12.我儘な幼馴染(クリストハルト視点)
ベネディクトと初めて顔を合わせたのは六歳の時だった。
貴族が集まるお茶会に、グレーデン公爵夫妻と共に彼女も来ていた。
そんな彼女に自己紹介をして早々に言われた言葉。
「あなたを私のお嫁さんにしてあげるわ!」
腕を組み、偉そうな態度で堂々と宣言。
「えっと……お嫁さんになるのは君の方じゃないのか?」
「私はグレーデン公爵家の跡取りよ。だからお嫁さんを迎えなきゃいけないの」
きっと彼女は知識が乏しいのかもしれない。
まだ五歳だと考えれば仕方がないとも言えるが、それにしても教育不足ではないか?
私の彼女の第一印象は、『頭の悪い子ども』であった。
そんな彼女は何かにつけて、いつもヴァールブルク公爵家に遊びにくる。
正直フィルベルトと二人で遊んでいて欲しいのだが、彼女の我儘が発揮され私も付き合わされる羽目に。
彼女の遊びはつまらない。
おままごとやかくれんぼなど、子どもが楽しむ遊びばかり。
精神年齢の高い私と幼稚な彼女とでは合わない。
相手の気持ちを汲み取れない彼女を、次第に嫌悪するようになっていった。
しかし彼女は嫌悪する私の気持ちなどお構いなしに、私に好意を押し付けるようになる。
どこに行くにも何をするにも報告をしないと癇癪を起し、報告をしたらしたでどこまでも付いてくる。
苦痛だった。
そんな中、十二歳になった私に最悪な出来事が起こる。
「クリストハルト。グレーデン公爵令嬢がお前との婚約を申し込んできた」
父の書斎に呼ばれ、告げられたのはベネディクトとの婚約。
グレーデン公爵家の子どもはベネディクトしかいない。
彼女と結婚となれば、グレーデン公爵家の婿養子にさせられる可能性が高くなる。
「私は、このヴァールブルク公爵家の跡取りです。だから彼女との婚約は――」
「ヴァールブルク公爵家はフィルベルトに継がせる」
私の言葉を遮るように淡々と告げる父。
自分は今までこの家を継ぐために努力してきた。
しかし父にとっては跡を継げる人間なら、誰でもよかったというわけだ。
非情とも思える仕打ち。
この家のためにだけ頑張ってきた今までは一体なんだったのか。
これまでの自分の努力が水の泡と化す。
この怒りは、安易に婚約を申し込んできたベネディクトへと向けられることになる。
「ネディと喧嘩でもしたのですか?」
婚約を勝手に推し進めたベネディクトに、注意したことで言い合った日の夕方。
相変わらずオドオドとした態度で私に話しかけてきたのは、フィルベルトだった。
「どうしてフィルベルトが知っているのだ?」
「……ネディが……泣いていたので……」
私の前では泣かなかったのに、フィルベルトの前では泣いたのか?
なんだか気に入らないな。
「ベネディクトは私の婚約者になったのだ。今後は周囲が誤解するような接触は控えろ」
「……分かりました……」
頭を下げるとフィルベルトは私の部屋を出て行った。
いつも俯いてばかりで反論の一つもしない。
情けない弟に対し、溜息を吐く。
ベネディクトが泣いていた……か。
少し強く言い過ぎたかもしれない。
翌日、早速花束を持ってベネディクトに会いに行った。
昨日の言い合いで警戒しているのか、ベネディクトが怪訝な顔で私を見上げる。
「昨日は言い過ぎました。これは謝罪の気持ちです」
花束を手渡すとベネディクトの顔は瞬く間に輝いた。
どうやらベネディクトの機嫌が直ったようだ。
だがこれがベネディクトに、多大なる勘違いをさせることになることまで予想しきれていなかった。
あの一件以来、ベネディクトは私との婚約に酔いしれるようになっていった。
『自分はクリストハルト様に愛されているのだ』……と。
そしてそれは、大人になるにつれ酷くなっていった。
舞踏会などで私に話しかけてきた女性を私から突き放すように押し倒し、みんなの前で罵声を浴びせる。
ある時は私に好きな女性が出来たと勘違いした彼女は、その女性の家まで押し掛け婚約者は自分だと暴れ回る。
「お前は婚約者の制御も出来ないのか?」
勝手に暴走したのはベネディクトなのに、噂を聞いた父に呼び出され小言を言われた。
自分は何も悪くないのに、謝罪をして父の書斎を出る。
扉を閉めて溜息を吐くと、中から執事と父の会話が聞こえてきた。
『フィルベルトは騎士になってから、王家の覚えもめでたい。たかが一令嬢に手をこまねいているクリストハルトとは大違いだな』
昔は全てにおいて私より劣っていたフィルベルト。
いつからか突然騎士になると言い出し、そこから急に変わり始めた。
私が父に認められるような人間になれなかったのも全て、ベネディクトが私の邪魔ばかりするからだ!
「兄上?」
父の書斎から部屋に戻る途中、王宮から戻ったフィルベルトに出くわす。
純粋そうな無垢な顔に苛立ちを感じる。
こんな奴が私より優れている?
「兄上。ネディの事は噂で聞きました。ネディとはきちんと話をしましたか? 彼女は話せば分かる人です。もう少し彼女と――」
「これは彼女と私の問題だ! 部外者が口を挟むな!」
ベネディクトに対する怒りも相まってフィルベルトを一喝すると、フィルベルトは口を噤み俯く。
私がフィルベルトより勝っている事。
皮肉なことにそれは、私がベネディクトの愛を得ていることだけだった。
精神的に限界が近付いていたある日。
事故が起きた。
ベネディクトが湖に落ちたのだ。
助けなければと思い上着を脱ぐも、思いとどまる。
もし、このままベネディクトが死んだら……私は自由になれる?
そんな思いが頭を過った瞬間だった。
「異世界転生、キターーーーー!!」
ベネディクト自ら湖から這い上がってきた。
そしてそのままブクブクブク……。沈んでいく。
って何眺めてるんだよ! 助けなきゃ駄目だろ!
湖に飛び込むと、漕手とともにベネディクトを救出。
岸までなんとか辿り着いた。
ベネディクトが寝込んでいると聞いたのはその翌日の事だった。
本来なら見舞いに行くべきだろう。
だが……。
一瞬彼女を見捨てようとしてしまった自分を思い出す。
自分の黒い感情をベネディクトに突き付けられるのが怖い。
そんな気持ちを誰にも悟られたくなくて、平然を装う。
ベネディクトは私が好きなのだ。
どうせ目を覚ませばすぐに私を呼び出す。
それにもし、あちらから婚約解消を望んでくるならこちらとしてはありがたい。
などと自分に言い訳をして……。
「兄上。少しよろしいですか?」
ベネディクトの事ばかりが頭を過り、目の前の書物に全く集中出来ていない私のもとにフィルベルトがやってきた。
「実は地方の伯爵家の令嬢を、公爵家の養女として迎えることになりました」
詳しく話を聞くと、想像以上に厄介そうな客人だという事が分かった。
王宮の騎士をしているフィルベルトが、護衛も兼ねて彼女を迎えに行ったそうだ。
「そういうわけなので、彼女の護衛を兄上と俺で分担して行うようにと父から命じられました」
私に直接言わずフィルベルトに伝えさせるあたり、父の私への期待の薄さが窺える。
フィルベルトから話を聞いた後、自己紹介も踏まえて彼女を部屋に呼び寄せた。
「あの……お兄様とお呼びしてもよろしいですか?」
義理妹となったレーネという女性は、気恥ずかしそうに私に尋ねる。
初対面なのに随分と厚かましい態度だ。
だがこれ以上、父の期待を裏切るような真似はしたくない。
社交的な笑みで対応。
「もちろん、いいですよ」
レーネは嬉しそうに顔を綻ばせる。
ベネディクトが知ったら乗り込んで来そうだな。
彼女には黙っておいた方が良さそうだ。
まさかこの数日後にベネディクトが婚約解消を申し出てくるなど、この時の私は知る由もなかった。
ベネディクトに婚約解消の承諾書を突き付けられ、事態が飲み込めずにぼう然と立ち尽くす。
助けるのを躊躇ったことに対して何も言わなかった。
レーネに対しても最初は嫉妬しているのかと思ったが、責めることもしなかった。
ただ婚約を解消したい。それだけだと……。
あれほど婚約解消を望んでいたのに、いざ突き付けられると頭が真っ白になった。
見舞いに行かなかった事を怒っているのか?
それとも助けなかった事を憎んでいるのか?
いつもは感情をあらわにする彼女が、今回は理由を言ってこない。
フィルベルトの言葉が頭を過る。
『彼女は話せば分かる人です』
そうだ。ベネディクトと話さないと……。
整理のつかない頭のまま門へ向かうと、そこにはフィルベルトに顔を近付けているベネディクトの姿。
クシャリと私の手にあった紙が音を立てる。
何をしているんだ?
ベネディクトは私の婚約者だぞ?
まさか私からフィルベルトに乗り換える気か!?
全てをフィルベルトに奪われるという焦燥感が私を襲う。
ベネディクトが帰ると、久しぶりにベネディクトと会話出来たフィルベルトが、先程のことを思い出しているのか頬を緩ませながらこちらに向かって歩いて来た。
「ベネディクト嬢は私の婚約者だ」
私に気付いていないフィルベルトに声をかけると、幸せそうな表情から一変、顔色を変え目を泳がせた。
「お前がどんなに想っていても、彼女が婚約者に選んだのは私だ。それを肝に銘じておけ」
踵を返し屋敷に戻る。
ベネディクトは私のものだ。
絶対にフィルベルトには渡さない!
読んで頂きありがとうございます。




