18.悪女の所以
今回は莫大な遺産が絡む重要な案件であり、しかも関わっているのは上流貴族だ。
王も早々の事件解決のために、王宮騎士達を動かしたのかもしれない。
私を捕らえようとする兵達の前に立ちはだかったのは、ヴァールブルク兄弟だった。
その二人に睨まれて兵達が躊躇う。
「団長。証拠はあるのですか?」
「ベネディクト嬢がレーネを狙う理由がありません」
庇う正統派貴族令息二人と、庇われる悪名高い我儘令嬢。
異様な光景に兵達も戸惑っているようだ。
「証拠は自白のみです」
「でしたらいくらでも罪を着せられます」
「しかしこの女はそんなことも平気でやるような悪女ですよ!」
私を指差し、団長が怒鳴る。
これには私の頭の中の、何かの血管が切れた。
「お黙りなさい!!」
叫ぶ私に、その場にいた全員が硬直する。
「私がレーネを狙ったというのなら、まずはその根拠を提示しなさい!」
「……それは、彼女がクリストハルト卿の妹君になられて嫉妬とか……」
私が深い溜息を吐くと、兵達の肩が跳ね上がる。
「クリストハルト様に婚約解消をお願いしている私がなぜ、今更彼女に嫉妬しなければいけないの?」
初耳だった団長が、驚きで目を見開く。
「なんでしたらクリストハルト様から婚約解消承諾書を確認させてもらってはいかが? 私の署名と日付がしっかりと書き込まれているはずですから」
クリストハルトに目を向けると、苦々しい顔をされた。
これだけ堂々と大勢の前で婚約解消話を出したのだ。
撤回するのはもはや不可能というもの。
ニ兎追う者は、ニ兎得るという新たなことわざを作りたい!
我儘なだけあって、私は欲張りなのだ。
「しかしその婚約解消も、ヴァールブルク公爵令嬢に嫉妬してやけになって出したということも……」
これでもまだ疑う団長の前に進み出て、堂々と宣言する。
「私は悪名高いベネディクト様よ!」
自分の胸にドンッと勢いよく手を当てる。
全員、そんなことは知っているとキョトン状態だ。
「名が悪く知れ渡っているということは、それだけ人前で包み隠さず悪を貫いてきたからでしょ!」
全員、目から鱗と言わんばかりに感心したように唸る。
「今更こそこそと人を使って悪行を働くような、みっともない真似をしたりしないわ! やるなら正々堂々よ!」
私の力強い演説に、拍手でも送られそうなほど全員が大きく頷く。
納得してもらえて良かったが……なんか釈然としない。
「彼女が私と婚約解消をしたいと思っているのは事実だ。証拠が必要なら、承諾書を見せてやる」
やむを得ないといった様子で、クリストハルトが提案した。
団長に勝ち誇った顔を向ける。
「し……しかし……」
それでもまだ納得いかないのか、団長が訝しそうに私を見る。
まだ疑うの? しつこいわね。
「俺はリースマン侯爵家の夜会で、リースマン侯爵令嬢がネディを利用しようとしているところを目撃しています」
クリストハルトに続いて、私を庇うような発言をしたのはフィルだった。
二人の正統派貴族令息の証言により、さすがの団長も自分が失態を犯したのではないかと戸惑いを見せ始める。
「あの夜の様子を見る限り、今回のリースマン侯爵令嬢の証言もネディを利用しての発言の可能性があります。俺に彼女の尋問をさせて下さい」
「ちょっと待った!! それは私に任せてちょうだい!!」
その場の全員の視線が、私に向く。
「私は今まさに、無実の罪で捕らえられそうになった被害者なのよ。なぜカロリーネが私を首謀者だと言ったのか、私には知る権利があるはずよ!」
これには全員目を剥いた。
その気持ちは分からなくもない。
だって被害者が加害者に合わせろと言っているのだから。
特に私が相手だと、殺傷事件になりかねないという心配もあるのだろう。
しかしここは譲れない。
なぜなら私には、カロリーネを通して調べたいことがあるからだ。
「し……しかし、それは我々の仕事ですし……」
「グレーデン公爵令嬢を誤認逮捕しようとしたことがお父様の耳に入ったら、あなた……どうなるかしらね?」
私の脅しが効いたのか、団長がダラダラと流れる汗を拭きとる。
内心葛藤しているのだろう。
公爵令嬢を犯罪者扱いした罪は重い。
下手すると失職も有り得る。
青ざめる団長の肩に優しく手を乗せると、団長の肩が跳ね上がる。
「もちろん、私に任せてくれるわよね?」
こうなっては団長も取るべき道は一つ。
「はい……」と小さく返事をしたのだった。
翌日。私は足と手を組みながら、用意された椅子に腰掛ける。
ここは収容所にある面会用の部屋である。
現在、カロリーネの到着を待っている最中なのだが、待っている間、組んだ腕を指で叩く。
私が指で叩く度に、近くで待機している兵の体がわずかに動くのがとても気になる。
誰彼構わず噛みついたりしないわよ。
しばらくして扉が開くと入ってきたカロリーネと目が合う。
すると落ち着いていたカロリーネが、慌てたように出て行こうと私に背を向けた。
「あら? 久しぶりの友達との再会を、喜んではくれないのかしら?」
部屋から出て行きたくても兵に止められ出て行けないカロリーネは、私に背を向けたまま俯く。
「惨めな姿になったものね。散々人を利用してきたあの頃の姑息なカロリーネ様はどこに行ったのかしら?」
私の言葉に煽られたカロリーネは、悔しそうに歯を食いしばりながら振り返った。
そこで核心に触れる。
「どうして私が首謀者だと嘘を吐いたの?」
「何を言っているの、ベネディクト様。私が公爵令嬢であるあなたの命令に逆らえないのは、皆さんご存じのはずよ。今回だってあなたの命令で仕方なく――」
「明確な証拠がないうえに、私にはレーネを狙う動機がないことは証明されたわ」
昨日団長が直接、クリストハルトが持っている婚約解消承諾書を確認している。
そのままサインしてくれれば良かったのに。
結局現状ではニ兎追った結果、一兎しか得られていない。
一兎得られただけでも良しとしよう。
証明できたことが予想外だったのか、カロリーネが口を開けたままぼう然と立ち尽くす。
「つまり、あなたが犯人で確定なのよ」
私が顎で目の前の席を指すと、兵士がカロリーネの背中を押して座らせた。
おそらくカロリーネが私を首謀者だと言ったのは、自分の罪を減刑させたいと思っているからだ。
となると、真実を話せば偽証罪でさらに罪は重くなる。
だから今の段階では突然証言を覆した理由を聞いても、簡単には口を割らないだろう。
「今日はね、あなたに素敵な贈り物を持ってきたの」
私は一枚の紙とペンをテーブルの上に置いた。
「あなたのような犯罪者に利用されるのはこりごりよ。だから金輪際、私に近付くなっていう命令書よ。ここにあなたの名前を書いてくれたらあなたとの縁もそこで、お・わ・り」
ギリッと歯を噛みしめる音が聞こえる。
見下していた相手に見捨てられる側になるなど、屈辱以外の何者でもない。
次の瞬間、ペンを握りしめたカロリーネがペンの先を私に向けて勢いよく振りかぶる。
「ベネディクト!!」
全ての怒りを爆発させるように叫ぶカロリーネ。
周りは慌てて止めようと動き出すも、私は至って冷静に顔を歪めて私に襲い掛かるカロリーネを見ていた。
もしかしたらと予想はしていた。
溜息を吐きながら、目の前のテーブルを持ち上げた。
秘儀、ちゃぶ台返し!!
説明しよう。
ちゃぶ台返しとは、昭和時代の厳しい父が行った愛の鞭である。
突然テーブルが目の前に振ってきたカロリーネは、成す総べなくテーブルの下敷きになった。
そんな天井に顔を向けて床に寝転がるカロリーネの顔の横に、容赦なく命令書をひらつかせる。
「ここから早く出たいなら、これ以上罪を重ねないことね。わかったらさっさとこれに署名して」
余程悔しかったのか、威厳ある侯爵令嬢とは思えない程幼子のように泣きながら署名したのだった。
部屋を出ると、フィルが慌てて駆け付けた。
「凄い音がしたけど何かあったの!?」
「少し愛の鞭を加えてきたのよ」
「え?」
「それより取って来てくれた?」
「あ、うん」
フィルが差し出したのは一枚の署名入りの紙である。
「これがどうしたの?」
フィルの問いには答えずに、先程カロリーネに署名させた紙と重ねて見比べる。
「すごく似ているけど、本人の筆跡じゃないわね」
「どういうこと?」
「これは今、カロリーネから直接署名してもらった字。証人はあの場にいた全員」
命令書をフィルに渡す。
「そしてこっちはカロリーネの名前は書いてあるけど、誰が署名したか分からない、強盗犯を雇いレーネを襲撃するよう依頼した紙」
フィルが先程持ってきた紙を、フィルに返す。
「その筆跡、そっくりに書かれているけど、一ヶ所だけ違和感があるのよね」
フィルも二枚の紙を並べて見比べる。
「書き終わりの部分を見てみて」
私の指示でフィルが書き終わり部分を注視する。
「命令書の方は流れるような終わりになっているのに対して、もう一枚は……」
「止まってる」
フィルも気付いたようだ。
「強盗犯を雇おうという時に、書きなれた自分の名前を丁寧に書く人間なんていないわ。むしろ誰かに見られないように、早く書いてさっさと店を出たいはず。だけどこの署名を書いた人間は、必要以上に丁寧に書いている」
「よく気付いたね」
「私の筆跡を真似た人間がいるというので、もしかしたらと思っただけよ」
それにしても犯人め。
黙って見ているつもりだったけど、こうなったからには容赦しない。
私を巻き込んだこと、後悔させてやるんだから!!
読んで頂きありがとうございます。




