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15.関わりたくない姉(フィルベルト視点)

 あの日を最後に、ネディと顔を合わせる事が無くなった。

 王宮の騎士になり忙しいのももちろんあるが、ネディと兄が表向きは上手くいっているからだ。

 ネディが兄を追いかける姿を見るのは、いまだに辛いものがある。

 だがネディが幸せなら、陰ながら支えてあげたいとも思う。

 望んでいる形とは違うが、家族になる人だから。

 そんなある日。

 父の執務室に呼び出された。


「フィルベルト。至急、地方の伯爵領に赴き、伯爵令嬢を保護してこい」


 父から聞いた伯爵領は、リースマン公爵との因縁がある曰く付きの領地。

 その領主の娘の保護をなぜ父が?

 その疑問は受け付けないという空気に、黙って指示に従った。



 早馬で駆けて数日。

 伯爵領の町に立ち寄った時、伯爵領民達の不安気な声があちこちで聞こえてきた。


「次の領主様は誰なんだろうね? なんでも伯爵邸に火を放ったのは強盗の仕業だっていうだろ」

「そんな怖い土地の領主になりたがる貴族などいないかもしれないな。変な領主でも来たら困るぞ」


 伯爵邸が火事? 領主が亡くなったのか。

 領民達にとって、領主が変わるのは死活問題。

 不安になるのも無理はない。

 そして父が俺を急がせる理由も分かった。


「急いで伯爵令嬢と合流した方がよさそうだ」


 部下達に声をかけると、速やかに次の馬の準備を始める。

 領主が不在な領地は、監視の目がなくなるから治安が悪くなる。

 伯爵領の警備兵が守っているとはいえ、父である領主が亡くなった事で莫大な遺産を握る彼女がいつ狙われるか分からない。

 伯爵邸の近くの警備兵の宿舎へと急ぐ。

 宿舎に到着すると、令嬢の無事を確認した。


「あなたが伯爵令嬢ですね」


 俺に声をかけられ振り返った女性は、薄茶色の長い髪に、緑色の目。

 可愛らしい容姿に、俺の部下の鼻の下が伸びる。

 周囲を見回しても彼女以外の生存者の姿が見えない。

 伯爵は火事で亡くなったと噂していたが、夫人も一緒に亡くなられたのか。


「あなたを迎えに来ました」


 不安そうな彼女の顔が、安堵からか綻びた。

 その姿に俺の部下や彼女を守っていた警備兵達が見惚れる。

 この様子なら任せてもしっかり守ってくれるだろう。

 あきれながら部下に彼女を託すと、俺は報告を聞くため部屋を後にした。


 応接室で報告書を捲る。

 伯爵令嬢が夜中に喉が渇いたと台所に向かい水を飲んだ帰り、二階の階段から火が立ち昇っている事に気付く。

 二階に上がろうとするも火の手が強く断念。

 慌てて正門の門兵に助けを求め、門兵達がすぐに伯爵夫妻の救助に向かおうとするも、二階が崩落。

 伯爵夫妻はもちろん、助けに向かった門兵達、地下に部屋があった使用人達も逃げられず、彼女以外の全員の死亡が確認された。


「それでなんでこの火事が強盗の仕業だと噂が流れているのだ?」


 町で噂されていた話を問い詰める。


「火災現場から見つかった金庫の扉が開いていたので、もしかしたらその金庫の中身を狙った犯行ではないかと噂が広まったようです」


 瞬時に頭に過ったのは、元々のこの土地の所有者であるリースマン侯爵。

 伯爵領を元に戻すために、邪魔となるモノを全て消すために仕組んだと考えるのが妥当だ。

 しかしこの報告書から考えても、伯爵令嬢が水を飲みにいっている間に二階から火の手が上がったことになる。

 ゆっくり水を飲んでいたにしても、煉瓦作りの屋敷なのに火の手が回るのが早すぎないだろうか?

 そもそも二階に上がれないほど凄まじい勢いで燃えていたのに、彼女以外が全く気付いていないのもおかしい。

 どうにも不審な点が多いな。

 だが今は父の命令通りに彼女の保護が優先。

 伯爵令嬢と共に王都へ向かう事にした。


 護衛のため馬車に同乗すると、彼女はしきりに今後の事を聞いてきた。


「ヴァールブルク公爵様が私を引き取って下さるのですか?」

「俺はあなたを保護するように命を受けただけです。今後のことは屋敷に着いてから聞いて下さい」

「でもあなたはヴァールブルク公爵家のフィルベルト様ですよね?」


 部下か警備兵にでも聞いたのか?


「よくご存じですね」

「地方でもヴァールブルク公爵家の御令息のお話しは有名ですから」


 正確には兄の話だろうけど。


「もし可能でしたら、私をヴァールブルク公爵家で引き取ってもらえるようにお願いしてもらえませんか?」


 家族を亡くしたばかりなのに、もう今後の生活の心配をしているのか?


「悲しくはないのですか?」


 俺が問うと、彼女は悲しそうに目を伏せた。


「もちろん悲しいです。大好きだった家族を亡くしたのですから。だからこそ父の残した遺産を、父が望む形で守りたいのです」


 確かにリースマン侯爵に渡れば伯爵が残した物は全て侯爵家に吸収されてしまう。

 だからリースマン侯爵に対抗できるヴァールブルク公爵家を頼ろうとしているのだろうか?

 父が彼女の保護を命じたということは、父自身、何か関係があるのかもしれない。


「父はあなたの保護を考えています。あなたが頼めばそれも可能かもしれませんよ」


 父はきっとそのつもりで俺に迎えにいかせたのだろうから。


 彼女を公爵家に連れて帰ってきた夜。

 俺は父の書斎を訪ねていた。

 そこで聞かされたのは、生前伯爵が父に遺言を残していたということだった。


「伯爵との約束だ。あの娘を養女として迎え入れるから、クリストハルトにも伝えておけ」


 これで父が伯爵領の所有の権利を主張できることになるわけだ。

 あの女性が養女になることで、兄上を好きなネディが傷付かなければいいけれど……。



 それから数日後。

 久しぶりに見たネディは大人の女性へと変化し、今までとは違う胸の高鳴りを感じるようになっていた。

 そして驚いたのは、彼女が兄との婚約解消を望んでいたことだった。

 最初は姉が関係しているのかとも考えたが、どうやらそれとは違う理由があるようだ。

 今までは兄の婚約者だからと抑えていた淡い恋心。

 それが欲となって膨れ上がる。

 俺の瞳を唯一綺麗だと褒めてくれる彼女。

 他の打算的な令嬢達とは違い、裏表のない純粋無垢な彼女。

 いつも自信に満ち溢れて輝いている彼女。

 気付けば彼女の声や髪の色を感じただけで、目で追うようになっていた。

 だからたとえ彼女がどんな格好をしていても、どこにいても見間違うはずがない。

 だから、ネディで間違いないよね?

 俺に見られたくないのか、スカーフで顔を隠そうとする女性。

 そのせいで髪の色が丸見えになる間抜けさ。

 可愛すぎる!!

 耐火性について知りたくて、建築士を訪ねた帰りのことだった。

 ネディの声が聞こえてきて一瞬耳を疑った。

 何故ならこんなところにネディがいるとは思わないから。

 ひったくりに会った彼女を助けられたのは良かったが、こんな治安の悪い場所に一人で何をしていたのか気になる。

 しかし言いたくなさそうなネディを問い詰めることもしたくなく、俺に正体を見破られたネディと馬車までの道のりを歩く。

 ネディと二人きりで歩くなど、いつぶりだろう。

 緊張を表に出さないように平静を装うも、内心では心臓が破裂するのではないかと思うくらい胸が早鐘を打つ。

 さらに彼女から漂う良い匂いに、酔いそうなほど眩暈を覚える。

 ネディはきっと、俺が彼女を欲していることなど知らない。

 知って欲しいと思う自分がいる反面、純粋なネディに俺の醜い本音を知られたくないと思う自分もいる。

 だけどこのままの関係では、ネディが俺を男として見てくれる日は来ない。

 今の俺はネディにとって『弟』でしかないのだから。

 ネディに意識してもらうためにも、いつまでも優しいだけの自分では駄目なんだ。

 ネディに知ってもらいたい。自分の想いを。

 どうせ兄と婚約解消するのだ。

 少しくらい本音を見せても――。

 しかしその決意は、背後からかけられた声によって脆くも崩れ去ったのだった。


 帰りの馬車の中。

 自分の腕に目を落とす。

 ネディを抱きしめた感触が今も残る。

 細くて柔らかい体。

 子どもの頃は自分と同じくらいの背丈だった彼女。

 それが自分の腕の中に小さく大人しく収まる姿は……って何考えてんだよ!

 目を強く閉じて、拳で額を叩く。

 ネディは兄の婚約者だと分かっていても、想いが抑えられなくなってきている自分に溜息を吐く。


「ベネディクト様に何か嫌なことでもされたのですか?」


 強いて言えば、姉を押し付けられたことの方が嫌だ。


「ネディは素直なだけで、相手を思いやれる心を持っている女性ですよ」


 ベネディクトといえば悪女、という印象に正直うんざりだ。

 その状況を作ったのは、ネディを大事にしなかった兄にもあるのに、誰も兄を責める人はいない。

 いつもネディばかりが悪く言われる。

 舞踏会で兄に話しかけた令嬢をネディが怒った件だってそうだ。

 あの令嬢が兄に下心がなかったといえば嘘になる。

 なぜならあの令嬢は俺にも色目を使ってきていたから。

 婚約者のいる相手を狙うなど論外。

 それをネディは過激ではあったかもしれないが、注意しただけ。

 それに兄に好きな女性が出来たと噂になった時だって、兄がすぐにネディと話をしていれば解決できたかもしれないんだ。


「でも伯爵領にいた時も、ベネディクト様の良い話をあまり聞きませんでしたが……」

「ネディがあなたに何かしたのですか?」


 偏見でネディを悪く言う姉に対し、語気を強める。


「……初めてお会いした時、睨まれました……」


 みんなネディを見るとそう言うのだ。

 ネディは決して睨んでいるのではない。吊り上がった目が、そう誤解させているだけなのだ。


「怖いと感じている相手をよく押しのけられましたね」


 先程、彼女がネディを危険に晒したことを俺は許してはいない。


「……ごめんなさい」

「俺に謝られても困ります。謝るならネディに直接謝って下さい」


 それ以上、お互い口を開くことなく家へと帰宅した。



 そして姉が出席すると言い出したリースマン侯爵家の舞踏会。

 ここで起こった事件で、俺の気持ちは固まった。

 ネディを信用していない兄には、ネディは相応しくない。

 もう俺はおどおどしていた頃の子どもじゃない。

 だから俺が兄からネディを奪ってみせると――。





読んで頂きありがとうございます。

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