16.女王様の覚醒
伯爵領の遺産を巡り、リーネの命を狙うリースマン侯爵。
そして実際にレーネを襲撃した、リースマン侯爵の娘のカロリーネ。
翌日から社交会ではカロリーネが捕縛されたことにより、リースマン侯爵家が没落するのではないかという噂で持ち切りとなった。
カロリーネは未だに襲撃には心当たりがないと、容疑を否認している。
現在は調査中とのこともあり、貴族達が捕らわれる収容所にいるそうだ。
ちなみにフィルがこの話をする前に私を見て困惑したのは、関係のない私を巻き込んでしまわないか心配したからだそうだ。
優しいフィルの配慮なのは分かる。
しかしややこしい心配はご遠慮願いたい。
むしろそれで違う心配が芽生えたから。
自分が犯人にされなかったのは幸いだが、正直カロリーネがレーネを襲撃したというのは腑に落ちないところはある。
だってあの卑怯なカロリーネだよ?
人の手を使わずに、自分で動くかな?
だがこれはヴァールブルク公爵家とリースマン侯爵家の問題であって、私には関係のない話。
考えたところで事件解決! などと人気名探偵のような名推理が出来るわけでもない。
むしろ迷推理になること間違いなし。
だから私は傍観者になることに決めたのだ。
それにしてもクリストハルトはまたも婚約解消承諾書を送ってこない。
足を怪我していても文字を書く手は動くでしょ。
今はカロリーネの問題もあるし、忙しいのかもしれないけど。
変な事件も起こり始めたし、そのうち私がいつの間にか犯人にされていて、断罪されるという展開になるのだけはご免なのだけど。
溜息を吐きながらお茶を飲んでいると、侍女が手紙を持ってきた。
クリストハルトか!? と期待したが、差出人を見て首を傾げる。
誰?
「クリストハルト様のご友人で、毎年お誕生日の席に招待して下さる伯爵令息です」
私のその様子に侍女が説明を加える。
ああ。そんな人もいたかな?
私はクリストハルトに付いて行きたかっただけだから、どんな人物だったか顔すら覚えていない。
たしか内々だけの、お茶会形式のパーティーだったような気がする。
もうクリストハルトと婚約解消するのなら、招待してもらわなくていいのだけど……。
今回を最後にしてもらうように、伯爵令息にお願いしておく必要がありそうね。
「面倒だけど出席するわ。近々街に贈り物を買いに出掛けるから」
手紙を持ってきた侍女に指示を出す。
付きまとっていた代償とはいえ、清算しなければいけないことが多すぎてホント、頭痛くなりそう……。
伯爵令息の誕生日を控えた前日。
前日に誕生日の贈り物を買いに動き出すという時点で、私の中での優先順位の低さが窺える。
そんな顔も覚えていないような人間の贈り物など、適当にお洒落なクラヴァットでも送っておけばいいやと、高級洋服店にやってきた。
適当だが、お洒落にするのは他の人間が見た時に、私のセンスに傷を付けないためだ。
この辺りが貴族社会の面倒なところ。
本当なら無地の生地程度でもいいくらいなのだ。
面倒そうに店に入って早々、固まった。
「ネディ?」
店の店主と話をしていたらしいフィルと遭遇。
もしかしたらフィルも誕生日プレゼントを買いに来たのかな?
招待されているだろうから。
「よく会うわね。もしかして伯爵令息の贈り物を探しに?」
「ネディも?」
フィルに近付くと、店主の持つ物が目に付いた。
そこにはクラヴァット用の留め具。
「奇遇ね。私はクラヴァットを贈ろうと思っていたのよ」
「そうなの? じゃあ、ネディが選んだ物に合わせるよ」
フィルが嬉しそうに提案してきた。
どうせもらうなら、相手もちぐはぐよりは統一感がある方がいいだろうし異論はないけど。
はっきり言って気合も何も入っていないので、店主が持ってきたお薦めのクラヴァットに、これまた店主がお薦めしてきたクラヴァットの留め具で早々に買い物終了。
私は構わないが、フィルはそれで良かったのだろうか?
「当日は兄上と行くの?」
「今回は一人で行って、相手にもう招待する必要はないことを示そうと思っているわ」
「そう……」
つまりクリストハルトとの婚約解消を示唆する狙いだ。
残念そうに返事をするフィル。
フィルも一緒に行く相手がいないのかしら?
だから誘って欲しかったとか?
でも今回は婚約解消の意味も含まれているから、フィルに乗り換えたみたいな面倒なことは避けたい。
「どうせ会場に行けば嫌でも会うのだし、一人で参加したって問題ないわよ」
パートナー同伴とかではない、ただのお茶会だから。
フィルに笑いかけ、店の前に止まっていた馬車に乗り込む。
「じゃあ、また明日会いましょ」
笑顔のままフィルに手を振る。
「明日?」
目を瞬くフィルを残し、馬車が走り出す。
フィルの困惑したような表情。
手紙には明日って書いてあったわよね?
見間違い?
翌日。
身なりを整え、昨日買ったどうでもいい誕生日プレゼントを手に取った。
あの後、家に帰って手紙を確認すると、やはり本日の日付が記されていた。
もしかしたらフィルが勘違いしていたのかもしれない。
馬車に乗り込み伯爵令息の家に向かう。
到着した伯爵邸は、誕生日パーティーが行われている雰囲気を全く感じないほど静かだ。
あれ? フィルの方が正しかったのかな?
馬車から下りて首を傾げていると、伯爵令息が満面の笑みで屋敷から出てきた。
「ベネディクト嬢。よくお越しくださいました」
いつもと様子が違う気がする……。
今までは私の事を『グレーデン公爵令嬢』と呼んでいたのに、なんだか馴れ馴れしいな。
「招待してくれてありがとう。でもどうやら日付を間違えたようね」
話し声一つしない庭の方に目を向ける。
「間違ってなどいませんよ。さあ、どうぞ中に」
毎年庭園で開かれているのに、今年は室内に変更したのかしら?
疑問に思いながら令息の後に付いて行くと、通されたのは令息の私室。
ちょ……ちょっと待って。
なんで私室?
しかも誰もいないし。
「まさかベネディクト嬢から、僕を密かに想っているなどと言ってもらえる日が来るとは思いませんでした」
私の背後に立ちながら、入口の扉をゆっくりと閉める伯爵令息。
「クリストハルト卿に見つかるといけないから、密会出来るようにして欲しいとか……本当に大胆ですね」
照れくさそうに顔を赤らめる令息。
え? 私が誰に何して欲しいって言った?
「何を仰っているのか全く意味が分からないのだけど……?」
変な物でも食べた?
「またまた。照れているのですか? 可愛いですね」
そう言うと、令息は私の頬に手を伸ば――。
体を仰け反りながら一歩後退し、なんとか回避。
「そもそも私、あなたの名前すら憶えていないのだけど」
「ご冗談を。あんなに熱烈な手紙を送ってきておいて……」
そう言いながら一歩ずつ私に近付く令息。
「手紙? 何言ってんのよ。誰かと勘違いしているんじゃないの!?」
「過去の招待状の名前を確認しましたが、ベネディクト嬢の字で間違いありませんでしたよ」
どういうこと!?
なんで私の知らないところで、完全モブ男の知らない令息と親密になってんの!?
これもなんかのイベントで、断罪までのカウントダウンの一つとか!?
困惑しているうちに背中が壁に当たる。
ひいいいいい!!
何か……何か……!
その時、手に紐のような物が触れた。
これ、プレゼント用に巻いてもらったリボン紐。
可愛いラッピングをする気はなかったが見栄だけは張りたかった私は、金を練り込んだ細い紐を何重にも編み込んだ高級な重々しい紐をリボンとして使用してもらったのだ。
なんて都合のいい代物!
もうこれしかない!!
「ぎゃあああああああああ!!」
伯爵邸に断末魔が響き渡る。
「ベネディクト!?」
「ネディ!?」
と同時に令息の私室の扉が開かれる。
入ってきたのは、ここにいるはずのないクリストハルトとフィル。
どうして二人がここに?
お互い見つめ合いながら思考が停止する。
「えっと……どういう状況……?」
なんとか言葉を絞り出したフィル。
固まる二人の目に映ったもの。
それは四つ這いになった令息の背中をヒールで踏みつけながら、床を紐で叩いた直後の私の姿であった。
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