26.断罪万歳
伯爵令息には聴取で酒の証言をすれば罪に問わないことを約束し、帰宅させた。
「こうなってくると、伯爵の遺言とやらの中身も確認してみたいわね」
「父に頼みたいところだけど、難しいかもしれない」
顎に手を当てて考え込むフィルに視線を向ける。
「もし遺言が偽装されたものならば、遺言の効果は無効となり伯爵領はリースマン侯爵の元に戻ることになる。鉱山がある貴重な土地を手放さなければいけなくなるかもしれないのに、父が協力してくれるとは思えないよ」
そうだった。
ただの伯爵領ならヴァールブルク公爵も協力してくれていたかもしれないけど、今は鉱山のある領地なんだった。
フィルの言う通り、公爵が協力してくれる可能性は低い。
だからと言ってこのままレーネを見逃すわけにもいかないし……。
「こうなったら今ある証拠と証言で姉上を捕らえよう。そうすれば父も協力せざるを得なくなるだろうから」
でもそれだとヴァールブルク公爵家の立場が悪くならないだろうか?
捕らえる前に手紙を提示すれば犯人逮捕の協力者として称賛されるだろうが、捕らえてから手紙を提示すれば鉱山欲しさに黙っていたと噂され兼ねない。
というよりもリースマン侯爵あたりが騒ぎそうだ。
「ダメかもしれないけど、一度頼んでみてもよさそうじゃない?」
提案するもフィルが首を横に振った。
「話したらきっと姉上が捕まらないように対策をされてしまうと思う。父が姉上の所業を知っているかどうかは知らないけど、二人の利害は完全に一致しているからね」
「でも……」
躊躇う私の手の上に、温かい手が重ねられる。
「だから俺はネディが好きなんだ」
突然の告白に、全身の体温が急上昇し始める。
「な……な……な……何言ってんのよ!? こんな時に好きって……好きって!?」
「混乱しているネディも可愛いよ」
微笑まれて熱が顔に集中する。
「婚約者のいる女性に不埒よ!!」
立ち上がりビシリとフィルを指差すと、フィルが真剣な顔で見つめかえしてきた。
「もし兄上との婚約が破棄になったら、俺と一緒になる未来を考えてくれない?」
一緒になる未来って……。
つっ……つっ……つっ……つまり……。
「結婚ってこと!?」
フィルは立ち上がり、思わず声に出してしまった私の両手を大きな手で包み込む。
「兄上から奪ってでも、俺はネディと一緒になりたいと考えている。それだけは知っておいて欲しいんだ」
返事は急がないとでも言うかのように、私の手を離すとフィルは部屋を出て行った。
奪ってでもって……。
熱くなる顔を両手で覆う。
そこまで情熱的な告白をされたのは初めてだ。
というより告白されたこと自体が初めてになる。
まさかこんなに嬉しいものだったなんて……。
その日一日、眠ることも出来ずに悶絶していたのだった。
翌日には王都に向けて出発した。
行きとは違い気まずすぎる空気に、デコボコ道の存在などはすっかり忘れてしまっていた私は、完全にフィルを意識してしまい、空回りまくっていた。
そんな中でもクリストハルトと似ているなと思ったのは、フィルが何事もなかったように振舞ってくれていたことかもしれない。
私なんか顔にも態度にも出まくっているのに……ああ、だから悪い部分も表に出過ぎちゃうのね。
そんな嬉し恥ずかし道中も、王都周辺になり突然遮断された。
「そこの馬車! 停まれ!」
私達の乗る馬車の行く手を遮ったのは、以前私を冤罪で捕らえようとした団長率いる騎士団だった。
「何の騒ぎですか?」
すかさずフィルが馬車を下り、事情を尋ねる。
まさかクリストハルトがまた狙われた?
馬車の中から二人の会話に耳を傾ける。
「馬車にグレーデン公爵令嬢が乗っていますね?」
私?
「彼女がどうかしたのですか?」
「レーネ・イルメラ・ヴァールブルク公爵令嬢の、殺害未遂容疑がかけられています」
それって解決したんじゃないの!?
私は勢いよく馬車の扉を開け、見下ろすように一瞥する。
すると団長と後ろに控えていた騎士達の肩が跳ねた。
「あら? あなたは確か以前、私を冤罪で捕らえようとして赤っ恥をかいた方じゃなかったかしら? また恥をかきたくていらっしゃったの?」
薄ら笑いを浮かべると、怯んでいた団長が不敵に言い放つ。
「今回はヴァールブルク公爵の要請ですから、前回のように見逃してもらえると思ったら大間違いですよ」
「公爵?」
「ええ。ヴァールブルク公爵令嬢宛てに殺害予告のような内容が書かれた手紙が届きましてね。その手紙を調べたところ、筆跡があなたであると証明されました。そのため公爵閣下より、あなたを捕らえるように命じられたというわけです」
団長が語る内容に、ガツンと頭を打たれたような衝撃が走る。
やられた!
私達が伯爵領に行っていることを知ったレーネは、真相を語られる前に私を捕らえて口を閉ざさせようとしているんだ!
私達がレーネを調べていることを話したのはきっと、『かげひなた』の支配人だろう。
クライアントのことを漏らした罪滅ぼしといったところかもしれない。
もしくは本当に誘拐を依頼しようとして、私達が嗅ぎまわっているからと断られたとか?
だけど今、レーネの罪を話しても、偽の殺害予告の手紙がある以上、信じてくれる者はいない。
それに今話せばこの騒ぎに乗じて、公爵がもみ消す可能性もある。
どちらにせよ先手を打たれたことには違いない。
「ネディはずっと俺と一緒にいました! 殺害予告の手紙を送れるような余裕など……」
団長と揉めるフィルを制した。
「いいわ。捕まってあげる」
「ネディ!?」
「心配いらないわ。私には優秀な騎士が付いているのだから」
フィルに向けて不敵に笑う。
苦悶の表情から一変。フィルは決意を込めた眼差しで私を見据えた。
「必ず助けるよ。そのために騎士になったのだから」
その言葉が聞けただけで、不安を払拭できた。
クルッと団長達の方に体の向きを変える。
「私は逃げも隠れもしないわ! ベネディクト・ハンス・グレーデンを捕らえたければ捕らえてみなさい!」
「かっ……かかれーーーーー!!」
私が声高々に叫ぶと、躊躇っていた団長達が奮起されたように襲い掛かってきた。
ちょっ……ちょっ……ちょっ……ちょっと待って!!
煽り過ぎたかもーーーーー!?
狭い部屋の中で深い溜息を吐く。
これまで断罪から逃れようと必死で頑張ってきたというのに……。
囚われた室内を見回す。
こんなに牢屋が快適だったなんて聞いてない!
三食昼寝付きで、グータラ三昧じゃない!
なんて快適な囚人ライフなの!
フィルに助けなくていいって言っちゃおうかな?
父が泣きそうだけど……。
そんなことを考えながら就寝した夜更け。
物音がして目が覚めた。
点呼にでも来たのかしら?
囚人ライフは快適だけど、夜中に起こされるのは勘弁して欲しい。
体を起こし入り口に視線を向けると、扉に付いている小窓から顔を出していたのはレーネだった。
「ベネディクト様、ご無事ですか?」
「見ての通りよ。あなたに起こされるまでは、快適に過ごしていたわ」
収容されても動じない私を見て、レーネの顔が一瞬歪む。
「私に殺害予告の手紙を送った犯人がベネディクト様だと伺いました」
私に気付かれないようにすぐに取り繕ったレーネが話しを続けた。
いくら取り繕っても私の目は誤魔化せないけどね。
「身に覚えがないわ」
「私もベネディクト様が送ったとは思えません」
そりゃあ自作自演だから犯人も知っているでしょうよ。
「しかしお父様はベネディクト様が犯人だと思われていて、明日には処刑するとの話まで出ています。だからここから逃げましょう!」
レーネの言葉に衝撃が走る。
なんてことなの!?
満喫のグータラ囚人ライフが一日で終わってしまうなんて!!
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