23.伯爵領までの道で
ガタゴトと揺れる馬車の中。
目の前に座るのは騎士服姿のフィルである。
フィルは王宮騎士ということもあり、伯爵領の状況の確認と領地の引き渡しを任命されているようだ。
無理やり任命を作らせたとも噂されているが……。
そんな噂が立つとは……あんなに弱々しかった子が、逞しくなっちゃって。
ちなみにクリストハルトはさすがに伯爵領に行く理由がなく、レーネの監視も兼ねてお留守番である。
偽造の罪があるレーネだが、私の『本当に伯爵令嬢なのか?』という疑問を受けて、その辺りも調べてから捕らえようと話し合った。
もし余罪があった場合、釈放された後に行方をくらましかねないからだ。
そのため私達で調べた内容に関しては、調べ終わるまで口外しないこととした。
釈放されないカロリーネには申し訳ないが、今まで散々私を利用してきた罰だと思って、もうしばらく収容所で頭を冷やして頂こう。
なかなか釈放されないから、嘘吐かれたと恨まれてはいそうだが……。
そんなことよりも私にとって一番問題だったのは、過保護な父の説得である。
公爵令嬢である私の旅行となれば大所帯は免れない。
ここをいかに減らすか。
大所帯で行ったりしたら、自由に動き回れなくなってしまう。
そこを説得してくれたのが、なんとクリストハルトだったのだ。
正直驚いた。
クリストハルトはこんな無利益な事に力を注ぐ人間ではないからだ。
最終的には私の我儘を知るクリストハルトの説得と私の我儘を知る父の間で、ここで止めても一人でも行きかねないと意気投合していた。
そのためフィルを護衛に付けることを条件に父が折れる形となった。
何故協力してくれたのかクリストハルトに尋ねると、予想以上に優しい答えが返ってきた。
「止めても一人で行くのでしょう? でしたら少しでも安全にあなたが帰って来られるように、私は力を尽くすだけですから」
どこか切なげなクリストハルトの姿が目に浮かぶ。
最近のクリストハルトはよく分からない。
以前はどんな場面でも完璧な笑みを浮かべているような人だったのに……。
クリストハルトには私を知らないと責めるような言い方をしてしまったが、もしかしたら私自身、クリストハルトの本当の姿を知ろうとしていなかったのかもしれない。
表面的な部分だけに目を向けて、内面を知ろうとはしていなかったように思う。
「もうすぐ今日の宿泊地に到着するよ」
フィルの声に顔を上げる。
レーネが住んでいた伯爵領は、リースマン侯爵領のさらに奥に位置しているため、到着までかなりの遠出となる。
そのため通りの町々で休憩を挟みながらの移動し、四日という日数を費やさなければいけない。
私が馬車でこれほど遠い地に赴くのは、今回が初めてと言っても過言ではない。
私自身地方に行くのが好きではなく、グレーデン公爵領にも行きたくないと駄々をこね、王都から離れたことがほとんどないからだ。
そのためこれほど遠い地に赴くのは、今回がほぼ初めてとなる。
だからこそ思う。
車が欲しい!!
車なら二時間くらいでいける距離を一日かけて移動するのだ!
生き物が動力だから仕方ないとはいえ、前世を知っている私からしたらもっと効率をあげられるのではないかと考えてしまう!
それともう一つ。王都から出て驚いた。
馬車ってこんなにも乗り心地の悪い物だったの!?
王都は道が整備されているし、多少の揺れがあってもあまり気にはならなかった。
だが! 王都の外に一歩出たら、一気に乗り心地が悪くなる!
グレーデン公爵家が馬車に設置したふかふかソファーなど、何一つ役に立たない!
王都に戻ったらまず、道の整備に多額の資金を投入するように父に進言する!
なんなら私が率先して進めていく!
もうすでに私は我儘令嬢なのだ。
今更大きな我儘が一つ増えたところで誰も何も思わないだろう。
むしろみんなのためにもなるのだから、感謝されてもいいくらいだ。
「長旅は初めてだっただろうから、疲れたでしょ」
本日の予定地に到着し、先に馬車から下りたフィルが私に手を差し出す。
疲れたどころの騒ぎではない。
「実際に現地に行かないと気付けないを、身を持って体験したわ」
帰りもこの道で帰るのか……。
振り返ると、真っ直ぐな王都とはまるで違う歪んだ道が目に映る。
道が整備されるまで、ここにいようかな。
その方が父も必死で道を整備してくれそうだし。
などと我儘令嬢の我儘部分を心の中で発揮してみる。
「もう体中が痛いわ……」
首を動かしながら溜息を吐く。
するとフィルが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「よかったら宿でほぐしてあげようか? 騎士達の間では上手いって評判なんだ」
マッサージか……悪くないわね。
「お願いしようかしら」
疲れから思考が働いていなかった私は、軽はずみな返事をしてしまっていたことに後で気付くことになる。
入浴が終わり、ソファーに腰をかける私と、私の背後に立つフィル。
ちょっと待って。
これ、安易に返事しちゃいけなかったやつじゃない?
現在、部屋に二人きり。
連れて来た使用人が少ないこともあり、みんな後片付けや明日の準備で大忙し。
私のことはフィルに丸投げ状態なのだ。
今からフィルが私の体を揉みほぐすのよね? つまり色々さわる……。
いやいや! 考え過ぎでしょ!
揉みほぐすだけだもん! 何もいかがわしいことなんて考えてないんだから!
それにしてもフィルはなんとも思ってないわけ? 意識してるのって私だけ?
むしろ意識する方が、いかがわしいことを考えているような気になってきたのだけど……。
チラリと後ろに視線を向けると、真っ赤な顔を手で覆っているフィルの姿があった。
「そ……そんなつもりで言ったわけじゃなくて……俺はただネディが疲れていると思って……」
顔を覆いながら、慌てて弁明しようとするフィルの姿に目を瞬く。
もしかしてフィルもこの展開は予想していなかったとか?
「ご……ごめん。本当に悪気はなくて……」
今度は恥ずかしそうに両手で顔を覆いだす。
「ふ……ふふふっ!」
立派に成長したイケメンの、乙女のように恥じらう姿が可愛くて思わず声に出して笑う。
「どうして笑うの!?」
「ごめん、ごめん。そんなに心配しなくても、フィルに悪気がないことは分かってるから」
「それはそれで複雑なんだけど……」
今度は不貞腐れたように見つめられる。
「それだけフィルを信用しているってことでしょ」
安心させようと微笑むも、フィルは浮かない表情のままだ。
「フィル?」
しかし名前を呼ぶと、何事もなかったように私の肩をほぐし始める。
なんだろう。違う意味で緊張するんだけど……。
「力加減はどう?」
黙ってマッサージを受けていると、背後から声をかけられる。
いつもの優しい声に緊張が解けた。
「ちょうどいいわ。評判通り上手ね」
心地よい時間が続き、身も心もほぐれてきたところで眠気に襲われ始める。
すると肩を揉みながら、フィルが尋ねてきた。
「……ネディは……理想の愛され方とかあるの?」
ぼんやりとした頭で質問の答えを考える。
そういえば嫌われることはあっても、愛されることってないな。
それにクリストハルトを追いかけていた時も、私が一方的に追いかけていただけだし……。
「そうねぇ……」
ウトウトしながらも、何か返答しなきゃと口を開く。
「私の全てを受け止めて……くれる……ような……」
私はきっと、私の嫌なところもダメなところも全て愛していると言ってもらいたいのかもしれない。
夢現で返事する。
疲れと気持ちよさから、質問に応えられているのかどうかも曖昧になっていた。
だから気付けなかった。
「俺が全部受け止めてあげるよ」
髪にしっとりと温かい吐息が当たっていることに――。
翌朝、私は宿のベッドで寝ていた。
……記憶がない。
まるで酔っ払いの翌日のような気分だ。
恋愛観について聞かれて、なにか答えた気はするのだが、どう答えたのかも覚えてない。
馬車の中で私の前に座るフィルに尋ねる。
「私、肩を揉んでもらっている辺りからの記憶がないのだけど……」
なにか変なことを言っていないかという心配もあるが、それよりも気になったのは……。
もしかしてフィルがベッドに私を運んでくれたの? ということである。
だが、これを聞く勇気はなかった。
だってもし運んだと言われたら、可能性として考えられるのは……お姫様抱っこ!
担がれて運ばれたということも無きにしも非ずだが、紳士なフィルが私を担いで運ぶというのは想像できない。
そうだとすると、私の知らないところで初お姫様抱っこ体験をしてしまったことになるのだ!
なんてもったいない!!
「気持ちよさそうに寝ていたから起こさない方がいいと思ったんだけど……起こした方がよかった?」
可愛く首を傾げるフィル。
聞きたいのはそこじゃない!
だが真実を聞いて、『重くなかった?』という話になり、わずかな沈黙でもあろうものならきっと耐えられない。
これでも乙女の恥じらいは残っているから。
「大丈夫よ。気を遣わせて悪かったわね」
こういう時は黙っておくのが吉というもの。
それにしても、貴重なお姫様抱っこ体験が知らない間に終わってしまっていたとは!
今度狸寝入りでもしてみようかしら?
読んで頂きありがとうございます。




