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24.真の悪役令嬢は?

 その後、狸寝入りが実現しないまま、目的地である伯爵領に到着した。


「足元に気を付けてね」


 フィルにエスコートされながら入ったのは伯爵家が管理していた警備部隊の事務所である。

 ここで伯爵領の引き渡しを行うらしい。

 といっても伯爵領は伯爵が管理していますよ、という紙を受け取るだけのようだ。

 だがこの紙が重要で、この紙と遺言書を元に、王が伯爵領をヴァールブルク公爵領の一部にするという宣言式を行うのだ。

 応接室のソファーに腰をかけて待っていると、警備部隊の上役らしき男と宝箱のような厳重な箱を手にした勤勉そうな眼鏡の人が部屋に入ってきた。

 どうやら伯爵家の専属弁護人のようだ。


「お待たせしました。こちらが生前、伯爵様が書かれた書類になります」


 眼鏡の人が箱の鍵を開けると中には一枚の紙が入っていた。


「確認させてもらう」


 フィルは紙を広げ、本物かどうか目視し始める。

 領地の管理書は原本と写しの二枚が存在する。

 しかし原本には『原本』、写しには『写し』と記載されているため、原本がある場合の写しはただの紙くずに等しい。

 今回のように原本が屋敷と共に燃えてしまったり、何らかの事情で紛失してしまった時に効果を発揮するのだ。

 ただ写しなだけあって審査にも時間がかかり、王の許可もいるため承認までとても面倒なのも確かなんだけどね。

 フィルの手元に顔を寄せると、フィルがさりげなく私にも見えるように向きを変えてくれた。

 紙には難しそうな内容が書かれており、最後には伯爵のサインとその隣には本物だと証明するように鮮やかな赤色の蝋の上に印璽が押されていた。

 伯爵の筆跡は見たことないが、厳重に保管されていたことからも本物なのだろう。

 それにしても伯爵家の家紋って小麦がメインなんだ……。

 貧しいって言っていたから、豊かになる願いも込めての小麦なのかな。

 それに芯なしの蝋なんて久しぶりに見たわね。

 まあ芯ありの蝋は高価過ぎて王都にしか出回っていないだろうし、鉱山が見つかったとはいえグレーデン公爵家ほどの金持ちじゃなければ、取り寄せるのは難しいでしょうね。

 優越感に浸りながら嘲笑っていると、苦笑いを浮かべるフィルの視線を感じて顔を引き締め直す。


「確認は出来た。これは預からせてもらう」


 フィルが再び紙を箱にしまう。


「それより治安の方はどうなっている」

「見回りは強化しておりますが、人手が足りず強盗犯などが蔓延しつつある状態です」

「臨時ではあるが、公爵家の騎士を数名残していく。今後は彼らの指示に従うように」


 凛々しい口調で上役に指示を出すフィルの横顔を窺う。

 いつもは可愛く見えるのに、なんだか随分大人びているような……。

 私の視線を感じたのか、フィルが指示を出した時の顔のまま、私に視線を移す。

 その男性らしい顔つきに、ドキリと心臓が跳ね上がり、咄嗟に視線を逸らした。

 クリストハルトも凛々しい感じではあるけれども、それとは違うどこか雄々しい雰囲気のあるフィル。

 あ……あれ? なんだか胸のあたりがキュンキュンしている感じがするのだけど……気のせいかな?



 一晩、元伯爵領にある宿屋で泊まった私とフィルは、伯爵家の火災現場にやって来ていた。


「いつ崩れ落ちるか分からないから、入口までで我慢してね」


 フィルが私をエスコートしながら隣を歩く。

 昨日の凛々しさから一変。

 今日はいつも通りの優しい笑みのフィルを、訝しそうに見つめる。


「どうしたの?」

「その……たまには昨日の警備隊員と話していた時のようなフィルを見せてくれてもいいのよ」


 恥ずかしさを隠すように、不貞腐れたような物言いをしてみた。

 しかし意味が分からないのか、フィルが可愛く首を傾げる。


「だから! 騎士をしている時のフィルがカッコいいから、たまには私にも見せてって言ってるの!」


 って何言ってんの私!?

 驚いて目を見開いているフィルの顔が目に映る。

 すると突然フィルに顔を背けられた。

 もしかして不快だった!?


「その……ネディには格好いいと思われたいから……努力するよ」


 顔を背けたままボソリと話すフィル。

 なんだか告白し合ったみたいな気分になり、顔が熱くなる。


「う……うん……」


 こちらも恥ずかしさから、小さく返す。

 甘酸っぱい雰囲気に戸惑っていると、顔を逸らしたままのフィルに無言で手を差し出される。

 その大きくて温かい手を取る。

 私の手を引きながら先を歩くフィルの横頭を見上げると、耳の裏が真っ赤に染まっていた。



 焼け落ちた伯爵邸は煉瓦で建物の形状は保っているものの、中は炭と化した木材の残骸が床に落ちており、ほとんどの部屋は吹き抜け状態になっていた。

 その様子からも火の勢いの凄まじさを物語っている。

 金庫の扉も開いていたことから、盗まれた物の確認などは不十分な状態らしい。

 だが仮に盗人が伯爵領地管理書の原本や重大な書類を持ち出したとしても、この状況でなぜ持っているのかと疑われ、逆に放火犯にされかねない。

 そのため盗んだとしても役に立つのは精々お金くらいだろう。


 門の入口に立ち、焼け跡だけが残る屋敷を見上げる。

 物音一つしないひっそりと佇む焼け跡に、黙祷を捧げるため静かに目を閉じる。

 正義感などこれっぽっちも持ち合わせてはいなかったが、現場を目の当たりにして初めて亡くなった人達のために原因を追究したいという想いが芽生えた。

 俯いたままゆっくりと目を開けると、太陽の光で反射したのか何かが一瞬光る。


「ネディ!?」


 光る物を確認しようと一歩前に出ようとするも、腕を掴まれフィルに止められた。


「あそこで何か光った気がして……」


 光が見えた先を指差すと、フィルがここで待つように手で制して慎重に私の指した先に向かう。


「扉の取っ手みたいだけど……」


 フィルが持ち上げると、ボロボロになった扉らしき板から、光った物は簡単に取り外れた。

 持ち上げたコの字形の取っ手らしき物を手に、フィルがこちらに戻って来る。

 高温に晒されて金属が柔らかくなった影響なのか、煤まみれの取っ手らしき物は中央辺りが内側から外側に向けて膨らむように変形していた。

 もし何かで押しつぶされたなら板についていた取っ手は、外側部分が凹むはずだ。

 だけどこの取っ手は、内側部分から膨らんでいる。

 近くまで戻って来たフィルの手から、取っ手を受け取る。

 凹みの形状に違和感を覚えていると、曲がっている中央辺りに炭のような木の破片が横向きにこびり付いていた。

 もしかして高温で柔らかくなった取っ手の金属部分は、この木片の原型を差し込まれたことで形を変えさせられたのではないか?

 となると……。

 フィルも察したようで目を見開く。


「誰かが入口の扉を開かせないように、木の棒を閂代わりに差し込んだ可能性があるわね」


 伯爵領に向かう馬車の中で、報告書に書かれていた火事の状況をフィルから教えてもらっていたのだが、その話を思い出す。

 火事に気付いたレーネが、正門にいる門兵に助けを呼びに行ったと報告書には書かれていたらしい。

 つまりその段階では入口は閂などされてはいなかったということになる。

 火事では建物に近付けないくらい高温になるため、閂をするなら早い段階で行う必要がある。

 たった一人の生存者。

 思わず口角が上がる。


「悪女よりも悪女だったとわね」


 黙り込んでいたフィルが、納得したように顔を上げる。


「姉上が放火の犯人なら、全ての違和感が繋がるな」

「違和感?」

「報告書を読んだ時に、一階にいる姉上が二階の火事に気付いているにも関わらず、二階にいる者が誰も気付いていないという点が腑に落ちなかったんだ」

「そう言われると確かにおかしいわね……」


 煉瓦で残った建物の形状を見上げる。


「この屋敷は骨組みを見る限り二階建てのようだから、おそらく二階には伯爵夫妻の寝室もあったはず。一階にいるレーネが火事に気付いているのに、出火元の二階にいる夫妻が煙に気付けないとは思えないわ」

「それともう一つ気になるのは、姉上は一体()()()()()()()()()ということなんだ」


 フィルから聞いた報告書の内容を思い出す。

 一階で水を飲んだ帰りに二階の火の手に気付いたと言っていたわね。


「二階に姉上の部屋があったならば、一階に降りる時にでも煙などで異変に気付きそうなんだよね。だから水を飲んでいるわずかの間に、一階からでも分かる火事に発展していたっていうのは違和感がある」

「レーネが犯人なら全ては嘘の供述ってことね」


 フィルがコクリと頷く。


「それにしても腑に落ちないわね。遺産を相続させてもらえるということは、少なくとも彼女は伯爵家のお嬢様として可愛がられてはいたはずでしょ? なのになぜレーネは火事を起こしたんだろう?」


 疑問を口にすると、背後にパサリと何かが落ちる音がした。

 フィルと二人で視線を向けると、そこには貴族令息と思われる若い男性が立っていた。

 花束を落とした音だったのか、地面には花束が落ちていた。


「今、レーネと言いましたか!? レーネはどこにいるのですか!?」


 物凄い剣幕で私に詰め寄ろうとする令息を、剣を抜いたフィルが制する。


「お前は何者だ? 名を名乗れ」


 令息に剣先を突き付けながら、私の前に出たフィルが威圧する。


「僕は……その……」


 令息は言いづらそうに視線を泳がせる。

 う~ん……なんだか昔のフィルみたい。

 オドオドしている令息を見ながら、幼少期の頃のフィルを思い出す。

 あのフィルが今じゃ、相手を怯えさせるくらいに成長したのね。

 ホロリと緊迫した場には似つかわしくない、嬉し涙を流す。

 しかしその涙も、令息の一言で瞬時に渇く。


「……レーネの恋人なんです」


 ……恋人!?





読んで頂きありがとうございます。

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