2.ヴァールブルク兄弟
父から婚約解消してもよいとの許可は得た。
クリストハルト云々よりも冷静な対応をする私に、大人になったと涙を流す父の姿がとても印象的だった。
どうやら私の我儘について、父なりに心配していたようだ。
親の心子知らずとはまさにこのこと。
前世の記憶が戻ったことで、我儘な性格が抑制されたのはいい結果だったとも言えよう。
次の問題はクリストハルトの同意がないと婚約解消ができないから、一度は顔を合わせなければならないこと。
正直、危険因子でもある彼との接触は避けたい。
だが婚約解消の同意さえもらえれば、もう二度と顔を合わせる必要もなくなるわけだし、最後の一回会うくらいはなんとかなるだろう。
問題は、どうやって会うか。
礼儀を考えれば私がクリストハルトに会いに行くのが最善。
だが、今、ヴァールブルク公爵邸にはヒロインらしき女性がいる。
そんな中に乗り込むのは断罪の危険が倍増するだけ。
マナー違反ではあるがどうせ悪役なのだし、我が家に呼びつけて同意させよう。
婚約解消の話だと知れば、呼びつけたことも許してくれるはずだろうから。
手紙では安易に婚約解消の話はできないため、見舞いに来いとの手紙を出した。
数日後……。
「どうして来ないのよーーーーー!!」
室内に私の雄叫びが響く。
待てど暮らせど、一向にクリストハルトは姿を見せず。
手紙は間違いなくヴァールブルク公爵邸に届いている。
なのにクリストハルトが来ない?
病気?
湖に落ちた私を助けようともしないクリストハルトの姿を思い出す。
絶対ないでしょ。
まさか伯爵令嬢に夢中過ぎて、手紙を読むのを忘れている?
自分も人のことは言えないが、恋は人をバカにするともいうし……有り得る。
仕方がない。気は進まないけど、こちらから会いに行くか。
こちらから訪問する旨の手紙を送った後日。
ヴァールブルク公爵邸を訪問。
クリストハルトがいるという庭へと案内された。
その先で見た光景に固まる。
テーブルにはお茶が用意されており、クリストハルトの姿もあった。
だがそれよりも驚いたのは、薄茶色の髪をした緑色の目の可愛い女性が一緒に同席していたのだ。
その容姿は……完全にヒロイン!!
モブ達とは明らかに違うオーラを放っている。
クリストハルトと一緒にいてもなんら遜色ないほどの可愛らしさ。
そりゃあ盲目にもなるわ。
それにしてもこちらはヒロインと関わりたくないのに、なぜ婚約者に会う席にまで呼んでいるの?
婚約解消するつもりではあるが、私はまだ婚約者の立場。
それなのにこの所業。
クリストハルトにとって自分がどんな立ち位置なのか分かった気がする。
こうなったら早々に婚約解消を突き付けて、この場を離れよう。
ドシドシと勢いよく近付くと、クリストハルトが驚いたように立ち上がる。
「ベネディクト嬢。来ていたのですか?」
来ていたのですか、だと? わざとらしい!
手紙くらい目を通しなさいよ!!
「お邪魔だったかしら?」
冷たく言い放ちながらヒロインを見下ろすと、ヒロインは体を震わせて俯く。
別に見ただけで、誰彼構わず噛みついたりしないから。
前世の記憶がなければ、当の昔に噛みついていただろうけど。
私が嫉妬していると勘違いしたのか、クリストハルトは怯える彼女を庇うように私と彼女の間に移動した。
「彼女は私の義理の妹のレーネ・イルメラ・ヴァールブルクです」
「ベネディクト様ですね。レーネ・イルメラ・ヴァールブルクと申します。よろしくお願い致します」
クリストハルトから紹介されると、レーネは慌てて立ち上がりカーテシーをする。
「ベネディクトよ。よろしくね、レーネ」
普通に挨拶したつもりなのだが、見下ろされたレーネはカーテシーをしたまま固まった。
頼むからそんなに過剰に反応しないでくれる。
断罪に怯えているこっちの心臓が悪くなるから。
「レーネ。少しだけ席を外してくれるかい?」
私に接する時とは違う、優しい声音でレーネに話しかけるクリストハルト。
その優しさに安堵したのか、レーネが小さく頷くとその場を離れた。
もう相思相愛で決定のようね。
「それで、今日は何の御用でお越しになられたのですか?」
見舞いにも来なかったくせに、全てが他人事。
こんな男を好きだったなんて、私も見る目がないわね。
紳士的に椅子を引くクリストハルトを無視して話し始める。
「婚約解消して欲しいと伝えに来ただけだから、もう帰るわ。返事は後日、この婚約解消承諾書に署名して送って下さる」
「え?」
クリストハルトの胸に承諾書の紙を押し付けると、これ以上話す事はないと踵を返しその場を離れた。
門に着くと、ちょうど馬車が一台入ってきた。
横目で馬車が止まるのを見ながら、自分の馬車へと足を進める。
あれはもしかして……。
馬車から下りてきた人物は、見知った人物。
その人物は、私の姿を見ると驚き目を見開いた。
「ネディ?」
彼の中では咄嗟に出たのだろう。
幼少期、私が愛称呼びを許した人物が二人いる。
一人は婚約者だったクリストハルト。
もう一人は……。
「久しぶりね、フィル」
フィルベルト・ローレンツ・ヴァールブルク。
クリストハルトの弟で、私の一つ年下。
そんな彼は銀色の髪に、光の加減で何色にも見える不思議な瞳を持つ美青年。
そう。関わってはいけない美青年、その二である。
「兄上に会いに来たの?」
関わりたくないのにフィルが私の傍にやってきた。
「そうよ」
フィルとはクリストハルトとの婚約以降、一度も顔を合わせていない。
私もクリストハルトに夢中だったから、すっかりフィルの存在を忘れていたけれど……。
子どもの頃は前髪を長くしておどおどした子だったのに、王宮の騎士になった今は……良い男になったわね……。
久しぶりの再会に、思わずまじまじと眺めてしまう。
顔を上げるとフィルの瞳が目に付いた。
久しぶりに見た不思議な瞳は、地球のような綺麗な瞳をしている。
「相変わらず綺麗な瞳ね」
思わず呟き、口を塞ぐ。
そうだった! フィルに瞳の話は厳禁だった!
フィルが幼少期、前髪を伸ばしていたのは瞳の色を不気味がられていたから。
「ごめん! なんでもない! 帰るね!!」
これ以上厄介なフラグは立てたくない!
慌ててその場を後にした。
クリストハルトに婚約解消の申し出をして数日後……。
「なんで承諾書を送ってこないのよーーーーー!!」
またしても私の部屋に、雄叫びが響く。
承諾書をもらわなければ婚約解消ができない。
かといってまた危険地帯に乗り込む勇気もない。
このままでは王都から離れることもできない。
なんなのよ! この蛇の生殺し状態は!!
翌日には喜んで送ってくると思っていたのに……。
カチッと爪を噛む。
もしかして弄ばれている?
この私を弄ぶとは良い度胸ね。
侍女が部屋の扉を叩き、私を呼びに来た。
不気味な笑みを浮かべたまま侍女に顔を向けると、侍女が恐怖で固まる。
失礼ね。いくら悪役顔だからってそんなに怖がらなくてもいいでしょ。
怪訝そうな顔を向けると、侍女も我に返ったのか私に告げる。
「クリストハルト卿がお越しになりました」
私の目が鋭く光ると、侍女が「ひっ!」と小さく声を漏らす。
ついに持ってきたのね!
怯える侍女の横を通り過ぎ、ドシドシと気合を入れながら部屋を出た。
クリストハルトの姿は玄関にあった。
後ろに大きな箱を抱えた使用人を引き連れて。
婚約解消するのに何の荷物?
眉を寄せながら階段を下りてきた私を、クリストハルトが目で追う。
「承諾書はどちらに?」
階段を下りきったところでクリストハルトに尋ねる。
クリストハルトは後ろに控えていた使用人に目で合図をすると、使用人が箱の蓋を開けた。
「今度ヴァールブルク公爵家で、妹のお披露目の舞踏会が開かれることになりました。その時に着るドレスと招待状です」
手渡された紙は婚約解消の承諾書ではなく、舞踏会の招待状。
どういうつもり?
チラリと使用人が持つドレスに目を向ける。
クリストハルトの髪の色をベースに、目の色を取り入れたようなドレス。
これを着て参加しろと?
こんなの着たら婚約解消どころか、結婚間近と勘違いされるじゃない。
「ドレスも招待状も結構よ。私は以前お渡しした婚約解消の承諾書を頂きたいのだけど?」
今度は何の承諾書かはっきりと伝える。
するとクリストハルトが私の傍に来て耳元で囁いた。
「婚約を解消したいのでしたら、この舞踏会に参加して下さい」
はい?
意味が分からず懐疑的な目を向けるも、クリストハルトは気にもとめない様子で私から離れる。
「当日は迎えに来ますので、屋敷でお待ち下さい」
それだけ告げると屋敷を出て行った。
取り残された私に、開かれた扉から私の心情を察したような風が吹き抜ける。
一体、どういうことなんだーーーーー!?
読んで頂きありがとうございます。




