19.剥がれかけの化けの皮
私の気迫に嫌な予感を感じている様子のフィルに、顔を向ける。
「早速情報収集に取り掛かるわよ!」
「情報収集って、ネディが調べるの!?」
「私は被害者なのよ。私を巻き込んだことを犯人に後悔させてやるわ」
「それはちょっと……。俺が調べるからネディは……」
「グダグダ言わずに始めるわよ!」
フィルは昔から私の押しに弱い。
フィルの言葉を一刀両断して歩き出すと、私の後を心配そうについてきた。
向かったのは罪人収容所の窓口だ。
そこで確認するのは面会者名簿である。
「今までずっと否認していたのに、突然自分が強盗犯を雇ったと言い出したということは、誰かが入れ知恵をした可能性があると思うの。となると、ここ最近彼女と面会した者がいればその人が怪しいわ」
しかし名簿を開き驚いた。
「……誰も……来ていない?」
娘が捕まったのに、父親のリースマン侯爵すら来ていない。
入れ知恵ではなく、カロリーネ本人が考えた罪を軽くするための方法だった?
……いや。カロリーネの性格上、自分が犯罪者になる方法を自ら選ぶとは考えにくい。
こういうのでよくあるパターンは、こっそり賄賂を渡して名簿に名前が残らないようにしてもらうという方法もある。
もしかしたらその手を使って、密かにカロリーネに接触した誰かがいたのかもしれない。
「カロリーネのところに行きましょ」
先程の部屋へ引き返そうと踵を返す。
「また会うの!? だって二度と会わないって契約書に署名までさせたんじゃないの?」
「無実を証明してあげたことを伝えれば、口を割らせられるかもしれないわ」
意気揚々と面会室の方に向かうと、泣きはらした顔のカロリーネが兵に連れられて廊下を出てきたところだった。
カロリーネは私の顔を見るなり、不快そうに顔を背ける。
ちゃぶ台返しをしたテーブルでも片付けさせられたのかしら?
「あなたの無実を証明してあげたのに、その態度はないんじゃないの?」
立ち去ろうとするカロリーネの背中に投げかけると、カロリーネは驚きながら振り返った。
「証明って……どうやって!?」
「それを教える前にまず、無実だったのになぜ突然罪を認めるような自白をしたのか理由を聞かせなさい」
「私が無実だと信じてくれるの?」
ポロリと一粒の涙がカロリーネの頬を伝う。
突然罪人にされて、しかも誰も自分の話を信じてくれず、助けてくれる者もいなかった。
きっと心細かったのだろう。
泣いているのを見られたのが恥ずかしかったのか、カロリーネは私達から顔を背ける。
そしてぼそっと言った。
「……レーネに言われたのよ」
出てきた名前に目を見開く。
また嘘を吐いている?
「私の罪は確定してしまっているから、少しでも減刑できるように誰かに命じられたということにした方がいいって」
確かに私が証明しなければ、あの署名はカロリーネで確定されていた。
それほど精巧に真似られていたから。
だから契約書に書かれた偽の署名を見たカロリーネは焦ったのかもしれない。
普段ならカロリーネも自分の字ではないと気付いていた可能性はある。
けれど捕らわれているという異質な状況に、正常な判断が出来ないほど追い込まれていた。
零が十になった罪。
本来なら無実で釈放されるはずなのに、甘い誘惑を与えられたことでそちらの方が得なように感じてしまったのだろう。
もしこの話が本当だとして、レーネがカロリーネに内密に会ってまで助言したかった理由は何?
カロリーネを助けたかった?
それとも……。
伯爵令息の手紙偽装の件を思い出す。
『とても優しくて、文面からも繊細で心の綺麗な人』
可憐なレーネの姿が目に浮かぶ。
「ねえ。伯爵令息に手紙を送るようにレーネに指示した?」
「そんな指示を出したことなんてないわ。それに勘違いしているようだけど、私とレーネは協力関係にあったのよ。クリストハルト様があなたと結婚を宣言したあの夜、レーネに初めて声をかけられたわ。クリストハルト様の婚約者には私の方が相応しいって、自分の姉になって欲しいと。家で行われたあの夜会の日だって私はレーネに呼び出されてあの空き部屋に行っただけなの。あなたとクリストハルト様を婚約解消に追い込む算段を立てたいと言われたから」
今のカロリーネが私に嘘を吐く意味はない。
だとすると外に声が聞こえるように窓が少し開いていたのも、囲われて苛められているように見えたのも、クリストハルトかフィルベルトが誤解するように、全てレーネが仕組んだ可能性があるわね。
ちょっと待って。
カロリーネが悪者として誤解された直後に馬車は襲撃されている。
遺産の権利を主張できるリースマン侯爵は、自分の娘が遺産相続の中心にいるレーネの命を狙ったとなれば強く主張はできなくなる。
レーネにとって都合が良すぎる展開だわ。
もしかしてカロリーネの署名を偽装したのも……レーネ!?
あわよくばここで協力者もろとも退場させようと企んでいた?
『繊細で心の綺麗な人』……ね。
突然不敵に笑いだした私に、カロリーネも周辺にいた兵達も青ざめる。
「なかなかしたたかな女じゃないの」
「姉上……」
私とは打って変わって暗い表情のフィル。
フィルにとっては大事なお姉さんだもんね。
「フィル……」
慰めようとフィルの肩に手を置くも、フィルが鋭い視線で前を見据える。
「ネディを陥れようとした罪は必ず受けさせる!」
悲観していたのではなくて、怒っていたの?
それに陥れようとしたって、手紙偽装の件? それとも私がレーネを苛めていたと勘違いさせられた件?
どちらも罪というには軽い気はするが……。
やる気になってくれたなら協力してもらえそうだし、結果オーライかな?
さて、あとは……。
「この話はここだけに留めておいてちょうだい。漏らしたら……ただじゃおかないわよ」
脅すように周囲を見回すと、全員がコクコクと力強く頷く。
面白くなってきたわね……。
「その化けの皮を剥いで、毛皮にしてやるんだから!!」
普段は静かな収容所に甲高い高笑いが響き渡り、ここの収容所には悪魔が住み着いているとの噂が囁かれるようになったのだった。
翌朝。手紙の偽装について調べるため屋敷を出ると、ちょうどフィルと門のところで鉢合わせた。
「こんなに朝早くにどうしたの?」
「ネディの事だから、また一人で調べに行こうとしているんじゃないかと心配になってね」
「あら。さすがフィルね。よく分かっているじゃない」
今回も我儘を存分に発揮して、一人で出かけると言い張ったのだ。
そして今回も後ろからこっそり護衛が付いてきている。
「ネディの事だから俺に任せてと言っても聞かないだろうから、せめて俺も一緒に行かせて」
こっそり付いてきている騎士にフィルが目配せをしながら、私に提案してきた。
自分が護衛をするから来なくてもいいと伝えているのだろう。
確かに私一人よりも、王宮騎士の肩書きがあるフィルがいた方が何かと都合は良さそうね。
「相談できる相手がいるのは心強いし、いいわよ」
快諾するとフィルが嬉しそうに笑った。
その姿に釣られるように口元を緩めていると、冷やかな声が聞こえてきて顔を歪める。
「二人で一体何を企んでいるのですか?」
出たな! 諸悪の根源!
「企むって失礼ね。なんでも私と悪を繋げないでいただけないかしら?」
「……そういうつもりではありませんが……ただでさえ伯爵令息の件で誤解を招くようなことが起こりそうだったのに、フィルベルトと仲良くするのは如何なものかと……」
「だったら早く婚約を解消してくださればいいだけではないの?」
別れを切り出しても、みんなの前で婚約解消の話を暴露しても、一向に解消する気配がない。
この際だから今回巻き込まれた原因について話した方がいいのかしら?
そうすればヴァールブルク公爵家の養女様が私に迷惑をかけたと、婚約解消に持っていけるかも。
「いいわ。何を企んでいるか教えてあげる」
ここでは話せないと、目的地に向かう馬車の中で話すことになった。
私から話を聞いたクリストハルトが目を伏せる。
「以前、ベネディクト嬢が送ったと言っていた手紙。レーネが預かっていたそうなんです。全ては私の管理不行き届きです。申し訳ありません」
手紙に対して心当たりがなさそうだったのは、そういう理由があったからなのね。
レーネはきっとその手紙を使って私と偽って、令息と手紙のやり取りをしていたのかもしれない。
私自身、普段から令息と手紙のやりとりをしていたわけではないし、名前さえ似ていれば本文の文字が多少違っても気付かないだろう。
「その手紙を使わなくても、彼女は何かの方法できっと動いていたはずよ。だから謝ってもらう必要はないわ」
「……私はずっと気付けなかったことを後悔しています」
「そりゃあ気付けるわけないわよ。彼女は誰から見ても完璧な清楚な女性を演じていたのだから」
「レーネの事ではありません」
レーネの事以外で今話すことってあった?
「ベネディクト嬢が本当は優しい女性だったということです」
何言ってんの、この男!?
褒められ慣れていない私の心は動揺しまくり。
「私は天下の悪女ベネディクトよ! 優しいなんて誰に向かって言っているのよ!」
「俺はネディが優しいってずっと知っていたよ」
なぜかクリストハルトに対抗心を燃やして褒めてくるフィル。
な……なんで二人揃って私を褒めているの!?
褒めたって、勘違いなんかしないんだからね!!
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