28.わずかな違い
なんとなく気恥ずかしい雰囲気の中、フィルが用意した馬車でヴァールブルク公爵邸に向かった。
「手紙の筆跡がグレーデン公爵令嬢の物と一致したため、レーネを信じてしまった。貴方には本当に申し訳ない事をした」
公爵邸に到着後、応接室に通された私は、姿を見せたヴァールブルク公爵に謝罪された。
「閣下のご子息達のお陰でこうして無事でしたので、お気になさらないで下さい」
これからするお願いのため、ニコリと笑って柔らかく返事する。
私のニコリが何か企んでいるものと考えたのか、公爵の眉がピクリと動く。
企んでいないと言ったら嘘になるから警戒するのは間違ってはいないが、笑っただけで疑われるとか悲し過ぎる。
「このお詫びは後日改めて……」
「お詫びでしたらレーネの父親の伯爵が残した遺言が書かれたという手紙を今、見せて頂けませんか?」
嫌な予感がしたのか、早々に話を切り上げようとした公爵の言葉を遮り、飲んでいたお茶をソーサーに置きながら笑顔のままお願いした。
「なぜ遺言の手紙を?」
「閣下を騙せるような出来の良い手紙を作れるくらいです。レーネが実父の筆跡を真似て書いていてもおかしくないと思いましたの」
先程話題に出た、私の筆跡が一致したという話を利用させてもらった。
「しかしあの手紙は伯爵から直接預かったものだ、偽物ということはない」
「それでしたら私に見せてもなんら問題ないのではないですか? それとも……私には見せられない何かがあるのでしょうか?」
「……分かった。少し待っていなさい」
公爵が立ち上がると応接室を出て行った。
「ネディは度胸があるね」
「ああ。父にあそこまでものを言える人間は、陛下以外だとグレーデン公爵だけだろうな」
同席していたフィルとクリストハルトが、公爵が扉を閉めた後に口を開く。
さすが親子とでも言いたいのだろうか?
「私は被害者なのよ。怯える必要などどこにもないわ」
それでも強気にはなれない相手だと言いたげに二人が口を閉ざす。
「それで? レーネは私達が不在の間、どんな様子だったの?」
私の右隣に座るクリストハルトに尋ねる。
「手紙を父に持って行った以外は特に変わった様子はなかった。街に出たいと言ってきたから、何度か一緒に出掛けたくらいだな」
「じゃあ『かげひなた』に行く時間はなかったということね」
「『かげひなた』?」
「ええ。おそらくレーネは『かげひなた』に接触しているはずなのよ」
私の言葉を聞いて、クリストハルトが何かを思い出したように口を開く。
「……いや。実は街で一度だけ目を離してしまった時があったんだ」
「どうして目を離したのよ!?」
「試着室に入れるわけないだろ!」
思わず声を荒げたクリストハルトが咳払いをした。
「服を買いたいと言い出したんだが、色々着てみたいからと試着室にしばらく籠っていたんだ。あまりにも長いから店の者に尋ねたら、休憩に外の空気を吸いに行きたいと裏口から出て行ったと言われて慌てて探したのだが……」
「どこにいたの?」
「店に戻って来るところを鉢合わせしたんだ。近くを散歩していたと言っていたが、恐らくこの間に『かげひなた』に行っていた可能性が高い」
クリストハルトが四六時中張り付いていたから、何とか撒こうと考えた策ってことね。
この時にきっと、『かげひなた』から私達が探っているから協力は出来ないとでも言われたのだろう。
だから単独でも可能な、殺害予告をしたためた手紙作戦を決行したということか。
考え込んでいると、扉が開き公爵が封筒を持って入ってきた。
割れた鮮やかな赤い封蝋が目に付く。
印璽は、領地の管理書の『写し』に付いていたものと同じ小麦だ。
「これが伯爵が残した、遺言が書かれた手紙だ」
そう言うと、手紙を私に差し出す。
受け取り中を確認する。
中には確かに『伯爵夫人もしくは血の繋がった家族に相続』と書かれていた。
『血の繋がった家族』ならレーネも含まれる。
その最後にはサインと赤い蝋で小麦の印璽が押されている。
その瞬間、わずかな違和感を覚える。
これは……どういうこと?
「何か気になる点でも?」
一瞬動きを止めた私の挙動を見過ごさなかった公爵が、尋ねてきた。
さっき公爵は『伯爵から直接預かった』と言っていた。
もし私のこの違和感が正解なら、この手紙は公爵が受け取った後に偽装されたことになる。
ニコリと微笑み顔を上げる。
「いえ。違う筆跡に見えたような気がしましたが、気のせいだったようです」
手紙とを公爵に差し出した。
「確認も出来ましたし、これで失礼させて頂きますわ」
「家まで送るよ」
私が立ち上がると、フィルも立ち上がろうと腰を上げる。
「クリストハルトとフィルベルトは今後の話もある。残れ」
二人を留まらせるように、公爵は近くにあったベルを鳴らす。
するとヴァールブルク公爵家の執事が丁寧な所作で入ってきた。
「旦那様、お呼びでしょうか?」
「グレーデン公爵令嬢を公爵家まで送ってやれ」
「畏まりました」
執事の案内で用意されていた馬車に乗り込む。
執事が御者にグレーデン公爵家に向かうよう伝えると、馬車が走り出す。
揺れる馬車の中で先程の違和感を思い出していた。
あの遺言の方の印璽……封筒の蝋は鮮やかな赤だったのに対し、ほんのわずかだが色が赤暗いように見えた気がする。
赤黒くなるのは煤が混ざる可能性のある、芯ありの蝋によく見られる色だ。
ほんのわずかな違いであるところを見ると、芯なしの蝋のようにするために、使いかけの芯ありの蝋を削って使用した感じがある。
使いかけの蝋であれば、見えない部分に煤が混ざってしまっていてもおかしくないからだ。
だから芯なしの蝋よりも赤黒く見えたのだろう。
伯爵自身が遺言を書くために、芯ありの蝋を取り寄せた可能性は否定できない。
だけど資金繰りが苦しかった伯爵が、見栄のためだけに芯ありの蝋を取り寄せるだろうか?
一度芯ありの蝋を使ってしまうと、芯なしの蝋に変えるのは難しい。
周囲の貴族達にお金が無くなったと噂されかねないからだ。
それなら元々使っていた芯なしの蝋を使っていた方が、余計な詮索をされずに済む。
ヴァールブルク公爵が贈ったと考えるのも難しいだろう。
だって芯なしの蝋があるのに、芯ありを贈るって『おたく、貧乏だからあげる』と言っているようなものだ。
おそらく伯爵の購入履歴などを調べれば、芯ありの蝋を買ったかどうかは確認できる。
だけど購入履歴を調べたとしても、公爵に手紙を提示させないことには偽物だと証明もできない。
本格的に調べるとなると、私では限界がある。
ここは父に真相を話して、調査してもらうしかなさそうね。
父ならばヴァールブルク公爵に手紙を提示するように、陛下に進言も出来るだろうから。
帰ってからどう父に話すか悩んでいると、馬車が急停止した。
その影響で体が大きく揺れ、頭を向かいの椅子の背もたれにぶつける。
何!? 何が起こっているの!?
状況を確認しようと窓に手をかけたところで、馬車の扉が開かれ大きな布で包まれたのだった。
寝心地が悪いな……。
「痛っ!」
寝返りを打とうとして、両腕が体の下敷きになった痛みで目が覚める。
真っ先に見えたのは、平面に並ぶ木の板。
その少し先には靴を履いた足が見える。
どうやら小汚い床に寝かされて、縛られているようだ。
確か布で包まれたあと、暴れたら……。
首を動かすと頭がズキリと痛む。
「目が覚めたか」
足の主から声がして、顔を上げる。
見たことのない夜盗のような出で立ちの男。
顔は布で隠れており、確認できない。
お金欲しさの犯行かしら?
男を見上げたついでに、部屋の状況を理解した。
どうやら小屋らしき場所に誘拐されたようだ。
小屋には椅子に腰をかけた男一人だけ。
「グレーデン公爵の一人娘を誘拐するなんて、なかなかいい度胸してるじゃないの」
私を見下ろす誘拐犯を強気で見上げる。
「話とは違うようだな。奴等からは馬鹿だと聞いていたが……いや。怯えない時点で馬鹿なのか?」
私の態度を見た誘拐犯が独り言のように呟く。
レーネといい、こいつといい!
「バカという方がバカなのよ!」
子どものような問答をしている時点で馬鹿だと思われても仕方ない気もする。
それにしてもこの男の物言い……誰かから私が馬鹿だと聞かされていたということ!?
私を馬鹿だと言った奴、覚えてなさいよ!
「誰の依頼かしら?」
誘拐犯は黙ったまま持っているナイフを振り回す。
「そいつらにいくらで雇われたのか知らないけど、私があなたをその倍の額で雇ってあげるわ。何せ私はこの国でも一、二を争うグレーデン公爵家のご令嬢だから、お金は腐るほどあるからね」
「戯言に惑わされるな」
誘拐犯の目が一瞬揺れ動くも、小屋に入ってきた人物に叱咤され後ろに下がる。
暗がりの小屋に入ってきた人物が、一歩ずつ私に近付く。
「馬鹿は馬鹿のままでいればよかったものを……」
「人を馬鹿馬鹿って、こんなことをしているあなたの方がよほど馬鹿じゃないかしら?」
私の目の前で立ち止まる男を不敵に笑いながら見上げる。
「ヴァールブルク公爵閣下」
私を馬鹿呼ばわりした犯人は……お前だったのか!!
読んで頂きありがとうございます。




