29.私の王子様?
誘拐犯が先程まで座っていた椅子を引き寄せ、公爵が腰を下ろす。
「父親同様、本当に厄介な娘だ。人の家のことにまで首を突っ込んで、一体何がしたいのだ」
「私だってレーネが私にちょっかいを出さなければ、何もするつもりはなかったわ」
「……レーネか……。あんなだから伯爵にも見捨てられたんだ」
忌々しそうに話す公爵。
「見捨てられたってことは、やはりあの遺言は偽物なのね」
「そうだ。あの手紙は伯爵の筆跡を真似て書かせた物だ。本物は燃やしたよ」
公爵は足を組みながら余裕そうに鼻で笑う。
「印璽も金庫からレーネに盗ませた本物だというのに、よく見破ったな。褒めてやる」
褒められても全く嬉しくない。
そういえば燃えた伯爵邸にあった金庫が開いていたとフィルが言っていた。
まさかレーネが火事という方法を選んだのは、印璽の行方を不明にするためだった?
おそらく公爵は伯爵から遺言を預かったが、そこには公爵にとってあまり好ましい内容が書かれていなかったのだろう。
しかし鉱山が欲しい公爵は、自分の都合のいい内容に書き変えたかった。
印璽さえあれば、金のある公爵なら手紙を偽装するなど容易い事だからね。
だから公爵は伯爵夫妻とサンドラに不満を抱いていたレーネをそそのかした。
『印璽さえあれば、お前をヴァールブルク公爵家の養女にしてやれる』とか言って。
それを聞いたレーネは、有頂天で計画を実行した。
だとするとフィルが迎えに行った時、あの偽の遺言はまだなかったことになる。
だって印璽はレーネが持っていたことになるのだから。
「レーネに人殺しをするようにそそのかしたの?」
「私は殺せとまでは言っていない。ただ『他の家族がいると養女にするのは難しいかもしれない』と言っただけだ。殺すと決めたのは、あの娘自身だ」
それをそそのかしたと言わずして、何という。
それにしてもなんで公爵は、こんなにペラペラと私に真相を話すのだろう?
しかも他の人間に任せずに、わざわざ自分で足を運んでまで。
口封じに誘拐したのなら、すぐにでも殺した方がいいと思うのだけど?
グレーデン公爵の一人娘だから、厄介なことになると躊躇っている?
それとも……私がどうやって偽物の手紙と気付いたのか聞き出そうとしている?
どこの部分で私が引っかかったのか分からないということは、審査の段階でも気付かれる可能性があるということだ。
だから今度こそ完璧な手紙を作るために、私が気付いた何かを知りたいのかもしれない。
それには人伝ではなく、公爵自ら聞き出したいと考えてここまで来たのだろう。
私がもし嘘の内容を伝えていたら、殺したあとでは確認もできないからね。
たぶん私を見下している公爵は、うっかり私が口を滑らすかもしれないとでも考えていそうだ。
私は馬鹿だと思われていますからね!
「閣下は相当焦っておいでのようですね。自ら悪事を働いたと、馬鹿に打ち明けて下さるくらいですから」
ほほほっとお嬢様らしく笑ってみせる。
公爵のこめかみがわずかに動いているところを見ると、癪に障ったようだ。
けれど公爵ほど慎重な人間が、なぜあそこだけ手を抜いたのだろうか?
もしかして手を抜いたのではなく、私のように優越感に浸って嘲笑うくらいの印象がなかったから気付けなかったとか?
それとも……歳の影響で、色のわずかな違いを見極められなくなったとか?
同情の眼差しを向けると、公爵が頬を引きつかせた。
私の視線になんとなく、イラっとしたのだろう。
「優越感に浸っていられるのも今のうちだぞ。どうやって気付いたかは知らないが、あの手紙が偽物だと知っているのは、レーネとお前だけだ。お前達二人を始末すれば、全ては闇の中だ」
今度は脅して私が取引か何かで話し出すのを待つ気?
「話しても話さなくても殺すつもりなんでしょ?」
「少しは賢いじゃないか。だが素直に話すなら、生かしておいてやってもいいぞ。条件は付けさせてもらうがな」
チラリと公爵を見る。
手ぶらで来たのか、何も持ってはいなさそうだ。
この小屋には最初に私を見張っていた誘拐犯と、公爵と私の三人だけ。
公爵と誘拐犯を二人っきりにさせる付き人などいないことを考えると、公爵は一人で来た可能性が高い。
「いいわ。私も命は惜しいし、教えてあげる。署名のところがちょっとおかしかったのよね」
署名は署名でも、家紋付きの印璽……の色だけどね。
「確認された方がよろしいのではないかしら?」
私の狙いは時間稼ぎだ。
私が釈放されたことは、フィルから父に連絡を入れてもらっている。
だから私の帰宅が遅くなればなるほど、父が公爵邸に乗り込む率も上がるということ!
もし今私を殺そうとすれば、嘘の内容かもしれないのに殺してもいいのかと揺さぶりをかける。
すると手ぶらで来た公爵は、一度屋敷に戻って手紙を確認しなければならなくなる。
ということは! かなりの時間を稼ぐことができるというわけだ!
私って頭いい!!
ニヤニヤと笑みを浮かべていると、公爵が後ろに控えていた誘拐犯に顎で合図を出す。
誘拐犯が小屋を出てすぐだった。
「旦那様。お呼びでしょうか?」
執事いたんかーーーーーい!!
入ってきたのは黒い鞄を携えたヴァールブルク公爵家の執事だった。
主を誘拐犯と二人っきりにさせるとか、執事失格だぞ!
いや。二人じゃなくて三人か?
もしかしなくても、いざとなったら私を盾にするつもりだった?
「手紙と管理書を出せ」
命令された執事は近くにあったテーブルに鞄を置き、中から手紙を取り出す。
出された手紙を開きながら確認するもどこか分からなかったようで、膝を突きながら私の前にぶら下げた。
「どの部分だ?」
「えっと……どこだったかな?」
手紙から視線を逸らすと公爵が無言の圧力をかけてくる。
「しっかり見せてもらえないと分からないの! この縄外してくれたらちゃんと分かるから!」
公爵と執事が顔を見合わせた後、公爵が立ち上がる。
「始末しておけ」
ギャーーーーー!! 死の予感しかない!!
「私を殺したら後悔するわよ! だって若者にはすぐに偽物だって分かっちゃうんだから!」
脅しのつもりで放った一言だったが、公爵が再び手紙に目をやり口元を緩める。
「そういうことか。次は未使用の蝋を使うとしよう」
ウギャーーーーー!! 知られてしまった!!
叫びはしないが顔に出てしまっていたのか、公爵は確信したように不敵に笑いながら小屋を出て行く。
それと行き違いに、最初に小屋にいた誘拐犯と同じ格好をした複数の男達が入れ違いに入ってきた。
彼等はそのまま私の口を塞ぎ、外に連れ出す。
外に出されて驚いた。
ここって、記憶が戻った湖じゃない!
どうやら私はヴァールブルク公爵家が管理している別荘にある、湖の近くの管理小屋に閉じ込められていたようだ。
「浮き上がらないように重石はしっかり括りつけておけ」
公爵が誘拐犯に命じる。
この湖に沈める気!?
手際よく誘拐犯達が私を沈める準備を整える。
手慣れてない?
まさかこの湖の底は、公爵が邪魔だと思った人間の死体が……。
想像してゾッとなった。
「よし。投げ入れるぞ」
数人の男達が、私の体を持ち上げる。
待って! 待って! 待って!!
手足が縛られているためみのむしのようにグネグネ動いて暴れる。
「暴れるな!」
男達がバランスを崩しそうになる。
「何をもたついている。さっさと投げ入れろ」
その姿を眺めながら、冷淡に公爵が言い放つ。
報酬を気にしているのか、命じられた男達が慌てて私を湖に放り投げた。
私の体が宙を飛び、綺麗な夜空が目に映る。
結局私は何をしても殺される運命だったの!?
記憶を取り戻してからの努力が水の泡になり、涙が零れ落ちる。
嫌だ! 死にたくない!
「ネディ!!」
ドボンッという水の音と共に聞こえてきたのは、私の愛称。
重石により、私の体がどんどん湖の底に沈んでいく。
失いそうになる意識の中で見えたのは、シルバーブロンドの髪がキラキラと光る男性の姿だった。
あれは……私の王子様?
「……ィ……ディ……ネディ!!」
大きな声が耳に響き、目を開ける。
「ネディ!?」
目の前にいたのは王子様……ではなく、見た事のあるおじ様、もとい父だった。
『う』が抜けただけで、こんなにも変わるものなのね……。
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