表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/33

25.分厚い化けの皮

 レーネの恋人だという令息の登場に、思わず前に立つフィルの袖を引く。


「レーネってクリストハルト様のことが好きなんじゃなかった?」


 令息に聞かれないようにこっそりフィルに尋ねる。


「俺から見ても、兄上に好意を抱いているように見えたけど……」


 あれ? でもなんかおかしくない?


「どうして婚約者じゃなくて、恋人なの?」


 令息に尋ねると、令息はさらに気まずそうに視線を逸らす。

 服装を見ても、この男性は貴族令息で間違いなさそうだ。

 恋人と名乗れるのなら、伯爵令嬢のレーネと婚約関係になっていてもおかしくはない。

 それでも婚約者ではない理由……。まさか……。


「他に婚約者がいたのね」


 私の指摘に令息の肩が一瞬跳ね上がるも、観念したようにコクリと小さく頷く。


「それで、レーネが死んだと思って献花しにきたってわけ。内緒で付き合っていた恋人を偲んで献花だなんて、婚約者に見つかったら婚約破棄されるわよ」


 私なら望むところだけど、通常なら浮気がバレた時点で大問題だ。

 しかし私の心配を余所に、令息は物悲しそうに首を横に振る。


「これはレーネへの献花ではありません。レーネに関しては所在が分からなかっただけで、生きているのは知っていましたから」


 令息は落ちた花束を拾い、土を払う。


「これはここで亡くなった、婚約者への献花ですから」


 伯爵邸の火事で亡くなったってこと?

 でも伯爵令嬢だったレーネは婚約者じゃないのよね?

 使用人と婚約していた?

 いやいや。それだったらレーネと婚約し直すでしょ。

 混乱していると、令息が私達の横を通り過ぎ、花束を瓦礫の手前に置いた。


「僕の婚約者は伯爵の正妻の子どものサンドラですから」


 サンドラ? どこかで聞いたことがあるような……。


「って! 集積所の偽名じゃないの!!」

「集積所?」

「あ……いえ。こちらの話よ」

「……そうですか。集積所にあるサンドラ名義の箱の話をしているのかと思いました」

「サンドラ名義の箱?」

「はい。伯爵領にある集積所に、サンドラ名義で荷物を引き渡す箱があるのです。伯爵に内緒で高額な物を購入した時に使っていたようで、レーネがよく命じられて取りにいかされていました」


 それでレーネは集積所のボックスの存在を知っていたんんだ。

 ということはドM令息と手紙のやり取りをしていたのは、やはりレーネで間違いなさそうね。

 それに正妻の子どものサンドラ。

 彼のこの言い方から、もしかしたらレーネは……。

 フィルも同じ事を考えていたのか、二人で顔を見合わせて頷く。


「俺はヴァールブルク公爵家のフィルベルトと言う者だ。レーネの件で君からもう少し詳しく話を聞かせてもらえないだろうか?」

「ヴァールブルク公爵!?」


 恐れ多いといった様子で、令息が声を上げる。


「ちなみに私はグレーデン公爵家令嬢のベネディクトよ」

「ベネディクト!?」


 呼び捨て!?

 フィルの時とは違い、恐怖の大王でも見るかのように令息が私の名を呼び捨てにしながら慄いた。


「せめてベネディクト嬢と呼ぼうか」

「は……はい……」


 穏やかな笑みで親し気に令息の肩に手を置くフィル。

 しかし令息の肩はミシミシと微笑みとは程遠い音を立てている。

 そんな二人のやり取りを見ながら確信する。

 こんな地方にまで私の悪名が轟いているなんて……私もなかなかやるわね。



 話をするため令息を連れてやってきたのは、本日泊まる予定の宿である。


「先程、サンドラという女性が君の婚約者だと言っていたが、サンドラとレーネはどういう関係だったんだ?」


 長椅子のソファーに並んで座る私の隣りのフィルが、向かいの令息に尋ねる。


「サンドラは伯爵の正妻の子どもで、レーネは使用人との間に出来た私生児です」


 私生児ってことは、レーネは伯爵家の子どもとして認知されなかったってことになるわよね?


「レーネは私生児ということで、サンドラから小間使いのように扱われ、伯爵夫人からも嫌がらせを受けていました」

「それでも伯爵の子どもなのでしょ? それなのに令嬢として扱われていなかったってこと?」


 令息は当時の状況を思い出すように、視線を落とした。


「レーネの母親はレーネが幼い頃に病気で亡くなっているので、あの屋敷でレーネの味方は一人もいませんでした。伯爵もレーネの味方になるどころか、粗相をみんなの前で怒鳴っていましたから。それなのにレーネはいつも笑顔で。そんな健気な彼女に惚れない男はいませんよ」


 レーネの姿を想像したのか、恍惚な笑みを浮かべる令息。

 そうとう骨抜きにされているわね。

 それにしてもこの令息の話が本当なら、伯爵が遺産をレーネに残していたという話も怪しくなってくるわね。

 でも娘ではあるから、伯爵令嬢と書かれていればレーネも対象になるってことかしら。


「レーネはいつも僕と一緒になってこの伯爵領から出たいと言っていました。だからレーネと一緒になるために、色々動いていたのですが……」


 幸せそうな様相から一転、令息の顔が陰る。


「レーネが僕と一緒になりたいと言わなくなったのです」

「振られたのね」

「ネディ。もう少し優しい言葉で包んであげなよ」

「振られていませんから!」


 私達のやり取りにムキになった令息が涙ながらに声を上げる。

 受け入れきれていない状態なのね。


「言われなくなったきっかけに心当たりはないの?」

「そういえばヴァールブルク公爵が伯爵邸に訪問した後くらいからな気はします。その頃からしきりに王都のことについて聞きたがるようになりました」

「王都の話?」

「はい。伯爵令息である僕はよく王都に行きますから、人気のヴァールブルク公爵令息兄弟の話や、あくみょ……」


 伯爵令息であることを鼻にかけノリに乗って話していた令息だったが、言いかけた言葉を止めて固まる。


「あくみょ?」


 私が冷やかな視線を送りながら尋ねると、固まったままの令息の顔から汗が流れ出る。


「特にヴァールブルク兄弟の話に食いついていました」


 誤魔化せきれなくて話を逸らしたわね。

 どうせ悪名高いベネディクトとか言おうとしたんでしょうよ。


「そういえば伯爵領地へ迎えに行った時も、ヴァールブルク公爵家で引き取ってもらえるように父にお願いして欲しいと頼まれたな」


 フィルが何かを思い出すように呟く。


「へぇ……私生児って立場だったのに、なかなか大胆なお願いをするのね」


 だって天下のヴァールブルク公爵に私生児を引き取れって言っているのよ。

 遺言状のことがなければ恐れ多くてとても言えないわ。

 あれ? それを考えるとレーネは遺言状の内容をいつ知ったのだろうか?

 フィルが迎えに来たとはいえ、普通なら小間使いとして働かされていた私生児に遺産が相続されているなど想像できないよね?


「ねえ。レーネは自分に遺産が相続されていると、いつ知ったの?」


 私の問いにフィルが目を見開く。

 どうやらフィルも私の違和感に気付いたようだ。


「確かにネディの言う通りだ。俺は曰くつきの領地と残された令嬢という情報から思い込んでいたけど、彼女は俺が迎えに行った時にはすでに遺産を相続する意思を見せていた。そうだとすると俺と同じように予測していたか、あるいは……」

「遺言状の内容を知っていた」


 手紙の偽装の件が頭をよぎる。

 まさか遺言状まで書き変えたりしていないわよね?

 フィルが遺言状は、伯爵が生きている時にヴァールブルク公爵に託したと言っていた。

 伯爵が生きている内に遺言状を書き変えるなど、不可能に近いのではないだろうか?


「あの~……それでレーネは今、どこにいるのですか?」


 考え込む私やフィルに恐れ多い様子で令息が尋ねてきた。


「ああ。今はヴァールブルク公爵家の養女として過ごしている」


 フィルが答えると、令息が驚いた様子で呟いた。


「……じゃあレーネが言っていたことは本当だったんだ……」

「どういうこと?」

「あ……いえ……冗談だと思って聞いていたのですが、レーネが『いつか自分はヴァールブルク公爵家の娘になる』と言っていたものですから……」

「……それはあなたが振られてから言うようになったの?」

「振られていません! というか確かに僕と一緒になりたいと言わなくなってから言われましたけど……」


 冗談でも恐れ多い発言だ。

 となるとレーネはこの段階で遺言状の内容を知っていたことになる。

 推測でしかないが、遺言には『夫人』もしくは『伯爵令嬢』に残すと書かれていたのだろう。

 だが夫人やサンドラが生きていたら、遺産はその二人の物になってしまう。

 だから放火を計画したのかもしれない。


「その発言の前後でレーネが何か変わった行動をとったりしていなかった?」

「変わった行動? 僕と一緒になると言ってくれなくなったことでしょうか……」

「その情報はどうでもいいわ」


 私に一刀両断された令息は涙目でフィルを見つめるも、私に同意するような穏やかな笑みを向けられただけだった。

 フィルにも見捨てられ、がっくりと肩を落とす令息。

 しかし何かを思い出したのか、ややあって令息が口を開く。


「もし素直に話をしたら、僕の罪は問わないでもらえますか?」


 令息の思わせぶりな言い回しに、フィルと顔を見合わせる。

 彼は公には言えない、重大な何かを知っているんだ。


「自白となれば罪は軽減されるし、内容によっては罪にも問われないだろう」


 フィルが返答すると、少し躊躇うような仕草を見せたあと令息が話始めた。


「もしかしたらあの火事は、僕が用意したお酒が原因かもしれないんです……」

「どういうこと?」

「伯爵邸が火事になる少し前に、レーネからみんなには内緒で度数が強いお酒を大量に用意して欲しいと頼まれて渡したんです」


 令息が力なく項垂れる。


「伯爵邸が火事になったと聞いて、もしかして何かのはずみで引火したのではと思ったのです。でも自分が用意したお酒で人が亡くなったのだとしたら、怖くて言えませんでした……」


 度数の高いお酒を頼んだってところが、怪しさ満点ね。

 チラリとフィルを窺うと、何かを考え込んでいるようだ。


「どうしたの?」


 フィルに尋ねると、考え込んだままフィルが答えた。


「門番が火の手に気付かなかったのは、炎が青かったから気付けなかったんじゃないかって思って。そして燃え跡が激しかったのも、度数の高い酒を撒いていたとしたら納得がいく」


 なるほどね。

 純真な令息の恋心を利用して、その裏で殺害計画を立てていたってことか。

 あと何枚面の皮を剥ぎ取れば、レーネの素顔が見えてくるのかしら?

 思わずニヤリと口の端が上がる。

 その瞬間、令息は悟った。

 ああ、天罰が下った。自分はここで死ぬんだと……。


 失礼ね! 私の笑みにそんな効果はないわよ!





読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ