表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/33

14.人生を変えてくれた人(フィルベルト視点)

 昔から自分が人とは違うと何となく感じていた。

 自分の顔を見た大人達が、気まずそうに視線を逸らすからだ。

 そして何が違うのかを知ったのは、同じ歳の子どもの何気ない一言。


「フィルベルトの目が、みんなと違うから気持ち悪い」


 この一言で大人達が視線を逸らす理由が分かった。

 父や兄は海のような青い目をしているのに対し、俺だけ青色や黄色と何色にも見える瞳。

 母が黄色い瞳をしていた影響かもしれないが、何色にも見える俺の瞳は不気味に映るのかもしれない。

 それに気付いてからは、人から目が見えないように前髪を伸ばし、人の目を気にするように俯いて歩くようになった。

 だからお茶会の席になると、貴族の子ども達の中心には兄がいて、俺は隅でただ眺めているだけ。

 自分は決して兄のようにはなれない。

 これからもずっと兄の陰に隠れながら生きていくのだろう。


 だが六歳の時に転機が訪れた。


「こんな隅で何しているの?」


 すっかり前髪で隠れた目に飛び込んできたのは、兄が毛嫌いしている令嬢ベネディクト。


「……とくに……何も……」


 兄はよく、ベネディクトは我儘で気に入らないことがあると癇癪を起すと言っていた。

 もし気に障るようなことを言って怒らせたらどうしよう……。


「それって楽しいの?」


 楽しいか楽しくないかで聞かれたら、楽しくはない。

 でも人の輪の中に入る勇気もない。

 返答せずに俯いていると、ベネディクトがおもむろに僕の前髪を掻き上げる。


「な!? 何するの!?」


 突然の出来事に慌ててベネディクトの手を払ってしまった。

 怒らせたかもしれない……どうしよう……。

 ドクドクと心臓が嫌な音を立て、手にジワリと汗をかく。


「ねえ。どうして前髪を長くしているの?」


 怒っていないの?

 兄から聞いていたベネディクトなら、今ので確実に怒っているはずなのに……。


「……僕の瞳の色が……変……だから……」


 ぼそぼそと自信なさげに話すと、ベネディクトが首を傾げる。


「変? 凄く綺麗な目をしていたよ? ほら!」


 再びベネディクトが僕の前髪を掻き上げる。

 前髪がなくなった僕の瞳に映ったのは、満面の笑みを浮かべるベネディクトの姿。


「やっぱり! 凄く綺麗な目をしてる! ずっと見ていたいくらい!」


 兄から聞いていた人物とは思えない程の純粋無垢な笑顔。

 初めて女の子を可愛いと思った瞬間だった。

 今までは目を見られたくなくて隠していた前髪だったが、今度は恥ずかしさを隠したくて前髪で顔を隠す。

 ベネディクトは僕が嫌がっていると思ったのか、「ごめん……」と素直に謝る。


「自信のないあなたのために、特別に私のことをネディって呼ばせてあげる! あなたもクリストハルト様みたいに素敵な顔をしているのだから、もっと自信を持ちなさい! なんなら私のお嫁さんにしてあげるわよ!」


 昔、兄が同じ事をベネディクトから言われたと言っていたのを思い出し、思わず吹き出した。

 なぜ僕が笑ったのか分からないベネディクトが首を傾げる。


「ありがとう、ネディ。僕のことはフィルって呼んで」

「分かった! じゃあ、これで私達は友達ね、フィル!」


 この時初めて前髪が長いことを後悔した。

 だってネディのとても眩しい笑顔を見そびれたのだから。



 次に会った時、前髪を切った僕にネディは驚いていた。


「その……変……かな?」


 ネディの反応が怖くて目を泳がせると、ネディは大きく首を横に振った。


「凄くいいよ! もっと背筋を伸ばして自信を持って歩いたら、クリストハルト様みたいになれるわよ!」


 兄は誰からも好かれ、自分には絶対なれない存在で尊敬もしている。

 だけど初めて兄と比べられたことを不快に感じた。


「ネディは本当に兄上が好きなんだね」

「そりゃあ私と結婚する人は、誰もが羨むような相手じゃないとね!」


 誰もが羨む相手。

 僕だって頑張れば兄上のようになれるだろうか?

 兄上のように堂々と人前に立てるような人間になれば、ネディは僕も見てくれるだろうか?



 九歳になった頃。自分の中で一つの決断を下していた。

 それを告げるため、父の前に立つ。

 父の書斎で眉間に皺を寄せた父が、オドオドと目を泳がせる僕を見据える。


「将来は騎士になりたいだと?」


 ヴァールブルク公爵家は兄が跡を継ぐ予定だ。

 そうなると、この家から出る僕は将来の方向性を決める必要がある。

 どうせなら、少しでもネディに振り向いてもらえるような男になりたい。

 選んだのは騎士の道。


「……私の前でも怯えているようでは、騎士など無理だろう」


 今の僕では無理かもしれない。

 だけど……!

 僕は顔を上げて真っ直ぐ父を見た。


「こんな自分を変えるために、騎士になります!」


 初めて父から目を逸らさずに最後まで言い切った。

 すぐにでも目を逸らしたい気持ちを抑えながら父を正視すると、父は僕の予想外の振る舞いに目を見開く。

 無言の父がおもむろに立ち上がり、僕の目の前に立った。

 背の高い父からの圧に、緊張で僕の体がビクリと跳ね上がる。


「弱音を吐くことも、途中で投げ出す事も許さない」


 僕を無表情で見下ろす父。

 ゴクリと唾を飲む。


「覚悟の上です」


 目を逸らさないまま返答すると、無表情だった父の口角がわずかに上がったように見えた。


「明日からお前の剣の稽古を倍に増やす。他の勉学も怠るなよ」


 父は僕に背を向けると、執務席に戻った。


「ありがとうございます」


 書斎を出ると足の力が抜けて、その場に座り込む。

 怖かったけど、ちゃんと最後まで目を逸らさずに言えた。

 これが自分に自信を持つきっかけとなる、第一歩となったのだった。



 剣の稽古が増えて一年が過ぎ、十歳になっていた。

 ベネディクトは相変わらず兄に夢中で、兄と婚約するのではないかと噂も出始めていた。

 その噂を聞くたびに心が痛む。

 ネディの幸せは、兄と結婚すること。

 自分がどれだけ努力をしても、振り向いてくれることはない。

 この稽古になんの意味があるのだろうか?

 大きく首を横に振る。

 自分を変えるために始めたんだ!

 ネディを言い訳に使うな!

 それに強くなっておけば、陰ながらでもネディを守ってあげられるかもしれない。

 迷う必要などない。

 自分は騎士になるんだ!

 決意を新たにしたところで屋敷に戻ろうとして立ち止まる。

 どこからかすすり泣く声が聞こえてきたからだ。

 声のする方に向かうと、チェリーレッドの髪が見えてドキリと心臓が跳ね上がる。


「ネディ?」


 声をかけると振り返ったネディの目から涙が零れ落ちている。

 あのいつも強気なネディが泣いているの!?

 驚いた顔で察したのか、ネディが涙を拭い不貞腐れる。


「私だって泣きたい時くらいあるのよ」

「ご……ごめん。ネディはいつも笑っている印象が強いから、少し驚いて……」


 素直に謝るも、ネディはそっぽを向く。

 そっとしておいた方がいいのかとも思ったが、泣いているネディを放っておくことも出来ず、少し距離を置いて座る。


「なんでそんなに離れるの? クリストハルト様同様、フィルも私が嫌いなの?」

「ネディを嫌ったりしないよ! その……剣の稽古の後だから、汗臭いかなと思って」


 訝しそうに見つめられて、ネディの近くに座り直す。


「兄上と、何かあったの?」


 兄上同様ということは、兄上に嫌いと言われたのだろうかと推測し、様子を窺いながら尋ねる。


「クリストハルト様に相談せずに、勝手に婚約を申し込んだことを怒っているの」

「婚約……」


 覚悟はしていた。

 だがネディの口から直接言われると、想像以上に衝撃が大きい。


「クリストハルト様は私の何が嫌いなんだろう……」


 そうか。兄は貴族の振る舞いが出来る人。

 ネディに限らず、誰に対しても不満があっても本人に直接言うことはしない。

 だからネディのように純粋な女性だと、はっきり言ってあげないと伝わらないのだろう。

 兄がネディに対して好意的ではないことは知っている。

 だけどそれを自分が伝えるのは違うと思う。


「兄上にそれとなく聞いてみてあげるよ」


 立ち上がり、微笑みながらネディに手を差し出す。


「フィルはいつも優しいね」


 ネディが放ったその言葉が、複雑な感情になって返ってくる。

 優しくしてもネディが自分を好きになってくれることはない。

 ネディが求めているのは兄のような男。

 いつか兄のようになったら、ネディは後悔してくれるだろうか?

 そんな邪な感情が、自分の中で芽生え始めていた。





読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ