怒鳴られた父が、ヴァールブルク公爵を怒鳴り返す。
公爵同士のぶつかり合い。
迫力あるわ。
「お前の息子の勇姿くらい、見届けられんのか!」
「今のこの状況で、そんなくだらん話で盛り上がれるお前達にあきれるわ!」
「くだらんとはなんだ! いつも人のことを小馬鹿にしたような態度を取りおって! お前のそういうところが気に食わんのだ!!」
「馬鹿を馬鹿だと思って、何が悪い」
父の言葉に、ヴァールブルク公爵が鼻で笑って返す。
あれ? 子どもの喧嘩かな?
この国、大丈夫?
「この状況でその余裕とは。人のことを馬鹿扱いしている割には、本物の馬鹿はお前だったようだな」
父が不敵に笑おうとするも、怒りで頬が引きつっている。
ポーカーフェイスが苦手なところとか見ていると、親子だなとしみじみ思う。
「私を捕らえるつもりなら、止めた方がいいぞ」
「何?」
「私を捕らえれば、私の息子と婚約中のお前の娘も醜聞にさらされるだろう。そうなればお前の娘にも傷が付くと言っているのだ」
「父上!!」
「グレーデン公爵との会話中に、口を挟むな!」
ヴァールブルク公爵に窘められて、フィルが押し黙る。
「こういうのはどうだろう?」
静かになったところで、公爵が話を続ける。
「今夜のこと全てを黙認するのだ」
「娘を殺そうとしておいて、何をふざけたことを!!」
「だが、今後の娘の社交界のことを考えれば、黙認するのが一番いいと思わないか? なんならクリストハルトとの婚約を解消して、フィルベルトと結婚させてやってもいい」
「そうすればもう、私はお前の娘も狙わないし、お前の娘も今までの社交界での地位を守れるというわけだ」
不正に目をつぶるなんて絶対にダメだ!
でも父は、私の今後のことを考えて、承認するかもしれない。
だったらここは、私が……!
「くだらない戯言はそのくらいにして下さい」
湖を囲っている森の中から声がして、一斉に振り返る。
姿を見せたのは、騎士を引き連れたクリストハルトだった。
「いいところに来た、クリストハルト。お前はずっとヴァールブルク公爵家を継ぎたいと考えていたのだろ? グレーデン公爵令嬢と婚約を解消したら、私の跡を継がせてやるぞ」
クリストハルトが喜ぶと思っているのか、ヴァールブルク公爵が意気揚々と提案する。
しかし顔色一つ変えずに、クリストハルトが言い返す。
「その必要はありません」
この返答にはヴァールブルク公爵も意外だったのか、口を開けたまま放心する。
「ヴァールブルク公爵……いや。ヴァールブルク前公爵を捕らえろ」
クリストハルトの合図で、後ろに控えていた騎士達が一斉に動き出す。
「血迷ったか! クリストハルト!!」
騎士によって地面に押さえつけられたヴァールブルク公爵が叫ぶ。
「血迷っているのはあなたの方ですよ、父上。レーネが全て自供しました」
「何!?」
「あなたに暗殺されそうになったのが、よほど怖かったのでしょう」
「まさか……失敗しただと!? 屈指の暗殺者を用意したというのに!?」
「レーネが買収して潜り込んだ件で、フィルベルトが収容所の警備を強化していたのです」
「なっ……!?」
驚く公爵の様子からも、収容所の内部情報まで入手していなかったようだ。
「レーネの自供を、陛下に報告しました。それにより陛下より、ヴァールブルク公爵としてヴァールブルク前公爵を捕らえよとの命を受けました」
それはつまり、陛下から名実ともにクリストハルトをヴァールブルク公爵と認めると言われたと同義になる。
「父親はどうしようもない奴だが、息子達は優秀なようだな」
父が満足そうに頷く。
捕らえられた執事や誘拐犯達も公爵と共に騎士に連れて行かれる。
その様子を眺めながらふと思う。
私の出番、なかったな……。
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