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13.厄介な妹(クリストハルト視点)

 自室に戻るとすぐに執事を呼び出す。


「至急ドレスを一着新調しろ」

「レーネお嬢様のですか?」

「違う。……ベネディクト嬢のだ」


 依頼を受けた執事が目を見開く。

 無理もない。

 今まで花束以外の贈り物を、ベネディクトにしたことがなかったのだから。


「寸法は如何致しましょうか?」

「以前ベネディクト嬢が話していた寸法で用意してくれ。それと……」


 こんなことを言うのは初めてで、人にお願いするのは少し恥ずかしい。


「私の髪と瞳の色のドレスにしてくれ」


 無言の執事がどんな反応をしているのか想像に容易く、直視できない。

 咳払いをすると執事が我に返ったのか、「すぐにご用意致します」とだけ言い残し部屋を出て行った。

 これだけのことをすればベネディクトだって気が変わるだろう。

 だが想像以上にベネディクトの意志が固い事を、舞踏会当日に知らされる。



 怒るベネディクトを送って帰宅後、自室のソファーの背もたれに目一杯体重をかけるように座る。

 婚約解消の件は、結婚に差し替えることで誤魔化すことはできた。

 だがベネディクトは本気で私との婚約解消を望んでいる。

 背もたれから体を離し前のめりの姿勢で大腿部に肘を突きながら、額に両手を当てる。

 今までなら甘い言葉ですぐに絆されていた。

 しかし今回はどんなに甘い言葉を囁こうが、気を遣おうがベネディクトの心が動くことはなかった。

 私に飽きたと言っていたが、こんなに態度が一変するものなのか?

 レーネに嫉妬しているわけでもないし、フィルベルトと婚約しようとしているわけでもなさそうだ。

 ベネディクトは分かりやすく単純な女性だと思っていたが、今は彼女が何を考えているのか全く読めない。

 ベネディクトの事を考えていると、部屋の扉が叩かれレーネが扉の隙間から顔を出した。


「お兄様。少しよろしいですか?」

「いいよ」


 遠慮がちに尋ねる彼女に、上辺だけの笑顔を向ける。

 たちまちレーネの顔は綻んだ。

 以前のベネディクトと同じ。

 心のこもらない笑顔でも、私が笑えば相手の心は懐柔される。

 レーネを見ていればその笑顔は健在だと証明された。

 ならなぜ今のベネディクトには効かないんだ?

 机を挟んだ目の前のソファーにレーネが腰掛ける。


「実は明日、街へ買い物に行きたいのですが、付き合って頂けませんか?」


 笑顔のままレーネの話を聞いているが、内心では面倒だと心の中で溜息を吐く。


「フィルベルトには声をかけたのかい?」


 断られると思っていなかったのか、レーネが目を瞬く。


「……いえ。お兄様と一緒に行きたかったので……」


 レーネの視線が徐々に下がる。


「婚約者に誤解されるような真似はしたくないからね」


 今までなら面倒でも付き合っていただろう。

 だが今は、これ以上ベネディクトの心が離れないようにすることが先決だ。


「私達は兄妹なのですよね? それとも私は家族として受け入れてもらえないのでしょうか……」


 悲しそうな表情をしてはいるが、断れないと確信して痛いところを突いてくる。

 彼女がヴァールブルク公爵家の養女としているからこそ、彼女が保有する遺産を公爵家の物と主張できているからだ。


「そんな寂しい事を言わないで。レーネは私の可愛い妹だよ」


 目を潤ませるレーネの目元をハンカチで拭ってあげる。


「お兄様」


 レーネは目元に伸びた私の手をそっと握り、自分の頬をすり寄せる。


「私はお兄様のこと、大好きです」


 上目遣いの熱っぽい眼差しで私を見つめるレーネ。

 彼女の大好きの意味は兄としてではなく、異性としてという意味だと悟る。

 なぜならこのような顔の女性を幾度となく見てきたから。


「私も好きだよ。大事な妹だからね」


 素知らぬ顔で微笑むと、レーネは「もう!」と頬を膨らます。

 初対面の時から思っていたが、彼女はなかなかしたたかな女性だ。

 そういえばベネディクトはいつも真っ直ぐだったな。

 レーネのような手法を使えずに、空回っていたベネディクトの事を思い出しクスリと笑うと、レーネは自分の膨れっ面が可愛いと思われていると勘違いしたようだ。


「大事な妹なら、明日街に付き合って下さいね!」


 機嫌が戻ったのか、レーネは立ち上がると可愛い笑みを浮かべながら部屋から出て行った。

 魂胆のある女性との会話がこんなに疲れるものだとは……。

 レーネと接したことで、いかにベネディクトが穢れのない純粋な女性だったということに気付かされたのだった。



 そんなベネディクトに対して不思議な感情に襲われたのは、偶然街でベネディクトに会った時であった。

 驚きながら振り返った彼女のその姿に、心が鷲掴みにされたのだ。

 平民の服を着た彼女は、いつもの意地悪そうな印象を排除し、素朴は雰囲気を醸し出している。

 長年ベネディクトを傍で見てきた自分が、一番彼女の事を知っていると思っていた。

 だけど今、自分の目の前にいる彼女は今まで見てきたどの彼女とも違う。

 こんな一面もあるのか……。

 だがその気持ちはフィルベルトを揶揄うベネディクトを見て焦りへと変わる。

 どうして自分ではなく、フィルベルトなんだ!

 感じたことのない感情に、思わずベネディクトをフィルベルトから引き離す。

 自分は今、何を思った?

 ベネディクトに自分だけを見て欲しいと思ったのか?

 戸惑っているとレーネがベネディクトを突き飛ばし、危うく事故が起きてしまいそうな事態に発展してしまう。

 間一髪でベネディクトはフィルベルトに助けられたが、それよりもベネディクトを突き飛ばしたレーネに対して怒りが湧き上がり、レーネを睨みつけて驚いた。

 自分にもこんなに感情的になることがあるのか?

 何事も冷静沈着になるように努めてきた自分。

 どんな時でも仮面を貼り付けて、相手に感情をさらけ出すことは控えてきたのに……。


 ベネディクトに対する自分の気持ちの変化に戸惑いながら帰宅した私は、手紙の真相を突き止めるべく専属の使用人を呼び出した。

 すると使用人はレーネに預けたと白状。


「ベネディクト嬢からの手紙をどうした?」


 レーネを呼び出し問いただすと、自分でも驚くほど低い声が出た。

 自分の中で想像以上にレーネに対して怒りを感じているようだ。

 私の怒りを察したレーネの顔は瞬く間に、泣き出しそうな顔に変わる。


「お兄様がベネディクト様のことをよく思われていないと伺いました。だからお兄様に嫌な思いをして欲しくなくて……」


 ベネディクトが手紙を送った時期は、まだレーネと出会って間もない時だぞ?

 それなのにその時にはすでに、私とベネディクトの関係性を知っていたというのか?

 もしかしたら手紙をレーネに渡した使用人が、私の機嫌が悪くなると憂鬱そうにしていたのかもしれない。


「それでも人の手紙を勝手に奪うのは褒められた行為ではない。手紙は今どこにある」


 手を差し出すと、気まずそうにレーネの目が泳ぐ。

 恐らく処理したのだろう。

 大きく溜息を吐くと、レーネが小声で「ごめんなさい」と謝る。


「私に謝罪しても仕方ないだろ。その件はもういいが、今日、突き飛ばしたことについては明後日、ベネディクト嬢に直接謝罪するように」

「今日会われたばかりではないですか!?」


 レーネの物言いに苛立ちが膨れ上がる。


「何度も言うが、彼女は私の婚約者だ。毎日会ったからとておかしなことはない」

「……私との買い物は途中で放棄されたのに、そんなに婚約者が大事なのですか?」


 思わず眉をひそめる。

 厄介な女に絡まれたものだ。

 ここでベネディクトの方が大事だと言ったら、この女は再び遺産を盾に言いがかりをつけるのだろう。


「それに関しては謝罪する。後日改めて付き合う時間を設けよう」

「本当ですか!? 約束ですからね!」


 上機嫌で部屋を出るレーネに対し、疲れが一気に押し寄せる。

 この家を出て行きたいと思ったのは初めてかもしれない。

 目を閉じると、昼間のベネディクトの姿が浮かぶ。

 今、ここに彼女がいたら私はどうなるのだろうか?

 自然と高鳴る胸。

 制御できない感情について考えていると、使用人の不備を聞きつけた執事が部屋に来て謝罪した。


「あの者の処罰はお前に任せる。それよりも昼間ベネディクト嬢をひき逃げしようとした子爵令息を捕らえろ」


 通り過ぎる一瞬だったが、馬車に乗っていた男には見覚えがある。

 指示を出すと、執事が言いづらそうに口を開いた。


「その者でしたら先程、フィルベルト様が捕らえたと報告を受けました」


 ベネディクトに想いを寄せるあいつが見逃すはずはないか。

 先を越された悔しさと不甲斐なさから自然と手を強く握りしめる。


「クリストハルト様?」


 私を心配した執事に声をかけられて、我に返る。


「そうか、それならいい」


 執事を下がらせ、背もたれに背中を預ける。

 自分で捕らえに行ける力を持つフィルベルトと、命じて捕らえに行かせることしかできない自分。

 一体自分は今までどれだけの無駄な時間を過ごしてきたのだろうか。

 私もフィルベルトのように自分の力でベネディクトを守れる力が欲しい。

 自らベネディクトのために動きたいと考えていたことに、この時の私は気付いてはいなかった。


 そんな私の気持ちを知らないベネディクトは、私に嫌われようとあの手この手で必死になっていた。

 その一生懸命な姿が可愛くて、最近では一緒にいることが私の癒しとなっている。

 あんなに一緒にいるのが苦痛だったのに。

 印象が変わるだけで、こんなにも人の心とは変化するものなのか。

 そして前回同様、私はドレスを贈ったのだが、そのドレスは見栄えの悪いものへと変化していた。

 だが怒りは感じない。

 むしろ彼女が今回は私の贈ったドレスを着てくれたことがなにより嬉しかった。

 わざと好みを覚えておくと言った時の彼女の顔。


「何か楽しい事でもあったのですか?」


 ベネディクトが控室に戻った後、踊りに誘ってきたレーネに尋ねられた。

 どうやらしまりのない顔を見破られたみたいだ。


「多くの人との交流は楽しいからね。レーネももっと友達との会話を楽しむといい」

「地方の伯爵令嬢から公爵令嬢になった私を友達と思ってくれる女性はなかなか見つかりません。みんなお兄様と兄妹になった私に嫉妬していますから」


 優越感と不幸な自分を美化しようとする感情が入り乱れているのがよく分かる。

 幼い頃からベネディクト以外の女性とあまり接したことがなかったから分からなかったが、女性とはこんなにも狡猾なものなのか?

 ダンスが終わるとレーネが一度控室に戻りたいと言い、それぞれの控室で一旦休憩をとることになった。

 休憩後、レーネを迎えに行くために部屋を出る。

 すると扉が開かれた部屋から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 覗き込むと目を疑うような光景に思わず声をかける。

 そこにはレーネの命を狙っているかもしれないリースマン侯爵家の令嬢と、ベネディクトの姿。

 ベネディクトがリースマン侯爵令嬢を利用してレーネをいじめている?

 信じられないという気持ちと、今までのベネディクトならやるかもしれないという葛藤に苛まれる。

 無条件で信じたいのに、どこか疑ってしまう自分もいる。

 そんなベネディクトを救ったのは、婚約者の自分ではなくベネディクトにずっと想いを寄せているフィルベルトだった。

 どうして真っ先に彼女を信じなかった?

 立ち去る二人を直視できず、拳を強く握りしめる。


「レーネ。帰るぞ」


 自分に対する苛立ちを押さえて踵を返すと、リースマン侯爵令嬢が私の背に向かって叫ぶ。


「クリストハルト様! 誤解なのです! 私達はレーネ様とはお友達で――」

「今すぐ口を閉ざせ。二度とその顔を私の前に見せるな」


 この期に及んでまだ弁明をしようとするリースマン侯爵令嬢を睨みつけ、屋敷をあとにした。


「お兄様。助けてくれてありがとうございます」


 帰りの馬車の中、レーネが私にお礼を言うも、私はベネディクトを一瞬でも疑った後悔で頭がいっぱいだった。

 彼女はきっと今日のことを持ち出して、婚約解消の話を突き付けてくるかもしれない。

 だけど今度こそ、きちんとベネディクトと向き合うから。

 だからもう一度彼女とやり直す機会を作りたい!

 返答せずに黙っていると、激しく馬車が揺れる。


「襲撃です! 馬車から出ないで下さい!」


 外から金属がぶつかり合う音が響く。

 狙いはレーネか!?


「レーネはここで大人しくしていろ」


 馬車に常備してある剣を取り出し、襲撃者達の前に姿を見せる。

 ヴァールブルク公爵家の騎士と互角にやり合っている様子に、相当な金を出して雇われた者達と推測した。

 対抗しようと戦うも、一瞬の隙を突かれて体勢を崩され足を挫く。

 相手の剣が自分の頭上に振り上げられる。

 咄嗟に持っていた剣で防ごうと上に向けた時だった。


「止めて!!」


 馬車に常備してあったナイフが無差別に飛んでくる。

 相手はたまらずそのまま後ろに飛び退くと、異変を聞きつけた街の警備兵が駆け付ける。

 襲撃者達は目で合図を送り合うと、諦めたのかその場を離れた。


「お兄様。ご無事で良かったです」


 レーネが泣きながら私の首に抱きつく。

 自分の力では退けられなかった。

 このままでは本当に守りたいものを自分の手では守れない。

 レーネに抱きつかれながらも、心は別の人に想いを馳せていたのだった。





読んで頂きありがとうございます。

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