22.一貫性のない行動
平民服を着たモデルのような二人は、街を歩くだけで注目の的になっている。
違和感があるようで違和感がない。
分かりやすく説明すると、職場で普段スーツ姿しか着ていない男性が、私生活で初めてラフな格好を見せた時のギャップ萌えのような状態が起こっているのだ。
いつもの恰好でもこの二人は十分目立つというのに、軽装を着こなしている二人はさらに目立つ!
それを侍らせてしまっている悪人顔の悪女!
完全に僕として侍らせていると、周囲に勘違いされてしまっているのではないだろうか?
社交会で噂になって、人前でこんな恥をかかせて! とか言って断罪されたりしないよね?
私の両隣を歩く二人を横目で見上げる。
一人で行くと言ってもなぜかピッタリとくっついて離れないし……。
手に付いたテープを離そうとしたら違う手にくっついてイラってするアレに似てる。
『かげひなた』の店の前はたくさんの人達で賑わっていた。
みんな困りごとが沢山なんだね。
日本でもレンジが壊れたとかって電話一本でかけつけて、コンセントが抜けていただけというオチもあるくらいだから、小さなことから大きなことまで生きていると困りごとだらけなのだろう。
「それで? 裏稼業に取り次いでもらうにはどうするの?」
「俺が交渉してみるよ」
フィルは王宮騎士だ。
ここにも調査で何度か足を運んでいるのかもしれない。
受付けの男と話しがついたのか、フィルがこちらに合図を送ってきた。
平民服を着ていても、醸し出される気品でカバー出来てしまうのはさすがとしか言いようがない。
二階にある応接室と思われる一室に通される。
お茶を用意していた人物が顔を上げ、私達に向かって微笑んだ。
「ヴァールブルク公爵家の御令息達と……ベネディクタ・ハンス・グレーデン公爵令嬢ですね」
黒のウェストコートとパンツを身に付けた、バーテンダーのような恰好をした中年の女性が、優雅な所作で挨拶をする。
この人が支配人?
裏稼業というから男性が仕切っていると思っていたのだが、まさかの女性に驚いた。
支配人が用意していたお茶の前のソファーに腰をかけるように促される。
「本日はどのようなご用件でしょうか? リースマン侯爵令嬢の件でしたら、全ての情報はお渡ししたはずですが?」
「そうなのですが……」
「実はカロリーネの署名は偽物だったの」
フィルに問う支配人と、言い淀むフィルの会話を遮る。
「左様でございますか」
「驚かないのね?」
「ここは身分を隠していらっしゃる方が多いので、お客様個人の情報については関与しないことにしております。だからお嬢様のように堂々と私の前に姿を見せる方は稀ですよ」
「堂々が私の信条だからね」
お互い腹の内を隠したような笑みを向け合う。
「でも関与はしなくても、偽物かもしれないという疑惑は持っていたのね」
フィルは協力的だと言っていたが、身分を隠して来る客が多いと言っている時点で、彼女はカロリーネではないかもしれないと疑いながらもその情報は隠していたことになる。
「確証のない情報をむやみにお話しすることは出来ませんから」
「あなた、私がこの部屋に入った瞬間私の本名を口にしたわよね。会ったこともない人間なのに。確証のないことは、むやみに話さないんじゃなかった?」
「お嬢様は有名人ですから」
「それでも見知らぬ私の顔を見た瞬間に名前が出てきたのは、あなたの持つ情報網が優秀だからなのね」
確かに私は有名だから名前と顔が一致する可能性は高い。
だが私は元々このようなことに首を突っ込むような人間ではなく、どちらかというと周りに利用されて生きてきた人間だ。
今回の事件だって、前世の記憶がなければこんなに自ら進んで動くことは絶対なかった。
というより、こんな古びた一軒家に近付くことさえ嫌悪していただろう。
だからこそ今日から始めた調査で、『ここにベネディクトが来ている』という情報に確信を持っている時点で、この支配人の情報網の凄さが窺えるわけだ。
支配人は全く動揺の色を見せることなく私を見据えた。
「ヴァールブルク公爵家の御兄弟を付き従わせられる女性は、限られておりますから」
付き従わせているわけではない!
勝手に付いてきているだけよ!
相手のペースに乗せられないように怒りを心の中だけに留め、「ホホホッ……」と笑いながら誤魔化す。
「これだけの分析力と情報網を持っていて、カロリーネが偽物だと気付いていないわけがないわよね」
笑いながら反撃に打って出た。
「我々は信用第一で動いております。お客様個人の情報をお伝えすることは致しかねます」
つまり偽物だと分かっていても、それを店側からは口にはしないという事ね。
不敵に笑ってみせるも、支配人の表情は崩れない。
その涼しい顔を崩してあげるわ。
「そういえば……そのお客は顔が隠れて見えなかったと、答えてくれていたそうだけど?」
「仰る通りです。顔を隠しておられたので、よく見えませんでした」
「話し方は?」
私の問いに初めて支配人の目がわずかに見開かれる。
「特徴って顔や見た目だけじゃないわよね。話し方一つでもその人それぞれの特徴があると思わない?」
みんな犯人はカロリーネだと思い込んでいたから確認しなかった部分。
「まさか見た目の特徴は教えてくれて、声の特徴は教えられないなんてことは……ないわよね」
支配人の口角がわずかに下がる。
笑顔が維持できなくなっているのかな?
私の文字を偽造し、この店にもやってきたであろうレーネ。
もし、カロリーネになりすましてサインしたのがレーネだとしたら……。
「その人……音調に違和感があったのでは?」
育った場所が違えば、話し方も変わる。
あの狭い日本でも山を一つ越えたら方言が出ていた。
それはこの世界も同じ。
むしろ電話やテレビもない世界だ。
王都の標準の話し方を知らなければ、自ずとその地域の話し方になる。
だがレーネもそれは嫌だったのか、方言を出さないように努力はしていたようだから、話していても特に気にはならなかった……一ヶ所を除いて。
そう、どれだけ頑張って標準語で話そうとしても、王都で長年暮らす人間には違和感として聞こえるものがある。
それが、イントネーション。
私が犯人を確定していると悟った支配人は、観念したように溜息を吐いた。
「確かに違和感はありましたね」
カロリーネの字を入手し、侯爵令嬢を装える、イントネーションがおかしい令嬢……。
「明らかに王都育ちではない話し方でした。それに……俗世に近いような印象もありました」
最近地方から王都に来た令嬢はレーネしかいない。
恐らくこの支配人も話し方などから、レーネだと確信していたのかもしれない。
だが声のことを指摘されればレーネと特定できてしまう。
だから『顔は隠れていて見えなかった』と余計なことを聞かれる前に、協力的に動いたのだろう。
相手は犯罪者とはいえ、支配人にとってはお客様だから。
フィルが後日再度調査に来ると支配人に話し、店を出る。
「これだけの証拠と証言が集まれば、姉上を捕縛することはできる」
「だがこの程度では父上が保釈金を支払って終わらせるかもしれない」
「だけど兄上だって怪我をしたわけですし、ネディだって危うく伯爵令息に大変な目に合わされていたかもしれないのに……!」
「あの女のことだ。安易に捕らえればベネディクト嬢に逆恨みをする危険だってある。今回の件はベネディクト嬢の証言も必要となってくるからな」
「そうかもしれませんが……ってネディ? どうしたの?」
言い合う隣で静かに考え込む私を、二人が覗き込む。
「レーネという女性が何者なのか、分からなくて……」
ポツリと呟くと二人は互いに顔を見合わせる。
「証拠になる手紙を燃やせとか、裏稼業を使うとか、いかにも貴族がやりそうな事をしているのに、集積所の鍵付きの箱の存在を知っていたり、護衛のあなた達に黙って一人で街を歩き回ったり令嬢らしからぬ行動もとっている。なんだか行動に一貫性がないのよね」
クリストハルトやフィルが付き添わなくても、ヴァールブルク公爵家なら必ず出かける時に付き人を従えさせるはず。
ということはレーネは黙って公爵家を抜け出していたことになる。
地方で過ごしていたとはいえ、とても令嬢がする行動には思えない。
「でも集積所の箱はネディも知っていたでしょ?」
それは私が前世でド庶民だったからだ。
記憶が戻る前の私なら誰か信頼できる使用人を使って、密かにやり取りをするくらいしか思いつかない。
それに支配人も言っていた『俗世に近いような印象』。
「彼女は本当に伯爵令嬢なのかしら?」
私の自問に二人が息をのむ。
火事で生き残ったのが彼女だけというのも引っかかる。
「……まさかネディ、変な事を言い出さないよね?」
不吉な予感にフィルの眉が寄る。
「え? 変な事って?」
「ここから先はフィルベルトに任せておきましょう。この罪を立証できただけでもあなたの働きは十分です」
「そうだよ。ネディは屋敷で報告を待っていて」
「何も変なことなんか考えていないわよ。私を巻き込んだことを後悔させるくらい、残った化けの皮についた肉まで綺麗に削ぎ落すため、伯爵領を調べて追い詰めるつもりよ」
「「駄目に決まっているだろ!」」
両隣から同時に怒鳴られた。
スピーカーか!? 鼓膜破れるかと思ったわ!
「別に二人に付いてきてなんて頼まないわよ」
「それならむしろ頼んで欲しい」
「そこはむしろ頼むべきでしょう」
なんなのよ、二人とも。
文字偽造の件だって、ほとんど自分で解決したのを見てたでしょ。
「大丈夫よ。地方の旅行ついでに、ちょっと調べてくるだけだから」
「一人でも行く気なら、付いて行くよ」
「私も一緒に行かせて頂きます」
「でも行きたくないんじゃないの?」
「「行きたいです」」
声を合わせる二人に首を傾げる。
この二人ってこんなに仲良しだったっけ?
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